第72話 もたもたしてるとエミリアちゃん取られちゃうよ?
デュポン暦2023年2月
士官寮のルイスの部屋があるフロアは、もともと人通りが少ないが、エミリアの部屋を出入りする際、ルイスはなんとなく人目を気にしている。しかしこの日はエミリアの部屋で夕食をとった後、確認をせず廊下に出てしまった。そしてそんな日に限って、ルイスは出くわしたくない相手に出会ってしまうのである。
アンドリュー中将――
中将は一瞬驚いた顔をした後、満面の笑みを作った。
「いや、違いますから」
ルイスが即答した。
「ん? 何が?」
中将がからかい口調で言う。
しまった。墓穴を掘ったか。
「士官寮に何か用ですか?」
ルイスは笑顔を作った。
「あー、話を逸らすねぇ。ルイスに用があったんだけど、居ないようだったから帰ろうとしてた所」
「失礼致しました。それで用とは」
ルイスが仕事モードの表情に変わる。
「エミリアちゃん、いいよねぇ。いつから付き合ってたの?」
「付き合ってません」
「えぇー? なんで? エミリアちゃん、初々しいし、可愛いよね? ルイスもそう思うでしょ? 大賛成だよ?」
「要件を」
ルイスがそう言うと、中将は面白くないとでも言うように眉を八の字に下げた。
「この書類、明日までに至急仕上げて」
「承知致しました」
「……エミリアちゃんの部屋で何してたのかなぁ」
ルイスに聞こえるように独り言を言いながら、中将は去って行った。
翌朝
ルイスは司令室を訪れて、アンドリュー中将に書類を手渡した。
「ありがとう」
中将が笑顔で言う。
「ほんとにエミリアちゃんと付き合ってないの?」
まだ言うか。
「付き合ってませんよ。ただの仕事上のパートナーです。それ以上でも以下でもありません」
「僕はルイスの歳の頃にはすでに結婚して子どもも産まれてたんだよ?」
中将の若い頃等知らん。比べないでほしい。
「ゲイなの?」
「違いますよ!」
恋愛する気持ちにならないだけだ。正直面倒くさいし、今は仕事の方が楽しい。
「仕事を言い訳にしてない?」
「してません」
アンドリュー中将が自分の机の引き出しから、分厚い台紙に入った写真を取り出す。ルイスは嫌な予感がした。
「貴族や軍の知り合いから、ルイスに是非自分の娘とお見合いして欲しいと、うるさく言われていてね。どうする?」
「断ってください」
「だよね。可愛い子もいるよ?」
「いえ、結構です」
「なんで? 可愛い子なら会って見るだけでもしないの? それとも好きな子いる?」
「いません」
「ほんと?」
「はい」
どうしてそんなに俺の恋愛面に踏み込むんだ、とルイスは辟易した。
「僕もさぁ、仲の良い知り合いもいるもんだから、断りづらいんだよねぇ」
「すみません」
「エミリアちゃんと付き合ってるからお見合いはできない、って言っていい?」
「やめて下さい!」
「ははは。本気になって怒るなよ。ルイスは面白いなぁ」
アンドリュー中将がご機嫌に笑う。一方、ルイスは全く面白くなかった。
エミリアはただの仕事上のパートナーだし、だいたいエミリアはリパロヴィナの男と連絡を取り合っている。あれだけ反対したのに――
***
デュポン暦2023年3月
ルイスは箒兵科の部隊長10名でシルド市にある居酒屋にて慰労会を行なっていた。普段、佐官の飲み会は高級レストランでの会食が多いのだが、部隊長たちは最近もっぱら大衆向けの居酒屋にはまっているのである。
「ぷはー! やっぱ、ルイスおすすめの店は外れないな!」
レイモンド中佐がビールの泡を上唇につけながら上機嫌に喋る。佐官の中ではルイスと同じく年齢が若い部類にぎりぎり入っており、2人で飲みに出掛ける事もある間柄だ。
「なぁ。『本日のルイス中佐のおすすめ』してぇ♡」
レイモンドが隣に座っているルイスに詰め寄る。慰労会が始まり1時間弱。レイモンドはすでにいい感じに酔っている。アンドリュー中将が遅れて出席するとの話だが大丈夫なのか? とルイスは少し心配をした。
ルイスは隊員からおすすめの酒を聞かれる事があり、ルイスにおすすめしてもらうのが第1箒兵達の楽しみになっているらしい。それを知ったレイモンドは楽しみ半分茶化し半分でルイスに構うのである。ルイスは面倒だなと思いながらも、レイモンドに酒を選んだ。真面目に選んだところで、レイモンドは結局バーボン以外は気に入らないのだが。
「キール中佐、次またビールでよろしいですか?」
キールのビールが減っているので、ルイスが尋ねた。
「あぁ。ありがとう」
キールは第9箒兵大隊大隊長。規律に厳しく第9箒兵達からは鬼とも言われているようだが、常識人の為ルイスは彼から学ぶ事は多い。ルイスが酒の注文をし終わった後、キールがルイスに話しかけた。
「そういえば新年度もルイス中佐のパートナーは変わらずか?」
3月末は人事異動の季節である。パートナー、所属している隊や班の変更が行われるので異動になる隊員の身辺は忙しい。
「そうですね。新年度も同じです」
ルイスがキールに答えた。
「あの子入って結構経つよね。最近どう? 彼女」
レイモンドが横から話に入り、肉を頬張りながらルイスに尋ねる。
「よくやってくれてるよ」
出来すぎて最近は怖い程。周りをよく見ているのは良い事だが、ヒュドラとの戦いの際、目の前に飛び出してきたのは、自分の防御魔法に自信があってだろうか。そうではなくて自分の身を犠牲にしてまで俺を守ろうとしたのでは? そう思うとルイスは怖くなるのである。
「あの子の入隊当初、すんげー嫌がってたのにな、ルイス。2ケツ嫌だーって」
「今も2ケツ嫌だよ」
「そうなの? 俺の隊の連中、あの子と2ケツしたがってるよ? ついでに恋人の座も狙ってる」
「は?」
レイモンドがニッと笑い「俺も2ケツしてーなー」と大きな声で背伸びしながら言った。
「レイモンドは駄目」
女好きのレイモンドには、極力エミリアを近づけたくない。
「えー?」とレイモンドが残念そうな声を出すが、どこかルイスをからかうような雰囲気で面白くない。
「2ケツはしたくねぇが、今年もあの嬢ちゃんを独占するのは面白くねぇなあ!」と第2攻撃部隊大隊長ガストンが話に割り入り、笑いながら言った。他の隊長たちも賛同する。
エミリアがパートナーになった時、周りはババクジを引いたなみたいな態度だったくせに、エミリアが使えると分かってからは取り合いか。ここまで育てるのにどれだけの苦労をした事か。中級魔術士試験付き合ってみろ! とルイスは頭の中で愚痴った。
「何? エミリアちゃん取り合ってるの?」
遅れて到着したアンドリュー中将が声をかけた。
「ルイスもたもたしてると取られるよー」
アンドリューが上着を脱いで席につきながら言った。
もたもたって何だ。ただのパートナーだよ! と中将に言ってやりたかったがルイスは黙っている事にする。
アンドリュー中将が席につくと一部の隊長達は猫かぶりをし、落ち着きのある会に変わる。
「しかし今の若い子は結婚遅いよねぇ。レイモンドもアルバンもいい歳して独身だし。結婚っていいもんだよ。ねぇ、キール中佐?」
「そうですね」
キールが静かに頷いた。
「キール中佐はいつ結婚したんですか?」
レイモンドが飄々と尋ねる。
「24だな」
「ヒュー! 早いっすね! 俺はもっと色んな女性と遊んでいたいですね」
「結婚してから遊べばいいじゃないか」
ガストンがニヤニヤ笑いながら言う。
「ゲスい事言いますね。そういえばそれで離婚したんじゃないですか、ガストン中佐は!」
「あ、そうだった!!」
隊長達がどっと笑い出す。
「レイモンドはまだ本当に愛せる女性に会っていないんだねぇ」
アンドリューがため息混じりな声で言う。
と、そこへ細身の男がアンドリューの隣にやってきた。
「アンドリュー中将。まだ申請が間に合うようなら、エミリア上等兵を私のパートナーに申請したいのですが」
全員がざわつき、その男を見つめる。声を上げたのは去年少佐に昇格し第5箒兵大隊の大隊長となったアルバン。鋭い一重の目は冷たい印象を与える。魔法知識に長けている男だが潔癖症で細かい性格。ルイスが第6箒兵大隊の班長だった頃の小隊長がアルバンで、先に出世したルイスを面白く思っていない。
「どうして?」
アンドリューがアルバンに言った。
「先程、隊長同士で話していて、エミリア上等兵の能力がよく分かったのですが、私ならルイス中佐のような個人で独占するようなことなくエミリア上等兵を使います。彼女の能力はもっと大人数のために必要なんじゃないですか?」
「だって。ルイスどうする?」
アンドリューがルイスに聞いた。
「箒兵科で使うなら、乗り手の操縦が上手くないと使えない」
ルイスがぼそりと言った。
「私が下手だとでも?」
アルバンの眉がピクリと動く。
「乗り手が操作不能に陥った時、一緒に落ちることになるし、人命乗せてる分思い切った行動に出づらいぞ」
「ルイス中佐にそんな事を考える人の心が残ってるんですね。意外です」
「魔物から見て的も増えるし」
「そこはエミリア上等兵が守ってくれるのでしょう?」
「エミリア欲しがるならそれなりの能力が自分にも無いと、使いこなせん!」
レイモンドがヒュー!と口笛を吹く。
アルバンは真っ赤になり震えた。そこでアンドリューが「まぁまぁ」と言いながら話し出した。
「ルイスにはエミリアちゃんが必要なようだね。アルバンも今のパートナー優秀じゃない。アルバンは彼と組んだ方が戦果あげられると思うよ僕は」
アンドリューがにこやかに言う。
「ルイスも第1箒兵大隊にいるからエミリアちゃんを付けてるにすぎないよ」
「はい」
***
翌日、アンドリューがルイスを司令室に呼び出した。
「今度、お見合いパーティ開催することになったから、参加よろしくね」
「は、い!? その件は断って下さったんじゃないんですか!?」
「前回のは断ったよ。今回は第1箒兵大隊の独身男を集めて、友人の家でパーティやるの」
「はぁ……」
「これ、断れない案件だから。ウチが常日頃お世話になってる相手だし。分かるでしょ? 隊員達へ周知宜しくね」
アンドリューの目がぎらりと光る。
アンドリューが断れないなんて嘘だとルイスは思った。
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