第67話 ルジェクさんとデート (後編)
「エミリアちゃんは休日何してるの?」
ルジェクから話を切り出した。
「私はだいたい料理してます。休日のうちに料理の作り置きしておきたくて」
あとは部屋に籠って、ごろごろ雑誌を読んだり昼寝したりだ。
「食堂で飯食べないの?」
「料理する事が好きなんです」
好きなのは確かだが、本当は士官寮の食堂が兵卒のエミリアには気まずかったり、ルイスに食べて貰いたいからなのだが、それは内緒だ。
「ルジェクさんは何してるの……?」
意識して恐る恐る敬語をやめてみた。
「近くの街へ出て、飯食って酒飲んで……。昼から飲む酒って美味いよね。大衆劇観たり、ビリヤード行ったり……あんま面白いことしてねえな俺」
「……ビリヤードするのですね」
「ビリヤード、面白いよ。今度行ってみる?」
ビリヤードをするという人間にエミリアは初めて会った。自分と全く異なる趣味だ。何というかやっぱりルジェクは軽い。ビリヤードなんて自分には出来そうにないし、馴染めそうもないので、エミリアは丁重にお断りをした。
メインの地鶏のロースト(キャロットのクリームソース付き)と、リュミヌ名物の魚料理がきた。エミリアがオーダーしたものは、魚をすり身にして、魚の形に成型したものの上に、ベシャメルソースをかけてオーブンで焼いている。
リパロヴィナでは鶏肉もよく食べるらしく、ルジェクは異国の料理を完食してくれた。せっかくなので、魚も食べて頂きたく少し取り分けてみたが、そちらはいまいちだったようだ。
デザートはティラミス。どうやったらこんなに美味しく作れるのだろうと思いながら大事に食べた。
午後から新市街のオペラ座へと向かった。オペラ座は公演を観ない人も美術館やお城の様に劇場内を見学できる様になっている。二人は見学者専用の入り口から、オペラ座内へと入った。劇場内は宮殿のように豪華絢爛。有名画家による天井画、シャンデリア、大理石の階段、柱の彫刻、装飾、どれも見事だ。偶然、公演前の演者達による舞台練習も見ることができた。
その後は当てもなく街を歩き、夕方の汽車でエミリアは帰営した。
寮に戻り、シャワーを浴びた。まだドキドキしてる。思いのほか楽しく過ごせた。明日もう一日ある。今日はただ遊んだだけだけど、明日何か言われるのかな。
翌日
今日は、旧市街地をぶらぶらと歩き、植物園に向かった。冬なのであまり花は咲いていなかったが、小さな花や実を見つけたり、寒い中懸命に生きてる植物を見るのは楽しかった。その後、石畳の大通りを歩き、エミリアはキッチン雑貨屋のショーケースの前で足を止めた。
「このリパロヴィナ産のカトラリー、アーデルで人気なんですよ」
VENAというブランドで用途に合わせたフォーク、スプーン、ナイフなどを取り扱っている。特にチーズナイフとソムリエナイフが人気だ。手によく馴染み、使い勝手が良い。
「あぁ、VENAか。え、こんな高いの? リパじゃこの3分の1の価格で売ってるぜ」
「3分の1!? う、羨ましい」
合同演習時の自由時間に買えば良かったとエミリアは思った。
「帰ったら贈ってあげるよ。どれが欲しい?」
「え? いいですよ……」
ぐらつくが、たくさん奢って貰ったしこれ以上は甘えたくないのが本音だ。
「お土産何も持って来なかったし、俺が贈りたいだけだから遠慮しないで」
断るのは申し訳ない様な気がしてきて、気づけば頷いていた。そして赤い持ち手のチーズナイフを頼んだ。
「ルジェクさん、アーデルで買いたいものありませんか?」
「俺? んー、特にないな」
「欲しいものとかないですか。アーデルは関係なくてもいいので」
「欲しいのはエミリアちゃん」
ルジェクがここぞとばかりにエミリアを見つめて笑顔で言った。
エミリアは顔を真っ赤にした。
「そ、そそそう言うのはいいです」
エミリアは先陣を切り慌てて歩き出した。
もうすぐ汽車の時間。エミリアは17時の汽車で帰る予定だ。
リュミヌ駅近くの川沿いをぶらぶらと二人で歩いた。川には大きな橋がかかり、その下を遊覧船が通っている。
わざわざ、貴重な休日にアーデルまで来て楽しめただろうか。これ以上何も言わずにいてくれるだろうか。友人になってくれないかな。
「俺の事どう思う?」
川を見つめた後ルジェクが言った。
エミリアはギクリとし言葉に詰まった。
「別に今すぐ好きになってもらいたい訳ではないし、とりあえず付き合ってみない?」
「……私は中佐が好きなので……」
声を震わせながらも、目を逸らさず言った。
「構わないよ」
「付き合ってみて、それでもやっぱりってなったら別れればいいんじゃないの? あまり深く考えなくてもいいじゃん」
エミリアは言葉を選びながらゆっくりと喋った。
「深く考えますよ。とりあえずでなんて……私には出来ません」
エミリアは片想いの辛さが分かるので、自分がルイスに言われたくないような言葉は、ルジェクに対して言えない。
「難しく考えないで、俺に甘えちゃっていいんだよー。大事にするし」
ルジェクは眉を下げながら笑った。そしてそれ以上問うことはせず、先に歩き出し、駅へと向かった。エミリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、謝るのは違う気がして、何も言えなかった。
駅のプラットホーム。いよいよお別れの時間。
「あの、二日間ありがとうございました」
「こちらこそ」
出発のベルが鳴る。
エミリアはこれで終わりなのかなと思ったが、ルジェクはいつも通りの明るい笑顔を見せた。
「また連絡するね!」
汽車が出発し、エミリアはルジェクの顔が見えなくなるまで、手を振った。
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