第66話 ルジェクさんとデート (前編)
デュポン暦2023年1月中旬
ルジェクとデートの日。
エミリアは、グレンチェックのワンピースにコートとマフラー姿で、待ち合わせ時間の20分前に汽車でリュミヌ駅に到着した。土日ということもあって、駅前は混雑している。手紙に書いた待ち合わせ場所の馬の石像前へ行って、エミリアはハッとした。
私、馬の石像って手紙に書いちゃった……
実際は馬の上に騎士が乗っている像だった。台座にはボーボン朝第3代アーデル国国王と彫り込まれている。今から300年前の王様だ。
ルジェクがちゃんと待ち合わせ場所に来ることができるか、エミリアは急に不安になり、念のため、他の改札口前にも馬の像がないか調べに向かった。リュミヌ駅は広いので、いくつか改札口があるが、他には天使の像と女神の像が少し離れた所にある程度だった。特に間違えそうな像はないことを確認し、正面改札口前の騎馬像へと戻ると、見覚えのある顔の男が、満面の笑顔で手を降っている。
「エミリアちゃん! ここ、ここ!」
ルジェクが自分の名前を呼びドキリとする。エミリアは緊張しながらルジェクに駆け寄り挨拶を交わした。
「迷いませんでしたか?」
「すぐ分かったよ。随分大きい像だしね」
「そうですか。良かったです」
エミリアはぎこちなく笑った。言葉が出てこない。
ルジェクはカジュアルな服をオシャレに着こなしている。またスタイルが良い。
「来てくれてほっとした。もし当日エミリアちゃんが現れなかったらどうしようかどきどきしてたんだ」
笑いながら冗談っぽくルジェクが言った。
「そ、そんなことはしませんよ!」
「はは、冗談冗談」
ルジェクはルイスとは対照的によく笑う。
挨拶を終えた後、エミリアはルジェクをお勧めのビストロへ案内した。ソフィアと何度か訪れた事のある店で、家庭的な雰囲気で気兼ねせず入る事ができ、料理はお値段以上で人気の店だ。店前に到着すると、休日という事もあり、すでに数組の客が店の外に並んでいた。寒い中、ルジェクには申し訳ないが並ぶ事にした。きっと他の美味しい店も混んでいるだろうから。
「すみません、寒いでしょう?」
「俺は全然なんともないけど、エミリアちゃんスカートだし脚寒くない? 俺に気を遣って人気の店にしなくてもいいんだよ?」
「私も平気です。ここの店、ほんと美味しくて、ここで食べたいんです」
「そっかぁ。楽しみだね」
白い息を出しながらルジェクが笑った。
エミリアが何を喋ろうかと考えていると、沈黙の間もなくルジェクが話し出す。
「エミリアちゃん、マフラー似合ってるね。可愛いよ、女の子らしくて」
垂れた目でにっこりと笑って言った。ルジェクは女性を褒める事に慣れていそうだ。一方エミリアは異性に褒められる事に慣れていないので、返答に戸惑った。
店外に並んでいる客は、友人同士、家族、恋人同士など様々。側から見てルジェクとは恋人同士に見えるのだろうか。一言「YES」と言えば、初めての彼氏が出来るのかもしれないと思うと驚きだ。ルジェクと付き合ったらどうなるんだろう。誰かと付き合った事などないから何も分からない。
20分ほど並んだあと、二人はやっと暖房のきいた暖かい店内に入れた。
古いが丁寧に掃除が行き届いている店内。角がとれて丸みのある椅子と赤いチェックのテーブルクロスが敷かれた机。狭い店内は、たくさんの客で賑わっている。
ウェイターに席まで案内され、壁際のフックにコートとマフラーをかけた。席について、エミリアは慣れた手つきでメニューを取り、おすすめの「前菜+メイン+デザート」コースをルジェクに勧めた。肉か魚か選べる。ルジェクは肉、エミリアは魚を注文した。ルジェク曰く、リパロヴィナは内陸で海の魚が獲れない為、あまり魚を食べないらしい。
目当ての店に入れて一安心したのも束の間、エミリアはある事に気づいて、そわそわしてしまった。聞いてもいいだろうか……
「エミリアちゃん、ワンピースも似合ってるね。可愛い」
またこの人は、と狼狽えながらもエミリアは内心照れた。このワンピースはエミリア自身も気に入っている。そのタイミングでエミリアは先ほどから気になっていた事を質問した。
「ルジェクさん、首、どうしたのですか……」
ルジェクの首の左側には、引きつったような赤い傷跡。合同演習で会ったときにはなかった。
「え? ああこれ?」
ルジェクは右手で首の左側を押さえて言った。
「もう治ってるし平気だよ」
「全く治ってないですよ、それ」
「ん? 塞がってるし膿んだりもしてないよ」
「痕ががっつり残ってるじゃないですか。毎日回復魔法かけていますか?」
「あぁ、そういうこと。痕くらい気にしないさ。仕事柄気にしてたらキリがない。毎日回復魔法かけたら良くなるの?」
「良くなりますよ」
エミリアは回復魔法の必要性を伝えた。適度に回復魔法をかけていたら傷跡は綺麗に消える。
「心配してくれてありがとうな。帰ったら友人にでも頼んでみるよ」
「私がかけられたらいいのですが、すみません」
職務外の魔法の使用は、軍規違反になる。
「はは、なんでエミリアちゃんが謝ってるんだよ。そりゃ出来るなら毎日掛けてもらいたいけどね」
エミリアはルジェクの言葉を受け流した。そしてサーブされた前菜、季節野菜の薄焼きパイを食べる。二ヶ月前、リトエガとの戦いでエミリアも負傷したが、ルジェクも大変な任務だったようだ。首の損傷、もう少し攻撃がずれていたら恐ろしい事になっていたのでは。
「ルジェクさんはどうして軍人になったのですか?」
ルジェクは少し間を置いてから言葉を発した。
「俺、学校卒業してから工場で働いてたんだよね。でも毎日同じことの繰り返しでさ……それが嫌で軍人になったんだけど、はは、軍隊って割と毎日同じことの繰り返しだね」
同じことの繰り返しだろうか。エミリアはそうは思わないのだが、器用なルジェクにとってはそんなものなのだろうか。首に大怪我負っているのに?
エミリアは腑に落ちない気持ちだったが、それ以上は踏み込まない様にした。
「まぁ、仕事の話は置いといてさ、もっとプライベートの話をしようよ」
「プライベート……」
「あと、お互い任務で接してる訳じゃないんだし、もう少し砕けた喋りしてくれると嬉しいな」
せっかくリパロヴィナの方と知り合えたので、リパロヴィナ軍での生活や兵食、リパロヴィナに出没するモンスターについてなど色々聞きたかったのだが、軍事機密もあるのだろう。しかし砕けた喋りとは中々難しい。エミリアにとってはこれが素なのである。同期以外は敬語になってしまう。
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