第83話 ルイスと中央出張

「来月、ボーデに出張する事になったから」


 勤務棟大隊長室でルイスがエミリアに言った。


「行ってらっしゃいませ」


 エミリアはルイスから書類を受け取りながら返事をした。


「お前も同行してもらうから」


「え! 私もですか!?」


 ボーデはアーデルランドの首都である。アーデル城を中心に古くからの景観を守りつつ最先端のトレンドを融合した美しい街だ。街には人気の服屋が並んでお洒落なカフェが多い。エミリアはボーデの看護大学へ通っていたが、イル師団で働き始めてからは入隊した夏にソフィアと一度行ったきりだった。



 デュポン暦2023年9月

 エミリアはルイスと二人、軍服に身を包み列車に乗った。


「――本当に私は何もしなくて良いんですよね?」


 ルイスに付き添うだけでいいと言われていた。


「うん。何か言われてもただ笑っておけばいいよ。フォローするし」


「何かって何ですか?」


「えぇー、仕事どう? とか?」


「先輩は誰と面会するんですか?」


「本部の将軍や佐官色々」


 ルイスはいつも言葉が足りない。エミリアにはどんな出張なのかよく分からなかった。


「主に会議なんですよね?」


「そうだよ」


「発言しろって言われますか?」


「エミリアから意見を言わない限りは発言する機会はない」


「そうですか……」


 エミリアはフゥとため息をついた。



 列車から馬車に乗り継ぎ、中央軍本部へ到着した。

 中央軍本部はイル師団より遥かに大きく、エミリア一人だと確実に道に迷ってしまう。ルイスとエミリアは上層部へ挨拶をして回る。赤い絨毯のひかれた格式高そうな広い会議室で行われた会議。エミリアはルイスの隣で黙っているだけで神経がすり減る一日だった。


 夕方、無事に仕事が終わり次に王立図書館に向かう事になった。ルイスはそこで調べ物があるらしい。街の石畳のメイン通りを二人で歩く。平日でも街は大勢の人で賑わっている。しばらく歩いて中央図書館に到着。歴史ある建築様式で作られた大きな図書館だ。30分後に待ち合わせということで、館内でルイスと別れた。


 エミリアは学生の頃よくこの中央図書館で勉強をしていた。ルイスもこの図書館を利用していたとは驚きだった。もしかしたら学生時代に図書館ですれ違った事があるかもしれない。


 エミリアは雑誌を読んだ後、館内案内図を確認した。興味のある分野を探そうとしていたら、ふと目に入った場所があった。モンスター資料コーナーの中に「混血」という文字。エミリアはその場所に行ってみる事にした。


 モンスター資料のコーナーは2階の一番奥。中央図書館の2階3階部分は吹き抜けの形になっており、1階部分を見下ろせる形になっている。


 エミリアはモンスター資料コーナーに到着した。陸のモンスター、海のモンスター、妖精。メジャーな書物から専門的な書物まで豊富に揃っている。


 エミリアは仕事とリンクしそうな小難しい本は無視して混血の本を探した。

 すると本棚の端にひっそりと混血の本が並んでいた。


『混血、迫害の歴史』

『混血児の一生』

『追放』


 エミリアは血の気が引いてその場に固まった。力無い手でそのうち一つの本を手に取る。


 ――人間が、他と交接する事は極めて愚かな事である。アーデルランド政府は、これを禁じる。

 ――デュポン暦1700年。モンスターは討伐の対象。混血も討伐の対象。全土で混血の処刑が実行される。

 ――デュポン暦1800年。混血の処刑を禁じる法律が施行。

 ――デュポン暦2000年現在、人間が他の生物と交接、婚姻する事が禁じられているにも関わらず、混血児が増加していることが問題視されている。混血による人間への危害が懸念されている。



「エミリア!!」


 自分の名前を呼ばれてエミリアはびくりと体を動かした。声のした方向へ振り向くと、ルイスが息を切らして仁王立ちしていた。力のこもった目でルイスに見つめられて、エミリアは持っていた本を地面へ落としてしまい、慌てて拾い本棚へと戻した。エミリアはルイスを見ることが出来ず、本棚に顔を向けたまま黙した。


 ルイスがゆっくりと口を開いた。


「……ここに置いてある本は全て読んだけど、特に有意義な本は無かったよ」


「……全部読んだんですか」


「昔は色々あったようだけど、今は混血だからって捕まるわけじゃないから気にしなくていい」


「……ある日、狼男みたいに変身して危害加えるかもですよ……?」


「まさか!」


 震える声で言うエミリアに対して、ルイスは一刀両断した。


「そんなの、分からないじゃないですか……」


「分かるよ」


「何で」


「だって……、エミリアはエミリアじゃねーか。いつも自分の事より他人の心配して。人を思い遣れるお前が、人を傷つけることなんてしねーよ」


 エミリアは顔を伏したまま涙をこぼした。泣いてはいけないと思いつつも、次から次へと涙が溢れる。


 ルイスを好きになれて良かった。だけど、ルイスと付き合える事も結婚することも出来ない。


 エミリアは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。我慢すればする程、嗚咽が止まらない。


 ルイスの足音が近づく。

 エミリアは震えながら身を縮こまらせた。


 次の瞬間、ルイスがエミリアを抱擁した。


「え……?」


 不安で硬くなっていた体から力が抜ける。エミリアはゆっくりとルイスを見上げると目が合い、エミリアはみるみるうちに顔を赤くしてまた体を硬直させた。


 するとルイスはパッと両腕をエミリアから離して、後ろへ一歩下がった。


 エミリアはのぼせたままルイスを見つめた。


「ごめん……」


「……い、え……」


 エミリアは重心を自分の足元に戻した。


 やばい。バレた……? 私の気持ち――



 ルイスがエミリアに「行こう」と言い、二人は中央図書館を出た。少し雨が降ってきたので、そのまま足早に予約しているホテルへ向かう。ホテルまでの道のりで二人は会話をする事も目を合わす事もなかった。ルイスの歩くスピードが早く、ルイスの後ろは赤の他人達が入り、エミリアはその後ろを歩いた。途中でルイスが気付いたようで、エミリアが追いつくのを待って、歩幅を合わせてエミリアの前を無言で歩いた。


「ルイス・ゲラン様。大人2名一室、ツインルームのご予約ですね」


 予約していたホテルに到着し、フロントスタッフがルイスに確認した。


「……いや、1名一室で予約してます」


「2名一室とのご連絡がありましたので、そのようにお取りしています」


 出張の際、宿泊予約は事務局が行う。

 ルイスは眉間に皺を寄せた。


「……1名一室に変更して下さい」


「申し訳ございません。本日は全室満室でして……」


 外の雨が激しく降り出す。


「どうしよう……?」


 ルイスが後ろに待機していたエミリアに、青ざめながら声をかけた。

 エミリアは暗い顔のままうつむき「分かりません」と言った。

 ロビーは受付待ちの客で混んでいる。ルイスは部屋の鍵を一つ受け取った。


 ホテルの廊下を無言で歩き、宿泊する部屋に到着、ルイスが部屋の扉を開けた。


 モダンなエグゼクティブルーム。夜景が見渡せ、上質な空間が作られている。部屋の大半を占めているセミダブルベッドが小さなテーブルを挟んで2つ並んでいる。


 エミリアはあまりにも大人な雰囲気のある空間に目を見開いて固まった。

 ルイスは何も言わず部屋に入り、入口に近い方のベッドの上に荷物と自身の尻を乗せた。エミリアはふらりと部屋の端にある椅子に座った。


 お互いに無言。何を話せば良いのか分からない気まずい中、ルイスが立ち上がった。


「俺、他で泊まるわ」


「え……?」


 そう言ってルイスは一人素早く部屋を出て行った。


 私の気持ちがバレてしまったのかもしれない。嫌われてしまったのかもしれない。やっぱり迷惑だよね。



 深夜、部屋を真っ暗にしてエミリアが布団を被っていると、ルイスが静かに戻ってきた。鍵が見当たらなかったので戻ってくるかもとは思っていたのだが。ルイスは物音を極力立てないようにして隣のベッドに横になった。


 朝、エミリアは早くに起きて身支度をした。寝起き姿を見られたくなかったからだ。一睡も眠れなかったが。ルイスは白い布団を深く被って眠っている。少しだけ見える顔はまるで少年のようにあどけない寝顔だった。


 エミリアはまたチクリと胸が痛んだ。この顔が気まずい表情に変わるのが辛い。『エミリアはエミリアじゃないか』と言ってくれて嬉しかった。抱きしめられて嬉しかった。だけどルイスが他で泊まると言った時はショックだった。あの「ごめん」も抱きしめたからじゃなく、お断りの意味だったのかなと思う。


 この日、ルイスが目覚めてから帰りの列車の中でもあまり会話はなく、帰営後は仕事があるという理由でルイスはエミリアの部屋で夕飯を食べなかった。次の夕飯も、その次の夕食もキャンセルとなった。


 つまり、距離を置きたいという事なのだろう。

 恋愛的な意味で抱きしめた訳ではない――

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