第82話 エミリアの陸上戦 (後)

 エミリアは折を見て通信機を起動した。


『こちら通信科』


「エミリアです! 第1箒兵部隊ルイス隊長に至急繋いで下さい!」


 エミリアの通信機を持つ手は震えていた。


『ルイス中佐に繋ぎます』


『どうした!』


 すぐにルイスに繋がった。


「せんぱいーっ!」


 ルイスの声を聞いた瞬間、エミリアは安堵で涙が出そうになった。


『状況は?』


「コボルトに包囲されています!どうしたら――」


『数は?』


「分かりません! あぁ! でも今砂塵が晴れてきて……20体! いや30体程です! あぁ! 半数以上倒れてる――」


「先輩!? 先輩!?」


 通信機から何も音が聞こえない。


 エミリアは再度通信を試みるが通信機が起動しない。どうやら壊れたようだ。


「嘘でしょ!!? こんな時に!!」


 エミリアは戦闘服の襟に付いている通信機を乱暴に振った。だが再び電源が入る事はなかった。


「エミリア兵長! 障壁内にいても状況は悪くなるばかりです! 砂塵も晴れてきたので攻撃に出ます!」


 レイズ上等兵が準備を整え、障壁の外を見つめながら言った。


「加勢しないといけないですねぇ!」


 カイル上等兵や他の兵士達もやる気満々だ。


「分かりました! でもちょっと待って下さい」


 闇雲に障壁外に出てさらに負傷者を増やしたくはない。落ち着け! エミリアは混乱する頭で作戦を考えた。


「体を透明にする魔法をかけます! コボルトにバレないよう近づいて攻撃しましょう!」


「でも障壁内に負傷者がいる中、障壁を解くのは危険ではないですか?」


 カイル上等兵が言った。


「障壁は張ったままでいきます。障壁内でみなさんに防御魔法と不可視魔法をかけ、障壁の一部に穴を開けるのでそこから出て下さい」


 周囲がざわついた。


「そんな事可能なのですか?」


 レイズ上等兵が驚きを隠せないという表情でエミリアに聞いた。


「……やった事はありませんがやってみます」


 エミリアの決意は、周囲の不安げな様子を見ても変わらない。


「では、お願いします!」


 レイズ上等兵が力強く笑い、魔法の要求をした。


「そうだな。どうなろうと戦うのに変わりないからな!」


 カイル上等兵もエミリアの前へ出た。


「不可視化!」


 エミリアは自分の魔法に集中した。

 魔力に自信はあっても、同時に2つ3つの事を行うのは至難の業だ。


 動ける兵士は全員障壁外へ出た。

 後は彼らに託すしかない。



 砂塵が去った後、ガスパー軍曹を発見した。コボルトの攻撃を受けたのだろう。地面に倒れ気絶していた。兵士と協力して障壁内へと入れた。障壁内に留まっている兵士がガスパー軍曹に回復魔法をかけ、程なくガスパー軍曹は目を覚ました。命に別状はなさそうだ。


「エミリア!!」


 聞き覚えのある女性の声が上空から聞こえる。


「大丈夫!?」


 黒いロングの髪をなびかせながら、エミリアの視界へ入ってきた。


 アイリーンさんだ!


 アイリーンのすぐ後ろにカーター、クリス、ディランもいる。

 エミリアは涙が出そうになるのを堪えながら笑顔を作り、右手親指を立て上空へと向けた。


「大丈夫そうね! コボルトなんて頭の悪いただのデカい犬でしょ! さっさと蹴散らすわよ!」


 エミリアの無事を確かめた後、アイリーンは全速力で箒を飛ばしコボルトに向かって氷魔法を唱えた。複数の鋭利な氷の柱を突き刺しコボルトを滅する。


「エミリア兵長……あの女神はだれだ?」


 地面に座したままガスパー軍曹が、アイリーンに熱い視線を向ける。


「え……」


 エミリアは内心、申し訳ないが気持ち悪いと思ってしまった。


「エミリア! もう少し堪えていてね!」


 カーターがエミリアを激励し、箒を飛ばしてコボルトを攻撃していく。

 ディランとクリスも戦ってくれている。

 エミリアは、ふっと肩の荷が降りた気がした。


 第1箒兵部隊の一部の小隊が応援に駆けつけた。

 先輩にちゃんと声が届いていたんだ。とエミリアは思った。

 そのすぐ直後に第9箒兵中隊も応援に来た。

 誰かが増援を頼んだのか。

 次第にコボルトの数が減って行き、全てを討伐した。

 エミリアは障壁魔法を解除した。



 負傷者の回復、コボルトの後処理、処理科への連絡、兵士達がきびきびと動く。

 エミリアも負傷兵の看護を行なっていたところ、アイリーンがやってきた。


「お疲れ様! よく頑張ったわね!」


「アイリーンさん、来てくれてありがとうございます」


 そのすぐ後にカーター達もやってきた。


「みなさん! ありがとうございました!」

 エミリアがお辞儀をした。


「いやいや。無事で安心したよ。ルイス隊長も心配してたよ」

 カーターが笑って言った。


「人狼の方は大丈夫なんですか」


「大丈夫。今さっきルイス隊長と連絡をとったけど、向こうも後片付け中だって」

 カーターが穏やかに話す。


「そうですか……」

 エミリアは安堵した。


「では、僕たちはいったん帰るね」

 カーターがエミリアに背を向けた。


「申し訳ないけど、あんたまだ歩兵所属だから。最後まできっちりお勤めしてきなさい」

 アイリーンも右手をあげて、方向転換した。


「じゃーなー! 頑張れよ!」

 ディランがエミリアにエールを送り、クリスも挨拶をして、箒に乗って去って行った。



「エミリア兵長……」

 近くにいたガスパー軍曹がエミリアの側に寄り、空を見つめながらぼそりと呟いた。


「な、何ですか?」

 エミリアはたじろぎながらガスパーの方へ向く。


「あの女性を紹介してくれないか」

 ガスパーがアイリーンを指して言った。

 エミリアは非常に動揺した。


 どう対応しようか困っている所で、エミリアとガスパーの目の前を、応援に駆けつけていた第9箒兵中隊の兵士達がぞろぞろと通りがかった。

 大尉の階級章をつけた東洋系の顔立ちをした短髪の若い男が、険しい顔で何やら愚痴をこぼしている。そのすぐ隣で目の細い女性が男をなだめている。第9箒兵中隊がエミリア達第1歩兵大隊の代わりに、第2歩兵大隊の野営地へと行く事になったようだ。

 先輩に東洋のお酒を紹介した人は、あの男性なのかな、とエミリアは思った。



 仕事を終えたエミリアがイル駐屯地に到着したは夜7時。

 そこから雑務を行い、第1箒兵大隊の勤務棟に向かった。

 エミリアは明日からはまた第1箒兵大隊の仕事に戻る。


 すでに夜8時を超えており、事務室の明かりはまだらだ。部屋の奥の方に他の部隊の人が少し残業している程度で、第1箒兵大隊の兵士は1人もいない。

 退勤を示す自分の名前が書かれた札を裏返し、ほっと息を吐いた。


「えらく遅かったな」


 エミリアはぎゃっと驚き、声のする方へ向くと近くにルイスが立っていた。

 戦闘服は着ておらず、白シャツにズボン姿の私服だ。


「先輩! いたんですか!」


 エミリアは驚きが隠せない。


「いちゃ悪いか」


 むすっとした顔でルイスが応える。


「いや……もう誰もいないと思っていたので」


「お前を待ってたんだよ」


 相変わらずの無愛想な顔付きのまま言った。


「え、私を……?」


「心配だろうが」


「え、あ、ありがとうございます」


「カーターとライ中佐から報告は受けた。よく頑張ったな」


「はい。ありがとうございます……。応援も、呼んで下さりありがとうございました」


 そう言った後、エミリアは数歩下がった。


「うん。途中で通信切れたから焦ったぞ。うちの部隊からはあまり人員割けなかったから司令部に連絡して応援要請した。すでに他から要請を受けて第9箒兵中隊に指令を出した所だったようだけど」


「そうでしたか」


 少し上の空で、エミリアはさらに後ろへ下がった。


「……なんで距離取るんだよ」


「いや……あの……たぶん、たぶんでなくとも、私とても臭いんで」


「え? 何だよそれ、気になる」


 ルイスが目を丸くして、一歩前へ足を踏み出す。


「!? 寄らないで下さいよ!」


「どんだけ臭いんだよ」


「嗅がせるわけないでしょうが!」


 エミリアはその場を逃げ出した。


 ルイスは拗ねるようにチッと舌打ちをして、諦めて話題を変えた。


「飯、食ってきた?」

「まだ食べてないです。」


 2人の距離は傍目から見て不思議に思うくらい離れている。


「売店で弁当買っといたけどいる?」


「! なんて優しいんですか、先輩!」


「だろ? さっさと食おうぜ、腹減った」


「先輩もまだ食べてなかったんですか」


「なんかエミリアが心配過ぎて食う気になれなかった……」


「それはどうもすみませんでした」


 2人は今日一日の出来事を話しながら、寮へと戻った。

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