第81話 エミリアの陸上戦 (中)

 1時間半程歩き、第1歩兵大隊は、イル駐屯地から10キロ離れた「アデレーの森」へ到着した。広範囲に木が生い茂っている。森はモンスターの出現率が高いのでなるべく避けたい所だが、ここを通らなければピスケー平野へは行けない。


 足元は草が生い茂り、木の根も多く歩きづらい。そんな中、歩兵隊員は足を緩めることなく突き進んで行く。エミリアはどんどんと体力を奪われていった。装備は重く呼吸は荒くなり、服が汗ばんだ体に張り付く。


「エミリア兵長! ペースを上げろー!」


 班の先頭を歩くガスパー軍曹が声を張り上げる。

 エミリアは「はい!」と応えるが、息が上がり足早に歩くことができない。


 気づけばガスパー班は、大勢いる歩兵部隊の最後尾を歩いていた。

 見っともないやら申し訳ないやら、案の定、部隊の足を引っ張ってしまいエミリアは辛くなった。それを見てガスパーがまた声を荒げた。


「誰かエミリア兵長を担げー!」


 エミリアはギョッとして前方を歩くガスパー軍曹を見上げた。

 エミリアが反論する間もなく、レイズが「俺が担ぎます!」と叫ぶと同時に、自分のリュックを一兵卒へ投げ、エミリアを素早く背中に担いだ。


「お前、マジずるいぞ! 」


 カイルがレイズに不満げな顔で近寄った。


「早い者勝ちだよ」


 レイズは軽々とエミリアを担ぎ機嫌良く喋る。


「女性兵にこのペースはきついですよね」


 レイズが爽やかにエミリアに話しかける。


「いえ……ハァハァ、あの……ハァハァ」


 あまりに疲れて息切れしていて、驚きつつも話す事が出来ない。


「水、飲んで下さい♡」


 すかさずカイルがエミリアの口元に水筒の飲み口を持っていく。

 すごく好意的だなと思いつつ、エミリアは初めて男の人に担がれたのに、恥ずかしがる余裕もなく疲れきっていた。「すみません……」と呟くのが精一杯だった。


 前方で魔法の爆発音が聞こえた。

 エミリアはふと意識が戻り、体を起こした。


「大丈夫です。雑魚モンスターですよ」

「アデレーの森は我々の庭みたいなものですから」


 レイズとカイルがそれぞれエミリアを安心させようと話しかけた。


「この森を抜けたら第2歩兵大隊の野営地まですぐですから」


 カイルが自分をアピールするようにエミリアを励ました。


 こんな軟弱者に優しくしてくれるなんて、なんて良い人達なんだ、とエミリアは思った。


 程なく森を抜け出し、平野へと出た。日の光を全身に浴び、気持ちがいい。

 エミリアは礼を言い、レイズの背中から降りた。



 ***


 上空からルイス率いる第1大隊が、箒に乗り地上を見下ろしている。地上には人狼の群れが50体程発生していた。


「異常発生ですね」


 ルイスの隣でカーターが冷静な物言いで言った。


「どうなってるんだ。最近のアーデル東部は」


 ルイスが訝しげな表情で応える。


「東部の魔物の多さは今に始まったことではないですが、それにしても最近出現率が高いですよね」


「ピスケー平野にコボルトが異常発生したばかりだ」


 ルイスが旋回し、隊へ向け左腕をあげた。


「作戦開始!」



 第1箒兵大隊は見事な連携で箒と魔法を巧みに操り、人狼に立ち向かう。

 人狼を挟み討ちにするため、ユーゴ中隊が潜伏している河岸まで追いやる作戦だ。しかし個体数が多い上、人狼の動きが素早いため現場に余裕はない。


「陣形を崩すな!」「距離を取れ!」

 ルイスが全隊へ指示を出す。


「そこ、人狼逃げるよ! 追え!」

 マッティアも細部へ指示を出す。


「クリス、アイリーン、あっちの人狼も行ける?」

 とカーター。


『はい!行きます!』

 颯爽に飛び、2匹目の人狼を仕留めにいくクリスとアイリーン。


「しゃあぁぁ!」

 ディランは血気盛んに叫んでいる。


 中には人狼の攻撃を受けて箒を損傷し、地面に叩きつけられる兵士も出てきた。


「援護を!」「回復魔法して!」

 様々な場所で、各々言葉が飛び交っている。


「負傷者を考慮しつつ、当初の作戦を忘れるな!」

 戦闘により砂埃が立ち、兵士と人狼の叫び声、魔法の爆発音が鳴り響く現場で、ルイスが大声をあげる。



 ***


「エミリア兵長。大丈夫ですか?」


 ガスパー班の1人がエミリアに声をかけた。


「もうあと10分程で野営地に着きますからね」


 班員がちやほやしてくれてエミリアは有難く思いつつも居心地が悪かった。


 なんだか勘違いされているがエミリアは勝利の女神ではない。

 勝利へ導いているのはルイスでありルイス班と第1箒兵部隊のみんなだ。


 エミリアがそれを伝えようとしたところ、戦闘を知らせる合図の笛が鳴り響いた。


 次の瞬間、前方で攻撃魔法が発射された。

 隊の最後尾にいるエミリア達は敵が見えず状況がわからない。


『敵襲! 左右からコボルトの群れが現れた! 挟み撃ちにするつもりだ! 攻撃用意!』

 ガスパー軍曹の通信機に命令が伝えられた。


 総員前方へ駆け出す。エミリアも必死で班員について走る。エミリアの荷物は引き続き一兵卒に持って頂いているので申し訳ないが走りやすい。


 エミリアはガスパー班10名へ防御魔法を唱えた。1度目は最前列の5名、2度目は残りの5名に。もっと多くの人にかけてあげたいが、兵士達の走りが早くエミリアの魔法が届かない。それでも届く範囲の兵士には防御魔法をかけ続けた。


「エミリア兵長は我が班のみの対応でよい! 魔力を温存しろ!」

 ガスパーが大声で言った。


 ガスパーはエミリアの魔力量を知らない。エミリアとっては歩兵100名へ防御魔法を唱えても平気なのだ。しかし、班からはぐれてしまってはいけないエミリアは、魔法を唱えるのをやめて班員のうしろを着いていく。


 ハァ! ハァ!

 犬に似た息遣いと大地を蹴って走る獣の足跡。


 気づいた瞬間、エミリアのすぐ前を走っていた班員が、獣の鋭利な爪で攻撃を受け飛ばされた。


 エミリアは一瞬息が止まりそうになって静止する。砂塵の中から人間と同じくらいの身長に、全身毛で覆われたコボルトが姿を現す。気付けばエミリアたち歩兵隊の最後尾は数匹のコボルトに囲まれていた。


 コボルトは見える範囲でも3、4体は確認できる。視界不良の中、戦いの爆音が轟く。


「thunderbolt!」


 ガスパーが魔法を唱える。

 あっと言う間に場は混戦状態だ。


 コボルトは人狼よりは弱いが、人間に例えると力持ちで体格の大きい屈強な兵士のようなもの。一対一だと頭を使わなければ力で負けてしまう。


 前方には一体何匹いるのだろう。砂塵で先が全く見えない。

 現場はほぼ壊滅状態ではなかったのか? 第2歩兵部隊はどうなった?


 エミリアは障壁魔法を唱えていてコボルトの攻撃を無効化できているが、防御魔法のみの兵士達はどんどんコボルトの攻撃の衝撃によって飛ばされていく。歩兵部隊での陸上戦が初めてのエミリアでも、今が不利な状態だと分かった。


「立ち上がれ! 戦えー!」


 ガスパー軍曹が吠える。


 一度退却した方が良いのでは? という考えがエミリアの頭をよぎったが、エミリアにはどうすることもできず、ひたすら防御魔法と回復魔法を唱え続けた。

 気付けばガスパー軍曹を見失ってしまった。コボルトの攻撃を受けてしまったのか。砂塵に覆われ周りがよく見えない。エミリアは近くにいたレイズの側についた。


「兵が急激に減っています! 上の指示があるまでどうか私の障壁に入ってください!」


 エミリアがレイズに叫んだ。

 障壁内に入るとモンスターからの攻撃を無効化できるが、代わりにこちらからも攻撃は出来なくなる。


「くそ! 敵が多すぎる!」


 自分の周りに兵が見当たらないのを確認し、レイズがエミリアの障壁内に入った。


「私は歩兵100人障壁に入れる事ができます! まずは態勢を立て直しましょう!」


 エミリアがレイズに必死な勢いで言った。


「……流石、勝利の女神様です」


 レイズが息を切らしながら言葉を発する。


「勝利の女神なんかじゃないです!」


「いや、女神様ですよ。先程の防御魔法も一度に5人もの人数にかけることができるなんて、僕も軍人は長くやってますけど初めて見ました」


「ありがとうございます……とりあえず、兵を見かけたら全員障壁内に避難してもらいます!」


 カイル、ガスパー班班員を次々に見つけ、エミリアは障壁内の人口を増やして行った。

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