第80話 エミリアの陸上戦 (前)

 午前10:00

 第1箒兵大隊が巡回前に会議室に集まっている。


「人狼の群れが出現したので討伐に向かう。マッティア中隊はボージュ平野にいる人狼を退治しつつミュール川へ。ユーゴ中隊は先にミュール川で待機、逃げてきた人狼の殲滅」


 会議室のホワイトボードを使いながら、班の配置、攻撃方法など綿密に打ち合わせが行われる。


 エミリアはカーター達とともに会議へ参加していたが、ルイスに呼び出された。


「何ですか?」


「エミリアはこれから第1歩兵大隊のヘルプだ」


「歩兵……?」


「そうだ。時間がない。今から歩兵大隊の会議室に向かうから付いて来い」


 そう言って、ルイスはさっさと第1箒兵大隊の会議室を出て行き、エミリアは訳が分からないまま後を追った。


 廊下を歩きながら、ルイスが言った。


「第2歩兵大隊が、先のコボルトとの戦いでかなりの負傷者が出たそうだ。現場は収束に向かっていてコボルトの残党を処理している状態。ただ、回復・防御隊員の欠員が多く、一時的な穴埋めのため、第1歩兵大隊とともにエミリアに応援に行ってほしいとのことだ」


「私に……」


「……反対したんだが司令部からの命令で覆せなかった。ほぼ鎮圧してるといっても前線だから気をつけろよ」



 二人は第1歩兵大隊の会議室前へ到着した。


「これ付けとけ」


 ルイスがエミリアに通信機を渡した。

 通信科と連絡が取れる通信機は通常は班長以上でなければ携帯できない。


「いいんですか? 私が持って……」


「大丈夫。総務からかすめ取ってきた」


 ルイスが不敵に笑う。


「大丈夫じゃないじゃないですか! それ!」


「ちゃんと許可とってあるから安心しろ」


 ルイスはエミリアの耳元近くに顔を寄せた。


「エミリアは歩兵大隊の指揮系統に従わなければならないが、何かあれば俺に連絡しろ」


「はい……」


 エミリアは緊張しながら、戦闘服の襟の内側に通信機をこっそりとつけた。

 通信機をつけているだけでエミリアは心強い気持ちになった。

 ルイスがついていてくれるような気がする。


 ルイスとエミリアは挨拶をして第1歩兵大隊の会議室へ入った。

 部屋には大勢の歩兵が集まり、それぞれのチームに分かれ、話し合いが行われていたが、2人が入ってきた途端に静かになった。

 歩兵達が、ルイスとエミリアに注目する。


「ルイス中佐だよ……」


「え? 何で?」


「後ろの女の子だれ? かわいくねぇ?」


「馬鹿! あの子、ルイス中佐のパートナーの子だよ!」


「え! まじで!?」


 歩兵達が小声でエミリア達の話をしている。

 ルイスは壇上にいた第一歩兵大隊大隊長のライ中佐と挨拶を交わした。

 ライ中佐は後頭部が薄くふくよかな体型で、気だるそうな顔つきをしている。


「わざわざ、ルイス君自らきてもらうなんて悪いね」


「いえ」


「その子?」


「はい。エミリアと言います」


「女に歩兵が務まるかねぇ」


 ライが眉をひそめて笑う。

 第1歩兵大隊は見渡す限り女性が見当たらない。


「不要なら連れて帰りますが?」


「いや、ルイス中佐のパートナーの武勲は聞き及んでいるよ」


 そう言ってライは、自分の隣に直立していた男を紹介した。


「班長のガスパーだ。彼の指示に従ってもらう」


「ガスパーです! この度は我が隊への応援ありがとうございます!」


 ガスパーが姿勢をビシッと正したままルイスへ敬礼をした。

 中肉中背、30代後半くらいの年齢、真面目で堅物そうな顔つきをしている。


「攻撃魔法は使えないの知ってるんだよな?」


 ルイスがガスパーの方へ向いて言った。


「はい。存じ上げております! 野営地での回復がメインですのでご安心ください!」


 ガスパーが少し頰を紅潮させて大きな声で答えた。


「回復要員。俺もそれがいいと思う。こいつ歩兵の経験ないし、体力ない上に走るの遅いから前線じゃ足引っ張るよ」


 攻撃魔法が使えず歩兵としても役に立たない事がすぐに知れ渡ってしまい、エミリアは気まずくなった。



 ルイスの通信機が鳴る。

 カーターだ。


『隊長。準備整いました。出られますか?』


「今行く」


 通信を切り、ルイスはライ中佐に挨拶をした。

 そして後ろへ振り返り、エミリアを見つめた。


「頑張ってこい」


「はい」


 ルイスが会議室を去り、ガスパーがきびきびとした口調で声を上げた。


「班員の紹介をする! こちらへ来い!」


「はい!」


 足早に歩くガスパー軍曹の後ろを、エミリアは慌ただしくついていった。

 ガスパー班の班員10名程の兵士がエミリアを迎えた。

 それぞれ簡潔に自己紹介をして、ガスパーより作戦を伝えられた。


「我々は今より、ピスケー平野に陣を構えている第2歩兵大隊の応援へ向かう! すでにあらかたコボルトを討伐済みとはいえ気を抜くな! 他のモンスターの出現にも気をつけろ!」



「第1歩兵大隊! 出発!」


 ライ中佐の合図で、全班が街から15キロ離れたピスケー平野へ向かった。


「エミリア兵長! 君は第2歩兵大隊がいる野営地にて、負傷者の手当てをしてもらうことになる!」


 ガスパーが班員を引き連れ、ガスパーのすぐ後ろを歩くエミリアに伝えた。

 エミリアは勢いよく返事をしたが、隊員達の歩幅が大きく、歩く速さに驚いた。

 また装備が重く、すぐにエミリアはガスパーの後ろ2番手から3番手、4番手と後退して行き、呼吸が乱れ始めた。

 隊員達は歩いているのに、エミリアは1人小走りな状態になっている。


「第1歩兵に来ていただきありがとうございます」


 エミリアはふと顔を上げ、声が聞こえてきた方向、隣に歩く男を見た。


「いつも空を飛んでいるエミリア兵長を見ていましたが、実物にお会いできて光栄です」


 隣から話しかけてきた男は、レイズと名乗った。

 エミリアより少し年上であろう身長170cmほどの東洋人。肌は小麦色に焼けて、日々の訓練で鍛えられた頼もしい筋肉を備えた体付きをしている。大きな口でニッと笑う顔は爽やかで清々しい印象を受ける。


「ありがとうございます」


 エミリアは軽く会釈をし、また前を見て必死に歩いた。自分を知っているのか、と驚いたが今のエミリアには雑談をする余裕はない。正直、隊の歩く速さについて行くのに必死だ。しかし、エミリアの気持ちに気付く事なく、レイズは笑顔で話を続けた。


「箒兵はいつも俺らの応援要請で来てくれますでしょ。俺らが戦っている上空を駆け抜けて前方の敵を倒してくれる。エミリア兵長は実は俺たちの間じゃ女神と呼ばれているんですよ。勝利の女神がきたぞー! てな感じ」


「め、女神!?」


 エミリアは目を丸くしてレイズを見た。

 持ち上げないでほしい。足を引っ張る存在なのに! とエミリアは思ったが、行進が辛く返答が出来ない。


「綺麗なお方なので正直緊張しています」


 レイズは行進の中、呼吸を乱す事なくエミリアを見つめながら爽やかな笑顔で言った。


「バカ! お前、何一人抜け駆けしてるんだ!」


 エミリアのすぐ後ろを歩く、筋肉質の大柄の男が叫んだ。

 そして、レイズと二人、エミリアを挟むような形で隣に歩を進め、再度エミリアに自己紹介をした。

 名をカイルと言った。彼もまた日焼けをしており褐色肌だ。180cm程の高身長の坊主頭で、ヒゲを短く整えている。


「僕も女神様にお会いできて光栄です♡」


 カイルが自分の胸に手を置き、エミリアにウインクをした。


「任務中だぞ! ナンパは勤務外にやれーぃ!」


 前方よりガスパー軍曹の怒号がとんだ。

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