第37話 舞踏会〜先輩が格好良くて直視できません〜④

 勲章授与式当日


 エミリアはすぐに名前が呼ばれ、賞状を受けとり席へと戻った。緊張したのも束の間、あっという間に出番が終わった。


 暫くしてから、ルイスの名前が呼ばれた。ルイスは、ピシリと背筋を伸ばして壇上へ上がった。エミリアはルイスの正装姿にノックダウン。正帽を被り、胸には飾緒、勲章。この場にいる誰よりもルイスが一番格好いいとエミリアは思った。


 授賞式が終わり、エミリアは急いで控え室に戻り、依頼してたスタッフにドレスの着付けとへアメイクを行ってもらった。女性兵は軍服からドレスへのチェンジで慌ただしい。男性は楽だなと思った。



 舞踏会開始前、ぎりぎりの時間。エミリアはドレスの裾を上げて、馴れないヒールで走り、急ぎ会場へと入った。


 天井にはシャンデリア。豪華絢爛な内装の会場は、すでに大勢の人達で埋め尽くされている。


 男性は燕尾服や軍正装。女性達は華やかなドレスを着て綺麗に着飾っている。

 エミリアは人混みの中、ルイスを探した。


 楽器の調整を終えた音楽隊が演奏を始め、ダンスが始まった。

 エミリアはぶつかって邪魔にないように壁際に避難した。

 ルイスを見つける事が出来ず焦っていると、遠くから自分の名を呼ぶ声が聞こえた。


「エミリア!」


 人混みを掻き分けて、ロミオが顔を出す。


「ロミオ教官!」


「授賞式、後ろで見てたけど、様になってたよ!」


「ありがとうございます」


 さらりとドレスも褒めてくれた。


「隣の部屋でルイスと飲んでいるからおいで」


「はい」


 エミリアはロミオの後を付いて、ダンスホールの端を歩いていった。



 隣の部屋では、ドリンクや軽食が用意されていた。

 部屋の片隅で、ひっそりと目立たないようにルイスが酒を飲んでいた。

 ロミオとエミリアも椅子へ座る。


「なんだか凄い場所ですねー。人が多くて圧倒されます」


「僕らもそうだよ。特にルイスなんて華やかな場所苦手だから完全にオーラ消してる」


「酒が上手いのだけが救い」


 ルイスはぼそりと呟いた。


「エミリア何か飲む?」


 ロミオがドリンクを持ったボーイをテーブルに呼ぶ。


「ではオレンジジュースを……」



 3人は部屋の片隅で軽食をつまみながら静かにトークをして過ごした。

 先程からたまにルイスが遠くを見て首を横に振っている。エミリアがルイスの視線の先を見ると、綺麗な女性。


「ちょっとくらい踊ってあげれば?」


 ロミオがルイスに言った。


「お前のように俺は器用にこなせない」


「踊るだけならいいじゃない」


「踊るだけで済まんだろが」



 先輩、踊りたくないんだな。まぁ、私も踊り方知らないし、踊れないけど。せっかく素敵なドレスを着たのにな。



 ドレスを着れて満足なものの、エミリアは足元を見つめ、少し寂しい気持ちになった。


「ルイス、少しくらい踊ってやりなさい。女の子を悲しませてはいけないよ」


 落ち着いた低めの声が聞こえて、エミリアは声主の方を見た。予想していなかった人が目の前にいてエミリアはびっくりした。肩章、飾緒、数々の勲章がつけられた軍正装の男性。



 アンドリュー中将!



 ルイスも驚いたような顔をし、すぐに椅子から立ち上がり、口を開いた。


「すみません。俺、こいつと踊らなきゃいけないんで」


 そう言ってルイスは、テーブル向かいに座っていたエミリアの腕を取った。


「え!!?」


 エミリアは目を見開き、素っ頓狂な声を出した。


「あぁ、エミリアちゃんと踊るのね」


 アンドリュー中将が微笑む。

 ルイスは、驚くエミリアを引っ張りながらダンスホールへと進んだ。


「わ、わ、わ、私! 踊れないですよ!?」


「踊れなくてもいいよ。悪いな。他の女だと後々面倒なんだよ」


 エミリアを引っ張る手が緩むことはない。


「基礎も何も知らないですよ!? 踊ったことないんですけど!」


 ルイスと一緒に踊りたいと思ったのは確かだが、実際に踊るとなると尻込みする。


「俺が教えてやるよ」


 ルイスがエミリアに振り向いて足を止めた。

 気づけばダンスホール。周りは手を取り合っているたくさんの男女。

 弦楽器の演奏を合図に、周囲の男女がくるくると回り出した。


「みんな上手い……」


 洗練されたダンスにエミリアは圧倒された。

 初心者なんて私だけでは……


「気にするな」


「邪魔になっちゃいます……」


「端で踊っておけば問題ないだろ」


 ルイスがエミリアの右手を握った。エミリアの左手を自分の右腕に乗せて、左手を肩へ添えた。

 エミリアは緊張して固まった。近すぎて息が出来ない。


「これが基本のホールド……あとはまぁ、回る……」


 ルイスが足を前へ進めて歩き始めると、エミリアはすぐにルイスの足を踏んづけてしまった。

 その後も踏んで踏んで、よたよたと歩くしか出来ない。

 横を通り過ぎるカップル達はスーッと流れるように踊り、動く度に女性のスカートが大きく広がり美しい。

 ただヒールで歩くだけでも困難なのにエミリアには踊る事など到底出来ない。


「先輩、もう……」


 これ以上踊るのは恥ずかしいし、先輩にも申し訳ない。

 エミリアは添えていた手を離して、そっとルイスを見上げると、ルイスがブフッと笑った。


「な、何ですか!」


「ごめん……なんか、面白くて……」


 ルイスは手の甲で口元を抑えて、笑いを堪えて震えている。


「お、面白い……!?」


 エミリアは真っ赤になって絶句した。


「もういいの? 将来の為にもう少し練習した方がいいんじゃないの?」


 声を震わしながら、面白がっている。


「もういいです……」


 あまりの下手さに馬鹿にされたようだ。とエミリアは顔を青ざめた。



 エミリアが後ろへ下がると、華やかな女性が、舞うように二人の間に入り込み、ルイスの手を取って踊りへと誘った。

 ルイスに有無を言わさず、音楽隊の演奏に合わせてワルツを踊る。流れるような早さで回り、ホール奥へと進んでいった。女性達がルイスとのダンスを楽しんでいる。1人取り残されたエミリアは、ズキンと胸の痛みを感じながら、休憩室へと戻った。

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