第36話 舞踏会〜先輩が格好良くて直視できません〜③

 市街地のブティック通り。街灯が灯り、石畳の道はほんのり明るい。


「ゲラン様、お待ちしておりました」


 衣装店の店員が厳かに迎える。店内に入ると沢山のきらびやかなドレスが並んでいた。授賞式の件で気落ちしていたエミリアだったが、一気に気分が上がった。お姫様のようなドレスばかりだ!


「受賞祝いに買ってやるから好きなの選べ」


「え!!」


 エミリアはびっくりして言葉に詰まった。


「い、いいんですか……?」


「うん」


「あ……ありがとうございます!」


 こんな素敵なドレスを着れるなんて夢見たい。

 そう思いながらドレスに触れて、値段を見て固まった。

 数点、さりげなくドレスの値段をチェックし、エミリアはルイスの元へ戻った。


「先輩……古着の店探してみてもいいですか」


 店員に聞こえないよう小声で話しかけた。


「え、何で?」


「思ってたより、値段が高いです……」


「気にするな。好きなものを選べ」


「ほんとに高いんですって!」



 小声でルイスに話しかけていると、店員がドレスのカタログを持ってきた。


「店内全てのドレスがこのカタログに乗っております。お気に召して頂けたものを持って参りますね」


 エミリアはカタログを見てみた。

 価格順に掲載されている。2番目に安いドレスですでにエミリアの月給を超える。

 この1番安いドレスにする? シンプル過ぎる気もするけど……

 エミリアはあまりカタログのページを開けなかった。


「このエメラルド色のは?」


 ルイスが店内に飾ってあったドレスをエミリアに提案した。

 それはとても素敵なドレスだったが、エミリアは返答に困った。


「こちらは東洋の宝石、翡翠を表現したドレスですね。どうぞこちらで試着して下さい」


 店員がエミリアを試着室へと促す。


「こちらのドレスすごく可愛いですよね、お客様によく似合うと思いますよ」


 店員がエミリアにドレスを着せながら話す。


「いや……はい、すごく素敵なんですけど、その、お値段が気になる……」


 エミリアは不安になりながら答えると、「仕事だから言うんじゃないですよ」と前置きし、店員が微笑んだ。


「きっと値段は気にしなくていいんですよ。彼氏さんに素直に甘えるといいですよ」


 彼氏だと思われていたのか。

 エミリアは真っ赤になり黙り込んだ。


「いかがですか?」


 店員が鏡越しにエミリアに尋ねる。派手すぎず可憐なドレスでエミリアの肌によく馴染んだ。エミリアはドレスを初めて着たが、とても気に入ってしまった。


「彼氏さんにも見てもらいましょう」


「え!!」


 エミリアが止める間もないまま、店員はカーテンを開いた。


「いかがですか! 素敵ですよね!」


 店員が笑顔でフィッティングルームの外へ向かって話す。

 きっと似合わないと馬鹿にされる。恥ずかしい。消えてしまいたい。

 エミリアは顔を背けた。


「いいんじゃない」


 低い声で一言ルイスが言葉を発した。


「へ?」


 エミリアはスカートの裾を持ったまま固まった。


「似合ってるよ」


「え……あ……ありがとうございます……」


 まったく想像してなかった言葉にエミリアは戸惑った。

 今しがたの言葉を脳内で反芻し、そしてまた顔が熱くなった。



「本当にいいんですか?」


 レジ前でエミリアがルイスに話しかけた。

 試着したドレスの値段が分からず、そわそわと会計を観察する。


「いいから、お前もうそっちで待ってろ」


「はい……」


 エミリアは渋々と店の入口付近にあるソファーに座った。



 会計後、2人は店員に見送られ、箒で夜空を昇った。


「ありがとうございました」


 エミリアがルイスの背後から声をかける。


「どういたしまして。新人賞おめでとう」


「ありがとうございます……。おこぼれですけど……」


「おこぼれ?」


「先輩がパートナーだから……先輩のおかげです」


「まぁ確かに。俺と組んでるんだから取って当たり前だわな」


「はい……」


「今までのパートナー誰も受賞しなかったが」


「え……」


「お前が頑張ったからだろ。素直に喜んどけ」


「はい……」


 気持ちが晴れてきた。ルイスが頑張りを認めてくれた事が嬉しい。


「あの……。私も先輩の受賞祝い何か買いますね! 欲しいものはありますか?」


 そう聞くとルイスは即座に返答した。


「晩飯」


「晩飯!? そんなのでいいんですか? もっと物とか……」


「いらん。飯がいい」


「そ、そうですか……。先輩の好きな食べ物は何ですか?」


「肉」


「では、ビーフシチューにしますか」


「あー、いいね」


 良い肉を買ってこよう。とエミリアは考えた。



「そういえばお前、舞踏会の相手決まった?」


「いえ、まだ」


「誘いたい奴いないんだったら、俺の名前で申請しておくぞ」


「え!! いいんですか!? 先輩参加したくないんじゃ……」


「参加したくないけど、お前が変な野郎に引っかかって痛い目に合ったら後味悪いから、保護者代わりに参加してやる」


 保護者代わりという言葉は余計だが、エミリアは薔薇色に気持ちが舞い上がった。

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