第32話 恋心を自覚しました②

 散々悩んだ後、エミリアは結局ジャックと二人で演劇を見に行くことにした。

 土曜日の朝、衛生隊寮の食堂にエミリアはいた。

 土日はソフィアと待ち合わせをして、衛生隊寮の食堂でご飯を食べる事が多い。


「エミリアー! おはよう!」


「おはよう、ソフィア。私、今日、頑張ってきます」


 エミリアが神妙な面持ちで言った。


「え? あ、はい! 頑張って!?」


 エミリアとソフィアは朝食をトレイにのせて席へ座った。


「無理はしないでね!」


 ソフィアが心配そうな顔で言う。仕事に行くのだと勘違いをしてそうだ。


「任務じゃないよ。デ、デ、デート……」


「えー!!!!」


 エミリアは事の経緯をソフィアへ話した。



 ジャックとは街で待ち合わせをした。恋人ベルトを用意されては困るし、箒移動でなくても駐屯地から街までの徒歩か馬車での移動中、一緒に喋るのは疲れそうだからだ。


 エミリアは、約束の時間より早めに待ち合わせ場所に到着したが、すでにジャックがいた。


「すみません! 待ちましたか?」


 エミリアは小走りでジャックの元へ向かった。


「いや、今来た所」


 ジャックは緊張した顔で笑った。

 ジャックの私服は全体的に茶色。エミリアはボルドー色のトップスにプリーツスカートを合わせて秋を意識した服装をしてきた。入隊したての頃よりは、まともな服を着るようになったとエミリア自身は思っている。大抵はソフィアと買いに行く。


「……じゃあ行こうか」


 エミリアは頷いてジャックの少し後ろを歩いた。

 ジャックは第1箒兵部隊にしては珍しく優しい人物だ。第1の隊員は殆ど気性が荒い。ルイスも含めて――。



 大衆演劇場に到着した。

 すでにジャックはチケットを用意していて、二人はすぐに会場へ入った。

 タイトルは『LOVE STORY』

 内容は戦争もので、エミリアは対してハマらなかった。タイトルにも全くハマらなかった。しかし連れてきてもらった手前、面白くなかったとは言えない。


「お、面白かったですね……」


「そうだねー」


 エミリアは大衆劇場に来るのは初めてだった。どのプログラムを見るか一緒に選ばせてくれてたら良かったのにと思った。エミリアなら恋愛モノは選ばない。アクションモノかコメディを選ぶ。先輩もアクションを選びそうだ。


 その後ジャックが指定したレストランでランチ。人気なようで入口の外に行列ができていた。エミリアは待ち時間、何を話せば良いのか気まずくて仕方がなかった。できれば路地向かいの空いてるレストランに入りたい。そう思いつつエミリアは会話が途切れないよう話題提供し、盛り上げようと頑張った。


 店に入り、エミリアが頼んだパスタは、緊張で味が分からず、喉も通らなかった。


「美味しかったですねー」


 エミリアは気づけばいい女を演じてしまっていた。素が出せない。

 ルイスが相手なら、食事も会話も楽しいのに。



 夕方


「そろそろ帰宅しますね」


 エミリアが話を切り出した。


「送って行こうか?」


「いえ、大丈夫です。ここで……」


 エミリアはジャックと別れの挨拶を言うため立ち止まった。


「あの、さ……」


 ジャックが躊躇いながら口を開く。

 エミリアはとても嫌な予感がした。


「俺、前からエミリアちゃん可愛いなと思っていて。俺と付き合ってくれないかな」




「ソフィアーーーー!!!」


 エミリアが衛生隊寮ソフィアの部屋に押し入った。


「エミリア! お帰り! どうだった!?」


「うわぁぁぁ!!」


 エミリアは今日の出来事を全て話した。


「付き合って欲しいって!!!」


「キャー! 凄い! それで!?」


 ソフィアも興奮している。



「こ、断りました……!」


 エミリアはテーブルに顔をうずめた。


「演劇も、ランチも奢ってくれたのに……! 申し訳ないけど……!」


「そっかぁ。どの辺が駄目だったの?」


「駄目というか――」


 ジャックと演劇を見に行ってもご飯を食べても、エミリアは別の人のことばかり考えてしまっていた。演劇を一緒に観たいと思う相手もあの人。ジャックの相談をした時も、本当は止めて欲しかった。



 エミリアは顔を上げて、ソフィアを見た。


「自分に好きな人がいる事に気づきました……」


「えぇ!」


 ソフィアが口元を手で覆った。


「私……、先輩の事が好きみたい……」


 ソフィアが高い声を出して叫んだ。そして「そうだったんだね、エミリア!」と言い、満面の笑みで喜んだ。



「……でも私、恋に頑張るつもりはないんだ!」


「そうなの? 付き合いたいとか思わないの?」


「……先輩、私に眼中ないの分かってるし、何よりも今は仕事で一人前になって認められたいかな」


「エミリアは真面目だねぇ。応援してるよ」



 その後


「ジャックどうだったー?」


 ルイスに話しかけられ、エミリアの心臓が強く脈打った。


「告白されましたけどお断りしました」


 意識しないように平常心を取り繕う。


「早! 気の毒なジャック……」


「くっ!」


 あなたが好きだからとは到底言えない。

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