第8話 初任務です②

 ダンジョンに少し入っただけで、気分の悪くなる重たい空気へと変わった。

 太陽の光は入ることはなく、代わりに一定間隔で魔法灯が設置されている。

 死んだモンスターを処理している兵士達がいた。

 皆きびきびと作業している中、単独行動をしているエミリアは少し怪しい。


「お前! 何をしている?」


 ぎこちない動きのエミリアに、兵士が気づき、話しかけてきた。


「あ! あの! ルイス中佐に物資を持って来るよう頼まれました! 中佐は何処にいますか!」


「ルイス中佐に? 第1は7階層まで行ってるぞ」


「ありがとうございます!」


「あ! おい!」


 怪しむ兵士を振り切って、エミリアはダンジョン奥へと走った。


 エミリアは、できる限り高い防御魔法と、モンスターに見つからないように、自分の姿を見えなくする不可視魔法をかけた。


 対モンスター用に考えられる限りの策を練り、奥へと進む。しかし、見渡す限り、モンスターが全くいない。すでに倒し終えたのだろうか。エミリアは7階層まですぐに到着してしまった。


 暗がりの奥から大きな声が聞こえた。


「退却だ!!」


 その声のすぐ後、魔法灯を灯した箒に乗った兵士達がエミリアの前方から現れ、勢いよく飛んできた。エミリアはぶつかるまいと身を屈めて、通路の端へ避難した。


 50人程通り過ぎただろうか。余りにも一瞬の出来事であった。


 逃げている? そういえば「退却」と聞こえたような気がした。


 もう一人遅れて箒がやってきた。


「待って!!!!」


 エミリアは声を振り絞って大声を出した。


「……誰かいるのか!?」


 箒が急停止する。

 エミリアは不可視魔法を解き、姿を露わにし、通路の真ん中へ出た。

 停止した男は偶然にもエミリアが探していた相手。


「ルイス中佐……」


 やっと見つけた。

 エミリアは震えながらも安堵の溜息を吐く。


「お前! 何でここに! 1人か!? てか箒は!?」


「1人です。箒は、乗れません……」


「はぁぁ!? 」


 箒が乗れないのに、箒兵隊へ配属になったのは、私のせいではない。

 エミリアは脳内で愚痴りながら、青ざめた顔でルイスを見つめた。


 ルイスは一瞬言葉を失い、その後声を荒げた。


「新人が1人でダンジョン内に来てんじゃねぇ!!」


 次の瞬間、一気に場の空気がピリリと変わった。

 ルイスがエミリアの腕を掴み、通路端へ飛ぶ。


 エミリアのすぐ脇を火炎放射の火柱が走る。

 火炎魔法が当たった壁は、ガラガラと音を立て崩れ落ち、今来た通路が塞がってしまった。


「逃げそびれた」


 箒から降り、ルイスが顔を顰めて呟いた。


 鼻をつく強烈な悪臭が辺りに広がる。ズシンと地響きを立て、足音が近づいてくる。


 牛のような頭に、長くうねる鋭い角。巨大な躰。

 酷く獰猛な顔の口元を開き、咆哮による轟きが鼓膜にビリビリと突き刺さる。


「な、何あれ……!」


「ミノタウロスだ。仕方がない、戦うぞ」


「た、戦う!?」


 ルイスがエミリアを睨む。


「お前は曲がりなりにも軍人だろうが!」


「はひ!」


 エミリアは涙目になりながら返事をする。

 ルイスはやはり恐ろしい、とエミリアは思った。


「防御と回復が得意なんだって?」


 ルイスは、少しはエミリアの事を知っているようだ。


「はい」


「障壁」


「はい?」


 キョトンとするエミリアに、ルイスが吼える。


「障壁魔法! 唱えろ! 今すぐ!」


「は、はひ!」


 唱えた瞬間、ミノタウロスが、二人へ突進してくる。


「きゃーーーー!」


 ズシンと重たい音と共に地面が揺れる。


 が、二人は無傷だ。エミリアが作った障壁、ドーム型の壁の中で二人は守られている。


「何分持つ?」


 ルイスが戦闘服のポケットから魔力回復薬であるピンク色の液体が入った小瓶を取り出し、口に含む。彼はミノタウロスに目を向けたまま、エミリアの隣で、冷静に立っている。


「わ、分かりませんよ!」


 エミリアはモンスター相手に障壁魔法を使うのは初めてなのだ。


「魔力はいくらある?」


「分かりません!」


「はぁ? まぁ、いい。堪えきれなくなったら言え」


 ルイスの右手に無数の青白い光が集まり始める。


「俺が合図をしたら、障壁解除な」


「な!?」


 ミノタウロスが、突進を繰り返しているのに、障壁を解除しろだなんて、エミリアには正気の沙汰とは思えない。


「ちなみに解除しなかったら、俺の魔法で、自滅だ」


 エミリアは言葉を失った。


 高密度の魔力がルイスの右手へと集まる。

 エミリアが、今まで見た事もない複雑で巨大な魔方陣が広がっていく。

 強い光を帯びたその魔方陣は恐ろしくも美しく感じる。


「障壁解除!!」


 エミリアは、どうにでもなれ! と魔法を解いた。


「Lightning bolt!」


 無数の雷の閃光が1つの大柱となり、対象へ直撃する。


 轟音と共に、巨大な躰を持ったミノタウロスが、見事、後方へと吹き飛ばされる。


 エミリアは、現役軍人の魔法を目の当たりにして、呆然とした。

 障壁を解かなかったら、魔法が跳ね返り、ルイスの言う通り、自分達は死んでいたのかと思うとゾッとする。


「ぼーっとするな! 障壁!」


 ルイスの声にエミリアは我に帰る。


 ミノタウロスが怒り狂い、猛突進。太い腕を空へ掲げエミリアとルイスへ向かい、振り落とす。間一髪エミリアにより完成した障壁内に、蹄による鈍い音が響く。


 当たっていたら死んでた。


 エミリアは直後、足が震えた。


 再度、ルイスが雷魔法を唱える。

 2度目の魔法も強大。流石現役軍人というところか。魔法発動までの工程が、とてつもなく早い。


 何度か防御、攻撃を繰り返し、ルイスが言った。


「しつこいな」


 ルイスは別の魔法を紡ぎながら、エミリアの前を走り抜け、先の魔法攻撃で上体を崩したミノタウロスの前へと向かっていく。


「ちょ!? 障壁は!?」


 エミリアに構う事なく、ルイスは地面を蹴り、高く飛んだ。

 手には、一筋の雷の槍。


 ルイスは、ミノタウロスの心臓をめがけ、雷槍を突き刺した。

 悶え苦しむ怪物は、なおも戦意喪失する事なく、醜悪な牙を剥き出しにして、口内に火炎を集める。


 エミリアは急ぎルイスに防御魔法をかけた。


 ミノタウロスが放った火炎魔法と同時に、ルイスは槍ごしにさらに雷魔法を発動する。


「滅せよ!」


 怪物とルイスの姿が、爆煙に覆われ、姿が消える。


 ルイスは無事だろうか。咆哮と衝撃音で、耳鳴りの激しかった戦場が、急に静かになった。


 のちに煙が晴れ、ルイスの姿を見つけた。彼は横たわるミノタウロスの隣で立っている。ミノタウロスは心臓を貫かれ、息絶えていた。


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