第6話 入隊初日から大混乱です

 0630分。演習場へ集合。

 点呼・朝礼が行われる。

 広い演習場にはたくさんの兵士が集まっている。


「あ! いた! レイちゃん!」


 エミリアが大声でレイに遠くから駆け寄っていく。


「エミリア!? なんでここにいるの!?」


 レイは第9箒兵大隊所属である。


「第1がどこか分からないの!」


 エミリアはパニックになっている。早めに演習場へ到着し、ずっと集合場所を探していた。


「パートナーの人は!? 一緒に来なかったの?」


「来てない! 顔も分からない!」


「まだ会ってないの!?」


 第9の朝礼が始まる。

 レイは急いで自分のパートナーに第1の集合場所を聞く。


「あそこの集まりだって! 急げ! 遅刻になる!」


「ありがとう!!」


 エミリアは半泣きになりながら、全力疾走で集合場所へ向かった。

 そこには、多数の兵士が集まり、すでに朝礼が始まっていた。

 息切れをしながら、ばたばたと走り寄る足音に、第1の兵士達が振り向く。


「お、遅れて申し訳ありません!! エミリア・アッカーソンです!!」


 エミリアは深々と頭を下げた。

 入隊初日から遅刻なんて、なんとみっともないと自分でも思いながら、エミリアは涙を堪えて、息を整えた。


「パートナーは誰?」


 部隊の誰かが言った。

 第1の兵士達がエミリアに注目している。


「えと……ルイス・ゲラン中佐です」


 エミリアがその名前を発した途端、隊員達が一斉に驚き、騒ぎ始める。

 エミリアには訳が分からない。


「嘘だろ」「信じられない」「上等兵だろ?」「誰こいつ」


 第1の隊員達が、エミリアを馬鹿にしたり、冷たい目線を向ける。

 誰一人好意的な人はいないように思える。


 騒ぎが大きくなり、部隊のリーダーかと思われる人が、兵士達を制止した。


「本当なのか」


 体の大きい男が、エミリアの目の前に滲みより、恐ろしい目でエミリアを尋問する。


「はい」


 上官の威圧感ある目で見下ろされ、エミリアは声を震わせ、立ち竦んだ。

 嘘などつくわけがない、とエミリアは心の中で言った。


「……大隊長は本日はいない。追って任務を命ずる」


「は……い……」


 直後、その男の命令で、隊員達は即座に空へと飛び立った。

 エミリアは呆然と空を見つめた。すでに隊員達の姿は小さい。

 そして、我に帰り、エミリアは考えた。


『追って任務を命ずる』だから、グラウンドで待機、ということだよ……ね?


 エミリアは一人グラウンドで立っていた。

 しかし、昼になっても、夕方になっても、誰一人エミリアに声をかける者はいなかった。


 日が暮れて、エミリアは訓練学校にいるロミオ教官の元を訪れた。


「教官……」


 エミリアは弱り切った声で、職員室で仕事をしているロミオを呼んだ。


「エミリア!? どうした!?」


 すぐにロミオはエミリアの元へと駆け寄った。

 エミリアはロミオに今日一日の事を一部始終説明した。


 するとロミオは驚き、「分かった」と頷き、すぐにエミリアと共に、箒兵隊の勤務棟へと向かった。ロミオが誰かと話をして、勤務室を出た廊下で待機していたエミリアの元に戻ってくる。エミリアはロミオが怒っているのを初めて目にした。


「ルイには、俺の方から言っておくから、今日はもう部屋で休みなさい」


「はい」


 ルイという呼び方に引っかかりながらも、教官の変わらない優しさに涙が滲んだ。


 寮に戻る途中、夕食をご馳走してくれ、二人で士官寮へ向かった。エミリアの部屋の前に到着し、ロミオにお礼を言っていると、一人の戦闘服を着た男がやって来る。


 エミリアは瞬時に凍りついた。この先に入居者のいる部屋はあと一つだからだ。


「ルイ! お前どこ行ってたんだ!」


「任務だよ。他に何かあるか?」


 低い声でロミオに話しかけるルイと呼ばれた男は、ロミオと同じ年頃のように思える。恐ろしく冷たい目。戦闘服は泥だらけで、所々血で染まり、血生臭いにおいがする。エミリアは気が遠くなるような恐怖を覚えた。


「今日はエミリアの入隊日だろ! ちゃんと面倒見てくれなきゃ困るよ! 今日は彼女一日中演習場にいたんだよ!」


「パートナーの件は司令部にお断りしといたぞ」


「受理されてないよ! もうこれ決定事項だし!」


 ルイスが無言でエミリアを鋭い眼光で捕らえる。


「こいつ?」


「そうだよ!」


「あ……エミリアです。よろしく――」


「よりによってこんな弱々しいやつ。一体司令部は何考えてんだ。司令部てかアンドリュー中将か。俺を失脚させたいのかね」


 聞こえなかったのか、わざとなのか、ルイスはエミリアの挨拶を聞こうともせず、ロミオに愚痴をこぼした。


「失脚させたいわけないだろ! 心配してるんだよ。とにかく、頼んだよ! エミリアは俺の教え子でそれなりに優秀だから! いじめるなよ! じゃあな!」


 ロミオは、エミリアの肩をポンっと叩き、エミリアをルイスに預けて、立ち去った。


 ロミオ教官――!!


 エミリアは、立ち去っていくロミオの広い背中を見つめながら、心の中で泣き叫んだ。そして、振り返り、ルイスに再度挨拶をした。


「よ、よろしくお願いします」


 男は、チッ! と舌打ちをし、エミリアを眼光鋭く一瞥し、バタン! と大きな音を立てて、自分の部屋へと入って行った。


 舌打ち! 舌打ちしたよ、この男!!


 エミリアは驚きと怒りと悲しさで、わなわなと身を震わせた。

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