第4話 訓練学校任命式(卒業式)です

デュポン暦2020年3月


 遂に訓練学校任命式(卒業式)の日が訪れた。

 所属部隊の発表日。同時にパートナーになる相手も決まる。

 通常の勤務はパートナーと2人1組で仕事をするらしい。


 生徒達が講堂に集まった。総監、司令官、来賓の面々が壇上の席に上がる。張り詰めた空気だ。


 音楽隊の演奏。国歌斉唱。任命。勲章授与。祝辞。

 まずは幹部候補生の首席が壇上へ上がり、任命証書を受け取った。


「魔法防衛大学出身の1組はみんな、卒業したら少尉なんだよ。さらにその中で首席、次席ってのは、ほんと普通じゃない人達らしいよ」


 隣に座っているレイが小声でエミリアに話しかけた。


 どこでそんな情報を得るのだろうか。レイは博識だし、交友関係が広い。


 防衛大学卒の幹部候補生達の任命が終わったあと、2組から16組、クラスごとに壇上に上がり、代表者が任命証書を司令官から受け取った。数々の星章、勲章、肩章、飾緒がついた軍礼服を着たアンドリュー司令官は「待っているよ!」と力強い笑顔で代表者に語りかけた。


 代表者に選ばれなくて良かった。運動神経もなく攻撃魔法も使えない自分が選ばれるわけはないが。いくら笑顔を見せようと、司令官は軍のトップ、怖い人に決まっている。さらに後ろには幹部の皆様が控えている。絶対に目立ちたくない。


 エミリアはそう思いながら、遠目から司令官を見て不思議に思った。


 司令官の顔に見覚えがあるような気がしたのである。


 そう考えているうちに、16組は、敬礼、行進。

 きびきびとした動作で、エミリア達は壇上から降りて、席へと戻った。


 任命式が終わり、エミリア達16組は教室へ戻り、ロミオ教官から一人一人、任命証書が渡される。そして1週間後には、訓練学校の寮を出て、軍隊の寮へと移る事となるのだ。


「俺、第20歩兵大隊!」

「オレも!」

「おれは第19歩兵大隊だ!」

「砲兵隊! よっしゃ志願通り!」


 クラスの男どもが、わぁわぁと騒いでいる。


「ちょっと! もう少し静かにして! まだ任命書渡し終えてないんだから!」


 ロミオ教官が、椅子から立ち上がりハイタッチなどをしている男子生徒達を大声で宥めた。


「次、エミリア!」


 ロミオ教官に呼ばれて、エミリアは慌てながら壇上へ向かった。


「エミリア。一年間お疲れ様! 頑張って! いつでも相談しに来なさい」


 ロミオがエミリアの目をしっかりと見つめて言った。


 その後、レイ、ソフィア、ゾーイと呼ばれて、任命書の授与が終わった。


 みんな自由に親しい者とお喋りをしている。


 すぐにソフィア達がエミリアの元にやってきた。


「みんなどこ配属だ? 私は、第19歩兵大隊。まあ大体想像通り」


 とゾーイが口の端を上げながら言った。


「私は、第9箒兵そうへい大隊。パートナーはワイナー=ヒルサイド兵長」


 レイが、平然とした様子で言った。


「箒兵部隊!? 花形部隊じゃん!!」


 ゾーイが大声を出し、


「あそこ、一年目から入るのは難しいらしいじゃん! すげーな、レイちゃん!」


 と喜びながら言った。レイはなおもクールな顔をしているが嬉しそうだ。


「イケメンいるといいな」


 レイがジョーダン混じりに笑いながら言った。


「ソフィアは?」


 とレイ。


「私は、第10後方支援衛生隊。パートナーはジュリア=ベスカ兵長」


 ソフィアが微笑んだ。


 ゾーイとレイは、納得の表情をし、「パートナー、良い人だと良いね」と笑い合った。


「エミリアは?」


 ソフィアはエミリアに微笑みかけたが、すぐに顔が固まった。

 エミリアが顔面蒼白で怯えた表情をしてたからだ。


「ど、どうしたの? エミリア」


 エミリアはなおも無言で、任命書を見つめている。

 ソフィアが任命書を覗いた。


「第1箒兵大隊……!? どうしてエミリアが……!」


 ソフィアが動揺し、声が震える。


「第1箒兵大隊!? 衛生隊じゃなく!?」


 レイがエミリアの任命書に顔を近づけた。

 レイ曰く、第1箒兵部隊はアーデルランド・イル区で1番危険なレベル I に指定されているエリアを担当していて、運動能力・魔力が高く、優秀な人材の集まりらしい。

 そしてさらに周囲が唖然としたのは、エミリアのパートナー。


「ルイス・ゲラン中佐!!?」


 レイが緊迫した声を張り上げた。

 只事でない雰囲気と、その名前にクラスの生徒達が何事かと集まってくる。


「中佐って偉いんだよね……?」


 エミリアが青ざめた顔で震えながらレイに聞いた。


「ばか! 偉い人だよ! エミリア凄い!!」


 レイの目が徐々に輝き始める。興奮と喜びの表情をしている。


「中佐!?」

「佐官のパートナーかよ! かっけー!」

「破魔の隼かよ!!」

「誰?」

「エミリアが箒兵部隊!? 箒乗れないのに!?」


 生徒達がエミリア当人を置いて騒ぎ始める。


「エミリア……大丈夫?」


 ソフィアがエミリアの肩を持って、今にも倒れそうな弱々しいエミリアを支えた。


「なんで箒兵部隊……」


 エミリアがぼそりと呟いた。

 推薦クラスの3組にも馴染めなかった自分が、激戦区の第1でやっていけるわけがない。さらにパートナーは中佐? 何かの間違いでは……


「ロミオ教官……」


 ソフィアが訴えるように呟いた。

 エミリアが顔を上げると、ロミオが目の前に立っていた。


「エミリア。二人きりで話そう」


 放課後、ロミオと二人、面談室にある椅子へ座る。エミリアはすでに気落ちしている。

 衛生隊が良かった。というより、衛生隊以外、役に立たないと思う。部隊を変更して貰えないだろうか。

 エミリアが、そう言おうとした直前、ロミオが先に口を開いた。


「……中将に会ったよね?」


「え?」


 予想外の言葉にエミリアは面を食らった。


「中将がエミリアをえらく気に入ってね……。今回の人事はアンドリュー中将の指示だ」


 チュージョーの指示?


「覚えがないです」


 エミリアは顔から血の気が引いていった。


「アンドリュー中将。司令官だよ。任命式の時、壇上にいただろ」


 あの快活な笑顔の司令官。

 快活な……


「あ!!!!」


 エミリアの脳裏に、用務員の男性の顔が浮かぶ。


「用務員のおじさんが司令官!? まさか!!」


「アンドリュー中将も人が悪いけれど。エミリアの普段の姿が見たくて変装したようだ」


 なんてこと! 失礼なことをしなかっただろうか、とエミリアは震えた両手で顔を覆った。


「とにかく、春から箒兵隊だ。困ったらパートナーか僕に相談しろ」


 そんな……


 エミリアは反論したかったが、何も言うことができなかった。

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