第2話 訓練学校へ入学しました

デュポン暦2019年4月


 エミリアは、アーデルランド東部イル師団に隣接されている訓練学校へ入学した。東部は首都ボーデとは異なり、市街地以外に建物は少なく、丘と森林が多くを占めていた。


 イル師団は、戦闘部隊、支援部隊などで成り立っており、訓練学校に入学してから一年間適性を見極め、卒業時にどの部隊に配属されるかが決まる。


 ただしエミリア含め看護学校出身者は、看護師免許を保持しているため、後方支援衛生隊に入る事になるだろう。


 エミリアのクラスは3組。推薦入学者30名で構成されている。

 1組は士官候補生クラス。2組も推薦クラス。4組から16組までは一般入試クラスである。


 推薦入学組は訓練学校を卒業した時点で上等兵となる。一般入試組は、階級の一番下の一兵卒スタートである。そのため推薦入学組は、上等兵として恥じない教育指導が行われる。


 学生の一日のスケジュールは座学と体力錬成。体力のないエミリアにとって、行進・マラソン・腕立て伏せなど壮絶を極めたが、看護学校時代もハードな生活だった。体が慣れるまで耐えるしかない。衛生隊へ入隊して、また看護学校時代のように活躍したい、とエミリアは考えていた。


 しかし、そんなエミリアの考えに陰りがさした。


 入学して二ヶ月目。遂に魔法授業が始まった。

2組と3組の学生達がグラウンドに集まり、座学で学んだ基本の炎魔法を唱える。推薦組は入学以前より魔法を使っていた者ばかりで、いとも簡単に炎魔法を引き起こす。生徒達が生み出した大小の炎に魅了されつつエミリアも魔法を詠唱した。


 が、まるで手ごたえがない。いつものような魔力の流れを体に感じる事は出来ない。


 術式、呪文、理論はすでに暗記している。なのにどうして――?


 別日、箒授業。生徒たちは、真新しい練習用の箒を持って、グラウンドへ集合する。


 箒は怖い。でも空から見る景色はどんなに綺麗だろう。不安とほんの少しの期待を胸にエミリアは箒に跨った。教官の号令で生徒たちは宙に浮いた。高く高く空へ上がる者、地面から少し浮く者、不安定に揺れ動いて落ちてしまいそうな者、色々だ。


 エミリアはというと、ピクリとも箒を動かす事が出来なかった。


 顔面蒼白で立ち尽くすエミリアに、生徒たちは冷たい視線を向けた。


 実技授業が始まって一ヶ月。結局エミリアは、火風水土どの属性の攻撃魔法も全く発動させる事が出来なかった。


 推薦クラスの生徒達のエミリアを見る目が厳しくなった。


 何故、推薦組なんだ。何かの間違いでは? 基本の魔法も使えないの? そもそも入学できた事が驚きだよ、と生徒達は、こそこそと悪口を言う。


 どうして攻撃魔法や箒を使えないのか。エミリアは毎日夜遅くまで勉強をしていた。なのにマッチの火程度も生む事が出来ない。回復魔法や防御魔法は、理論を理解しなくても操れるのに。


 エミリアは、授業に参加するのが辛くなった。仲の良いクラスメイトもいない。すっかり孤立し、自信喪失した。


「エミリア・アッカーソンは16組に移動!」


 実技授業終了後の夕方、グラウンドで教官が叫んだ。

 遂には教官にも匙を投げられたのだった。


 授業が終わり、生徒たちは食堂へ向かう。ただ一人、エミリアを除いて。


 エミリアは校舎横の花壇の側で座り込み、顔を伏した。

 悔しさで、涙が溢れでて嗚咽する。


 エミリアにとって、生まれて初めての挫折だった。

 ここでは誰も助けてはくれない。努力しているのに魔法を使えない。


 辞める? 辞めてこの中途半端な時期に雇ってくれる就職先はあるの? 住居は? お金もない。

 身寄りのないエミリアには、帰る場所がない。孤独と不安、寂しさに襲われる。


「大丈夫……?」


 頭上から透き通った柔らかな声が聞こえた。


 驚いてエミリアは涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をあげると、エミリアと同じ年頃の優しい顔立ちをした眼鏡の娘が立っていた。


 ブラウン色の長い髪を一本の三つ編みにして垂らした彼女が、再度口を開く。


「もし迷惑じゃなかったら、話くらい聞くよ?」


 そう言って彼女は、エミリアの隣に座った。

 優しい雰囲気を纏った彼女に横で微笑まれるだけでエミリアは癒される。


「――そう。3組から16組に移動になったんだ」


 エミリアは今の状況を女に話した。


「向いてないって事なんだろね」


 エミリアは鼻をすんすんさせながら、差し出されたハンカチで涙を拭う。


「そうかな? 結局、衛生隊に入ったら攻撃魔法も箒も使わないんだし、できません! でいいんだよ」


 そう? と聞きながら、エミリアはまた涙を流す。


「16組って入学試験が合格ぎりぎりだった生徒達のクラスなんだけど、エリートな推薦組にいるより気が楽じゃない?」


 エミリアがコクンと頷くと、女はまた微笑んだ。


「私の名はソフィア・デュバル。明日から宜しくね。私も16組なんだ」


 訓練学校に入ってから初めて友達が出来た。

 16組は無頼漢の集まりのように見えて初めこそ怖かったが、実は無邪気で明るい連中も多く、クラスの雰囲気はそう悪くなかった。


 40名中エミリアを除くと女子は昨日出会ったソフィアと、ゾーイ、レイの3名。

 女子は3名ともいい子ですぐに仲良くなった。


 ソフィアは座学の成績が良く、真面目で、実技も悪くない。何故16組なのか聞いてみると、試験当日に流行病で高熱が出て、筆記試験が最悪だったと恥ずかしがりながら答えてくれた。


 小麦色の肌をした筋肉質な長身女性、ゾーイは実技が良かったが、一般教養の点数と魔力が低かったようだ。


 小柄なクールビューティ、レイは、一般教養も実技も魔力も良く、6組だったのだが、教官に楯突いて16組に移動になったらしい。


 16組の担任、ロミオ・ゴーティエ教官は、魔法の出来ないエミリアにも懸命に教えてくれた。結局エミリアは、攻撃魔法も箒も会得せず卒業となったのだが。ハンサムで優しいロミオ教官は、他のクラスの女子にも大人気だった。密かに女子生徒達から「王子」と呼ばれていた。

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