第1章 エミリア・アッカーソン

第1話 エミリア・アッカーソン

 デュポン暦2018年


 アーデルランドの首都ボーデ、歴史的建築物が立ち並び、街は沢山の人で溢れかえり活気に満ちている。街の公園に植えられた木々の青葉が美しい時期。街の片隅に置かれた伝統ある王立フェリス女子看護学校にて、ハードな一日を終え、若い女子達が寮の談話室に集まり寝間着姿で雑談している。


「就職先決めた?」

「まだ……」

「私は聖クレール医大病院かなぁ」

「ボーデ大学病院もいいよね。人気過ぎるけど」

「とりあえず色々受けてみるしかないよね」


 1人、発言をせず、相槌だけ打っている娘がいた。

 同級生の1人が彼女に就職活動の状況について尋ねた。


「エミリアは……どんな感じ?」


 亜麻色の癖っ毛のある髪を肩に届かない程度に短めに揃えたエミリアと呼ばれた女は、あどけない表情で控えめに答えた。


「私、アーデルランド軍に入隊する事に決めたよ」


 彼女の同級生は皆一斉に大きな声をあげ驚いた。


 エミリア・アッカーソン。王立フェリス女子看護学校、実技部門主席。類を見ない高い魔力の持ち主で、彼女の唱える繊細かつ高度な回復魔法は、教師を含む学校中の人間に称賛されている。看護学生三年の就職活動時期になり、何処から情報を得たのか、アーデル国内の病院、魔法関連施設や企業から沢山のスカウトが来ている。例に漏れずアーデルランド軍からもスカウトが来ていた。


 アーデルランドの軍隊は志願兵制である。職業軍人になる者は、貧困層、親が軍人、貴族が大半だ。彼女が何故、軍への入隊を決めたのかというと、答えは至極単純。寮・食堂完備で、給与がどこよりも1番良かったからだ。


 アーデルランド軍からスカウトされた者は、一般公募とは別の推薦枠での試験を受ける。エミリアは無事に試験を合格して、4月から一年間軍の訓練学校に入る事になった。


「何処で魔法を学んだの?」

 エミリアは今まで散々同じ質問をされてきた。


 どうやって勉強したのと聞かれても、勉強をした覚えはない。ましてや、術式は? 魔法理論は? などと聞かれてもエミリアには訳が分からない。魔法というものは、呪文を暗記して、術式を覚え、理論を理解してはじめて生まれるという事を、看護学校に入ってから知った。


 エミリアはその事実を知ってとても驚いた。なぜならそんな難しい事を考えなくても、魔法を発動できるからだ。教師達でさえ、きっちりと工程を経てからでないと魔法を発動できないというからまた驚きだ。彼女がすぐに学校で注目の的となったのは言うまでもない。彼女にとって、魔法は呼吸をするのと同じ事。


 物心ついた時にはすでに魔法を唱えて、怪我をした動物を助けていた。母はよく人前で魔法を使ってはいけないと言っていた。魔術士の資格がない者、また魔術士が許可なく魔法を使用する事は法で禁じられている。これを破ると、刑罰の対象となる。母はエミリアに注意はするものの、法律なんてクソ喰らえだ、と悪態をついていた。


 エミリアがこっそりと動物や植物に回復魔法を使う事を母は止めなかった。むしろエミリアの魔法をサポートしていてくれた気がする。母のちょっとした一言で魔法の気の流れが良くなったのを覚えている。


 エミリアは、アーデルランド首都にある看護学校に入学するまでは、西部のど田舎の農村で育った。人口数千人の小さな町。葡萄畑が広がり、少し歩けば湖と花畑、丘と森林。人が穏やかだという事だけが自慢の町だ。


 都心部では魔法探知機なるものが存在するらしいが、ここにはそんなものはなく、こっそりと魔法を使用することが出来ていた。魔法のアドバイスをしていたくらいだから、きっと母も魔法を使えたのだろう。使っている所はついぞ見たことはないが。今となってはもう確認しようがない。


 エミリアが看護学生二年生の時に母は他界した。原因不明の急死だった。

 その時のことは今はなるべく思い出したくない。

 父もエミリアが赤子の頃に他界している。

 今や彼女は一人で生きていくしかなく、給与の良い職場に勤めたかったのである。


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