第17話 先輩と二人きりの夜なんですけど……
翌朝
点呼・朝礼のため演習場に集合する。相変わらずエミリアに挨拶を返してくれる人は少なく、大抵は少し頷くか無視だ。エミリアが早めに演習場に待機していると、数少ない女子隊員二人組が歩いてきた。
「おはようございます」
エミリアは大人女子二人組のトークの邪魔をしないように、顔色を伺いながら、控えめな声で挨拶をした。ショートカット女子は少し頷き、黒髪の長髪女子は無視した。黒髪の長髪女子は、今日は一段と冷たい目でエミリアを睨んだようにみえた。
何か気に障ることをしてしまっただろうか。エミリアは朝から悲しい気持ちになった。入隊したら、先輩お姉様達と楽しい軍人ライフを過ごす事を夢見てた。一緒に買い物をしたりスウィーツを食べたい。第1箒兵部隊にはガーネット少尉のようなお姉様はいないのだろうか。
朝礼後、足早に歩きながら、ルイスがエミリアに言った。
「今日は野営になるから、準備しておくように」
「はい!」
今度は別の集落から、幽霊が出るという通報が来たようだ。
ルイスと二人、集落の裏に広がるブルシオンの森に到着。
村人から、幽霊の情報収集をする。
「魂魄、髪の長い女」
夜になると光る球が現れるらしい。
その他には有力な情報は得られなかった。
森へ行き幽霊の痕跡を探す。罠も幽霊が目撃された場所へ仕掛ける。
「今日はここで野営するから」
森の中にある平らな場所。石は少なく、枯葉で敷き詰められた柔らかい土の上に、短い草が生い茂っている。ルイスは自分の装備品を地面に下ろし、寝床を整えた。
エミリアは驚いた。実は朝から気になっていた事だ。
「ここで寝るんですか? 二人で……?」
エミリアは、寝袋を広げるルイスを、強張った顔で見下ろしながら言った。
ルイスは顔を上げた。眉間にシワが寄っている。
「勘違いしてんじゃねぇ」
エミリアは考え込んだ。
いくら仕事とはいえ、異性と二人きりで過ごして良いものなのだろうか。死んだ母に顔向けできるだろうか。
「攻撃部隊にいたらこんなもんだ」
ルイスはエミリアに背中を向けて、引き続き寝床を整えている。
エミリアにはこの状況を受け入れ難かった。他の女性兵もみんなこんな扱いを受けているのか。間違いが起きる場合もあるんじゃないかと愕然とした。
野営場所で二人静かに過ごす。仕事をしているとあっという間に時間が過ぎていたが、何もしていないと、ルイスと二人きりは気まずい。
エミリアは、無言の状況に耐えられず、話題を振った。
「幽霊ってどうやって倒すんですか?」
「俺は幽霊なんて見たことない」
「えぇ!? じゃあ今日が初めてなのですか?」
「俺の推察が当たっていれば少し厄介」
「……幽霊じゃないということですか?」
「おそらく」
夜になる。
真っ暗な森の中で、魔法灯は用事がある時以外は消している。
エミリアは一人だと怖いが、ルイスと二人だと怖くはなかった。夜空を見上げると、数多の星が輝いていて綺麗だ。キャンプをしているような少し楽しい気持ちもしてしまう。
「先輩の前のパートナーはどんな方だったのですか?」
今後の仕事の参考にしたいと思いエミリアが質問をした。
「前……俺はずっとパートナーつけていない」
「え? そうなのですか……何故……」
「必要ねーもん。パートナーなんかいなくても仕事できる」
確かにルイスは有能で、エミリアがいると足を引っ張っている。ルイスからしても今回の人事が不満な事は、痛いほど分かる。
「パートナーをつけないとか、できるものなのですね……」
「普通はできないよ。俺がしつこくごねて人事部が折れた。もう少し大がかりな作戦の時は班員がいるし問題ない」
今回もごねるのだろうか。嫌がるルイスにパートナー存続を懇願するつもりはない。ただ悔いなく懸命に働こうとエミリアは思った。
ルイスと交互に仮眠をとる。エミリアが監視をしていると、暗闇にぽうっと光の球が出現した。エミリアはルイスに声をかけると、すぐにルイスが起き上がった。茂み越しに、二人静かに目を凝らす。
光の球かと思っていたが、女性の白い肌が暗闇に浮き彫り立つ。布一枚身につけていない美しく滑らかな体躯が、光り輝いて見える。エミリアは急いでルイスの顔に両手を広げ、視界を遮った。ルイスはその手を払い除けて真顔で言った。
「やはりな。ニンフだ」
ルイスが言うには、ニンフは精霊で樹木を守護する者のため駆除してはいけないらしい。男を誘惑して攫うことがあるが、人間側が注意するしかないそうだ。
「じゃあ、何もしないんですか?」
「何もできない」
エミリアは美しいニンフを見つめる。なんだか悲しそうな表情をしているように見える。
「精霊って、踊ったり遊んでいるイメージなんですけど、あの人元気ないですね……」
「そうだな。おい、あんまり見つめない方がいいぞ。女でも魔力で惑わされるかもしれん」
すでにニンフに背を向けて、ルイスが言った。
さっきまで、まじまじと見つめていたくせに、とエミリアは思った。
『助けて……』
「あの人、助けてと言ってます」
「声を聞いたのか? 引き込まれるぞ。もう戻る」
ルイスはエミリアの腕を掴み、野営場所へと戻った。
エミリアは寝袋に横になっても、ニンフが気になって仕方がなかった。
翌朝
ニンフがいた場所にいくと、落雷により黒く焦げた大木があった。
縦に真っ二つに裂けており無残だ。
「あぁ、これかもな」
ニンフは長寿だが、宿っている木が死ぬ時、自身も死ぬらしい。
エミリアは昨日のニンフを思うと悲しくなった。
「効果があるか分かりませんけど」
エミリアは木に両手をかざして回復魔法を唱えた。
翡翠色の無数の光粒が大木全体を温かく包み込む。
縦裂した木が元に戻ることはなかったが、幹から1つだけ若葉が出た。
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