第14話 恋人ベルトって何ですか?


「ベルトを買わないとね」


 大隊長室で、ルイスの隣に立っているロミオが言った。


「……ベルトですか?」


 エミリアはお腹に手を当て確認した。戦闘服のベルトはちゃんと装着している。


「箒の2人乗り用のベルト。操者は箒に固定されるよう魔力働いてるけど、エミリアには効力ないでしょ。ベルトがあれば固定されて安全だから」


「あ、なるほど……」


 ミノタウロス討伐の日、エミリアはルイスの箒に乗せてもらい帰営したが、落下しそうで恐ろしかった。


「明日土曜日だし3人で買いに行こうか」


「あ……はい。ありがとうございます」


 エミリアがルイスを見ると、相変わらず機嫌の悪そうな表情をしていた。

 嫌だろうね。2人乗りなんて。でも仕方ないじゃない、とエミリアは思った。



 翌日


 馬車で30分。イル師団から一番近い市街地、シルドに到着。


 ロミオを先頭に箒店へ向かった。しんがりはルイス。ルイスはやはり無愛想な顔をして歩いている。この人とパートナーをやっていけるのだろうか、とエミリアは思った。


 ロミオもルイスも綺麗目カジュアルな服をやや上品に着こなしていた。エミリアはと言うと、持っている服の中でまともな物を選んだつもりではあるが、学生時代からの着古した服装で、少し恥ずかしい気持ちだった。


 目的地である箒店に到着。鈴がついた重厚な扉をロミオが開ける。そして、扉を支えたまま、エミリアを先に店内へと通す。ロミオは、狭い店内のカウンター奥に座っている店主に視線を送り、爽やかに尋ねた。


「すみません。2人乗り用のベルト売ってますか?」


 すぐさま職人気質の顔つきをした高年の男が応えた。


「恋人ベルトね。あるよ」


 恋人ベルトという名前に、エミリアとルイスはその場に凍りついた。


「あぁ、大丈夫。恋人以外も使ってるから」


 ロミオが笑顔でフォローするも、「夫婦とか家族連れもたまに買ってくよ」

 と店主がとどめを刺した。


 エミリアとルイスは黙り込んだ。ロミオ一人だけが笑っている。


「まぁ、実際危ないから必要だよ」


 ロミオが案内されたベルトの置いてある場所へ向かう。


「エミリア、どれがいい?」


 棚には様々なデザインのベルトが置かれていた。

 と言っても、エミリアが想像していたベルトとは似ても似つかない。端にストラップが付いた手のひらサイズの革製や木製、金属製の飾り物で、どれも魔法石が付いている。スタンダードなデザインだと、真ん中に魔法石が1つ埋め込まれ、両端に魔法陣が刻まれた長方形のもの。ギラギラとしたクロスデザインのものもある。スカルアクセサリーが好きな人はこちらを選びそうだ。その中で1つ、ハート型のチャームがあった。真ん中の魔法石もハート型で、ストラップ部分にリボンが付いていて可愛い。


「これ、可愛いですね」


 エミリアがハート型の恋人ベルトをロミオに見せて、控えめに言った。


「おぉ、可愛いねぇ。ルイス、これだって」


 ロミオが悪戯な顔をして、エミリアの選んだベルトを、ルイスへ渡した。

 ルイスはひどく衝撃を受けた表情で、手のひらに乗せられたベルトを見つめた。


「使い方、分かるか?」


 店主がサンプルのハート型恋人ベルトと展示品の箒を手に取って、ルイスとエミリアの前に立った。小太りの長身の店主は威圧感がある。


 店主に使い方を教わり、ルイスが渋々展示箒に跨がり、エミリアも後ろに乗った。


 そしてルイスが恋人ベルトを握って短い呪文を唱えると、魔法石が光り、瞬間、2人の腰回りにベルトのように、光沢のあるピンク色のハート型の粒子が放出され、消えた。


 エミリアはその感覚に驚いた。必死になって箒にしがみつかなくても、むしろ両手を離しても、体が箒に固定されている。少し恥ずかしいけど、素晴らしきかな、恋人ベルト!


 ルイスは、静かにベルトを解除し、ハート型恋人ベルトをエミリアへ渡した。


「悪いが、もう少しシンプルなデザインのものにして……」


 青ざめた顔で心底嫌そうにルイスが言った。


「わ、分かりました。すみません」


 結局、エミリアはスタンダードな長方形のベルトを選んだ。装着時の粒子はシルバーらしい。ハート型の粒子も飛ばないらしい。


 ルイスは暗い表情のままベルトを購入した。


 店外へ出た後、エミリアが気を使ってルイスに声をかけた。


「あのー……大丈夫ですよ。私あんまり気にならないですし。それに……恋愛対象じゃないですし」


 エミリアの恋愛対象年齢は前後2、3歳程度だ。お互いに恋愛対象じゃなければ、恋人ベルトを使用しようが、それほど気にしなくてもいいのではないかとエミリアは思う。


 エミリアの発言で、ルイスが固まり、ロミオが大笑いした。


「……お前、上官に向かってその態度……覚えておけよ」


「エミリア、どこか寄りたい所ある?」


 ロミオが最後尾を歩くエミリアに言った。


「あ……もし嫌でなければ、スーパーで食材買ってもいいですか?」


「おぉ。自炊してるの?」


 ロミオが聞く。


「はい。野菜いっぱい食べたいので……」


 本当の理由は、本来使用して良いはずの士官寮の食堂も、同期箒兵のレイのいる兵卒寮の食堂も、自分の居場所が見つけられないからなのであるが。


「毎日社員食堂も飽きるしねー」


 ロミオが言う。


 短い沈黙の後、ルイスが口を開いた。


「さっきの軽々しい態度の処分決めた」


「はい?」


 まだ言うかこの野郎。恋人ベルト一つくらいで騒ぐなんて、気の小さい男だ、とエミリアは脳内で愚痴った。


「今日の晩飯当番、お前な!」


 ルイスが鋭い目を光らせエミリアに言った。


「えぇ!? ……まぁ、いいですけど……」


 ルイスは心の中でガッツポーズをした。


 以前から隣のエミリアの部屋から美味しい匂いが漂っていて、気になっていた。


 ルイスは、ロミオと同様、いやそれ以上に、社員食堂やレーション(携帯食)に飽き飽きしていた。

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