第11話 ルイス先輩、怖すぎです

 ミノタウロスを倒してから、エミリアは一段と注目の的となった。朝礼時、エミリアが演習場で待機していると、隊員達から沢山の視線を浴びた。小さな声でエミリアの話をしている者もいる。しかし、誰一人エミリアに声をかける者はいない。


 緘口令でも敷かれているのではないか、とエミリアは思う。


「私も連れていって下さい」


 エミリアは朝礼後、勇気を振り絞ってルイスに言った。


 また一人で現場に向かうのは嫌だ。途中、モンスターに遭遇して、襲われる可能性もある。


「お前、箒に乗れないだろ」


 ルイスが冷たい目をエミリアに向ける。


 エミリアは、「はい」とは言いたくなかった。


 箒に乗れないのに箒兵部隊配属になったのは自分のせいではない。しかしこのままでは、ただの給料泥棒だ。


「仕事を下さい」


 エミリアは泣きたくなるのを、グッと堪えて言った。


「じゃあ、事務処理しといて」


 ルイスはエミリアを本部にある第1箒兵部隊大隊長室に案内し、幾分かの書類を渡した。


 以後、エミリアは毎日事務作業を行っていた。第1箒兵部隊の隊員達とも、朝礼以外で会うことはない。事務で預かる仕事は簡単なものばかりで、昼には殆どの仕事が終わってしまう。他の隊員達は、外で懸命に働いていると思うと、エミリアはもどかしくて堪らなかった。


「先輩! 私も現場へ行かせて下さい」


 昼、ルイスが執務室に戻ってきた際、エミリアは声を震わせながら発言した。


 確かに未熟ではあるが、自分は事務員ではない。選ばれたからには、第1箒兵部隊隊員としての仕事をしなければいけない。


「先輩……」


 ルイスは無愛想な面で呟いた。


「……お前、現場で戦いたいの?」


 エミリアは緊張して体が強張った。


「はい……」


「軍隊を選んだ志望動機って何?」


 まさかこのタイミングで聞かれるとは。いきなりのことで、エミリアには、取り繕う事が出来ず、本音で喋るしかなかった。


「給料が……いいからです……」


 ルイスが冷たく笑った。


「お前、我が軍の年間死亡率は知っているか?」


「いえ……」


「1%、100人に1人の割合で毎年亡くなっているんだ。例え死亡しなくても重度の障害が残る者もいるし。そして犠牲になる殆どが、攻撃部隊所属の人間だ。お前、軍に命捧げられるのか?」


 エミリアは絶句した。そこまで考えていなかったのである。


「その程度の意識でよく軍隊入ったな。お前のような奴、俺は要らない」


「酷い……」


 衛生隊の寮に併設されている食堂で、ソフィアが静かに怒りを表した。


「部下を育てるのもルイス中佐の仕事でしょ?」


「でも私、死亡する事もあるとか考えず、給料が良いからってだけで入隊したのは事実で……」


 涙を堪えながら喋るエミリア。


「エミリア……。そういう入隊理由の人は沢山いるよ。むしろ殆どがそれでしょ? ただルイス中佐が厳しいんだよ」


 ソフィアがエミリアの頭を撫でる。


「衛生隊に志願してみてはどう?」


 受け入れてもらえるのかな? それは逃げる事にならないだろうか。


 エミリアは俯いたまま考えた。


「ソフィア!」


 食堂の遠くから女性の声がする。


 長い髪をなびかせ、しなやかな肢体の女性が、颯爽とこちらに近づいてくる。彼女が近づくと、薔薇のような良い香りが漂った。女のエミリアでもドキリとしてしまう程の雰囲気を纏っている。


「丁度良かった! この前言ってたポール・ド・ボーデの限定プリン、またシルドの街で売っていたから買ってきたの。ソフィアにあげる。お友達もどうぞ♡」


「わぁ、ありがとうございます! エミリア、こちらガーネット少尉。私の所属する隊の小隊長なの」


「あ、私エミリアと申します! プリン、ありがとうございます!」


 エミリアは立ち上がって挨拶をした。


「あら、あなたがエミリアちゃんなの! 入隊早々S級モンスターのミノタウロスを倒した」


「いえ、倒したのはルイス中佐なのですが」


 エミリアは気まずそうに、目線を外した。


「何言ってるのよ。聞いてるわよ、防御魔法でちゃんと支援したんじゃない。ルイス中佐一人じゃどうにもならなかったわ。二人とも無事に帰ってきてくれて、よかった」


 ガーネットは、素敵な笑顔でエミリアを激励する。


「ありがとうございます」


 エミリアは、入隊して初めて先輩隊員に優しくされ、涙が出そうになった。


「このプリン、もうここで食べちゃいましょうか」


 ガーネットが明るく声を上げ、エミリアの隣へ座った。ガーネットのパートナーを含め4人で和気あいあいと女子トークをした。ガーネットは、とても優しい人で、エミリアは、第1箒兵部隊にもこんな素敵な先輩がいればいいのにと思った。


 入隊して1週間と少し、いまだにエミリアは隊に馴染めていない。


「エミリアちゃん。今は辛いだろうけど、頑張りどころよ。辛くなったら、いつでも私の所にも来てね」


 ガーネットは、今日初めて会ったばかりのエミリアにも、親身になってくれる。


 確かに第1箒兵部隊でまだ全く頑張れていない。辛いけど、怖いけど、衛生隊を逃げ場にはしたくないとエミリアは思う。

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