第12話 贖罪①

 デュポン暦2014年


 イル師団内にある魔法図書館。士官候補生であるルイスとロミオが、いつものように魔法書を読んでいる。


「見ろよこの魔法。かっこよくねぇ?」


 まだあどけなさが残る顔つきのルイスが、手にしていた魔法書をロミオに見せた。


「返還魔法……どんな魔物でも魔界へ返還できる。ただしそれに見合う代償が必要。これ、禁忌魔法じゃないか!」


「本当だ。ライセンスが必要……ケチくさいな」


「悪いように使う人もいるから仕方ないんじゃない」


 ロミオが時計を見る。


「そろそろ時間だね。それじゃ、また」


 2人は昼休憩を終え、それぞれの仕事場へ向かった。


 ルイスが待ち合わせ場所に待機していると、ドニ少尉とメアリ伍長が揃ってやってきた。


「本日は俺が担当をする」


 背の低いブロンドヘアの男、ドニ少尉が言った。


「よろしくお願いします」


 3人で、イル地区内の担当領域を箒で巡回する。

 魔法防衛大学にて3年間、魔術と兵法を学んできたルイスにとっては、研修生といえど、優秀な仕事ぶりだった。


「あと2ヶ月で研修終わりますね」


 メアリ伍長が、ルイスの左翼に箒を飛ばして話しかける。

 彼女はよくルイスに話しかけた。


「研修後もこのまま第8箒兵部隊にいるのですか?」


「はい」


「そう。良かった。ルイス少尉候補生とまた働けるなんて嬉しい」


 メアリがルイスに愛想を振りまくが、ルイスはメアリの好意に気づかない振りをして巡回地に視線を落とした。


「B級モンスター2体。ぼちぼちだな。今日は帰ったら3人で飲もうぜ」


「賛成ー!」


 ドニとメアリが2人で盛り上がっているが、ルイスは全く楽しくなかった。

 飲む暇があるくらいなら魔術を勉強したい。研修が終われば、ルイスは箒兵を指揮する立場となる。学ばなければいけない事が沢山あるのだ。


「? あれ何でしょう?」


 ルイスが岩肌に洞穴を見つけた。昨日までは洞穴などなかった。


「おかしいわね。こんな所に洞穴なんて」


「ダンジョンか?」


 メアリとドニも疑問に思う。

 3人は洞穴まで下降し、箒から降り、ドニが洞穴に魔法灯を照らした。


「隊長へ連絡入れますか?」


 ルイスがドニへ言った。


「そこまで深い穴じゃねぇよ」


 ドニが先頭をきって歩く。

 長さ5m程の小さな洞穴。


「何なんだろうな、この穴は。お、魔法石発見」


 ドニが魔法石に触れた瞬間、空間が歪み、突如別の空間へ移動する。


「ここどこ?」


 メアリが少し怯える。


「ドニ少尉。空気が淀んでいます。早く戻った方がいいです」


 少人数で滞在していい場所ではないと直感でルイスは思った。ルイスの隣にいるメアリもそう思っているようだ。


「士官候補生の癖に臆病者だな。もう少し進まんと何も分からんだろうが。先へ進むぞ!」


 ルイスとメアリは納得できないでいたが、リーダーの指示に反論することはできない。


 瞬間、冷たい空気が横切る。


 先頭を切っていたドニが、ぴたりと立ち止まった。


「ドニ少尉?」


 ルイスの呼び掛けに返事はない。


 少し間を置いてからドニは、後ろを歩く2人へふらりと振り返った。ドニの雰囲気がおかしい。


「ドニ……?」


 メアリの声で、ドニはゆらりと顔を上げた。目を赤く光らせ、いつものドニとは異なる低音の気味の悪い声を出す。


「……いつも気取りやがって。俺はお前より先輩だぞ。お前大尉にすこぶる好かれているらしいなぁ。研修を終えたら少尉だって? ふざけやがって。メアリもこいつが入った途端、色気付きやがって。そんなに俺じゃ駄目かよ」


 ブツブツと陰気な事を呟くドニ。


 そしてふと力が抜け地面へ倒れた。


「ドニ少尉!」


 ルイスが駆け寄る。


 が、ドニは既に事切れていた。


「メアリさん! 反射呪文を!」


 ルイスは咄嗟に声をあげた。


「ドニ……!!」


 ルイスの言葉が頭に入らず、メアリもドニに近寄る。


「メアリさん! 駄目だ!」


 瞬間、また冷たい空気が流れた。


 ルイスは自分でかけた反射魔法が作動した。


「メアリさん!!」


 メアリの動きが止まった。そして先程のドニと同様に、目を赤く光らせ、ゆらりと動き始めた。


「あらあなた優秀なのね。初めて見た時から惹かれていたのよ……。でもね、ドニを見殺しにするなんて許せない。あなたここは危険だと分かっていたんでしょ。なぜちゃんと止めなかったの? ふふふ……」


 何者かがメアリに取り憑いている。ルイスには、それが何者なのか検討が付いていた。もっとも本で得た知識であって、遭遇するのは初めてであった。


「メアリさんから離れろ。死神」


 ルイスは携帯していた聖水をすぐさまメアリへかけた。

 聖水を浴び、メアリは気が抜けたように、床に倒れこんだ。


 そして灰色のローブを身に纏って、宙に浮いた死神が姿を現わす。


 すかさずルイスはメアリへ駆け寄った。


「メアリさん! 辛いですが反射魔法かけて下さい! 俺は自分の分しかかけれません!」


 辛うじてメアリは目を開けた。


「ごめんね……ルイスくん……」


 弱々しくも自ら反射魔法をかけるが、それはすぐに破られてしまった。


 メアリも息を引き取った。


 こんなにも突然で呆気なく人は死ぬのか。

 ルイスは目の前で起きた光景が信じられずにいた。


 冷静になれ。


 ルイスは震える体で、可能な限り頭を働かせて考えた。

 聖水は一本しか用意していない。それもあまり効果はないようだ。

 死神に効く魔法は知らないし、反射魔法を解いたら終わりだ。

 異空間に飛ばされたため、通信機は機能していない。そのため増援は期待できない。

 いつまでも反射魔法と防御魔法をしていても解決はしない。魔力が尽きるのみだ。


 もう「他」に方法はない。


 ルイスはドニとメアリの元へ行き、2人の胸元から認識票を取り出した。


「すみません」


 そう小声で呟いた後、ルイスは目の前の死神をじっと見据え、とある呪文を詠唱した。


『闇魔法、返還』


『代償、大地に横たわる男女の骸』


 死神の足元に、巨大な漆黒に光る魔法陣が出現。

 闇が広がり、死神を覆うように、飲み込んでいった。

 同時に、ドニとメアリが光の粒子となり消えていく。


 ルイスは、身体中の力が抜け、地面へと倒れ込んだ。

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