第51話 (注意:残酷描写あり。苦手な人は読み飛ばして下さい) アジリタの惨劇
デュポン暦2009年8月
アーデルランド東部アジリタの外れにある一軒家にルイスとその家族が住んでいた。ルイスの両親は2人とも学校教諭。共働きで忙しい両親だが、愛情を持って育てられた記憶がある。ルイスは14歳になった。学校での成績は常に首位。しかし学校での生活態度は、規則を破る事は頻繁で、友人と自由奔放に遊んでいた為、同級生はルイスが首席とは思っていなかったであろう。ある休日、ルイスは家族と3人で、アジリタの市街地へ向かった。首都ボーデ程の大きな都市ではないが、必要なものは揃っていて、それなりに栄えている。
「ルイス!」
母親が後ろを振り返り息子の名前を読んだ。
「何だよ」
ルイスはズボンのポケットに手を突っ込み、市街地の石畳の路地を、両親のはるか後ろをゆっくりと歩いている。
「早く来なさい!」
母親は待ちかねて苛々としている。父親は母親の隣でのんびりと立っている。
「俺、本屋行っとくから終わったら迎えに来て」
ルイスは両親の事は嫌いではないが、一緒に行動するのは恥ずかしい年頃だ。
「もう!」
母親が溜息をつき、両親2人は買い物へ出かけた。
ルイスは本屋で、雑誌の立ち読みをしていた。
街はいつも通りに賑わい、これから起こる無慈悲な出来事を誰も想像が出来なかった。
唐突に、爆音が轟いた。書店の窓ガラスが全て割れ、爆風でルイスは前へと倒れた。
何が起こったのか分からない。強い耳鳴り。ルイスは書店の外を見るが、大通りは砂埃が舞い何も見えない。14年間アジリタに住んでいてこんな事は初めてだ。路地の先から悲鳴が聞こえる。何かが起こったのだ。悲鳴の方向は両親が向かった場所だった。ルイスは考えるよりも先に体が動き、書店を出て悲鳴の方向へと走った。窓ガラスで怪我をした人間が沢山うずくまっている。ルイスは人混みに紛れ、逃げ惑う人々とすれ違いながら、必死に両親を探した。
休日は街の中央広場にてマルシェが開かれる。両親はいつもそこで野菜を買うのだ。中央広場に到着し、ルイスはどきりとして歩みを止めた。一人、二人、三人。体から血を流して――死んでいる。さらに進むと、数えきれない程多くの人が倒れていた。悲鳴が鳴り止まず、いまだ多くの人がいる広場はパニック状態だ。
「ルイス!」
父親の声にルイスは振り向いた。
父親が地面に倒れこんだ母親を跪いて支えている。
「逃げなさい!」
その瞬間、父親の胸に背後から黒く禍々しい刃が刺さった。
その後の事は覚えていない。
気がつくとルイスは広場から離れた建物内にいた。誰かがルイスを移動させたようだ。広場へ戻ろうとするルイスを見ず知らずの大人達が止めた。その後病院へ連れて行かれ、両親と対面できたのは3日後。遺体収容所で2人並んでシートがかけられていた。母親との最期の会話、父親の最期の言葉を思い出す。
かすかな記憶の中に両親を殺したモンスターの姿が残っている。人間のような肢体、ねじれた角と蛇のような尾。
あれは魔人だ。
アジリタの惨劇はアーデルランド全体を震撼させた。1匹の魔人の出現により僅かな時間で数百人の人間が犠牲になった。その後魔人は忽然と姿を消した。
何も出来ずに失神してしまった己を許せない。あの日街へ出かけなければ、二人と分かれなければ。どうか時間を戻して欲しい。ルイスは毎日後悔ばかりして過ごしていた。
その後、ルイスは祖父母に引き取られたが、高校は首都ボーデにある全寮制へ入学した。ボーデには王立図書館がある。ルイスは、魔人についてもっと調べたかった。そして魔力を行使出来る軍にも興味を抱いた。
大切な人間を守る力が欲しい。魔人が憎い。もう2度と大切なものを失いたくない。
「せんぱーい!」
「へ? 何?」
ルイスはおぼろげに目を開けた。寝袋の上で仰向けに寝ている。周りは真っ暗で草木に囲まれている。エミリアの持っている魔法灯だけがほんのりと明るい。
「うなされてましたよ? 大丈夫ですか?」
「え……うん……」
またあの夢を見てしまった。
「うわ! 汗凄いですよ!」
「うん……」
この夢を見た時は毎回汗だくになる。
「ちょっと。大丈夫ですか? タオルで拭いて下さい」
「サンキュ……」
ルイスは寝起きの声で礼を言った。
エミリアののんびりとした声が今は心地良い。
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