選択-プロローグ-




 私の周りに親しいと呼べるほどの仲の人が居ない。小中と異質な存在だったことが災いして友達ができなかったのだから。


 だけど不幸中の幸いとはよく言ったもので、良くも悪くもいじめられることもなかった。

 男子に混じって野球、ドッチボール、サッカーをしていたものの、歳を重ねるにつれて体力の差やちょっとした体の違いが気になって徐々に距離を置くようになってしまった。。


 中学に上がった頃には孤立していた。容姿も相まって怖い、クール、性格がきつそうなどと言う噂が飛び交っていた。性格がキツければこの時点で堪忍袋の緒が切れているだろうに。


 現在高校三年生。先日始業式が終わりようやっと残り一年といったところまで漕ぎ着けた。

 髪などの規則に関しては彼が言ったように先生たちが注意することは格段に減っていた。要は八つ当たりの捌け口だ。


「クリス!何ぼーっとしてるの?」


 こんな私にも友達ができた。


「桃香か、春だから少し気持ちよすぎてウトウトしちゃって。」

「確かに!もうちょっとしたらブレザーいらずになっちゃうね!」


 そう言いながら桃香はブレザーの袖を掴み、パタパタと手を振る。


 彼女は山薙桃香。身長152cm、体重はわからないが出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいるタイプだ。

 愛嬌があり、みんなからも慕われているフレンドリーな子だ。


 彼女とは二年の時に同じクラスになってから仲良くなった。


「おっきぃ!少し身長分けてよ!」


 たしかそんなことを言われた。なんでも、着たい服があってもSサイズを着ると小さく、Mを着ると大きいらしい。なんとも言えない文句だ。


「ねぇ、よかったら今日の放課後寄り道しようよ!」


 桃香はそう言うと、ケータイをずいっとこちらに押し付ける。中には最近流行りの喫茶店の画像が映し出されていた。なんでも、コーヒーが美味しかったり、ケーキが目当てで来る人ではなく写真を取りに来るのだそうだ。

 写真をSNSにアップしてその月一番のいいねがあった人には賞金に10万円がもらえるからだそうだ。


「ごめん、私今日は青ちゃんと約束あるから…。」

「またぁ?!」


 ほっぺたをリスのようにプクリと膨らましながらそうぷりぷりと怒る。ふわふわした雰囲気で怒ったところで怖くはないのだが、頭をなでながらまた埋め合わせしようと約束をする。


 むーっとむくれながら絶対だよ?と上目遣いで口約束をする。


「あぁ。そろそろ鐘が鳴るから席に戻りな。」

「うん!」


 ぱっと明るい笑顔に戻り、パタパタと自分の席に…戻らずに別の席の女子に声をかけていた。一体あの口にはいくつの話題が潜んでいるのだろうか。








 授業が終わり、教科書を片付けていると背中に強い衝撃が走る。


「ご、ごめん!」


 痛くはなかったものの、あまりに急なことで驚いてしまい声が出なくなる。

 それをどう捉えたのか深々とお辞儀をしながら再びすいませんでした!と謝られる。


「こ、こちらこそ!あまりにびっくりしたから声が出なくて…。」


 精一杯そう答えると相手はホッとしたようにほんとにごめんな!と手を上げながら去ってしまった。

 その先には可愛らしい女の子がいて何やら怒られているようだった。彼女はこちらをちらりと見て、ペコリとお辞儀をしたあと教室を出ていってしまった。


「たしか白石百合ちゃんと黒川雄介君だね。」


 思わぬ方向から声が聞こえて、驚きながらそちらを見るとここ最近の私の悩みの種がニコニコしながら去っていった二人の方を見ながらそういえばさーと、話しかけてもいないのに話し続ける。


「あの二人付き合ってるけど、百合ちゃんの方にはセフレがいるらしいよ。」

「興味ない。」

「その相手がさー、3組の足立君なんだよー。」

「だから興味ないって。」


 そうピシャリと言いのけるも相手はめげるでもなく声をかけ続ける。こいつこそどこにそんな話題を隠せているんだ。



「ねぇ、今日は一緒に帰ら」

「ない。」


 ちぇーっと言いながらようやっと私の側を離れる。黄井之照。こいつも二年の時から急に話しかけてくるようになったやつだ。特にこれといった面識があるわけでもなく、急に興味を持ったかのように声をかけ始めた。

 髪を金に染めており、少しチャラい。だけど何故か女子からは人気があり、紫水健と灰田真、雪と並ぶ三大巨頭だ。


 私は照のことをアヒルと呼んでいる。


「えー、てるてる振られちゃったの?なら私達が付き合ってあげる!」

「そんなときはオケでも行ってパーッと発散するのが一番っしょ!」


 キャハハという笑い声の中に行かねーよという不機嫌な声が混ざる。廊下に出てからは更に女子の人だかりができており、否が応でも行かないと帰らしてくれないコースだ。


 そんなことを考えていると、今度は正面からキイィと、机を引く音が聞こえる。


「あ、青ちゃんお疲れ!」

「おつかれ…。」


 彼女は水原青。名前の通りクールな性格をしている。身長体重ともに不明だが、痩せがたでおそらく計測器より一回り近く小さく見えている。


「今日は金曜日だから明日明後日と休みだから嬉しいよ。」


 んーっと伸びをしながらそんなことを言うと彼女はそだねと無機質に返す。青ちゃんはボサボサの髪に何故かまんまるのおっきな眼鏡をつけている。

 スカートは規定の長さで春夏秋冬関係なくタイツをはいている。


「ね、ここ!わかんなかったから教えてよ!」


 放課後には青ちゃんと勉強するのが日課になっていた。




 きっかけは青ちゃんだった。桃香が休みで、暇していた休み時間アヒルが例のごとくこちらに話しかけて辟易していたときに机をノックして

「放課後勉強しよう。」


 そういったのだ。


 青ちゃんは2年になると同時に転校してきた少し変わった子で、いつも一人でいた。(人のこと言えないが)タイツを常に履くだけでなく、常に長袖も着用していた。

 聞いてみたいという興味があるものの、もし変に地雷を踏み抜いてしまうとと思う気持ちに挟まれて聞けないでいる。


 もし、昔から友達という存在がいたのならもっとうまいこと聞き出せていたのかもしれないと思う反面、友達がいたらきっと青ちゃんは私に話しかけることはなかったと考えてしまう。



 その時は私から話を掛ければいいのかもしれないけれど、もしかしたら存在にすら気づかなかったかもしれない。


「ありがとう!青ちゃんはわからないとこない?」

「全部。」


 彼女は頭はいい。頭はいいが、地理関係はからっきしで毎回一桁を取ってくる。それ以外は80点以上なのに…。


「あのね、ここはね…。」








 家に帰ると母がキッチンで何やら晩御飯を作っているようだった。匂いからしておそらくハンバーグだ。


「おねぇちゃん、帰ったんなら制服着替えて!ちゃんとハンガーにかけてね!」

「あぁ、ごめん結。」


 私には異父姉妹がいる。結と言って、二つ年下の今年高校一年生になったばかりだ。


 私と同じ高校に入り、今は部活はしていないものの、元々は空手をしておりなかなかの実力者だ。決して妹自慢ではない、本当のことだ。


「おねぇちゃん!早く!」

「あぁ、ごめんよ。」


 妹は母似で黒い髪にキュルンとした可愛らしい目をしている。姉の私が言うのもなんだがなかなか可愛い。決してシスコンなわけではない。


「あぁ、クリス、おかえり。」


 母はそう言うと、きれいな笑顔を見せる。私を18の頃産んだという母も17年経った今では35を超えている。だがその顔には皺一つなく、巷ではマジョと呼ばれているそうだ。


「机、拭いておいたよ。他にやることない?」

「じゃああとは料理を運ぶだけね。」


 そう言いながらお皿を一気に3つまとめて持つ。ご飯と味噌汁を運び、一つにまとめられた箸入れをテーブルの上に置く。目の前にでかでかと置かれているお皿の上に乗っているものはやはりハンバーグだ。しかもその上には半熟の目玉焼きが置かれていて、いつもより豪華に食卓を彩っていた。


「何か良いことでもあったの?」


 母にそう尋ねてみると、母は嬉しそうにうふふと笑いながら

「昔、近所の子供であなたと仲良くしていた子が居たでしょう?実はその子がこっちに帰ってきてたみたいなの。」

「昔仲良くしてた子?」


 結は興味深そうにそう問いかけてくる。


「そう。クリスがまだ5歳だったから結は3歳の頃ね。懐かしいわぁ。」


 そう言いながら昔を思い出しているのであろう、うっとりと少し上の方を眺めながら嬉しそうに微笑む。


「名字は間宮っていうんだけど、今はもう離婚しちゃって旧姓に戻しちゃったらしいの。」


 私はフーンとだけ言い、構わずにご飯を食べつづける。

 もう十年以上も昔の話だ、覚えているはずがない。


「隣町に引っ越してきたみたいだから、そう滅多と会わないけどこれからもよろしくってことでケーキもらったの。後で美味しく食べましょうか。」


「「いただきます!!」」


 甘いものに目がない私と結は同時にそう叫んだ。







 次の日、土曜日で学校は休みだったこともあり、私はグータラその日を過ごした。結も母も家を出ており、夜まで私一人だ。


 特に何もすることがなく一人ゴロゴロとしていると、不意にとてつもない睡魔が襲いかかる。どうせ休みなのだからとそのまま睡魔に身を委ねて意識を奥深くへと沈めた。






「ちょっと早計過ぎない?」


 いつもの学校。いつもの風景。ただ違うのはいつもと違って夜であることと、いつもより青ちゃんが饒舌という点だ。


「…早計って?」

「人との関わり方だよ。あなたが思っているより人は善意なんかでできていやしないよ。」


 青ちゃんはせせら笑うようにそう言うといつもはボサボサの髪を後ろへとかきあげ、まだ見たことない顔が顕になる。

 その顔は人の嫌味や憎悪を具現化したかのような顔だった。


「…だけど逆に悪意ででもできていやしないんじゃないの?」

「そうだね。だけど警戒するのも大切な防衛本能だよ。クリスはそれが少なすぎる。」


 口元をいびつにニヤリと歪めながらそう返す。口元に手を当て、いつになく妖艶な雰囲気を醸し出している。


「今この姿をしている人のこともそうだ。本当に貴方と仲良くなりたいと思って近づいたと思う?

 桃香ってやつにしても、優等生ぶってる紫水健に黄井之照もそうだ。本当は裏でお前を騙そうとしてるんじゃないの?」


 足を組み、見下した態度でそう嘲笑う。


 騙す。


 その一言があまりに頭に来て思い切り机をバンっと叩く。


「うるさい!人を信用して何が悪い!人を疑って嫌っていくよりはずっとマシだ!」


 思わず感情的になりながらそう吠えると、目の前にいる青ちゃんは少し怒ったようにふーんとだけ答える。


「それが貴方の答えならそれでいいよ。」


 そう言うや否や、足元がガラガラと崩れ落ちる。本能的に机にしがみついてみるものの、机も一緒に落ちる。


「人生一度きり。それがみんなに与えられた最大のチャンスなんだ。」


「せいぜい悔いのないようにな。」


 なんとも言えない笑顔に見送られながら私は深い闇へと落ちていく。







「おねえちゃん!」


 結の叫び声でお飛び起きると、外はすでに暗く時計を見てみると19時を過ぎていた。

体中汗でびっしょりで、じとじとして気持ち悪い。


「大丈夫?ずっと怒ってるような悲しんでるような声出してたけど…。」


 心配そうに顔を覗き込みながら冷たい水をはいっと渡してくれる。まったくできた妹だ。


「大丈夫。少し夢見が悪かっただけ。」


 水を一気にぐいっと飲み干し、気持ち悪いからお風呂に行くとだけいいその場を後にする。結は少し心配そうにこちらを見つめていたが、気づかないふりをして風呂場へと向かった。




「……また少し身長伸びたかなぁ…。」


 中学生の頃ほどではないものの、未だに身長が伸びているのが私の悩みだ。大した悩みではないものの、中学の頃はそれで二度も制服を買い直している。

 母はそのくらい苦にならないくらいにどちらの父からも慰謝料ぶんどってるから大丈夫だと笑っていたが、その日から明らかに仕事の出勤日数が増えていた。


「…いっそ男なら良かったのにな。」


 ポツリとそう呟く。それは誰にも届くことなく風呂場で虚しく響いた。




 風呂を上がるとすでに母が帰ってきており、軽く晩御飯の用意をしてテーブルを片付けた。


来年には社会人だからという理由で土日は私が家事をするようにしてる。簡単な物しかできないが、それでも美味しいと二人が笑ってくれるからこれからも頑張ってみようと思えた。


「そうだ、おねぇちゃん明日買い物付き合ってよ!」


 結はそう言うと、それ!と私の服を箸で差す。その際母から拳骨を食らっていたものの特に気にした様子もなく話を続ける。


「おねぇちゃん、そろそろ女の子らしい格好をしようよ!制服も毎回着崩ししてスカートの下にはジャージ!服も男っぽいものしか持ってない!いや、サイズがないのはわかってるよ?!だけどもっとこう………さ!」


 後半語弊力がなくなっているが、気迫だけ伝わる。


「いやぁ、でも男物のほうが案外安かったりするんだよ。女物はサイズもそうだけど身の丈にあわないというか…。」

「そんなことないよ!絶対オネェちゃんにも似合う服がある!それを私が明日コーディネートしてくるの!」


 鬼気迫る勢いでそう捲し立てる結にどう返したら良いのかわからず母の方をちらりと見ると母は我関せずと言った様子でお茶をズズッと飲んでいた。


「いやぁ、でもさぁ…。」

「でももだってもへちまもくそもないよ!いーから明日行くの!」


 結はそう言うと、ご飯を掻き込んでお茶を飲んでそのまま自室へと引き篭もってしまった。


「お母さ〜ん、なんで助け舟出してくれなかったの〜?」


 情けない声を出しながらそう問いかけると、母は少し嬉しそうに


「明日結にお小遣い渡しておくからね。」


 とだけ言って微笑んでいた。


 魔女め。









 朝。

 いやいやとゴネる私を引っ張りながら外へと連れ出す。最後の砦である玄関に引っ捕まっていたものの、力で妹に叶うわけもなく30分の死闘の末引きずられながらデパートへと繰り出した。


 家を出る際最後に見えたのは母の無垢な笑顔だ。魔女め。



「だけどどんなの買うつもりなの?ひらひらしたのとか絶対無理だからね〜。」


 いつになくなよなよしながらそう懇願すると結にはおねぇちゃんにはひらひらしたのなんて似合わないよと一蹴りされた。


 わかっていたことだが、他の人の口から出た言葉は少しショックだった。

 相変わらず街の方は賑わっていて、知り合いがよこぎってもおそらく気づくことはできないだろう。


「この店、背が高い人でも着こなせる様な服が多いの。」


 そう言いながら入ったお店は明らかにクールなお姉さんが愛用してそうな店だった。値段を見てみると一着うん万を越えており、入口付近で固まっていた。


「ねぇねぇ、貴方一人?」


 後ろから少し高い声で声がかかる。

「よかったら少しお話したいんですけどよろしいでしょうか?私、こういうものでして。」



 名刺入れから差し出された名刺にはでかでかとメンズファッション誌と書かれていた。


「良かったらうちの事務所に来ないでしょうか。もし彼女さんと来られているのでしたらご安心ください、うちの会社恋愛禁止とかそういうわけではないので。」


「えっと、恋愛禁止とかそれ以前に…。」

「あ、給料の話でしょうか?それでしたらここは人通りが多いですからまた事務所の方で…。」


 あ、駄目だこれ。話聞いてくれない人だ。

 そういった人の話は一旦全部聞いた上で丁重にお断りするのが一番だと学んでいる。


 これでも髪はそれなりに伸びて肩を越すくらいにまで伸びたんだけどなーとか少し見当違いなことを考えながらひたすら話し終わるのを待つ。所謂現実逃避だ。



「おねぇちゃん、なにしてるの!早く来てよ!」


 まさに救世主。その一言を聞いた目の前の人が固まる


「すいません、私女なんですよ。」


 首の裏側を掻きながらヘコヘコと謝る。気持ちはこもってはいないものの、最初に話を聞かなかったのはそっちだろうと少し心の中で毒づく。


「………………いや、性別を偽ってファッション誌に乗るというのはいかがでしょうか。」

「は?」


 その後、女の人はブツブツと何やらつぶやき始める。何やら良からぬことを企んでいるようだった。

 社会の闇を一瞬垣間見た気がした。


「すいません、私用事があるので!」


 それだけ言うと、店の奥へと逃げさる。待ちなさい!という声が少し聞こえたが、お店の人がどうやら塞いでくれているらしく中に入ってくる気配はなかった。


「ほらね!また変な人に引っかかってる!」

「変な人って…。」


 結はぷりぷりと怒りながら服を選んでいる。お店の人たちはニコニコとこちらを見ており、少し居心地が悪い。

 誰が手柄を取るか競争しあってるんだろうな…。


「おねぇちゃんもしかしてまた背ぇ伸びた?」


「げっ!やっぱりそう思う?」

「思う。」


 思いっきり首を立てに振られる。結はブツブツとなら少し大きいのを選んだほうがいいかもしれないなとか呟いていた。


「私ちょっとあっち見てくるよ…。」

「うん、言うの見つかったら声かけてね!」


 声かけてね…か。多分声をかけることはないと思うな…。そう思いながら服を一着ずつ見ていく。その際、人の視線を感じて思わずキョロキョロとあたりを見渡すも周りには従業員の人しかおらずしかも従業員は妹に話を伺っているようだった。


 また男か女が区別つかなくて見ていたのかもしれないと自分を納得させて正面に向き直ると


「よっ!」


 驚きのあまり声も出せずに絶叫していた。顔はおそらく埴輪のようになっていただろう。


「なんでここに?!」

「ちょっと買い物!それにしても珍しいところで見かけるもんだな!」


 目を爛々に輝かせながら店の中をキョロキョロと見渡す。


 やはりというかなんというか、お前にも服に興味があるなんて意外だなと少し心外なことを言われる。

 むくれながらうるさいと少し怒ると何が面白いのかニカッと笑いながらいろいろなものを物色し始めた。


「やっぱりスカート系よりパンツ系だよな、ショーパンはやめとけ。足が長すぎて不格好に見える。短いやつを履きたいならロングワンピの方が良い。

 それからパンツを履くならダボッとしたやつよりスキニーのほうがおすすめ。クリス、いい足の形してんだから強調してなんぼだ。

 お前の顔的には俺的にはこの季節だとベージュのセーターに黒のスキニーを履いてほしい。靴はヒールが入ってなかったら何でも可。」


 そう一気に捲し立てられる。


 正直きもいと思ったが、少し勉強になる部分もあったので念頭に入れておく。


「そう言えばクリスはなんでここにいるんだ?」


 服を二着手にしたまま振り返り様にそう尋ねる。おそらく服と私を見比べながら似合う似合わないを判断しているのだろう。


「妹の買い物の付き添い。」


 妹の買い物というのは嘘だが、付き添いという点は嘘ではない。そう言いながらちらりと妹の方を見てみると、店員さんと楽しそうに服をコーディネートしていた。


 妹は母によく似ている。高すぎず低すぎない背丈。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる。お世辞にも性格がいいとは言えないが、困っている人を放ってはおけないタイプだ。


 黒く長い髪によく透き通るソプラノの声。それに比べてアルトまでも行かずとも低く通りにくい私の声はより一層男らしさを際立たせている気がした。


「もう用事ないんなら帰った……ら…?」


 アヒルにそう言おうとし、そちらを向くとそこにはすでに居らずまさかと思い結の方を向くといつの間にやら和気藹々と話をする二人が見えた。


 クラリと倒れそうな体をどうにか支えてこめかみのあたりを親指で強く押す。今日は厄日だ。


「何二人で仲良くなってんのさ。」


 そう言いながら二人にずんずんと近寄ると、バカにしたかのように口元に手を当てながらぷぷぷと二人は


「おいおい、一丁前にヤキモチ焼いてるぞ。ぷぷぷぷぷ。」

「ねっ。混じりたいならまーぜーてって言えばいいのに。ぷっぷぷぷ。」


 そんなことを指を指しながら言いのける。あまりに腹が立ち、振り返って店を出ようとすると結の「服は私の好きなように決めちゃうよー!」という軽快な声が聞こえてきた。


 「ご勝手に!」とつい怒り口調で答えてしまったが、本人は意に介していないようだった。


 外に出て、ベンチに座りぼーっと空を見上げる。周りには子供の手を引く大人やカップル、仲の良さそうな友人で溢れかえっていた。

 少し小腹がすいて、近くのたこ焼き屋に並ぼうと席をたとうとすると目の前から複数の女の子たちがパタパタと走ってくる。


「あっあのぅ……!」


 もじもじしながらそう声をかけてくる女の子はおそらく高校上がったばかりか中学生だろう。まだあどけない顔を桃色に染めながらなにか言いたそうに人差し指と人差し指をグルグルとする。


 またか。と思うものの、ここで私女ですと言ってしまうと変に相手を追い詰めてしまうと思いただひたすら相手が喋ってくれるのを待つ。


「すいません、この子人見知りで…。」

「あっ、ううん。別に怒ったりしているわけではないんだけど…。」


 真顔で待っていたのをどう捉えたのか、隣にいる人懐っこそうな女の子が困ったような笑顔でそう言う。人見知りの子がこうして頑張って人に話しかけてるんだ、私も頑張ってこのこが喋るのを待とう。


「えっと!その…!あの………」


 最初は勢い良く喋り始めたものの、段々と尻すぼみになるのがわかる。いつの間にやら近くにアヒルが来ていたが、他人事のようにこの光景を眺めていた。いや、正確には見届けているといったほうが良いのかもしれない。空気の読める男だ。


 おそらくこれは長期戦になるだろう。そう覚悟を決めた時、10m有るか無いかの横断歩道に同級生を見つけた。男女の友達で、よくは知らないが桃香が言うには二人とも少し難ある性格の持ち主だとか。どうやら向こうのショッピングモールに用があるらしく、こちらに背を向けていた。


 そんなことを考えていると、再び女の子が勢い良く「私!!!」と叫ぶ。


 まるでそれが引き金かのようだった。

 ギュルギュルギュル!!!車の急ブレーキの音が辺りに響き渡る。 


 あまりに大きな音に驚き、そちらの方を見てみると丸太を大量に乗せたトラックが立ち尽くす二人に向かって突っ込んでいくのが見えた。

 正面から突っ込むと言うよりも、急カーブしたトラックに横薙ぎにされたと言ったほうが正しいのかもしれない。


 そこに立っていた二人は数mほどふっとばされているのが見えた。


 思わず目の前に立つ二人にこの光景を見せてはいけないと思い、ぎゅっと抱き包む。私はこのとき初めて背が高いことを誇らしく感じた。


 あたりは騒然とし始めた。「救急車!」と叫ぶものもいれば、「とにかく警察を!」とケータイを取り出す人もいた。

 ひどい人はケータイを取り出し、二人を撮影する人が居た。その光景が気味悪く感じて思わず口元を手で覆う。

 この光景をこの二人に見せなくて本当によかった。


 そんなことを考えていると、二人のうちの一人がゆっくりと立ち上がるのが見えた。どうやら無事らしいが、骨を何本かやられているのだろう、腕や足が変な方向に曲がっているのがわかる。

 何人かは二人のもとに駆け寄ろうとするが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。



 丸太を繋いでいた縄が衝撃で緩んだらしい。ガタガタと音を立てながら雪崩を作っていく。


 その先には二人が居た。


 ぐちゅり。音は聞こえなかったが、効果音にするとこんな感じだ。血があたりに飛び散り、木とコンクリートの間からはどちらかの手が力なく垂れていた。

 おそらく木の下にはぺしゃんこになった二人が横たわっている。


 悲鳴を上げる者。あまりの衝撃に耐えられず泣き始める者。嘔吐する者。怒り狂う者。

 そして

 少しでもいいねを稼ごうと写真を撮る者。



 パシャリパシャリ。フラッシュの光が辺りを染めていく。

 あまりの光景に目が離せない。


 固まっていると、下にいる二人から何かあったの?と問いかけられる声が聞こえた。


 人が死んだ。


 そう答えようとするものの、恐怖が心と体を支配してうまいこと話すことができない。どうにかこの場所から離れようとするものの、釘付けになってしまった目はここから離れるのを拒んでいるようだった。


 その時、目の前に黒い影が飛び出す。


「大丈夫か?!」


 金の髪がそう言いながら私の手を掴む。私はそこでハッと我にかえり、二人についてきて!と叫ぶと私の剣幕に何か悟ったのだろうか、おとなしくついてくる。


「その、何があったんですか?」


 二人は少し…いや、かなり困ったようにそう問いかけてくる。私はポツリと事故があったとしか答えることができなかった。


「あっ!二人とも良かった!」


 遠くの方から結の声が聞こえた。


 結はパタパタとこちらに駆け寄ってくる。そのさまを見て押し寄せていた恐怖がどこかへ去っていくのがわかった。


「心配したんだからね!外で事故があったって!二人事故にあったって!もしかしたら助からないかもって!」


 そう怒りながら泣きじゃくる。私は結をそっと抱きしめながらごめんねとだけ呟いた。


 お店の人もどうやら心配してくれていたらしく、結に付き添って一緒に店の外まで来てくれていた。本当に申し訳ないと思いながらも、今日は流石に何かを買う気になれず結に今日は帰ろうと説得する。


 お店の人にも深々と謝礼を述べると、無事でよかったですと少し目を赤らめていた。


 その際、後ろにいた二人の女の子にごめんと謝ったがどうやらこの二人と妹は同級生らしくお話はまた後日となった。


 流石に女の子二人で返すわけには行かないという謎のアヒルの進言により、帰りは付き添ってもらうことにした。その際誰一人として言葉を発する事はなかったが、喋ってしまうとうっかりあの光景が頭をよぎりそうで怖かった。


 家につくと母はすでに帰宅しており、ボロボロと涙をこぼしながら私達を出迎えてくれた。


「大丈夫?!怪我はない?!!本当に無事なのね?!生きてるのね??!!!」


 などと少しテンパっており、少し冷静になることができた。

 母は少し落ち着くとアヒルの存在に気づいたらしく、ここまで心配して送ってくれたのだというといつものきれいな笑顔ではなく土偶のような目を細めてありがとうと言っていた。


「いえ、僕はただ心配で送っただけですよ。あんな事があったあとで良からぬことを企む人だっていますから。」


 いつものちゃらんぽらんな態度はどこへやら礼儀正しくそう言うと、どこか遠い目をしながら何やら呟いていた。

 特に気にもとめずにいると、母はアヒルに「お茶だけでもどう?」と誘っていたが、アヒルは気持ちだけで結構ですと断って帰ってしまった。




 その晩はなんだか作る気にならず、母に頼んで外食をすることになった。

 肉類を見るとあの光景を少し思い出してしまい、結局パフェだけ食べて帰ってきた。



 ケータイにはいくつか着信が入っており、普段は使わないからと机の上に放置していたが今日ばかりは返したほうがいいかなと思い、一人一人返信をしていく。


 その中にアヒルからメールがあり、内容を見てみると大丈夫?の一言だけ書かれていた。私はありがとう、大丈夫とだけ返してベットに沈んだ。




 9時頃からベッドに入ったにもかかわらず、いつまで経っても睡魔がやってくる気配はなくただひたすら時間がすぎるだけだった。時計のカッカッという音だけが響く。おそらくもうすぐで0時だ。

 ちょうどその時、程よい眠気が体を包み込み始めた。寝る間際、机の上からコツッという音が聞こえたが特に気にもせずに闇に引き込まれた。





「これはさぁ、ゲームなんだよ。」


 またこの夢だ。目の前には青ちゃんが座っている。

 ただ違うのは今回青ちゃんは顔の半分が仮面で隠れていることだ。

 右半分が隠れており、左半分が青ちゃんの顔をしていた。と言っても私は青ちゃんの顔をまじまじとみたことがないので私の妄想だと思うが。


「ゲーム?」


 そう問い返すと、青ちゃんは少し嬉しそうにそう!と返した。 

「よく選択は与えられた自由だって言うだろ?だからそれに則って君たちには自由ではなく権利を与えてみたんだ。」


 これ、なんだと思う?


 そう言いながら椅子をポンポンと叩く。椅子だと思っていたそれは砂時計だった。


「これは忠告と警告。これから始まるのはゲームはゲームでもデスゲーム。好かれる為に努力してきたものは得をして好き勝手やってきた人は損をする。」


 そう言うと赤い目玉をぎょろぎょろとさせる。


「それ、あなたの命の期限。もし選べば命の期限は伸びるし、選ばなければここで終わり。」


 そう言いながらさした指の先は私の椅子で、椅子だと思っていたそれはこれもやはり砂時計だった。


「限りある命、有効に使ってね。」


 それだけ言うと、青ちゃんは闇へと紛れてどこかへと消え去ってしまった。私は自分の椅子になっている砂時計をまじまじと見る。

 よく見ると下の砂時計には自分を模した人形が置かれており、時間になれば自分の人形は砂に埋もれるようになっているようだった。

 嫌な作りだ。


 青ちゃんが座っていた方の砂時計を見てみると下には三人いた。二人は金曜日見たからわかる。

 白石百合ちゃんと黒川雄介くん。そしてもう一人の誰か。


 それだけ確認すると、待っていましたとばかりにもと座っていたところから光が溢れだす。そちらに向かって歩き始めると辺りは白に包まれて私は心地の悪い朝に迎えられた。





 ここ最近変な夢ばかり見るなと思いながらゆっくりと起き上がる。

 リビングに行き、朝食を食べて再び部屋に戻り制服に着替える。その際、昨日机に置いたケータイが少し気になり、手を伸ばすと見覚えのないものが3つ。机の上にきれいに並べられていた。


 その下には何やらメモのようなものが置かれており、ゆっくりとそれを引き抜くと謎の文章が施されていた。



『選択期限は5日。選択されなかった者は7日後に捨てる。


 選択した者の砂時計を割り、他者にバレないようにどこかに埋めろ。』


 その紙を見た後でゆっくりと並べられた3つのものを見てみる。


 そこには3つの砂時計、そして中には白石百合ちゃんと黒川雄介くんらしき人形。そしてもう一つの見知らぬ誰か。

 すでに砂時計は落ち始めていた。


『尚、選ばないを選んだ者と複数選んだ者には厳重な処罰を与える。』


 音を立てるでもなく何かがゆっくりと落ちる音が足元から伝わった。

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