四人の女神【前編】

 

 おろおろと左右を見るアニム。

 チラリと花畑の方を見るが、他の妖精たちは顔を背けて遠くへ飛んでいってしまう。

 えぇ……薄情すぎない?


「……こ、こっちへ」

「はい」


 真凛様もその異様さには気づいていたようだが、俺たちは明日戦う敵だ。

 他の妖精たちが警戒して近づいてこないのは、ある意味で賢明だろう。

 断じて俺が『鈴流木雷蓮』として嫌われてるからでないと思いたい。

 アニムについて歩き始めると、空間が途端に真っ白なフィルターがかかったかのような花畑に変わる。

 かと覚えば、一歩歩くと今度は満点の星空。

 さらに次の一歩では、ひまわり畑。

 なんだこの空間。


「妖精族の領地は……ずいぶんいろんな景色が楽しめるのですね?」

「…………」

「アニム殿……?」


 浮遊したまま立ち止まるアニム。

 一応、敬意も込めて「アニム殿」って呼んだんだけど、そんな硬直されるほど俺って怖がられてんの?

 と、思ったがそうではないようだ。

 アニムの表情がわかるところまで身を傾けると、異常な怯え方をしていた。

 いや、俺のせいではない!

 鈴緒丸のせいでもない!

 背を正すと、やはり……これは——!


『やっと繋がった』

「っ!」

「な……」

「あ、あなたは……まさか」


 アニムだけでなく、俺たちも驚いた。

 広大な花園に変わったと思ったら、雲のない青い空に四人の白い翼を持った女性たちが佇んでいる。

 真ん中に青い髪、その左を金髪美女。

 右端には緑の髪の美女と左端に真紅の髪を靡かせた美女。

 待て待て待て、白い鳥の翼、って、ことは!


「女神族……!?」

『そうです。直接会うのは初めてですね。わたくしはアミューリア』

「!」


 これがアミューリア……俺たち人間族が信仰する女神の一人。

 俺たちが通う学園の名の由来の女神だ。


「……ヘンリエッタ嬢に聞いていたのとだいぶイメージが……」

『あ、当たり前です! 聖域では本来の姿に戻りますから!』


 あ、そうなんだぁ。


『女神族が勢揃いで、一体どうしたのだ?』


 と、俺の頭上に現れた鈴緒丸が問う。

 確かに——アミューリアがいるということは、他の三人も名だたる女神のはず。


『ようやくお姉さまたちがわかってくださったのです』

「お姉さまたち、ってことは」

『我はナターシア。災いと栄光の女神。二番目の姉です』

『わらわはイシュタリア。戦いと勝利の女神だ! 一番上の姉だぞ!』

『そして私は富と豊穣の女神ティライアスと申します。よくぞエメリエラをここまで守り抜いてくれました。私は三番目。人間族の信仰に、いつも助けられていますよ』


 金髪美女がティライアス。

 緑の髪の美女がナターシア。

 真紅の髪の美女がイシュタリア。

 信仰してきた女神がガチに目の前にいるということか。

 すげー、違和感。

 いや、プリシラのことを知ってるから、自分でも思った以上にダメージはないのだが。


『ゴルゴダの行動をずっと見てきての結論だ! わらわたちはアミューリアの言と、貴様ら人間族を信用することにした!』

『最初は手を貸すつもりもなかったのだけれど、ゴルゴダがあまりにも不公平すぎましたからね。アミューリア側につくことにしたのです』

『というわけで、バーサークのちょっかいは私たちの方で妨害することにしました。他の武神があなた方——人間族やエメリエラに手を出そうものなら私たち女神族が全力でお相手するので、心置きなく戦争に注力してくださいませ』

「え、そ、それって……」


 確かヘンリエッタ嬢の中にいたアミューリアは、姉たちの協力が得られないから武神族が人間族を負けさせようとする理不尽を止められないと言っていた。

 だが、戦争が始まってからゴルゴダの俺たち人間族への不公平っぷりを目の当たりにした女神族が、方針を変えて俺たちの味方になってくれた、ということか!

 マジか!


「あ、ありがとうございます!」

『よかったですね。わたくしも姉たちを説得した甲斐がありました』


 アミューリア……さすが人間族の信仰する女神だな。

 裏でずっと働きかけてくれていたのか。


『で? 我らが母なるティターニアのかけらから生まれた女神エメリエラ、姉たるわらわたちに挨拶もなしのつもりか?』


 口調はきついのに、エメリエラに会いたくてたまらない、といったそわそわした表情のイシュタリア。

 彼女に言われて、エメリエラが渋々といった様子で姿を表す。


『初めましてなのだわ……おねえ、さま?』

『お、おぉ……』

『お母様とはまるで違う姿なのですね』

『プリシラ——前回の戦争で戦巫女だったクレースの姿を移したのですね。可愛らしいですよ、エメリエラ』


 四人の女神たちの各々の反応の差よ。

 ドギマギするイシュタリアと、務めて冷静なナターシア。

 柔らかく慈悲深い微笑みと優しい言葉のティライアス。

 エメリエラはやはりというか、ティライアスに対してはにこりと微笑む。

 微笑ましいが、重要なところをこのままスルーされるわけにはいかない。


「あの、ところでエメリエラを狙って何度も真凛様を空間に誘拐しようとしていたのはバーサークなんですか?」


 偉大なる四女神に図々しくも確認させていただこう。

 するとティライアスが慈悲深い微笑みを消した。

 美人の真顔はやはり怖い。

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