ガイという男

 

「それで、真凛様の“相談”というのは?」


 はい、終わりましたよ。と頭を最後にひと撫でする。

 寝癖は直ったが、真凛様の“相談”についてはまだ聞いていない。


「ありがとうございました! ……あ、その……実は昨日部屋に戻ろうとしたら宿の中で迷ってしまって……」

「え? 迷……? 大丈夫でしたか?」

「はい。……えっとでも、その……」


 もじもじと言いづらそう。

 俯いてもじもじ、もごもごする真凛様も可愛らしいな。

 なにをしてても可愛い。

 存在がもう可愛い。

 すげーな、これが色ボケ恋心か。

 浮かれまくってる自覚はあるけどこれでエメリエラの力も増すというし、存分に浮かれよう。

 ではなく、しっかりしろ、俺。

 まずは真凛様の相談をちゃんと聞かねばダメだろう!

 俺の方が年上なんだぞ!

 ここはしっかり年上らしく年上の余裕ってやつを真凛様に見ていただこうじゃあないか!


「お、怒らないで聞いてほしいんですけど」

「なんでしょう?」


 俺が怒るようなことなの?

 真凛様が?

 俺の怒るようなことを?

 は? 想像ができんぞ?


「昨日、寝る前に部屋に戻ろうとしたら迷子になりまして」

「え? 大丈夫だったんですか?」

「気づいたら獣人族の宿の前にいたんです」

「え!?」


 獣人族の宿の前!?

 それって、モモルが言ってたやつか!?

 “迷子を装って敵情視察”ってやつを!?

 まさか、素でやらかしたんですか!?

 さすが真凛様!?


「それで、様子を見にきたガイ・マスルールという人に助けてもらいまして……」

「そ、それは、まさか——」

「…………。そ、その、多分……ヘンリエッタ様が言っていた……イ、イベント……? ぽ、ぽかったかも、しれない、とか……」

「…………」


 とてもとても言いづらそうに、しかし正直に話してくれた真凛様。

 そうだ、これは怒るところではない。

 真凛様はちゃんと話してくれたのだ。

 そもそも、真凛様が迷子になったのは意図してのことではない。

 別にゲームのシナリオ通りにことが進むもんではないということは、俺が一番よく知っているではないか。

 うっかり迷子になってしまったのだって、真凛様らしいし複雑なご事情のあるこの宿が悪い。

 それに、真凛様に「怒らないで聞いてくださいね」って俺が怒る前提で“相談”されたのもなんか物悲しいものがある。

 俺が怒ると思ってたんですが、こんなことで。

 そうさ、俺は大人ですから、余裕のある年上なんですから、そんなことで怒るわけないでしょう。

 まして真凛様はヒロイン。

 ゲームのイベントが起こるのは知ってる。

 ただ、その通りにならないだけで。


「つまり、ガイ・マスルールのフラグを回収してしまったんですね」

「ごめんなさい! でも、ゲームをプレイしてないのでなんとも……」

「うーん、そう、ですよね」


 俺もガイのイベントはやってない。

 攻略サイトでも敵国は流し読んだ程度。

 そんでここはガッツリプレイヤー、ヘンリエッタ嬢の情報に頼ろう。

 ガイの最初のイベントは——というか敵国攻略対象の初期共通イベントとして、『部屋に戻ろうとしたら迷子になり、敵領地に迷い込んで出会う』っていう出会いイベントが起こる。

 なお、ヘンリエッタ嬢曰く敵国攻略対象の攻略は“誰とも恋愛イベントが両想いに進んでいない状態”が、条件。

 つまり、一応俺と婚約状態の真凛様が敵国攻略対象との恋愛イベントは不可、ってことのはず。

 ……はずなんだが、俺はこの世界がゲーム通りにいかないことを知っている。

 出会いイベントくらいなら、まあ、起こるもんなのかもしれない。

 そのぐらいなら、あっても不思議ではない、が、しかし。


「……ちなみに、ど、どんなお話を?」

「すごく真面目なお話をしました。この世界の今後とか、私の戦いに対する覚悟とか……」

「え、お、重……。しょ、初対面の相手にする話の内容とは思えない重さ……」

「ですよね」


 それは真凛様も困惑する。

 実際その時は困惑したらしい。

 で、逆に真凛様は獣人国に興味があったので、ガイに国のことを聞いたりしたんだそうだ。

 あれだな、『斑点熱』の時に鳥の獣人と戦ったからだろう。

 その話をした時のガイの反応はかなり苛立った様子だったらしい。

 今の王は戦争の敗北に怯えている腰抜けだ、と言っていたんだとか。

 獣人国は今、三人の王太子候補が跡目争いをしている。

 ガイはその中で勝ち上がるため、戦争に参加した。

 獣人は実力主義、力や強さによる支配を好む。

 他の王子も参加しようとしたらしいが、国の守りと王子全員を戦争で失うのを危惧した者たちが一人を説得して押し留めた。

 獣人のチームには、ガイの他にジオという獅子の王子が来ている。

 あー、そういえばいたなー、獅子の獣人。

 へー、あいつも王子だったのか。


「だから味方にもあまり心を許せない状況みたいでした。そのジオという王子様以外の三人も、ジオ派閥の者だからって」

「へー……」


 そういう事情……そういうストーリーなのか。

 だが、だとしてもそれで敵国の人間の少女に国内の事情をベラベラ喋るのってどうなんだろうな?

 孤立した王子、って言われるとなんとなく手を貸したくなる気はするけれど。

 だって出会った頃のレオみたいじゃん。

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