初陣へ
「気が気ではない中で、正々堂々とした勝負を申し込まれたんです。お前たち人間種は最弱の種でありながら努力を惜しまず『魔法』を手に入れた。エルフや妖精に比べれば、一日の長ではないだろう。それでも、戦うため、戦争のために準備を怠らなかった。尊敬に値する、と」
「…………」
よく一言一句覚えてましたね、と言いそうになったが、なんかこれ俺ら普通に褒められてない?
ガイ・マスルールは相手を公平に評価するキャラとは聞いているが、本当にそういうキャラなんだな。
他の王子はわからんが、武神ゴルゴダのルール変更を聞いたあとだと「ガイ、お前……めっちゃいい奴じゃん……」ってなる。
しかも話したあとは世話役を呼びつけて、真凛様が迷わないようちゃんと返してくれた。
正々堂々実力を出し切って戦うことをを望むガイにとって、すべての種とそうして戦うことは願望に近い。
道に迷ったヒロインは敵の弱点を知りたがることはなく、むしろガイの国——獣人国のことを知りたがった。
それは思いも寄らなかったし、もし努力して得た魔法の力を使い、ガイの望む通り正々堂々と真正面から戦いに向き合ったのならそれは……。
「…………」
「ヴィンセントさん?」
これは、もしや、もしかして……真凛様にガイが興味を持ったのでは?
真凛様はみんなご存じの通り可愛らしいし、性格も天使だし、なによりとてもヒロインだ。
こんな可愛くて優しくて性格のいい子、跡目争いで精神疲れ果ててる上背中を預けるはずの仲間すら敵。
そんな中で自分の話を聞いてくれる優しくて可愛い女の子が、真正面から堂々と戦ってくれるとなればそりゃあ気持ちも傾いていくだろう。
あ、やばい。
これがガイのストーリーか。
真凛様は『出会いイベント』をこなしてしまわれた。
フラグが立ったということだ。
今のところイベントそのものは割とガチで起こっているし、俺という婚約者がいる以上ガイのストーリーは進むはずはないと思うが、それはゲームの話であり実際のところどうなるかはわからない。
ルール変更で勝ち抜き戦になった今、ガイと真凛様が戦うことはないわけだし——。
「……ちなみに……」
「は、はい」
「他に、なにか……ありましたか……?」
そう、ゲームではないのだ。
だから、他に……『出会いイベント』以外のなにかがあったり……し、ない、よ、ね?
「うーん……あ、鳥の獣人を倒した話をしたら、褒めてくれました!」
「そうですか」
よし、殺ろう。
ガイ・マスルール、貴様は危険だ。
俺の真凛様に近づいてしまったのは事故で済ますが、ここから先のイベントは許さん。
そのイベントフラグは俺が叩き折る。
「…………。なにか変なこと考えてます?」
「なんにも考えてませんよ?」
さすが真凛様、鋭い。
というわけで第一戦、対獣人戦——。
「レオの代わりに俺が行きたいんだが、いいか?」
「え、どうして急に?」
「男には譲れない時がある」
全員が揃って食事を終えたタイミングで提案する。
食事中に昨夜真凛様が道に迷って獣人国領域に入ってしまった話はした。
で、その流れで俺がこんなことを言い出したので察しの良いエディンとケリーは真顔になる。
レオは首を傾げていたが、エディンがすぐに「巫女殿関連だろう」と言うとへにょ、と微妙な笑顔になった。失礼な。
「まあいいんじゃないんですか。ヴィニーが担当予定のエルフは風魔法しか使わないといいます。レオハール殿下の属性は火。火属性は風属性に強い。属性的にはむしろ有利ですし、近接戦闘ならヴィニーもレオハール殿下も大差ない」
そしてスティーブン様、アルトに次ぐ『戦略』を持つケリーが俺の味方になってくれた。
つけ加えるのなら、俺は『オズワルド』の闇魔法以外に水魔法も使える。
水魔法は水の操作以外に回復魔法も使えるので、自己回復が可能。
さらに『鈴流木雷蓮』の雷魔法。
複数属性が使えるのは俺だけだ。
魔法に弱い獣人相手ならば、鳥の獣人との戦闘経験も役立つ。
……鳥の獣人ですら殺す気で斬っても喋る元気があったので、マジで手加減は不要だろう。
工作員の鳥の獣人ですらあの頑丈さなのだ。
戦争に参戦するほどの獣人の上位者ともなれば、手加減などむしろこちらの命取りになる。
ガイの性格上手加減は許さないだろうしない。
「ケリーがそう言うのなら戦略的にも問題ない、かな? わかったよ。では僕は明日のエルフ戦に備えよう」
「悪いな、レオ。急に無理を言って」
「ううん」
「皆様、そろそろお時間となります」
モモルが音もなく現れて、頭を下げる。
ちなみに俺たちの苦情は伝えるだけ伝えてくれてたり……あ、しないのね。
モモルに対しても一方通行なのね。
はいはい、まあ期待してなかったからいいわ。
武神ゴルゴダ、あいつマジ最終戦まで勝ち残って優勝してぶっ飛ばすわ。
『おお、戦か。血が騒ぎよる』
「鈴緒丸」
そういえばこの聖域内だと!鈴緒丸の付喪神が顕現するんだっけ。
こいつ戦う時もいるんだろうか?
ちょっと気が散りそう。
「では行こうか」
レオが微笑む。
さあ、出陣だ。
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