聖域【後編】


『愛なのだわ〜! 愛の力はエメを強くしてくれるのだわ。素敵なのだわ〜!』

『ほうほう、今世の主人殿は前世の主人殿と違って巫女殿とちゃんと両想いになったのだな。良き哉良き哉』

「うっさい」

「も、もう、やめてよ、エメ!」


 今にも殺し合いが始まりそうな獣人とエルフの真横で、わちゃわちゃやっていた俺たちはよほど浮いていたのだろう。

 人魚たちがジトッとこっちを見ているので、その不躾な眼差しに居心地が悪くなる。

 咳払いをしてチラリと盗みみれば……なるほど、あの装飾品が多い野郎の人形がヤフィ、かね?

 ヤフィ。

 人魚の国『シェリンディーナ女王国』で騎士団団長を務める男の人魚。

 力以外取り柄のない男の人魚は美と魔力の歌声を持つ女性人魚の奴隷。

 女王の魔力で足を手に入れた彼は、男の尊厳と自由を求めていた。

 戦巫女が彼に手を差し伸べた時、彼の中に言い知れぬ渇望が生まれる……敵国攻略対象の一人。

 だっかな。

 ……ん? って事は人魚たちに二本足があるのは人魚族の女王の力か。

 ヘンリエッタ嬢が「人魚の女王は戦争に参加する」って言ってたが……あの一際偉そうで装飾品ゴリゴリのセンターでふんぞり返ってる女人魚がそうか?


「ねえ、人間たち。あなたたちの中に、『王子様』は、いる?」

「!」


 俺が見ていたせいだろう。

 女の人魚が俺たちを指さしながら話しかけてきた。

 正直、非常に返答したくない質問である。

 女の人魚は『人間の“王子様”』に非常に憧れを抱いており、人間の王家に王子がいなかった時に人魚族が『大陸支配権争奪戦争』に勝利すると、王子がいない事を理由に人間を滅ぼそうとするらしい。

『フィリシティ・カラー』マスターヘンリエッタ嬢の話では、ヤフィのストーリーでそれが分かりやすく描かれており、攻略対象がヤフィなのに、戦争に来ても来てなくてもレオを守る感じのシナリオになるんだそうだ。

 ナンダソレー。

 ……なのでとても困る。困ってる。

 背中か冷や汗ものだよ、割とマジで。


「……ええ、と、なぜ、でしょうか?」


 レオが無難に聞き返す。

 そりゃそうだ、レオはマスターヘンリエッタ嬢から「人魚は人間の王子様が性的に大好物」と言われて脅されている。

 言葉のチョイスが秀逸すぎだろ。

 誰でも怯えるわ。

 警戒心バリバリになる。

 たとえ、そういう方面に疎い俺やレオでも! 警戒する! 間違いなく!


「決まってるでしょ。勝ったら持って帰るのよ。それとも今回の王族には王子はいないのかしら? それなら、人間族は今度こそ皆殺しね」


 舌を出して余裕の笑み。

 しかも言ってる事がとてつもなく邪悪。

 聞いてたよりヤベーな。


 

「……いない事はないですが。いたら手加減でもしてくれるんですか?」

 

 などと煽ったのはエディン。

 だが目が、「お前それはダメだろ」ってくらいキレてる。

 気持ちは分かるけど、ぶっちゃけ俺は当事者なのでワロエナイ。

 

「ふふ、おかしな事を言うわね……いるのなら手加減なんて絶対しないわ。力ずくで奪い取るもの」

 

 やっぱりー。

 

「フン、あいも変わらず人魚族は強欲。人間族は臆病だな」

「あぁら、陰湿な妖精族が遅刻してきて大口叩いてるわァ。臆病だなんてよく人間族に言えるわねぇ。五種族中一番の臆病者はあなたたちではなくて?」

 

 おや、これはもしや……。

 声の方を見ればやはり、五体の小さな生き物が羽をゆっくり動かしながら浮いていた。

 蝶や蜻蛉とんぼのようなその羽を持つ最小種族『妖精族』が遅れての登場である。

 そして、鈍色の髪の目つきが悪く、目の下にクマまであるあの妖精がアニムだろう。

 ……アニム。

 妖精の国『カンパネルラ』の王の弟。

 満月の日は人と同じサイズになる。

 悪戯好きな妖精族にしては珍しく、内向的。

 兄と比べられ、嘲笑われる事が多かった為自信もない。

 戦巫女に自分と似たものを感じ、共感して心を通わせていく。

 乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』敵国攻略対象の一人。

 

「…………」

 

 首を傾げる。

 はて、あの目つきの悪い不健康そうな妖精に、真凛様と似たところなどあるだろうか?

 どう見ても、欲目抜きで真凛様の方が可愛いだろう。

 可愛いだろう!!

 どこが似てるんだ。

 内面か? 内面なのか? 内面だとしても真凛様のような清純可憐な方のどの部分と似ているところが?

 野郎が。野郎が真凛様と似てるとか。野郎が。

 

「はっ、なんだあの虫けら。アレで戦う気かよ」

「叩き落としたら終わりそうだな」

「人間族もエルフも薄っぺらいし、殴っただけで穴が空きそうだ」

「こりゃあ、俺たち獣人が優勝だな」

 

 獣人族ほんと柄悪い。

 

「つまらん。戦争などの勝敗に興味などない。が……歴史的にも獣人族と人魚族の優勝だけは許せん。今回も我らエルフが勝たせてもらう」

 

 あ、そういえば前回はエルフが優勝したから全種族の自治権が許されていたんだっけ。

 雷蓮の強さを知ってる身としては「団体戦だったからら勝ったんじゃん……」と言いたくなる。

 プリシラが「武神ゴルゴダがライレン強すぎて途中でルール変えやがったんだよ」って言うくらい、雷蓮はチートキャラだったのだ。

 ヘンリエッタ嬢もルール変更されると厄介だ、って言ってた。

 ゲームでは『難易度鬼』で、レベルマックスだとランダムでルール変更イベントが起こるらしい。

 さすが『難易度鬼』。

 プレイヤーだったら泣く。

 待って俺今ゲームプレイヤーどころか現地のプレイヤーじゃん。

 そんな厄介なランダムイベント起きたら泣いていい? 泣いていいよね?

 

「お静まりください」

 

 モモルが頭をさげる。

 そして、左手をすう、と横へ動かした。

 次の瞬間、このだだっ広い場所全体が押し潰されそうなほどの威圧が充満する。

 二年前の俺なら絶対に耐えられなかっただろう、その威圧。

 発生源は探すまでもない。上だ。

 

 『五種の代表たちよ。今日、この日——五百年の時を経て再びあい見えた事を喜ぼうぞ』

 

 低い、地鳴りのような声。

 見上げると、この広場を覆い尽くす影が広がる。

 空いっぱいに浮かび上がった髭面の強面。

 中華っぽい服と、漆黒の鴉のような羽根を広げたゴリッゴリのマッチョおっさん。

 ああ、そういえばこんな顔だった気がする。

 『大陸支配権争奪戦争』の主催神——ゴルゴダ。

 俺は一度しかプレイしてないけど、そうだ、こんな顔で、こんな登場の仕方で、こんなセリフを言ってた気がする。

 レオルートの難易度『鬼』で明かされる、このゲームの真のラスボス。

 ヘンリエッタ嬢は、ゴルゴダを倒す事が『フィリシティ・カラー』のクリアと言える、と言っていた。

 女神ティターニアのかけらを酔っ払って落っことし、すべての罪を人間族になすりつける武神族。

 俺たちの目的は人間族の優勝。

 ゲーム通り、ゴルゴダと戦い、勝利出来ればおそらく大団円。

 しかし、それは相当に厳しい戦いになるだろう。

 ヘンリエッタ嬢の話では難易度『鬼』でゴルゴダを倒すのはほぼ運ゲーらしい。

 それにゴルゴダと戦うにはレオのルートに入らなければならないそうだ。

 レオのルートで、人間族が優勝し、レオが他の種族に『大陸支配権争奪戦』の完全なる終戦を提案する。

 敗北した種族は勝利した種に従うルール。

 不可侵と友好を築こうと築こうとしたレオに怒り狂い、襲ってくるのが主催神ゴルゴダ。

 なぜなら奴は、この戦争で散る魂を回収し、己の糧としているからだ。

 『大陸支配権争奪戦』を終わらせられては困るゴルゴダの逆ギレを返り討ちにして、初めて俺たちは本当のハッピーエンド——ひいてはお嬢様の破滅エンド完全回避・救済となる。

 今ここでそれを指摘しても、俺たちに不利なルール変更を行われて終わるだろう。

 それは危険だし、他の種族が「武神ゴルゴダが歴代の代表者たちの魂を回収して己の糧としている。このまま戦争を始めるのは危険だ!」と忠告したところで、すんなり信じてもらえるはずがない。

 むしろ、「人間族が武神を貶めるような方便を語って、戦争から逃れようとしている」などと受け取られかねないんだよなぁ。

 特に獣人族は武神を信奉している。

 ヘンリエッタ嬢の情報だけで他の種族を脅…………いや、言いくるめるのにも限界があるし、やっぱり優勝してレオの願いを宣言するしかないだろう。

 レオの願い……『大陸支配権争奪戦争』を、これで最後にする。

 不可侵条約を結び、五種族と、そしてそこに亜人族を加え六種族で手を取り合い、新しい世界を作るのだ。

 

『さて、ではルールを説明する。戦いはこの場で行われ、一日二つの種が五対五で戦う。先に三人戦闘不能にした方の勝利。戦闘不能の定義は各自で決めて良いものとする』


 それは、つまり気絶させる、四肢を折って戦闘続行にさせる、殺す——好きにしろという事だ。

 ヘンリエッタ嬢に聞いていた通りだな。

 

『最後まで残った種が勝利だ。のちの五百年間、その種が他の種と土地の支配権を得る。他の種は勝者に従え。例外はない』

「あらァ、それって“天神族”も含まれるのかしらん?」


 と、人魚姫クレヴェリンデがゴルゴダを見上げて微笑む。

 すげー事言ったな、この人魚。

 おかげでヤフィたち、お付きの男人魚たちが顔を真っ青にしている。

 まあ、な。

 今のゴルゴダの言い方だと、勝利した種族が“他の種族すべてを支配できる。そこに例外はない”みたいに聞こえたけどな。

 だがさすがに天神族は含まれてないだろう。

 それを分かった上での、クレヴェリンデの煽りだ。

 勇敢というか無謀というか傲慢というか。

 さすが海を支配しておきながら、地上も欲した強欲の種族。


『すべての頂点を望むならば、まずは他の四種を倒せ。我ら武神族をも平伏させたいというのであれば、その時は挑んでくるがよい』

「っ……」


 そう言いながらも、ゴルゴダからは凄まじいプレッシャーが降り注いだ。

 俺らあんまり関係ないのにプレッシャーに巻き込まれてるので、とても解せぬ。


『では、各自宿へ戻るがいい。この決戦場で対戦する時は従属妖精より導きがある』


 なるほど、本来は敵情視察もできないのか。

 呼び出された種族同士が、この広大な円状の広場で戦う。

 他の種はあの滞在先の建物……宿と呼ぶらしいが、あそこで待機って事らしい。

 言うだけ言ってゴルゴダはゆっくりと雲を纏い、その中へと姿を消していく。

 はぁー、キッショ。

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