さすが真凛様
「ふん、神とか言っても美しくないわね。……ねえ、人間族ぅ、さっきの話の続きだけど」
と、真っ先に話しかけてきたのはクレヴェリンデ。
ゲームでもこんなに話しかけてくるっけ?
覚えてねーなぁ。
「あなたたちの中に王子はいる? ねえ、いるの? いるなら手加減してあげてもいいのよ? 間違って殺してしまったら大変なんだもの」
そう言って目を細める。
女性相手にこんな事を思うのは失礼かもしれないが、なんか気持ち悪い。
そして、別の種族だから『ウェンディール王国』の王族は金髪碧眼が多い、というのを知らないのだ。
知らないから、レオが王子の可能性が高いと分からない。
当たり前だが「これが別種」と思ってしまう。
俺たちの常識が、彼ら彼女らにはそうではない。
逆もそうだろう。
人魚族は、他の女人魚も目をキラキラさせてこちらを見ている。怖い。
「どうしてそんなに『王子』にこだわるんですか?」
と、首を傾げたのはケリー。
ヘンリエッタ嬢に聞いて知ってるくせに、と思わんでもないが、俺たちは『その理由を知らない』はずだから聞くのはある意味当然の反応、なのかな。
だって初めて顔を合わせて「王子王子」と言われてそれを疑問に思わないのは、下手をすれば『やはり女神から特別助力をもらっている。ずるい』と思われかねない。
否定はしないけど、今この場で武神族にそれがバレると俺たちが不利になる。
どこに耳があるか分かったもんじゃねぇし。
「うふふ、まあ、そう思うのは当然よね。わたくしたち人魚族の国には御伽噺があるのよ。愛し合うのに種族の差で引き離された人間の王子と、人魚の女の話」
と、女の顔から乙女の表情に変わり、うっとり手を合わせて空を見上げるクレヴェリンデ。
もう一人の人魚の女も「あー」ととろけた声を出す。
反対に男の人形は目を背けている。
なんかいかにも「また始まった」みたいな顔なんですが。
「だからわたくしたち人魚族の女にとって、人間族の王子様って憧れなのよ。前回の戦争は“王子”がいなかったのよね」
「そうなんですか……」
そうなんですか、って真凛様……。
しかし、そんな真凜様の反応が嬉しかったのか、なんなのか。
クレヴェリンデはにっこり笑うと真凛様に近づいてくる。
魚の尾のような下半身を器用に動かして、真凛様の前まで来ると身長差がえげつない。
殺意というより好奇心が強いようだが、思わず真凛様の前に出て庇ってしまう。
「あら素敵。いいわ、わたくしも人間の王子様に守ってもらいたい」
「えっ」
驚いた声を上げる真凛様。
クレヴェリンデの好奇心のような笑みが、妖艶に変わる。
確かに、今の言葉は聞き様によってクレヴェリンデが俺を『王子』と分かってたかのような言い方だが、俺は王族だが王子じゃない。
揶揄のようなものだろう。
だが、変な反応をするとバレそう。
バレたらどうなるんだろうか。
いや、怖い。考えたくない。
「……わたくしはバランスを考えて信頼のおける侍女を一人連れてきたんだけど、あなたはなんで代表に選ばれたのかしら? 他の代表メンバーはみんな男なのに。あなたはなぜ代表になったの? もしかして、王族だから? 王女なの? だとしたらわたくしと同じね? わたくしは女王だけど」
「っ! ……え、ええと、い、いえ、わたしは……そんなたいそうなものでは……」
「ふぅん?」
これは——情報収集だ。
周囲が分かりやすくピリついた。
この女の言葉で、他の種族の気配も変わったのが肌で感じられる。
そうか、『宿』に戻り、初戦が始まる前に敵の情報を少しでも引き出そうって魂胆か。
俺らはヘンリエッタ嬢から色々聞いてるけど、他の種はそうじゃない。
俺たちも本来ならそこから始めるべき。
こちらの情報を出来るだけ与えず、相手の事を調べる。
そうして有利に戦いを進めたい。
これは……戦争なのだから。
「わたしは、『ウェンディール』の人たちに魔法を使うために召喚された戦巫女という者なので、王族だなんてそんな!」
「「「「!?」」」」
ええええええーーーーー!?
真凛様ぁー!?
喋っちゃうのーーーーーーーー!?
「イクサミミコ……!?」
「っ!」
「!!」
「……!?」
俺たちも驚いたが、他の種族たちも各々驚愕の表情を浮かべている。
俺の横から回転しながら鈴緒丸が現れた。
『いかんなー、二代目殿。戦巫女は前回、雷蓮を率いていた者の事を指す呼び名。真っ先に狙われてしまうぞ』
「!」
おあーーー!
そうか、それでか! そりゃびっくりされるわ!
雷蓮は他の種族を圧倒した。
最後は武神ゴルゴダのえげつない集団フルボッコ指示にも屈する事なく、むしろ返り討ち。
五対一というルール変更にされても生き延びた化け物。
それでも他の三人の代表が殺されてしまった事で、人間族は敗北。
まあ、この辺りもゴルゴダのルール変更せいだと聞いている。
エルフや妖精は特に寿命が長いから、『戦巫女』と『雷蓮』の事は覚えてる者もいるかもしれない。
「はい。クレヴェリンデさんは女王様なんですね! すごいです!」
はぁー?
天使ですかー?
あーそうですねー、真凛様は天使でしたねー!
でも今はあんまりお話ししない方がいいですぅー!
真凛様のそういう純粋なところも好きですけど、今は情報戦真っ只中なのでぇー!
「っ……ま、まぁねぇ! 本当ならわたくし自ら出る必要はなかったかもしれないけれど、人間の王子様に会いたかったからね!」
いや、普通に怖い。
人魚族、『人間の王子』への執着おかしくない?
そのために命懸けの戦争に参加するとか、それも、女王自ら。
「女王様なのに、御伽噺の王子様に憧れてって事ですか?」
「そうよ」
「わあ、可愛い……。クレヴェリンデさんは、大人の女の人なのに、恋する乙女みたいで可愛い人なんですね〜」
「えっ」
俺たちも「えっ」である。
聞きようによってはかなりの嫌味にも聞こえるんだが、真凛様の声色と表情が柔らかく、心から褒めてるのが分かるので俺はちょっと力が抜けた。
真凛様のヒロイン力マジ高ぇ〜!
「ま——まぁねぇーーー!」
…………そしてこれでご機嫌になっちゃうんかい。
めちゃくちゃ胸張って、長い髪を手で後ろへと払う。
その姿は確かに美しいのだが、褒められて喜ぶ姿は幼女のようだ。
「お前分かってるじゃない。そうよ、わたくしは美しいだけじゃなく可愛いのよ」
なんか自信持ち出した。
「あ、あの。でも、その」
「ん? なぁに?」
「レオハール様にはローナ様というとても素敵な婚約者がいますし、ヴィンセントさんは、わ、わたしとお付き合いしてるので……王子様は諦めてください!」
「ゴフゥッ!!」
おおおおおおおぉーーーーーっとおおおぉぉぉぉっ!?
それ言います? 言っちゃいます!?
さすが真凛様! 俺の想像など軽やかに飛び越えていく!
思わずにやけてしまう顔を両手で押さえつけたがだめだこれ。
膝から崩れ落ちて地面に額を盛大に打ちつけた。
それでも顔面の緩みと喜びが抑えられそうにない。
「ヴィンセントさん!?」
「ヴィニー!? ど、どうした突然大丈夫かっ!?」
「なになになにどうしたの、ヴィニー! 大丈夫!?」
心配してくれるケリーとレオ。
エディンからは呆れ果てた気配を感じる!
やばい、体が震えてきた。
でも、伝えなければ。
俺は大丈夫。
ちょっとすればすぐいつもの俺に戻りますので、ご心配は不要です、と。
「ヴィンセントさん! どうしたんですか!?」
「だ、大丈夫です…………お、俺も好きです」
「えっ」
「?」
え? あれ、え?
俺は今、なにを口走って……?
安心させるべく、とりあえず顔が落ち着いたので顔を上げて、そしたら目の前に真凛様がしゃがんで見下ろしていたから……あれ?
「わーーーっ」
「……っっっ」
「…………問題なさそうだから『宿』とやらに戻りますか」
「いいのか、ケリー。他の種族の情報収集まるでしてないぞ」
「他の種族の顔を見てください。もうあれはダメでしょう」
などと後ろでケリーとエディンが話してる。
なにそれどんな顔だ!
見たいけど、今顔を上げられない。
口に出来る言葉は「すみません……」くらいなものだ。
え、なにこれこわい。
好きな人に対して人体って無意識に動くの?
これが普通?
え、こわい。
「……二人も王子が来てたのね。レオハールっていうのはどっちかしら?」
「僕です」
レオー!
なに名乗り出てんだー!
「愛してるのかしら?」
「え!」
「その、婚約者とやらを!」
クレヴェリンデはなにを聞いてるんだ!?
でもちょっと聞きたいので顔を恐る恐る上げてみる。
いや、心の底から複雑ではあるものの、やはりお嬢様との関係がまるで進んでないっぽいから……どうなんだ、レオ!
お前の気持ちを聞かせてくれ!
一文字一句記憶して帰ったらお嬢様にお伝えする!
「…………、……こ、子どもの頃から……好きだったので……?」
「「「…………」」」
疑問系の割に顔が耳まで赤いのと変な汗かいて目、ぐるぐるしてる。
よくぞ絞り出した、レオよ。
思わず親指を立ててしまう。
「胸キュン!」
クレヴェリンデがなんか言い出した。
そしてそのまま地面に手をついて倒れ込む。
ヤフィを始めとした人魚族の男が、クレヴェリンデを支え起こす。
なにが起きている?
なにが起きた?
なんて???
「ク、クレヴェリンデ様! 気をしっかり!」
「ダメよ、無理無理、人間の王子可愛すぎる! これが敗北……」
「クレヴェリンデ様!?」
「ゆ、茹っておられる!? い、一体クレヴェリンデ様になにが!?」
「すぐ『宿』に戻って休ませるぞ。……おのれ人間族……まだ戦いが始まっていないというのにこれほどのダメージをクレヴェリンデ様に与えるとは、卑劣極まりない!」
なんか俺たちのせいになってる。
ヤフィに嫌われてしまった、だと。
一番まともそうだったのに。
「……俺たちも『宿』に戻るぞ」
「あ、ああ」
エディンが周囲を確認したあと、無理矢理俺の首根っこを引っ張って立たせる。
やばい、足腰力入らん。
そしてその時ようやく他の種族の顔を見た。
めっちゃ真顔。
どういう感情のこもった真顔だそれは。
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