真凛様マジ天使


 宿に戻ってから、ようやく自力で立てって歩けるようになった。

 結局こちらのしょうもない情報しか渡してない気がする。

 あと、なぜかヤフィにめちゃくちゃ睨みつけられた。なぜだ。


「宿での生活について、ご説明します」


 が、そんな状況も興味なし。

 モモルがどこからともなく現れて、魔法陣から出た俺たちにここでの生活について説明していく。

 まず、この宿は朝、昼、夜がにわとりの鳴き声で変化していくらしい。

 おそらく、ゲームでの主人公の行動制限的なやつだろう。

 俺も記憶はうっすらだが、聖域の宿にいる間も訓練したり、敵国の攻略対象とのイベントを行う自由時間があった。

 食事は好きな時に好きなように食べていいし、訓練場も好きに使っていい。

 宿の中は、自由。

 なにかあればモモルに申しつければいい、との事。


「宿のお外——橋の向こうは空間が安定しておりません。どうぞお出かけの際はお気をつけください。他の種族の宿領域に入りましたら、その種族のお世話係……わたくしのような従属妖精にお声がけくだされば、こちらへ案内してくれると思います。逆も然りでございます」

「!」


 情報収集は、“迷い込んで”行えって事か。

 リスクも高いしモロバレじゃねーか。

 小細工しそうなのは、元々のキャラ設定的にエルフのマーケイルと妖精のアニム。

 正直人間族は通じたところで旨みもないだろうか、ゲームシナリオ的にマーケイル以外向こうから来るとは思わないんだが。


「!」


 いや、待てよ。

 今までなんにも考えてなかったけど、そうだ……敵国のうち一人は必ず『』なんだ……!

 思わず勢いよく真凛様の方を見る。

 そうだよ、なんで今まで気づかなかった!

 真凛様はヒロインだぞ!?

 こんなに可愛くて優しくて純粋な人が、他の攻略対象たちを攻略しないはずがない。

 なにしろ恋愛鈍器と言われた俺がまんまと攻略されたんだぞ?

 奴らが真凛様に落ちない理由がない。

 エンディングを迎えるまでが乙女ゲーム。

 いくらここがゲームの世界でないとはいえ、お嬢様の破滅エンド回避は俺たち全員が無事に帰ってようやく確定する。


 帰るまでが乙女ゲーム!


 ……どうしよう、ないとは思うけど、元々敵国ルートは難易度が高い上、俺のように難易度がクソ高いルートというわけではない。

 むしろ敵国ルートに辿り着くまでが長く、ヘンリエッタ嬢は「無印時代から敵国攻略対象はパッケージにも、中の手引書にも紹介されてたけどマジ異類婚姻譚だし戦争編までいかないと出会えないからその手の属性持ちしか手を出さなかったの。でも、人外萌と敵萌のダブルパンチヤバいの」と言っていたな。

 いやー、人外萌と敵萌はわかるー!

 俺も敵の巨乳エルフが仲間に裏切られて助けてこっちの仲間になるとか、るそういう展開胸熱で好きだ。

 いや、別に胸の大きさに関してこだわりはないけどな。

 大きいものは大きいでいいものだと思う。

 だが、俺の推しであるリント様は男の娘属性もあるので——うん、やはり胸の大きさなど些細な問題だ。

 重要なのはかっこよさだよな!!


「どうする?」

「食事は俺か作りますよ。皆様とりあえず本日はゆっくり休まれては?」

「そうだね、そうしようか。なんだかんだ緊張してしまったよね」


 レオが肩を動かしながらそう言うのもわかりみが深い。

 武神ゴルゴダ。

『フィリシティ・カラー』の真のラスボス。

 レオのルートで人間族が優勝すると立ちはだかり、戦闘となる。

 俺たちが順当に勝ち進めば間違いなくゲームのレオルートと同様、戦うことになる相手。

 まあ、だとしても関係はない。

 武神ゴルゴダは何千年と『大陸支配権争奪戦争』を繰り返し、それで犠牲となったものたちを己に取り込み力としている。

 俺たちが優勝して、レオがとして他の種族に平和協定と不可侵条約を持ちかけ、次の戦争を行なわないこととすれば、間違いなく我欲のために襲ってくるだろう。

 ほんとクソな武神だな。


「あの、ヴィンセントさん、夕飯作り、わたし手伝います!」

「真凛様もゆっくりお休みください。魔法はあなたが要なのですか——ぐえっ!」


 お断りしてお休みいただこうとしたら、エディンに脇腹をどつかれた。

 なんで!


「婚約者だろう? 一緒にいる時間は多い方がいいという、巫女殿の可愛らしい我儘だろうが。だからお前は鈍器なんだよ鈍器」

「! そ、そういう……!」


 耳打ちされた言葉にとても納得した。

 ああ、俺はほんとにこういう方面鈍器でダメだ。

 でも、そういう理由なら俺だって真凛様と一緒にいたい。


「あ、ええと、それでは野菜を洗うのを手伝っていただけますか?」

「! はい! 任せてください!」


 ちなみに真凛様、さすが乙女ゲームのヒロインである。

 お料理はいっぱい練習しました、とするする野菜の皮を剥いてくださったし手順も完璧であらせられた。

 おかしいな? 同じヒロインでありながら、マーシャとのこの差よ。


「今度お弁当作りますね!」

「ふぉあああっ!? い、いいんですか!?」


 お、女の子からの手作り弁当!?

 そんな! そんなの幻想じゃないのか!?


「だってヴィンセントさんは、いつもみんなにお弁当作ってくれるじゃないですか。だからヴィンセントさんには、わたしが作りますよ!」「ま、真凛様……!」


 マジ天使。

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