聖域【前編】


「よろしいでしょうか? そろそろ先へ進みたいのですが」

「あ、あ、う、うん! ……行こうか、みんな」

「ああ……」

「そ、そうですね」

「えーと、じゃあ鈴緒丸 (仮)」

『仮は不要。鈴緒丸だぞ』

「あとで詳しく話を聞く。その、付喪神、とか……いきなり信じられない」

『なんと』


 モモルに促されて先へ進む。

 辿り着いたのはどこか薄暗い洋風の建物。

 室内にも蔦が張り巡っていて、ちょっと不気味だ。


「あちら、右手側に食堂や風呂、談話室などがあります。左手の階段を進むと各自のお部屋。そちらにもトイレや風呂がついております。食堂は好きな時にお好きなものが出て参りますので、お好きなようにご利用くださいませ。……そしてこちら、正面の階段下……」


 すっ、と手持ちのランプを掲げるモモル。

 その先にあるのは広まったところ。

 そしてその中央には魔法陣。

 あー……これは、なんか見覚えがある。

 うっすらとだが……多分ゲームのスチルと雷蓮の記憶が重なったのだろう。


「この転移陣が光っている時は『聖域』へ行く事が皆様の義務でございます。戦争開始はこちらより、決戦場へと行く事が出来ます。そして、この建物は聖域の一部ですが、この転移陣の向こう側が正式な『聖域』です」

「えっと、光っているね?」

「はい。これより先の『聖域』にて、ゴルゴダ様より開戦のご挨拶があるかと思います。戦争のルールなども、そこでご説明があるかと。……皆様のお帰りをお待ちしております」

「…………」


 なるほど……あの橋の先が『聖域』。

 ある意味嘘は言ってないな。

 急に襲いかかられる事はなさそうだが、警戒はしておくべきだろう。


「えーと、鈴緒丸?」

『ん?』

「お前の事はあとできっちり説明してもらうけど、まずはゴアイサツってのが先らしい」

『ああ、前回もあったな。突然開戦と言われて……その場で一人殺された』

「!」

「えっ!」

『皆、気を緩めるなよ。あの神は神の風上にも置けぬ……。……なんてなー!』

「「「「「………………」」」」」

『アレ? 面白くなかったか? せっかく緊張をほぐそうと思ったのだが』


 これはあとでなんとかしないとダメな感じか?

 全然笑えねーよ、マジで。


『え? 今なにか面白い事を言ったのだわ?』

『ガーーーッン!』

「……では、警戒したまま参りましょうか」

「そうだね……」


 先陣は俺が。

 闇魔法で魔法も無効化出来るし、前衛なのである程度の事態に瞬時に反応出来ると思う。

 というわけで転移陣に乗ってみる。

 景色が変わり、空の上の闘技場のようなところに出た。

 ……ド○ゴ○ボールか……。

 いや、観客席みたいなところもなにもないけど。


「やっと他の種が来たか」

「!」


 とにかく広い、この闘技場……そのセンターに五人組がすでに佇んでいた。

 二足歩行の、獣……とでも言えばいいのか。

 なるほど、亜人たちが人と獣の中間のような姿をしているのに対して、獣人族はまさしく人の形をした獣、といった感じだな。

 鳥の獣人よりもムキムキに筋肉が目立つ五人の肉食猛獣。

 その真ん中で漆黒の毛並みの豹……あれが……。


「待ちくたびれたぜ」

「……といっても、俺たち以外もまだのようだな」

「ちっ!」


 ガイ・マスルール。

 獣人の国『獣人国』の王子。

 黒豹の獣人。

 自信家で、それに見合う実力を持つ。

 対等な闘いを望み、魔法を編み出した『ウェンディール』にも理解を示し真凛様にも正々堂々戦うよう求める。

 ……確かヘンリエッタ嬢が言っていたキャラプロフィールはそんな感じだったかな。

 あれ、王子なのか。

 うちの王子とはえらい態度の違う王子だなぁ。


「それにしても、人間族は話に聞いていた以上にヒョロヒョロで弱そうなやつばかりですねぇ」

「本当に戦えるんだか」

「ケケケッ」


 あー、はいはい。

 話には聞いてたけどやっぱ獣人から人間は下等生物って感じなのな。

 鳥の獣人にもすごい舐められたからなぁ、俺。

 とはいえ、あのタフさは思い出しても嫌になる。

 こっちは本気で殺す気で技使ったのに、生きてたし。

 鳥の獣人であれなら、戦争に選抜される奴らは……あー、考えたくねー!

 ガイ・マスルール以外は虎、熊、猪、獅子、サイの獣人。

 獣人は基本、かつての人間族のように魔力を持たないから、魔法中心に戦うのがセオリー。

 ……鳥の獣人でタフさは分かってるので素直に従おう。うん。


「しかもあんな弱そうな小娘まで連れて」

「ん? おい、お前ら人数おかしくねぇか? いち、にい……えーと?」

「にい、さん……。……。……ご?」

「いや、間にもういっこなかったか?」

「さんのあとに、だっけ?」

「いや、に、のあとは……ご?」

「なに言ってるんだお前たち」

「いや、ほら、人間族のやつら、人数おかしいなって、数えてたんですよ〜」

「はあ?」


 と、ガイが俺たちの方を見る。

 俺も思わず自分の真上にいる自称鈴緒丸の付喪神を見上げた。

 ……えーと、こいつとエメリエラ、人数にカウントされんの? まさか?

 そうなるとこっちから二人抜けなきゃならなくなるんですが?

 いやいやマズすぎんだろそれ!


『無礼者! 余は刀の付喪神! こちらの娘は神の片鱗! お前たち“ヒト”と一緒にするな!』

「な、なんだあ?」

「神? 天神族の一種だとでもいうのか?」

「ばかな! 天神族がなんで人間族に肩入れする! ずるいんじゃねーか!」

『ずるくなどないわ! 余は刀の付喪神と言っただろう! 付喪神とは道具を百年大切に扱ったら魂が宿り生まれてくる神ぞ。お前たちは道具を百年、大切に扱うのか? あ?』

「「「「「…………」」」」」


 自称鈴緒丸の付喪神がギャン、と指差して言い放つと、奴らは盛大に考え込む仕草をしたあと思い切り目線を泳がせた。

 うん、道具とか秒でぶっ壊しそうだし、なんなら道具を使う、作る頭がなさそう。


『それともなにか? 余らを頭数に数えるという事は、道具たる余を“ヒト”と考えるという事か? これはこれはなかなかご立派な思想だのう』


 今更だけどこいつめっちゃ喋るね?

 俺が知らない間もすげー喋ってたんだろうか?

 そう考えるとこの『聖域』で生き生きしてるのも分かる気するわ。

 エメリエラがポカーン、としてるあたりやっぱり誰にも気づかれないってそこそこストレスだったんだろうなぁ。


「くっ、なんかよく分からんがすげー難しい事言ってるぞあの小僧」

「道具が魂を持つ? なんだそりゃ……」

「そ、そんな事があるわけ」

『あるわボケ。現にこうして余はここにおる。お前たちにも視認出来ているだろうが! わははははは! めっちゃお前らからも見えてるし話せるな! わははははは!』

「お、おい、そろそろ……」


 なんかこのノリ……プリシラに近いものを感じるんですが。


「おい、その喧しい子どもはなんだ?」

「!」


 どこから転移してきたのか、エルフ族が現れた。

 あのセンターで偉そうにしてるのが多分マーケイル・カリス。

 エルフの国『星霊国』の王子。

 冷徹で、自国の勝利のために真凛様にを利用しようと近づく。

 神経質なところがあり、自分にはない奔放なヒロインに夢中になっていく……ミイラ取りがミイラになる敵国攻略対象の一人。

 プロフィールはこんな感じだったか?

 つけ加えるならなんか見るらにピリピリしてて、カルシウム不足してそう。


「ほう、エルフ族か……人間族よりヒョロヒョロじゃないか。本当に戦えるのか?」

「貴様のその容姿は獣人族だな。ふん! 筋肉と毛皮の塊が、よく我らと同じ言語を扱えるものだ」


 え、俺らスルーして喧嘩始めた?

 いや、無視してくれる分には別にいいけど、せめて俺らを間に挟んで無視して始めるのやめてくんない?


「なんだと貴様! この方を獣人国の王子、ガイ・マスルール殿下と知っての発言か!」

「無礼者どもめ! こちらはエルフの国『星霊国』の王子、マーケイル・カリス様にあらせられるぞ!」

「それがどうした!」

「下品な獣どもにはこの方の価値も分からぬようだな!」


 ぎゃあぎゃあ加熱してきたので、俺たちは間から抜けて離れる。

 いやー、まだ開戦前なのに激しいなぁ。


「意外だな」

「あん?」

「王族が戦争に参加するのは、レオだけだと思ってた」

「……ああ、まあ、そう言われると……」


 腕を組んで奴らを眺めるエディンがそう呟く。

 言われてみると、王子が戦争の最前線に来るってのは……普通に考えればおかしい。

 他の種族は人間族のように王族が女神から力を与えられ、その血を分ける事で『記憶継承』を強めてきたわけではないだろうから、王族が参加するリスクの方が高いはずなのだ。

 まあ、獣人族は「力、強さこそすべて」って感じで、それを誇示するに相応しい舞台——戦争に参加してる感じはするけどな。


「あらあら、もう喧嘩が始まっているのかしら……堪え性のない生き物たちねぇ」


 口喧嘩していた両種族が、新たな声の方を睨みつける。

 深みのある青い髪、鱗のある肌が青白い美女が、タイプの違う二人の美女と屈強な二人の男を引き連れて現れた。

 直感だが、あれが人魚だろう。

 手のひらの間に水掻きがついている。

 意外なのは二本の脚がある事。

 きっちり二足歩行してやがる……人魚というからには魚の尾だと思ってたのに……!

 男の夢を返せ……!


「目のやり場に困るな」

「エディン、君絶対しっかり見てるでしょ……!」

「っ……」


 そして俺の後ろではガッツリ見てるエディンと目を背けるレオ、ケリーの姿が。

 なにがそんなに、と思って振り返る。

 ああ、人魚族の女性陣、上半身がほぼ裸……。


「ヴィンセントさん……」

「!? ちちちちちちちがいます真凛様! みみみみ見てません見てません!」


 見たけどそういう目では見てません!

 誤解です、誤解!

 そんな目で見ないでください!


「俺は真凛様とお嬢様一筋なので!」

「もうその時点で一筋じゃないだろ」

「じゃかしいわ! 崇め奉る意味合いでお嬢様一筋だが、真凛様はその……」

「!」

「す、好きな人という意味で……」


 あれ?

 エディンの野郎に釣られて、なにかかなり恥ずかしい事を口走っているような?


「……ヴィンセントさん……」

「ヴィニーがそんな事を言うなんて……。巫女殿はすごいですね、いや、マジで」

「黙れケリー」


 この茶番、必要!?

 うっ、顔が燃えるようとはこの事かっ!




*****

【業務連絡】近況ノートを更新しました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る