不思議系新キャラはご馳走様なんだが


 四月一日。

 いよいよ聖域とやらに発つ日である。

 急遽王都のみで行われる出立式。

 俺らは謁見の間から、王都民の声援だけを聞いていた。

 今日この場にいるのは俺とレオとケリーとエディン、そして真凛様。

 見送りとして陛下とルティナ妃、ディリエアス公爵とリセッタ宰相のみ。

 俺たちと陛下たちの間には、一人の不思議な存在が迎えに現れていた。


「初めまして。わたくしは天神族の従属妖精『モモル』と申します。妖精と申しましても、妖精族とは別物ですので、どうぞご安心ください。違いは実物を見比べて頂ければ分かるかと思います。二ヶ月間、『人間族』の代表の皆様のお世話を仰せつかっておりますので、なにかございましたらなんなりとお申しつけください」

「ありがとう。僕はレオハール・クレース・ウェンディール。二ヶ月間よろしくね」

「……」


 無言で頭を下げるモモル。

 うん、明らかに『お前ら二ヶ月間生き延びてられねーだろ』って空気!

 ……しかし、ヘンリエッタ嬢に聞いていた妖精族と、従属妖精なるこのモモルは確かに特徴がかなり異なる。

 妖精族は基本的に40〜50センチサイズ。

 満月の夜だけ、人のサイズになるらしい。

 なんだっけ……妖精族の国『カンパネルラ』の敵国攻略対象アニムは、聖域で毎晩人サイズになるんだっけ。

 聖域は毎晩満月なんだってさ。

 まあ、乙女ゲームの都合的なあれそれが関わってるんだろう。

 だから多分、この世界でもそうなんだろうな。

 それに比べてモモルは真凛様と同じくらいの身長……日本人女性くらい、かな?

 蝶のような羽が背中から生えており、髪も光沢のある派手な色合い。

 黄色とか緑とか彩り鮮やかすぎて見るからに人外。

 顔は真っ白な布で覆われていて、表情一つ分からない。

 これはなんか意味あるのか?


『ほう……』

「?」


 プリシラ、暇なのか!? また出てきた!

 ああ、プリシラが実体化していれば目の前で玉座に座るバルニール陛下の戦々恐々とした表情が見られただろうにとても残念だ!

 以前実体化したプリシラがマジで陛下を土下座させた挙句グーの右ストレートでぶん殴った件は城中に駆け巡り、俺たちの中では伝説として語り継がれる案件となっている。

 これはもう歴史書にしかと記載して頂きたい。


『あの従属妖精、前回の戦争で雷蓮が殺した妖精族だ』

「!?」

『……間違いない。名前も覚えてる。……天神族は戦争で死んだ者を、従属妖精にしていたのか……胸糞悪いな』

「…………」


 マジか。

 武神ゴルゴダ——乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の裏ボスはこっそりと戦争で死んだ者の魂を喰らい、力を蓄えて天神族を支配して第二の『ティターニア』になろうと画策していた。

 この世界でもそうなのだとしたら、喰う前、もしくは喰うに……こんな風に召使いとして使ってたのか。

 ……いやー……この世界クズ多すぎじゃねぇ?

 前世の世界もなかなか多かったけど、この世界のクズってこう、種類が違うっていうか……被害が甚大。


「では陛下、行って参ります」

「必ず勝利を持ち帰るのだぞ」

『偉そうに。もっと他に言い方ないのかね! あーあ、実体化したら耳引っ張ってやるのに!』


 俺もぜひその様子をここから眺めたかった。


「陛下」

「うっ。……ま、まあ、お前たちも無事に戻ってくるように」

「あ、ありがとうございます……」


 ルティナ妃が日に日に強くなっていくなー。

 あの陛下には、最初からルティナ妃の方が合っていたんではなかろうか。

 やはり血筋だけで王や王妃は決めてはいけないな。うんうん。

 ……うちの国は王族の血筋が『記憶継承』で重要になるから、どうしてもそちらが優先になるんだろうけど。


「それでは『橋』をかけますので、こちらの転移陣の中へお進みください」


 モモルが一歩下がる。

 そして手のひらを床にかざすと、大きな魔法陣が現れた。

 顔を上げ、みんなの顔を一人ずつ見つめる。

 最後に真凛様。


「行きましょう!」

「はい」


 さあ、戦争イベントの幕開けだ。

 

 転移陣を潜ると、直後に凄まじい光が襲ってきて眩しさで目を閉じた。

 でも、思いの外早く慣れ、目を開く。

 真っ白なガゼボの中。

 緑生茂る……庭?


「わあ……ここが聖域?」

「床の光が……」

「!」


 エディンが見下ろした床からは、転移陣が消えていた。

 なるほど、次は帰る時、か。


「こちらで『橋』をお渡ください。その先が、聖域となります」

「橋……」


 そういえばそんなような事言ってたな、とモモルが指差した方を見ると、真っ白な橋がある。

 行き先は雲がかかっていて、よく見えない。

 ここは経由地みたいなものなのか。

 とはいえ転移陣はとうに消えている。

 進むしかないのだから、こんな場所いらなくね?

 むしろ少し拍子抜けして覚悟が鈍るというか。

 ……それが狙いか?

 武神族は人間族に負けて欲しいみたいだしな。

 ヘンリエッタ嬢……もとい佐藤さんの話だと、聖域には五つの塔があるらしい。

 そこが各々の種族の二ヶ月間の住まいとなる。

 だが、ゲームと違うかもしれないし、一応聞いてみよう。


「橋を渡った途端、突然戦いになる、とかではないんですよね?」

「…………」


 あれあれー、おかしいぞー、なんで黙るんですかねー?

 おい、まさかマジか?

 仮にも乙女ゲームだろう、不意打ちとか勘弁だぞ。


「そういえば戦いに関して、どんな形になるのかは聞いていないね。勝ち抜き戦、のような感じなのかな? モモルは知っている?」

「……申し訳ありません、すべては武神ゴルゴダ様の御心の赴くまま。私めにはなにも知らされていないのです」

「そう……」


 レオがちょっと突いてみるが、この反応。

 ヘンリエッタ嬢の情報を、今のところ信じるしかない……って感じか。

 武神ゴルゴダ。

『大陸支配権争奪戦争』を主催した天神族。

 俺の中のゲームの記憶は曖昧すぎて役に立たない。

 特に戦争のあたりなんて「えー、悪役令嬢ちゃんとのルートないのかよー。つーか金髪王子強」って感じでもうやる気がゼロだったからな。

 よくクリアまで頑張ったと自分で自分を褒めたい。

 ……せめて前回参加者のプリシラにもう少し話を聞いておくべきだったかな?

 でもプリシラも「人間の頃の記憶微妙!」って言ってたんだよ。

 よくよく考えれば百五十年生きた初代戦巫女にして、初代女王。

 そりゃ人間の頃の記憶も曖昧になるだろうな。


「…………」


 じゃあなぜ、プリシラはモモルの事をはっきり思い出したのだろう。

 そう思った時に、そりゃ忘れられないだろうな、とも思った。

 戦争で、命を懸けて戦った相手。

 しかも俺の前世の一人、『鈴流木雷蓮』が殺したというのだ。

 俺にも無関係な相手ではないんだよな。

 俺は全っ然なんにも感じないんだけど。


「なんだか不思議なところですね……」

「そうですね」


 真凛様が周りを見回しながら呟く。

 建物のようなものが見えるような見えないような。

 モヤのようなものがかかっていてよく分からないが、他の代表者たちもこの不思議空間に滞在するのだろうか?


『いいや。あれは見えるだけだ。ここは時間も空間もあやふやで、普段目に見えぬものも見えるようになる。逆も然り。建物に見えるあれも、その通り、他の国の代表者たちが滞在する建物だ。見えるだけで辿りつく事は出来ない』

「へー……?」

「「「「?」」」」


 そうなのか。……と、納得しかけたが、いやいや、おかしな声が聞こえやしなかったか?

 恐る恐る振り返ると、真凛様の隣にふよふよ浮かぶ黒髪の幼女と俺の真上に浮かぶ……少年。

 なんか豪華な朱色の陣羽織を纏った、和装。でも金髪碧眼。

 目の中に鈴緒丸と同じ紋がうかんでいる。

 こいつは、一体……?


「え? な……」

「黒い髪に紫の瞳の……羽の生えた娘?」

「え?」

「ヴィンセントさんの上にも、なんかいます!」

「え! え? みんなにも見えているのか!? 俺の幻覚じゃなく!?」

「ん!? 今エディンとケリーはエメリエラを見てた? あれ? みんなエメが見えてる!? 僕と巫女だけじゃなく!?」

「え! そうなんですか!?」


 え?

 ……一拍の間。

 全員がお互いの顔を見回し、その場に立ち止まる。

 からの、見上げてみた。

 やはり、俺にもエメリエラが見える……。

 エメリエラは手をふりふりして、俺たちに「見えてますの?」と問い合わせてきた。

 ので、俺たちは無言で頷く。

 元々見えていたレオ以外、俺とエディンとケリーは……エメリエラを視認したのが初めてだった。

 いや、いるのは知っていたさ……魔法が使えるのはエメリエラのおかげだし。

 でも、じゃあ……。


「俺の上にいるお前は何者?」

『余? 余は鈴緒丸ぞ』

「…………」


 無言で見上げて、無言で腰の鈴緒丸を見下ろす。

 全員の視線が俺の腰の刀に注がれ、また宙に浮かぶ少年へと向けられた。


「は?」

『千年も現存しておれば付喪神にもなろう。いやはやしかし、余を目視出来るようになったのは其方が初めてだぞ。雷蓮の頃は余、まだ付喪神じゃなかったし』

「はっ?」


 刀の付喪神?

 あー、なんかそういうの日本ではあるあるだな。

 日本ではな。前世の。

 うん、そう、前世の話だわ、それ。


『それにこのあやふやな空間ゆえに、我らの姿が其方らにも“視える”のだろう。相性もなにも関係なく、ただこの空間が特殊なのだ』

『そうなの? でもでも、エメはマリンとレオ以外ともお話してみたかったから、エメの声が他の人にも届くのは嬉しいのだわ!』

『良かったな』

『うん!』

「「「「「………………」」」」」


 なんだ、これ。

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