俺の真凛様は世界一可愛い
瞬く間に月末。
レオの誕生日は今年も華麗にスルーされ、学生最後の『星降りの夜』を迎えた。
まあ、レオの誕生日は来年、お嬢様の誕生日と『女神祭』とともにまとめてやりたいそうなのでリア充存分に爆発しろ。
現在進行形でサボりたいオーラばしばしの陛下とそんな陛下を監視しているルティナ妃のおられる玉座の近くで、側から見るとイチャイチャしてるうちのお嬢様とレオ。
その近くには、俺とルーク以外のいつものメンバー。
だがしかし、感慨深い。
……んん、俺最近こんなんばっか言ってんじゃね?
嫌だなぁ、肉体年齢はそんな歳ではないはずなのだが……精神年齢に引っ張られているのだろうか?
ああ、言い訳はやめよう。
普通に、めちゃくちゃ、とんでもなく、心臓飛び出そうな程──……緊張している。
「お、お義兄さん、緊張しますね」
「するな。死ぬ程緊張するな……」
今宵はルークもまたリニム嬢へプロポーズ……婚約の申し込みをするらしい。
俺の知らない間に……ほろり。
この一年でルークとリニム嬢はそこまで親密になっていたんだな。
ルークなんて仕事もしながらリニム嬢のダイエットにも手を貸して……こいつやはり天使か何かなのでは?
会場入りする前に見たリニム嬢は、今年初めスケートの時に見た彼女とは別人のように痩せて美しくなっていた。
婚約の申し込みをする場合、相手をまずダンスに誘う。
別に側にいても良いのだろうが……なんかこう、精神統一したいというか、側にいたら頭真っ白で緊張が増し増しになりそうで、まあ、このようにルークと少し離れた場所で水やジュースを飲んでいる。
しかしいくら飲んでも喉の渇きは治らない。
去年のレオとライナス様、マジすげーな……この緊張を乗り越えたのか。マジすげーな……マジすげーよ……。
「ん? おい、ルーク、あれって……」
「ああ、はい。リニム様の妹、エリム様ですね」
「うへぁ……」
本日の会場にも、リニム様の妹と元婚約者が揃って参加しているのか。
リニム嬢の妹も元婚約者もアミューリアの生徒だ。
あの一件はかなり噂になっていたようだが、元婚約者の方はなかなか面白い事になっている。
マリー……に、化けていたクレア元メイド長。
あの女を『王誕祭』や『女神祭』で囲んで守っていたアミューリア生徒の一人が、彼だったのだ。
どうやらメロティスの『暗示』で操られていたらしいが、お陰で彼は実家ともせっかく得たリニム嬢の妹とも拗れ、疎遠状態。
恐らく、婚約破棄の手続きも進んでいるはずだ。
そんな男と結婚するメリットがない。
妹の方は新しく他の婚約者がいる男子生徒と、本日も会場の端でイチャイチャしておられる。
つまり、本日あの妹御は去年の再演をするつもりなのではないだろうか。
毎年婚約と婚約破棄を繰り返すリニム嬢の妹御の神経の図太さと、男を誑かす容姿と能力にはいっそ感心する。
だが、これがまた面白い事に妹御の誑かした男の婚約者はうちのお嬢様と敵対していた『アリエナ派』の残党令嬢だった。
さあ、ここからはなんとなくお察し頂けますね?
「ちょっと! この泥棒猫!」
ほーら始まった。
まあ、程良い余興として楽しもう。
『星降りの夜』はほとんどがアミューリアの生徒が八割。
そして本日は別名『婚約申し込みイベント』である。
そんな日に他の女と会場入りした婚約者を咎めるのは、普通の事ではあるが……あんな大声で……しかも婚約者の男の方ではなく、誑かした方をその場で、とは。
やや気品や配慮が足りないな。
……いや、置き換えて考えてみると、まあ、目の前でそれを見た瞬間カーッとなってドッカーン! とするのは仕方ないのかも?
しかしそこを耐えてこその淑女では。
「あら、ミーニャ様。こんばんは」
いけしゃあしゃあと泥棒猫が泥棒猫呼ばわりしたミーニャ嬢へと挨拶をする。
笑顔で。
男の腕に自分の腕を絡めながら。
いや、ええ? 怖……。その度胸なんなん?
あんなの嫁の貰い手あるの?
この世界……社交界でビッチ見る事になるなんて思わなかったわ。
そしてあんな煽り方されたらミーニャ嬢がカーッとなるのも分かる。
同情する、とても。
「どっ、どういうつもり! タックスはわたくしの婚約者よ!」
「いやだ、怖い……こんなところで大声を出すなんて……!」
「全くだ。君のそういうところがうんざりなんだよ!」
「っ! タックス!?」
「俺は真実の愛を見付けた! その相手は君じゃない! 俺は彼女、エリムと結婚する! 君との婚約は破棄する!」
「なっ──!」
なんとなく、それとなく……玉座の方をチラリと見る。
興味ない陛下はいつもの事として、ル……ルティナ妃の圧が……! 圧がっ!
口許は開かれた扇で隠されているが、目が人を殺しそう!
俺あんな目で見下ろされたら土下座して許しを乞う! 何にも悪い事してなくても!
何あの目力ハンパねぇっ!
「…………」
そして、目線をうちのお嬢様へと下げる。
その視線を受けてお嬢様は軽い会釈をすると、かつん、と動き出した。
一応、レオともアイコンタクトを交わし、扇を取り出すとそれで口許を隠す。
あれ、あの仕草ってお嬢様がやるとルティナ妃並みに怖いな?
「うふふ、それじゃあミーニャ様、今夜は楽しみましょう!」
「っ! ま、待ちなさ──!」
「こんばんは、ミーニャ様」
「「「!」」」
パチン、と音を立てて扇が閉じられる。
その音とともにお嬢様がミーニャ嬢へと挨拶をした。
それだけで場の空気は別な意味で凍り付く。
王太子の婚約者が、婚約破棄騒動の渦中の人物に声を掛けたのだ。
この意味……余程愚かでなければ、震え上がる。
実際、ミーニャ嬢とその婚約者であったタックスは青ざめた。
平然としているエリム嬢は、その余程の愚か者なのか度胸が据わっているのかどちらだろう?
「あ……お、お騒がせを致しま……!」
「いえ、結構ですわ。そんな事よりも、先日はわたくしのお店の方に足を運んでくださってありがとうございます」
「え? …………。え! あ、いえ! た、大変良い物を買わせて頂きましわ! こちらこそ、素晴らしい美容品の数々……ありがとうございます!」
最初こそ取り繕うような感じだったミーニャ嬢。
だが、最後の方はどこか、心から、と言った様子。
「ご満足頂けてなによりですわ。ミーニャ嬢にご依頼されていた美容液ですが、完成したそうですので明日以降にお部屋に届けさせます。またのご利用お待ちしておりますわ」
「まあ! 本当ですの!? 嬉しい……!」
目がキラキラになっとるぞ、ミーニャ嬢。
さっきの婚約破棄云々どうした?
大丈夫か?
「ええ、ミーニャ様は今よりもっとお美しくなれます。わたくしもお手伝い致しますので……次の方にこそ最高の自分を見せて差し上げて」
「! …………、……ええ、そうですわね……」
「そういえば、ヘンリエッタ様のご近所にまだ婚約者がお決まりでない方がおられたはずですわよね?」
と、お嬢様がヘンリエッタ嬢の方を振り返る。
皆の視線が集まると、ヘンリエッタ嬢はドヤ顔。
「ええ! うちの領地内で子爵家の方ですが……ねえ、ロギー様?」
「えっ!?」
ああ、なんか見た事ない人がいたと思ったがヘンリエッタ嬢の知り合いだったのか。
ケリーに絡まれて可哀想だな、とかちょっと思ってたけどこの為に「用意」されていたわけか。
お、恐るべし……。
「えっ、あ、えっあ、あの、あの」
そしてとてもどもりまくっている。
「とても内気な方なの! ミーニャ様のように物事をはっきりおっしゃる方なら、きっとよい夫婦になられると思いますわ!」
「そ、そんな、む、無理ですあんな美人、俺にはっ」
「びっ……!? ……ま、まあ……ロギー様とおっしゃいますの……? か、可愛らしい方ですわね……」
物凄い赤い顔で泣きそうになってるぞ。
しかし、ミーニャ嬢にはなぜか好感触のようだ。
ケリーが背中を押す。
なんかよく分からんけど、まとまるの早くね?
「…………」
で、エリム嬢と元婚約者になるタックスはもう空気。
周りから「本当にお似合い!」「え、セントラル西区の子爵家ならミーニャ様、玉の輿になるのでは?」「そうよね? セントラルの貴族に婚約者がいない方が残ってたの!?」などなど、祝福ムードに包まれるミーニャ嬢をすごい顔で睨み付けている。
まあ、今の騒ぎを見るにミーニャ嬢は完全に被害者側。
そしてエリム嬢は尻軽ビッチとして認定されたも同然。
社交界では生きづらくなるだろう。
まあ、一晩の相手や浮気相手としてなら引く手数多だろうな。
あの子あの若さでそんなの目指してんの?
「まあ、さすがローナ様ですわね。見事にあの騒ぎを治めて……」
「それにミーニャ様、ロギー様と本当にお似合い! 羨ましいわ〜」
「ね、ねえ、ミーニャ様の言ってたローナ様のお店ってなに? わたくし知らない」
「まあ、ご存じありませんの? 先月オープンした美容品店ですわ。自然素材で肌に優しく、体質に合った美容品をオーダーメイド出来るそうですわよ」
「なんですって!?」
……追加で宣伝までも……!
さすがはうちのお嬢様……!
ルティナ妃も仏の顔に戻っている!
「ダンスには誘って差し上げませんの?」
そんな中、ヘンリエッタ嬢がにんまー、としながらロギー氏へ促す。
さすがに本日出会ったばかりで、婚約の申し込みは難しいだろうが……そのきっかけにはなるだろう。
あわあわしていたロギー氏も、観念したのか、それとも本当にミーニャ嬢へ興味があるのか手を差し出す。
その手を取ったミーニャ嬢の笑顔は、晴れやかだ。
まるでタックス氏の事などもう頭の片隅にすらないかのよう。
いやあ、ご令嬢はこれだから強い。
「ぼくも、行ってきます……!」
「マジで!?」
もう!?
ズンズン先へ行くルーク。
そして、照れ照れしているリニム嬢のところまで行くとダンスを申し込む。
が、頑張れ俺! 出遅れると後で死ぬぞ!
「っ、ま、真凛様……」
「っ!」
意を決して、ルークの後を追う。
そしてスティーブン様の横に固まっていた真凛様へと声をかける。
く、口から心臓出てない?
喉と口の中パッサパッサなんだが……。
「い、一曲、いか、ぎょ」
噛んだ。
「に、義兄さん頑張れだべさ……」
ぐっ……よりにもよってマーシャに真顔で心配されてしまった……!
おのれエディン、によによ笑ってんじゃねぇよ!
っていうか、応援されるという事は、マーシャにはバ、バレ……?
でもスティーブン様もニコッ! としているから……いや、うん、この方には絶対バレてる。
やめろ、ライナス様。
俺が真凛様をダンスに誘って初めて気が付いた、みたいな顔やめて!
なんか、なんか居た堪れない!
「こほん。……真凛様、一曲よろしいでしょうか?」
顔を背けた先にたまたま玉座……レオを通り越して陛下と目が合う。
不思議な事もあるものだが、その横に人差し指を唇に当てがう女神プリシラ。
そのニヤニヤとした悪戯っ子のような笑みよ……。
おかげでなんか、こう……スーーーっと……冷静になったような。
「は、はひっ」
でも真凛様はテンパっている。
きっとスティーブン様たちに色々と吹き込まれているに違いない。
──ハッ!
っていうか、踊り始めてしまったけど……婚約申し込みのセリフ全然考えてなかったー!
やばい、やばい……どうしよう、なんて言えばいい?
普通なんて言うんだ?
ライナス様やエディンやレオやケリーはなんて言っていたっけ?
いや、あいつらは参考にならない。
特にエディン。
どどどどどどどうする?
なんて言えばいい?
ふ、ふおおおおおおっ! 曲が! 曲が終わってしまうううっ!
「「………………」」
……い、一曲終わるの早くね?
どうしよう、マジで何にも浮かんでこない。
とりあえず先に申し込みをする令息たちを参考に…………し、しようと思ったのだが、大体ものすごいスピードで終了する。
あっという間にリニム嬢とルークの番。
は、早くね?
次俺の番だぞ、やばくね?
ルークが跪いて、リニム嬢の手を取って笑顔でなにか言ってるけど耳に音として入ってこないのはなぜだ?
俺そんなにテンパってる?
それとも沈黙と平穏の女神がなにかしてるのか!?
「ヴィニー」
「!」
グルグル考えていた、俺の後ろから声。
振り返らずとも分かる。
「しっかりしなさい」と叱るような、そんな声色。
「っ……」
真凛様の手を取り人垣の真ん中まで行って、彼女の前で膝を折る。
俺は恋愛鈍器で、これまで随分知らないうちに人を傷付けてきたらしい。
その分不幸になっても仕方ない。
こんなに熱く、苦しい想いを無視してきたのなら……因果応報……を、受けても無理はないと思う。
でも、俺自身に初めて、『恋』というものを教えてくれたこの人になら……俺は裏切られても構わない。
「…………あ……」
いや、そうじゃないな。
そうではない。
「貴女が好きです。どうか俺と結婚してください」
ただ単純に、それだけだ。
今伝えるべきはそれだけ。
それ以外は要らないし、必要がない。
この場はただ、好きな人に好きだと伝える場所だから。
ずっと一緒にいたいですと伝えるだけの場所だ。
そして、その返事を…………とても長い時間、待ったような気がする。
「は、はい」
「…………」
唇が震えた。
この、言い知れぬ感情はなんだろう。
自分が今どんな顔をしているのかも、どんな感情を感じているのかさえよく分からない。
とりあえず、真凛様の笑顔がとても、とても可愛い。
この人をいかなるものからも守れる自分でありたいと強く思った。
三年生編 完
*********
『戦争編』執筆のため長期休載させて頂きます。
なお、コミカライズはマンガUPさんで開始されております。
ぜひアプリをダウンロードしてご覧ください。
とても、とても美しいです!
あと「うちのお嬢様が〜」書籍版も発売中なのでよろしくお願いします!
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