主人とは別の大切な人
ケリーとレオが先に上がり、しばらくあーだこーだとエディンへケリーをいかにして守るべきかを説き……「つーかレオに関してお前も似たようなものだろう!」と言い放つと全てが解決した。
まあ、うん! だよな!!
「うー……無駄にのぼせた」
「確かに気持ち悪いな……」
言い争いすぎてのぼせてしまったので、少しテラスに出て暑くなりすぎた体を冷ます事にしたのだが……正直この時点で気付けば良かったのだ。
熱で余程思考が鈍っていたのか——なぁ?
「「さっぶっ!!」」
秒でガラス戸を閉めた。
外は吹雪いていたわけではないが、気温は氷点下だろう。
……まあ、体感だがな。
開けた瞬間に閉めるよ、そりゃ!
「……くっ、仕方ない……暖炉のついてない談話室辺りで水分補給しつつ体を冷ますか……」
「そうだな……シェイラ、普通の水を頼む」
「かしこまりました」
談話室、と言われて連れて行かれた部屋なのだが……なんか
畳のような床に、和式のテーブルと座布団まで……。
なんか、この屋敷に来た時からうっすら思っていたのだが——。
「なあ、ケディル様ってもしかしてイースト地方の文化、好きなのか?」
「めちゃくちゃ好きだな」
やっぱり……。
アレだ、日本文化好きの外国人みたいな感じなんだ……部屋の気配が。
「この別宅もお祖父様の趣味で建てたようなものだ……いや、趣味の為に建てた、が正しいか……」
これだから金持ち貴族は……。
「兼、修行……みたいな……」
「……お好きなんだな、体を動かすの」
「そんなレベルじゃねーけどな」
「…………」
一週間サバイバルは、そうだな、そんなレベルではねーな。
実際、麓から山頂まで往復ってマジキツかった。
山頂に近付くと酸素も薄くなるし。
それを五十、八十……最後は百まで増やされて……いや、ほんと、マジ、鬼。
戦闘レベル『鬼』というならケディル様こそが鬼。
「そういえば、いつから巫女殿と付き合い始めたんだ?」
「……え……えーと……『女神祭』から、だな」
「あんな事があった後からか」
「うっ」
まだぼんやりする頭と熱のこもった体のせいか、エディンと妙な話になっている。
それはわかるのだが……いや、これはチャンスなのでは?
俺のような恋愛鈍器にとって、女誑しのエディンから多少なりと女性の扱いについて聞いておくべきでは?
ぶっちゃけ真凛様に嫌われたくない!
「別に悪いとは言っていないし、悪いとも思ってはいない。ただ……巫女殿が元の世界に帰る方法が見付かったら……その時はどうするんだ?」
「!」
薄暗い、ランプの中の火がふらふらとする程度の明かりの中で、茣蓙の上に横たわりながら……お互いを見る事もなく。
エディンに告げられた言葉に、少しだけ頭が冷えた。
真凛様が帰る方法は……戦巫女は、ゲームの中では見付からない。
エンディング後もこの世界で『貴族』として過ごす。
だが、ここはゲームの中ではない。
真凛様が帰る方法は今も魔法研究所でミケーレ他、職員たちが研究している。
ゲームとは違い、真凛様が帰る方法が発見、確立される可能性はあるという事だ。
……なるほど、それは——……考えてなかったかもしれん。
「………………二人で話し合う」
「まあ、そうだよな……」
「でも、お前たちにも……きっと相談する」
「!」
「確かに二人で話し合う事だが……二人で決めていい事ではない……と、思う。その時は……」
お嬢様や、マーシャ、ケリーやレオ、スティーブン様、ライナス様、まあ、エディンも……。
それにアルト、ハミュエラ、ラスティ、ルーク。
クレイ、メグ、ニコライ、アメル、ヘンリエッタ嬢、アンジュ。
リース家の旦那様、奥様、あと、養父さん……。
「そうか」
真凛様の世界。
俺の前世の世界。
多分、年代は同じ感じだったけど……そういえば西暦とかまで詳しく聞いていなかったな。
真凛様がいたのは——『水守鈴城』は生きている時代なのだろうか?
よくは分からないが、しかし……俺には、心残りがあった。
行方不明の妹、みすずがどうなったか……だ。
俺はあいつを探す為に飛行機を早めた。
だが、その飛行機は日本に戻る事はなく、山へ真っ逆さま。
あの事故がなかったら、俺はどうなっていたのだろう?
もしも前世の世界に、戻れるのなら?
いや、変な期待はやめておこう。
「まあ、なんにしても生き延びて帰る事が最優先だろう」
「そうだな。……レオも随分と人間らしい事を言うようになったしな」
「ああ、やっぱりそう思ってたのか」
「当然だ。俺はあいつが実験体にされていた頃から知っている」
……聞いた事があるな。
レオが『王子』として認められたのもエディンがレオを偶然発見したから。
もしもエディンがたまたまレオを見付けていなければ、レオは未だに『王墓の墓』に囚われていたのだろうか?
はあ……全く本当にろくでもない王だ。
「その身が身分を得て、自由な行動を許された後も……心はずっと囚われていたのを、俺はずっとすぐ側で見てきた。俺の言葉など届く事はない。俺に出来る事もない」
「…………」
「手を伸ばせば触れられる距離にいても、心はいつも死に場所を求めるように、何もかもを諦めていたんだ。あいつは……」
兵器だから——。
ああ、いつか、戦争に行って国の為に死ぬのだと……あいつはそれを信じ切っていたからなぁ。
いや、恐らく根幹に染み込んだその意識は、戦争が終わっても抜けないかもしれない。
あれは洗脳だ。
それでも……レオは戦争の後の事をきちんと考えるようになった。
帰ってきたらみんな結婚。
レオ自身も、お嬢様と結婚を意識しての言葉。
「ああ……良かったなぁ……」
「……、…………ああ」
あれを、ずっと側で見続けていたエディンにとっては俺などより余程感慨深かったのだろう。
まあ、確かに。
ようやくレオが自分で自分の未来をまともに考えられるようになったのは、実に喜ばしい。
「お前はなんだかんだ無茶苦茶だったが……」
「ん?」
「お前がお前で……オズワルドではなく、ヴィンセントで、良かったんだろうな」
「…………。……ああ、俺も今はとてもそう思っている」
俺がオズワルドとして城で生きていたらどうなっていたのだろう?
俺はちゃんとレオを見つけてやれただろうか?
そもそも、あのダメな王は俺の事も実験体にしていたらしいし……下手したら俺も『王墓の檻』に閉じ込められていたりして。
そんな事になっていたら、俺の中の『鈴流木雷蓮』は制御不能だっただろうなぁ。
完全に意識も人格も同調して、俺は俺ではなく、そして奴も、奴ではない。
『オズワルド・クレース・ウェンディール』という名前の化け物が生まれていたと思う。
いや、冗談ではなく。
マジでそんな気がする。
……そんなモノ、レオと比にならない。
兵器などよりも余程ヤバい。
「でも俺もお前がレオの隣にいてくれて良かったと思ってるよ」
色々と振り返ってみれば、腹は立つがエディンはレオも、お嬢様の事も守っていた。
守り方が結果的に俺にとって不都合で、ゲームにおける破滅エンドだったわけだが!
「当然だな。俺はあいつの騎士。我が王以外には膝は折らない」
「…………」
「それは戦場でも同じ事」
「!」
「俺はあいつ以外の前では、膝を折る事はない」
なんか副音声で『真に』と付いた気がする。
そうだなー、一応陛下たちの前でも膝を突くのは礼儀の一つ。
それに、マーシャにプロポーズした時もきちんと膝を折っていた。
あ、つーかマーシャで思い出した。
「ところで、マーシャとは上手くいってるのか?」
「ああ、まあ……この間物理で喧嘩はしたが……普通に順調じゃないか?」
「なぜそんな他人事のように……!」
「少なくとも単純だから分かりやすい。分かりやすい割に……行動が読めない」
「…………」
まあ、確かに?
「普通の令嬢ならば喜ぶものにはあまり興味はなく、しかしスティーブンと好みがとてもよく似ているな。とはいえスティーブン程大人しくない。見ていて飽きないというより、いろんな意味で目を離してはいけない気がする」
なんかごめんな……。
ものすごくよく分かるわ、その表現……。
「しかしお前がマーシャを選ぶというのもなんというか……」
「そうだな……」
「!?」
当事者なのに「そうだな」!?
「お前とレオの異母妹……。よもや結局『マリアンヌ』姫と婚約しようとは……」
「…………」
そういう意味でかよ。
いや、言いたい事はよく分かる。
そうだな、本当だな……。
恐らくはお嬢様との婚約がなければ『マリアンヌ』の婚約者に最も選ばれやすかっただろう、エディンは。
確かに。
巡り巡って結局『マリアンヌ』と婚約する事になったんだもんなあ。
「兄のお前にのろけて良いものか」
「絶対聞きたくねぇ」
「では、そろそろ部屋に戻るか」
「ん……まあ、それもそうだな」
ぐだー、っと色々と話はしたが……まあ、結局のところ、俺とエディンは大して仲良くはならない。
というか、お互いにこう、やはり相性が微妙なので噛み合わないというか。
俺とエディンは『友』にはならないだろう。
しかし余程の事がなければ『敵』にもならない。
言うなればエディンは『王』を支える戦車。
俺は『王妃』を送り届けた馬車。
同じようで決して同じではないもの。
しかし、なんとなく既視感はある。
しかし交わる事はない。
光と影でもなく、どちらかと言えば右と左。
上でも下でもなく……主人にただ、身も心も捧げ続けられれば良いと思う。
うん……エディン、お前はきっと——。
「ドルオタの才能があるよ、お前」
「は? なんて?」
「いや、気にするな……こちらの話だ」
真のファンとは、推しに余計な気を遣わせる事もなく、ただ黙って献身と献金あるのみ——!
だが、エディンのような推しを支えるタイプの、多少声がデカめのファンもまた推しにとっては大切な活力となるだろう。
しかも、距離感は一定。
うん、大事。とても大事だ。
その辺エディンは弁えてるからな、才能あるぜ、お前。
「おや?」
「ん? 巫女殿? こんなところでなにをしているんだ?」
「ふ、ふぁ!」
どーれ、部屋に帰るか、と先程の部屋を出て二階のホールに上がろうとしたらその手前の遊戯室らしき場所で真凛様がきょろきょろしているところに出会わした。
よく見れば寝間着のような格好で……いくら暖炉が近くにあるといっても、すべての部屋で火を焚いているわけではない。
廊下はふかふかの絨毯であたたかみはあるが本当に暖かいかと言われれば微妙。
イーストの、和の建築が取り込まれているので普通の屋敷より少しだけ寒さはマシ、というところではあるがそれでも薄着の部類だろう。
「そのような格好で……! 風邪を召されますよ!」
「あ、ぁぁのぉ、す、すみません!」
とりあえず俺が着ているものを、と思ったが……俺もこれ一枚しか着ていない。
そう、あの、まぁ、なんつーか、部屋に戻ってから着替えよう、という事でバスローブのみ。
エディンもな。
なので真凛様は慌てて顔を両手で覆う。
な、なんという純粋無垢な……!
「それは良いのだが、巫女殿はなぜこんなところに? まさか屋敷の中で迷ったりは——……」
「は、はうっ! な、なんでっ、あ……」
「……迷ったのか……」
マジか。
「え、一応昨日も一昨日も泊まっていますよね?」
「……き、昨日も一昨日も……疲れていて帰ってきた後の事は記憶が曖昧で……」
「「あ、あぁ……」」
とてもなるほど。
そして、同じく……。
だが俺は比較的屋敷の構造を覚えるのは慣れている。
和風の装飾が多いものの、構造自体はこの国に多い造りなので覚えるのは比較的簡単だ。
しかし、真凛様は学園の寮くらいしか知らないはず。
うーん、それじゃあ仕方ない、のか?
「ヴィンセント、お前が巫女殿を部屋まで案内してやれ。俺は疲れたので寝る」
「なっ! ……い、いや、しかし……! 真凛様は嫁入り前——!」
「婚約者になるのだろう? 他の男に案内させるよりお前が案内した方がいい」
「ぐっ、そ、それは……」
「巫女殿の部屋は二階の西、一番奥の左の部屋だ。では、良い夢を」
と、言い残してスタスタ先に二階へ登っていくエディン。
くっ、お、おのれぇ。
「……では、参りましょう、か?」
「は、はい。あの……こ、婚約って……」
「! あ、ああ、あの……ケリーが勝手に、手続きを進めていたらしくて……」
「っ!」
階段を登りながら、先程風呂場での話をした。
あと、エディンとの話も……真凛様が、元の世界に帰る方法が見つかったら……どうするのか。
それも、聞いておくか。
「でも、真凛様は……元の世界に帰る方法が見付かったら……お帰りになりたいですよね?」
確認のような問いになってしまった。
はい、と言われたらどうするんだ。
その時、俺はどう答えるのだろう。
「…………。正直、よく分かりません」
あれ?
階段を登り切った時、その手を取る。
一応、階段でのエスコート。
「わたしの両親は、あまり『良い人』ではないんです」
「……。……ああ、そうらしいですね……『
「うわぁ、そんな事まで情報が出回ってるんですかっ」
かなり驚かれたという事はマジだったのかこの情報。
……とはいえ、『CROWN』のメンバー……というより『CROWN』の前進である『
あと、その時代からの重度のファン……という名のオタク。
というか、赤ちゃん時代から芸能界にいたリント様の年季の入ったファンの中には『Ri☆Three』結成の経緯まで知ってる伝説のオタクがいるので、まあその辺りからチョロチョロ漏れ伝えられていたのだが……。
あと、普通に彼が『サッカー選手時代』のファンもいた。
海外に行けばサッカー選手として開花したはずなのに、と嘆きつつもアイドルの彼も応援していた層とはそれなりに仲良くやれていたと思う。
「……まあ、ほとんどその通りなんですけど……お兄ちゃんは心の方に大きな怪我をしてしまっていて……」
「!」
え、じゃあ精神病院に連れていかれたってガチだったのか!?
なんと!?
「リントさんとケイトさんと、あと新しく『CROWN』になった後はアラタさんも……お兄ちゃんの事をとても気遣って守ってくれてます。私は何にも出来ないですが……時々会えるくらいには、元気になってくれた、と、思います……多分」
「…………」
家族にも会えない程……。
いや、両親の扱いがトドメだとも聞いたしな。
俺の前世の両親も絶妙に親として微妙だったし……子どもは親を選べないから仕方ない。
ん? そんな両親に育てられた真凛様は? 大丈夫なのか?
……そんな両親なのにマオト様や真凛様のように健全かつ素晴らしいお子が育つ……謎。
いや、それを言ったらうちの陛下とレオも同じ事が言えるか!
これはもう、そもそもマオト様や真凛様やレオの人格が素晴らしかったとしか……うん。
「その、だから……」
「?」
「家に帰りたいかと言われると……わたしは、どう答えれば良いのか……よく、分からないんです。……家に居場所があったのかといえば、なかったと思います。でも、学校は楽しかったし、友達もいました。お兄ちゃんたちも優しかった。嫌いじゃなかったです」
「そういえばもう一人お兄様がいらっしゃったんですっけ」
「はい。気難しい感じの……。……えーとだから……多分……わたしの両親は、きっとわたしを、探したりしていないと思うので」
廊下を歩きながら、その言葉のありえなさに愕然とした。
親が?
行方不明の子どもを探さないとか……ヤバくね?
いや、マオト様の両親のヤバさは漏れ伝え聞いていたけれど。
想像以上にヤバくね?
陛下並みにヤバくね? それ。
「帰った後、わたしはどうやって生きていけるんだろう、とか……色々、考えますね……」
「そう、ですか。……確かにそれは……考えてしまいますね」
「だから、もし、帰る方法が分かったら、その時改めて考えてみたいと思います。それじゃだめ、ですかね」
「そんな事はありません。……その時は、一緒に考えます……俺も」
「!」
どうするのが最善か。
一人で考えても、限界がある。
俺は……みんなに幸せになって欲しい。
孤児であった俺を拾って育ててくれたリース家の方々。
学園で出会った皆。
そして、真凛様。
気が付けばこんなにも大切で幸せになって欲しい人ばかり……。
「はい」
「では、おやすみなさいませ」
「あ、ありがとうございます……連れてきてくれて……」
「明日の朝も、こちらのメイドにお迎えに上がるよう伝えておきますね」
「うっ……すみません……」
確か昨日も一昨日も朝寝坊した真凛様をディリエアス家のメイドが起こしに来ていた。
疲れ果てて寝ていたので、仕方ない。
多分この様子だと明日の朝も寝ぼけて道順など覚えていないだろう。
「おやすみなさい……」
「……はい、おやすみなさいませ」
改めて、そう告げて。
少しだけ離れ難くもあるが……明日はようやくケディル様から解放される……はず……なので、うん、寝よう!
「ん!?」
お部屋まで見送り、扉が閉められるまで見送り……扉が閉められた後も少しだけ余韻に浸り……。
どれ、自分の部屋に帰るか、と思ったら……!
「エ、エディン!? お、お前部屋に戻ったんじゃ!」
「いや、一応どんなものかと様子を見に。……寝る前のキスもなしかよ」
「う、うっせえええぇっ!」
余計なお世話だぁぁぁぁあ!
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