うちのケリーにはまだ早……

 

「体が痛い」

「確かに……こんなに体を動かしたのは久しぶりな気がするよ……」

「ケリー、大丈夫か?」

「………………」


 し…………死んでる……。


「でも温泉気持ちいいねぇ〜」


 と、レオが浸かりながらほのぼのとした声で感想を述べる。

 うん。温泉気持ちいい。

 三日間の地獄を乗り越えた後だとその思いもひとしおだ。

 そして、さすが日本産の乙女ゲームの影響を受けているだけある、というべきか。

 ガチで露天風呂だよ……。

 ディリエアス家の別宅という位置付けだが、いいのかこれ。

 いや、とても気持ちいいので些事。


「……そういえばこんな時になんだけど、来年の話をしてもいいかな」

「なんだ?」

「来年、僕の誕生日パーティーをなにがなんでも復活させたいとルティナ妃とローナに言われてしまってね」

「まあ、そうだろうな」


 王太子の誕生日スルーとか国としていかがなものかというレベル。

 俺もエディンもそれは即座に首を縦に振る。

 むしろ今までスルーしてたのがあかん。

 なお、ケリーは筋肉痛がひどいので多分会話は聞いてない。

 ゆっくり浸かって、しっかり休ませないと帰るのも大変かもしれないな、これ。


「でも毎年僕の誕生日は雪がすごいだろう?」

「「…………」」


 思わずエディンと外を見てしまう。

 うん、まあ、うん……雪しかないな。


「? そういえば……お嬢様とレオが初めて出会ったのはレオの誕生日を祝う茶会じゃなかったか? あの時の日にちは……微妙に覚えてないが十月の頭だったような……?」

「そうだね。誕生日の茶会がマリーの一言でなくなるまでは、雪が降る前の十月頭に行われていたね」

「………………」


 突っ込むべきか?

 いや、やめておこう……。


「まあ、当時の事を思うと、僕の婚約者探しが主な理由だから、王都以外の貴族令嬢も招きたくて日取りを二ヶ月以上前に設定して祝っていた……というのが大きいよね」

「なるほど、確かにこの国の気候を思うとレオの誕生日当日は人を集めるのは無理だからな」


 納得である。

 八年越しに解決した謎。

 レオの誕生日、王都に住んでいる極々少数の令嬢しか呼べないから、開催日をめっちゃ早めにして動けるうちに人を集めていた。

 ……まあ、そうだよな……探さなきゃいけなかったんだもんな、婚約者。

 かなりの遠回りをしたが、しかし……うん、そうか、そのおかげでレオはあの日お嬢様に出会えた。

 そう考えれば前倒しも悪くはないのだろう。


「そんなわけで僕の誕生日が本当に十月の頭に『変更』されそうだったのは、うん……まあ、それはいいか!」

「「…………」」


 知りたくなかった。


「ああ、そうじゃなくて……そういうわけで、僕の誕生日パーティーを来年から再開する場合、やはり十月の頭に、という話になっているんだよ」

「ああ、なるほど」


 そう繋がるのか。

 まあ、今の話を聞く限りそれが妥当だろう。

 実際同じ王都の中でさえ、移動にまともな馬車が使えなくなる。

 除雪機欲しい。マジで。


「でも、同じ十月なら別に『女神祭』と一緒に祝ってもらっていいなぁ、って……思うんだよね」

「「…………」」


 思わずエディンと顔を見合わせた。

 いや、まあ、副音声はしっかり聞こえたさ、俺も。

『ローナと同じ日がいい』……と。

『女神祭』はお嬢様の誕生日当日でもある。

 だがうちのお嬢様は、あえて日付を前日か後日にずらす。

 多くの貴族が可能ならば城の『女神祭』のパーティーに参加したいと考えるからだ。

 ただ、それが難しい事もある。

 その時は時間をずらす。

 レオがこれまでお嬢様の誕生日パーティーにリース家に顔を出せたのも、そういった配慮があってこそ。

 だが、まあ……確かに……『女神祭』にレオとお嬢様の誕生日をまとめてやれるのは国の財布にも優しい。

 しばらく戦争準備で増税していたから、税率を戻すとなかなか調整が大変だろうな。

 うん、おめでたい話の相談なのに、税金の話はやめよう。


「そうですね、賛成です」

「ケリー、意識が戻ったのか」

「最初からあるわボケ」


 失礼な。

 心配してやっていただけだというのに。


「経済的にも周囲へのアピールにも絶大な効果があると思います。貴族たちも負担が減りますしね」

「だよねぇ。上位の貴族はともかく……この二年でバランスがだいぶ崩れたから、少し整える時間は必要だろうね」


 あー、そういう事情もあるのか。

 オークランド家の没落。

 それによる派閥の空中分解。

 ハワード家はおそらく来年には爵位が『侯爵』になる。

 ディリエアス家はともかく、リース家の『公爵』昇格。

 真凛様や俺もある意味では他人事ではないから……ふむ、まだしばらくは荒れるのか。


「…………あ、あの、それなら俺からも一つ……提案というか、話があるんだが、いいか……」


 爵位と真凛様で思い出した。

 これは……この話はこいつらにしておいてもいいだろう。

 とりあえず恥ずかしいので、まずは背中を預けるメンバーにだけでも……。


「なに? どうかしたの? ヴィニー」

「じ、実は婚約を申し込みたい相手が……」

「ああ、その話もしようと思ってた。お前と巫女殿の婚約手続きは進めておいたから、いつでも完了出来るからな」

「お前本当に進めてたのか!?」

「そうなんだー、じゃあ後は、ヴィニーが『星降りの夜』に申し込むだけだね」

「!?」

「そういえば手順は知ってるのか? 一応エスコートした後、ダンスに誘って踊ってから……」

「いやなんでそんな普通に会話進むんだよ!」


 は?

 とばかりの顔をされた。

 三人に。

 ……あれ? 俺がおかしい事を言ってるような気配になってるんだが……あれ?


「…………。あ、そうか! ごめんね、ヴィニー。僕はケリーと手続き上関わったから知ってたんだ」


 じゃ、なくて。

 そうではない、そうではないんだレオ。

 そこではなくてぇ!


「いや、見てれば分かる。お前やリースやレオじゃあるまいし」

「「「どういう意味(だ)?」」」


 今エディンにとても解せん事を言われた気がするんだけどな?


「スティーブンとハワードも気付いているだろうな」

「ぐっ……!」


 確かにスティーブン様とハミュエラ辺りには気付かれていそうだな……。

 しかしふと、気付かれている事に「ん?」っとなる。


「…………ちなみに、マーシャやお嬢様には……」

「ローナは気付いてないんじゃないかなぁ。巫女がローナに相談をしていたら話は別だけど」

「マーシャは絶対に気付いてないぞ。身内としての嫉妬はあるみたいだけどな」

「あ、ああ、それは言われたな」


 なんかやきもち妬いてるのは分かりやすかった。

 しかし、お嬢様やマーシャに相談、というか報告するタイミングがなぁ……。

 くっ、そこら辺までは考えていなかった。


「でもそうか、お前らにはすでにバレていたのか」


 ケリーはともかく!

 ケリーとヘンリエッタ嬢にはバレる以前に、お嬢様の破滅エンド回避の相談までしている。

 その流れで、俺と真凛様が『ハッピーエンド』を目指すべき、と助言されたのだ。

 ある意味、共犯!

 でもぶっちゃけレオにバレてたのはものすごく意外。

 手続き上ってこんちくしょう!


「あれ? 待てよ……レオに手続き上バレてるって事は……まさか……」

「そのまさかだよ。陛下もルティナ妃も知ってるね」

「…………」

「そんなこの世の終わりみたいな表情しなくても、大丈夫だよ……? 陛下は僕らの婚約者に興味ないし」

「そ、そうだよな!」

((喜ぶところなのか?))


 だよな、あの陛下が俺たちの婚約者に興味など持つはずがないよな!

 むしろマーシャの婚約者……。


「…………エディン、お前陛下になんか嫌がらせとかされてないよな?」

「多少されてはいるが、捻り潰せる程度だな」


 うわあ、満面の笑みぃ〜。

 っていうか、陛下! エディンに嫌がらせ本当にやらかしてんのかーい!


「え、なにそれ、初めて聞いたんだんけど?」

「報告する程の事でもないからな」

「でも、嫌がらせされてるんでしょ? 言ってくれればルティナ妃から陛下を止めてもらうよ?」


 レオ……本当に強くなったなぁ!

 いや、もうルティナ妃様々!

 微妙になんか、こう、アレって思うけど!


「…………いや」

「?」


 ご機嫌だな?

 エディンが、レオが実に「人らしい事」を言ったりやったりすると、喜ぶのは気付いていたが……。

 今回はまた、ずいぶんいい顔をしやがる。


「今の陛下など恐るるに足らない」


 ……気のせいだっただろうか?

 悪巧みしている時のケリーより悪人面になった。


「そ、そう……? ……でも確かにだいぶ陛下の権威はルティナ妃に奪われているからなぁ」


 ルティナ妃すげー仕事してるんだな……。

 陛下から権威を奪い取る程か。


「まあ、どちらにしてもヴィニーと真凛殿の婚約に関してはなんの問題もない。その辺の問題はもう全部潰してある」

「あ、そ、そうですか……」


 な、なんだろうな?

 ケリーが言うと、なんとなく問題がプチプチのようにプチプチ潰されていくイメージが……。


「ふふ、じゃあ来年生き延びて帰ってきたらみんな結婚かぁ〜」

「「…………」」

「え? なに?」


 つい、エディンと同時にレオの顔を見てしまう。

 そして、レオが不思議そうにする横で、俺とエディンが顔を見合わせる。

 よく分かっていないケリーはさておき……ああ、「聞いたか?」と言わんばかりのエディンに顔がにやけてしまう。

 聞いた聞いた、確かに聞いた。

 恋とは——全く本当に、偉大な力である。


「いや、なんでもない。そうだな、みんなで帰ってこよう」

「当然だな。泣かせるつもりはない」

「ほう、なかなかのセリフだがリース……お前子どもの作り方とか知ってるのか?」

「え?」

「エディィィーーーン!」

「いや、性教育はちゃんとしないと——」

「ケリーにはまだ早い!」

「遅いだろ!」

「そんな事はないー!」

「?」

「…………そ、そろそろ上がろうか〜、ケリ〜……」

「そうです、ね?」

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