雪山訓練
お嬢様のお店が開店して十日が経った。
ウェンディール王国はすっかり雪が積もり……まあ、積りすぎて学園の外は雪の城壁のようになっている。
……つまり外出超困難。
そりゃレオの誕生日や『星降りの夜』……王都にいる貴族やアミューリアの生徒しか参加出来ないよな〜、としみじみ思う。
だがまあ、今日その話ではなく……。
「……………………」
「おは……うわ、エ、エディンどうしたの!」
……早朝、机に突っ伏して死んでいるエディンに、登校してきたばかりのレオが驚きの声を上げる。
しかし、俺とライナス様もまた、既に事情を聞いてしまったのでテンションは下層だ。
今でも冗談か何かだと思いたい。
「スティーブ、エディンどうしたの? あれ? ライナスとヴィニーもテンション低くない?」
「あ、はい……低いと思いますし、私も出来れば関わりたくはありません……」
「なにそれ、怖い……。ローナは?」
「私が聞いた話ですと……エディン様のお祖父様が……」
「あ、察したのでもう大丈夫」
「さすがレオハール様ですわ」
と、レオはカバンを机に置いてスティーブン様とお嬢様から目を逸らした。
さすがレオである。
エディンの祖父さんの話を聞いて、即座に察する辺り……さすが。
というか、あのジジイは俺の祖父でもあるんだよなァ……。
そう思うと頭を抱える。
「それで、エディン……まさかとは思うけれど……巫女まで連れて行くとか言い出していないよね?」
「無駄だ、レオ……既に巫女には手紙が行っていた……」
「な……なんという手回しの速さ……。さすが先代騎士団総帥……」
がたん、とレオが椅子に座って机に手を組んでゲ○ドウポーズ状態。
ああ、さすがだ……たったあれだけの会話でそこまで察するとは——!
「いつから?」
「明日だ」
「くっ……さすが。……でも、急だね」
「手は回されていた。……逃げ場はないぞ」
「…………公務、は……言い訳にはならない、よね」
「無駄だな。ルティナ妃がその間の事は任せろと」
「ルティナ様〜……」
周りの人間には分からないかもしれないが、俺たちには理解の出来てしまう会話。
出来れば、分かりたくない。
深い、とてつもない深い溜息が溢れる。
「場所は?」
「うち所有の山」
「ううううぅ……」
はぁ、とまた溜息が漏れた。
そう——俺たち、戦争に参加する組は……明日、エディンと俺の祖父に呼び出されて……訓練を受ける。
騎士志望のライナス様もだ。
俺たちはエディンのこれまでの諸々を色々聞いている。
特に夏季休み中のサバイバルなど、なかなかに過酷だ。
それを、冬に……やる!
頭がおかしい。
しかも真凛様にまでそれを強要とは!
頭がおかしい。
「戦争まで時間もないし……とりあえず行くだけ行くけど……いつまで?」
「さあな。だが、さすがに俺たちがクリア出来る課題のはず……多分……恐らく……」
自信ねーのかよ!
「俺は気が進まん……。雪山というのは決して舐めてかかれる場所ではない」
「もちろんそれは僕たちも承知の上だよ。……でもエディンのお祖父様は断ると学園まで乗り込んできそうだし……」
「というか確実に乗り込んでくる……」
エディン、目が遠い。
ライナス様、背負う影がドッと増えたな……。
「…………諦めよう。でも、ケリーと巫女は不慣れどころではないだろう。ヴィニーとライナスもエディンのお祖父様の訓練は初めてだろうから……その、でも出来ればケリーと巫女を気遣ってあげて欲しいな……」
レオも目が遠い。
なるほど、確かにケリーはエディンと俺の祖父がどんだけヤベーのかは話題に出た事すらないから知らないはず。
真凛様は元より、だが……うむ、ケリーと真凛様は保護対象だな。
出来るだけ俺とライナス様でサポートしよう……うん。
「出来る限りの事を、致します……」
翌朝——。
指定された持ち物は特になし。
とにかく防寒だけしてこい、と呼び出されたのはエディンの屋敷であった。
正直王都の中とはいえ、この時期は雪で馬車も上手く走れない。
最近本人に聞いたが、レオが自身の誕生日に舞踏会を開かないのは、主にこの雪で交通が絶たれるからだそうだ。
経費削減の為といえば比較的通りやすく、雪が降る九月や十月にお茶会という形で行うのが好ましいらしい。
確かに三年ほど王都で暮らすと、十二月に人を集める大変さはとてもよく分かる。
日々もりもりと雪掻きをしていても、翌日には同じくらい積もるのだ。
ぶっちゃけ今もしんしんと振り続けている。
そんな中で、屋敷から森の中へと移動を命じられた俺たちは……当然の事ながらテンションだだ下がり。
唯一平気そうなのはケリー。
「真凛様、大丈夫ですか?」
「は、はい、まだ……なんとか……」
「リースは随分平気そうだな……」
「まあ、俺寒いの嫌いじゃないんで」
「僕は寒いのあまり得意ではないんだよね……」
(((冬生まれなのに……)))
プルプルと震えるレオ。
誕生日を知っている俺たちとしては少し意外だ。
だが、一応城の中に詰めて仕事をしている姿を知っているだけに、外に出て寒さに慣れる機会が少ないのだろうと……とりあえずは納得する事にして……。
「シェイラさん、その、エディンのお祖父様……ケディル様は、えーと……俺の事は……」
「ご存じです。ユリフィエ様の件がありましたので……」
「ぐっ……」
先頭を案内で歩いていてくれたシェイラさんも、やや困った顔。
……孫というのは、バレている。
まあ、肉親なのだから、その辺仕方ないか……。
「ああ、そうか……ヴィニーの出自を思うと、ケディル様はディリエアス先輩と同じ祖父、という事になるのか」
「先輩……」
「なんだその顔……」
俺はきっと絶望感を漂わせていた事だろう……。
だって、ケリーが……うちのケリーがエディンを『先輩』ってえええぇっ!
「ふははははは! よく来たな!」
「「!?」」
突然森に響く声。
やや傾斜の出始めたり森の奥から、なにやらシャー、と雪の上を滑る音が聞こえてくる。
あれは……スキー?
そして近付いてくるのは……巨漢だ。
「よう! 久しぶりだな!」
「…………お祖父様……こんな雪山でそんな大声を出すと雪崩が起きますよ……」
「おお、それもそうだな! ガッハッハッハッハッハッハッハッ!」
まるで分かってねーなこのじーさん。
「…………来たか!」
「……、……お、お久しぶりです……」
ニィ、と笑われる。
ケディル様が見据えたのは俺だからだ。
ご存じ、という事ならば改めて挨拶せねばならんのだろうか……。
でもなぁ……俺は、血筋など興味もない。
だが、肉親であるのならそうもいかないだろう。仕方ない……。
「その、ユリフィエ様の件はお聞きになられましたか?」
「…………」
あれ、固まった。
そして一度上を向いて、一拍の間、そのまま動かない。
だがすぐに、真っ正面から俺……というよりもレオを見る。
巨漢の爺さんが、頭を下げ……いや、膝を突いた。
「!」
「誠に申し訳がない……。我が娘がよもや、そのような恐ろしい事を企んでいたとは……」
「? ……ああ、例の……。いや、あの件はほぼ陛下のせいなので」
さらっと国で一番偉い人のせいにする王太子。
レオ、成長したなぁ……ほろり。
「しかし……我が家からあのような思想が出てしまった事は事実……!」
「んー、それならエディンを一生僕の騎士として使わせてください。それなら水に流しましょう」
「エディンは元より殿下の騎士。それでは謝罪になりません」
「…………」
うんうん、と頷くエディンにレオも少し困り気味。
それでなんとかごまかせると思ったのか、レオ……。
「とはいえ、僕は欲しいもの全部手に入ってしまっているからね……元々そういう欲もないし」
そうだな、お前はそういう奴だよな……。
罰するのも難しい案件。
どうしたものだろうな?
「それに、今回の件は僕よりも彼の方がショックだったんじゃないかな、と思っていたのだけれど……」
「とんでもない」
肩越しに振り返るレオに、即座に笑って否定した。
……確かに『母』のした事を俺は許せない。
きっと死ぬまで軽蔑する。
だが、あれは無知ゆえに、と言い訳も出来る。
元々王妃でありながら、無知を理由にするなど言語道断、と断じる事も出来るが……。
「二十年近く時が止まっておられたのです。認識の甘さは否めませんが、仮にも王妃教育を受けておられた割になんともお粗末……と、言わざるを得ません。あのような者たちの甘言に唆されるなど……!」
「む……」
ケディル様に困り果てた顔をされる。
だが事実だ。
本人もそれは分かっているだろう。
「罰に関しては……この国の法に則ったものを与えるべきでしょう。ケディル様もそれでよいかと存じますが、いかがですか?」
「異論ありません。しかし、それだけで済む問題では——」
「いや、ヴィニーが……あー、いや……兄がそう言うのであれば僕からは何も言わないよ。ユリフィエ元妃にとっては……兄にそう言われる事こそがもっとも辛い罰となるでしょう」
「……! ……、……そう、ですな……」
……つまり俺が許さないので、これ以上のお咎めをディリエアス家には下さない?
ああ、それで結構です。
エディンにはこれからマーシャをしっかり面倒みつつ、国に尽くしてもらわねばならないのだから。
そんなエディンの顔を覗きつつ、お互いに目を合わせて、逸らす。
「で? その件は終わりとして……今日は俺たちにどんな訓練をさせる気なんだ? お祖父様」
「ああ、そうだな。今日はその為に呼んだのだ。戦争まであと一ヶ月少々……殿下たちには厳しい戦いを勝ち抜いていってもらわねばなりません。よって、俺から課題を出す!」
……しまった、今日の課題、今日帰れるものでお願いしますって言えば良かった……。
帰れるよな? 今日中に……。
帰らせてください。お願いします。
「ズバリ、体力作り! 雪山登ってスキーで降りてもう一度登る! これを五十往復!」
「「「「………………」」」」
「ご、五十往復ですか!?」
「ひ、ひえぇ……っ」
俺とエディンとレオとライナス様の悲壮感……。
想像してたよりキツい……!
い、いや、待て!
「あ、あのう、ケディル様……それはまさか巫女様にも同じ回数を……?」
「巫女殿は女性か……。しかし最後にものを言うのは体力だ! 女性ならばなおの事あった方が良い!」
「…………わ、分かりました……、や、やります!」
「真凛様!?」
「大丈夫です。わたし、遅いかもしれませんけど……やります!」
「よくぞ申された! では男連中は八十に増やしましょうぞ!」
「「は!?」」
思わずエディンと声が被る。
なぜ!
どうしてそうなる!?
結局男の方が多い!?
い、いや、真凛様が同じ回数をするのは絶対阻止だが……!
「どう考えても今日中に終わらないと思うんだよね……」
「無理だろう、絶対……」
「ぐっ……き、聞きしに勝るとはこの事!」
「も、もう少し木の少ないルートとかないんですか? こんなに木が生い茂っているルートでは、とても一日では……!」
「なぁに、別に今日一日でこなせとは言っとらん! 屋敷も近いし、部屋も用意してある!」
泊まり確定……。
「スキー板など、持ってきていないのですが……。な、ヴィニー?」
「は、はい」
「こちらで用意してある! 問題はありませんぞ! ふはははははははははは!」
「「「「「「………………」」」」」」
この後三日かけて課題をこなした……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます