閑話+番外編

side レオハール

『今年も波乱の『女神祭』【後編】』と『アイツやはり王子ではなく姫なのでは』の間に入れようと思ったけど盛大なネタバレになっていたので載せなかったやつ載せときますね。



*********



 


 どうしたものだろう、と天井を見上げている。

 突如『養女』になった『マリー・クレース・ウェンディール』という少女。

 ありえない。

 いや、長いウェンディール王家の歴史の中で、初めての事だろう。

 もう一度言う。


 


 なぜならウェンディール王家は血筋でその権威を維持するからだ。

 その血が持つ『記憶継承』の力で、だ。

『禁忌の力』により貴族たちを圧し、力を持ちすぎないように見張りながら脈々と続いてきた。

 だから、ありえない。

 平民の娘を養女に迎えるなんてありえないのだ。


「…………」


 溜息が聞こえてきた。

 国王の指示でレオハールとリセッタ宰相、そして騎士団長のディリエアス公爵が部屋にいる。

 レオハールは赤い皮張りのソファーに座り、宰相は一人掛けの椅子で頭を抱えていた。

 ディリエアス公爵のみ、扉の側で佇んでいるが表情は宰相と同じようなものである。

 パーティーも終わり、貴族たちは帰った。

 レオハールが思い出すのは婚約者と友人達。

 彼ら早々に会場から去り、今回の一件を対処すべく動き出している事だろう。


「殿下は何かご存じでしたか?」

「いや、全く。寝耳に水も良いところだね」

「……一体どうした事なのでしょうか。……ルティナ妃までもあの娘を『養女』とお認めになるなど……こんな事は前代未聞ですぞ」

「そうなんだよねぇ……」


 声は相当抑えているが、ディリエアス公爵の焦りはこちらに伝わる程だ。

 あのいつも飄々とするリセッタ宰相すらこれなのだから、レオハール自身ももっと焦るべきなのだろうが……。


「!」


 コツコツコツと早足で近付く足音。

 ヒールや、足音から推測出来る足のサイズ、布ずれの音から『彼女』だと分かる。

 鍵が開き、観音開きの扉が開かれた。


「お兄様!」


 嬉しそうに飛び込んできた少女は真っ直ぐにレオハールの下へと駆け寄る。

 そのまま抱き着いてきたが、特に反応を示さずに目を閉じた。

 それが不満だったのか「お兄様ぁ」と拗ねて甘えた声を出す少女。

 藍色の癖の強い髪。

 記憶通りなら同じ色の瞳をしている事だろう。

 腕を揺さぶられるが、それも無視した。


「おーにーいーさーまぁー! ねえ、マリーを無視しないでくださいませぇ〜。んもぉ、せっかく戻ってきたのにぃ……。……それに、マリーは随分痩せて綺麗になったんですよ。ちゃんと見てください」

「…………」

「むぅ〜。…………見てくれないならお父様やに頼んでローナ様との婚約を白紙にして頂きますわよ?」

「…………」

「あ、出来ないと思っておられます? うふふ」


 なんとも不穏な事を平気で言い出す始末だ。

 しかし、以前の彼女ならここまで悪質な事は言わなかった。

 その前にギャンギャン泣き喚いて我を通そうとする。

 次に聞こえてきた二人分の足音が部屋に入ってきた瞬間、レオハールは目蓋を持ち上げた。


「……陛下、ルティナ様、これは一体どういう事なのでしょうか」


 レオハール自身、かなり冷ややかな声が出たと思う。

 しかし二人は表情も変えず、またなんという事もないように「なんの事だ?」と聞いてきた。

 ああ、これは正気ではない。

 となれば、すぐにその正体にも察しが付いた。

 隣で唇の端を持ち上げている少女が何かをしたのだ。

 いや、少女というのは違う。


「じゃあ君に聞こう。何をしたの?」

「暗示を掛けただけですわ」

「…………」

「な……なんと?」


 立ち上がるリセッタ宰相。

 ディリエアス公爵も目と口を開けて固まった。

 思った以上にあっさり白状した事に、レオハールは目を細める。

 そう、つまり……隠す気がない。


「次はお兄様達の番」


 凶悪な笑み。

 それに、微笑み返す。


「あら、わたくしが誰なのか本当に分かっておいでなのかしら、お兄様」

「もちろんだよ。君はマリーじゃない」

「うふふ、そう……それじゃあなおの事、お兄様には強めに暗示を掛けておかなくちゃ……」

「無駄だと思うよ」


 入り口は国王とルティナ妃が塞いでいる。

 さすがにディリエアス公爵にあの二人を押し除けて『退路を確保して欲しい』とは命じられない。

 宰相も置いて行く事は出来ないので、この二人と、国王とルティナ妃をレオハールに救う術はなかった。


「あら、自信満々ね。でも無駄よ。メロティスの暗示はとても強力なの。魅了の魔法と二重掛けされたらお兄様でも抗えないわ」

「メロティスね……」


 その名前を聞いてどこか安堵もしている。

 しかし、次第に香る甘い匂いになるほど、と納得もした。

 これが魅了の魔法。

 リセッタ宰相が頭を抱え、ディリエアス公爵が床に膝を付く。

 そんな中でも一人、レオハールだけはけろりとしていた。


「…………なぜ? お兄様はどうして平気なの」

「僕の主人は君にはなり得ないからね」


 従者石は『従者』になった日から持ち歩いている。

 それを見せてやれば、少女の顔は歪んだ。

 トドメに笑い掛けて言ってやる。


「それに、僕の魔力は人より多いそうだよ。『従者石』がなくても君程度の魔力で僕を服従させるのは不可能じゃないかな」

「……!」


 思った通りの反応だった。

 国王も王家の者として決して魔力が低いわけではないだろう。

 しかし、メロティスの暗示や魅了は心が弱ると漬け込まれやすいとクレイが言っていた。

 国王の、あの不安定さを思えば造作もなかっただろう。


「何が目的だい?」

「…………。言えば叶えてくださいますの?」

「中身にもよるね」

「では、わたくしを殿下の妻にしてくださいませ」

「はあ?」


 思わず聞き返す。

 胸に顔を寄せ、抱き着いてくる少女の『目的』。

 それが本当に最終目標だとしたならばあまりにも……。


「……虚しいと思わないの」

「思いませんわ。わたくしが欲しいのは殿下です。偽りの心でも十分満たされますわ。ああ……殿下……レオハール様……ずっと、ずっと貴方が……」

「…………」


 呼び方が『お兄様』から『殿下』に変わった。

 もはや正体を隠すつもりもないようだ。

 そしてその答えがなんとも哀れでならない。

 レオハールは生まれてこの方、自分の本心などあってないようなものだった。

 兵器としてこの国の為に死ぬのだと。

 そう言い含められて生きてきた。

 そうなるものなのだと自身も信じて疑わなかった。

 兵器は人を、愛さない。

 ただ、それでも彼女への憧れは鮮明に刻まれ、それは時が経つにつれ信仰のようになる。

 彼女を『好き』なのだと自覚した後も兵器には不要な感情だと苦しくもあった。

 それを開放させてくれた、友人達。


「……虚しい人だな……」


 心の底から同情した。

 悪い癖だと分かっていても、偽りの心でも良いと言うその言葉に。

 その言葉と表情で、レオハールが本気で、心から哀れんでいると感じ取った少女は強く睨み上げてくる。


「それでも構いません。他の女に奪われるくらいなら……優しい貴方が戦争で亡くなってしまうくらいなら……わたくしが閉じ込めてお守りします。暗示も魅了も効かないのであれば仕方ありませんわ。参りましょうか」

「…………」


 どこへ、と聞くのはあまりにも無駄な時間だ。

 リセッタ宰相もディリエアス公爵もその場に倒れ込む。

 二人が起き上がれば、国王とルティナ妃と同じ目になるだろう。

 出入り口にはその国王とルティナ妃が佇んで、事態を見守っている。

 クレイのおかげでだいぶ自分の能力の引き出し方は分かってきた。

 その気になれば全員この場で殺す事も簡単だろう。

 だがやらない。

 出来ない。

 友人の父を、血の繋がりの感じないとは言え父を、厳しく新しい義母を……ここで殺しては国が瞬く間に傾く。

 気絶させて逃れて、その後は?

 隣で微笑む彼女を連れて行って、クレイやヴィンセントの前に差し出し魔法を解かせる。


(いや、無理だな。メロティスはここにはいない)


 あの狡猾な半妖精はここにはいない。

 ここにいるのはこの少女だけだ。

 どうやってメロティスの力を使っているのか分からない以上、迂闊な動きをすれば国の中枢を支える四人に危害が及ぶのは考えるまでもない。


「……とても残念だよ。せっかくまた会えたのに……」

「!」

「君が死んだと思った時、本当に悲しかったんだよ————クレア」

「…………レオハール殿下……わたくしが、お分かりに……本当に?」


 ふるふると震える少女。

 ふわ、と藍色の髪は消える。

 地味な茶色の髪と瞳。

 そこに経つのは、同じデザインのドレスを纏った淑女だ。

 感極まったように涙を浮かべて、口を両手で覆った。


「君はこんな事をする人だったんだね」

「ああ、ああ! なんて事! わたくしを、わたくしをわたくしと見抜いてくださるなんて! わたくしだと分かってくださるなんて! 嬉しい……嬉しゅうございます殿下! これ程の幸せはございません!」

「…………」

「殿下、わたくしがお守りして幸せに致しますわ! ……嬉しい……嬉しいです、殿下……」


 成熟した女性の体がこれみよがしに押し付けられる。

 その事に、心の底からガッカリとした。

 彼女はルシアメイド長が辞めた後も、しっかりと城のメイド達をまとめ上げてくれていた女性だ。

 結婚もせず、良い人を紹介しようと何度も声を掛けたが首を縦に振る事はなかった。

 城に、王家に生涯お仕えします、と言って……。

 その忠誠心をとても高く買っていた。

 あのマリアンヌの盛大な我が儘にさえ、辞めると言わず。

 そんな彼女がまるで生娘のように頬を染めてレオハールを見上げている。

 これは操られているという顔ではない。

 はっきり分かる。

 これは彼女自身の、意思だ。

 恍惚とした表情のまま頬を撫でられ、思わず顔を背けた。

 それも構わぬように肩に額を載せられる。


「ずっとこうしたかった……ああ、レオハール様……わたくしの、王子様……」

「…………」


 王子様。

 ——……王子。



(また、それか)




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