今年も波乱の『女神祭』【中編】

 


 などとやっている間に、会場への入場が開始される。

 うちのお嬢様はレオが迎えに来ると思うので、俺は……真凛様をエスコートしないと。

 それを告げるとライナス様がなぜかにこり、と笑うので……俺も色々、苦手だし至らない点も多いだろうが考えてみた方がいいんだろう。……と、思った。

 ……つーかライナス様はあんな風に笑うような人だっただろうか。

 イケメンすぎて目が潰れるかと思ったわ。


「…………」


 側で見てきたつもりだったんだがな、あのお二人も。

 いやいや、しかし……どうして、その進展にはあまり目を向けていなかった。

 いつの間にやらライナス様は大変に男らしくなっておられたし、スティーブン様も一人の人間としてどんどん魅力的になっておられたのだ。

 あの二人は色々と、立ちはだかるものも多いだろう。

 それでも立ち止まったところは見た事がないし、ちゃんとお互いを『見て』いる。

 お嬢様も日々……照れて死にそうな顔になりながらもレオとの仲を進展させようと努力なさっているし、一応レオもお嬢様との事を真剣に考えているようだ。

 俺が言うのもなんだか、レオの拗らせぶりもなかなかのものだしな。

 そして婚前交渉云々は…………うん、俺はそれについてあまり考えたくないので、その辺りは二人の進展を見守るという事で……。

 そこだけは過干渉したくない、全力で。

 ヘンリエッタ嬢のおかげでクレイとメグも進展していると聞くし、今のところエディンもマーシャを浮気などで悲しませている節はない。

 ケリーとヘンリエッタ嬢の仲についても……えー、ヘンリエッタ様、頑張ってください。

 ……口許が勝手に嘲笑を浮かべる。

 それに比べて、俺はなんとも——。


「真凛様、ケリー様、ヘンリエッタ様、入場の方が始まりましたよ」


 ある一室の前に来て、ノックして声をかける。

 中からヘンリエッタ嬢の声で「え! もう!?」と返事が返ってきた。

 こつ、こつ、と靴音がして、扉が開く。

 開けたのはアンジュ。

 そして、お辞儀をしてくるのは真凛様付きになる予定のメイド達。

 皆、俺の姿を見るなり顔が赤くなり、表情が緩む。

 そんなにアンジュの面接は恐ろしかったのだろうか?


「…………やっぱダメっすかねぇ……」

「? なにがだ?」

「あー、いや、ヴィンセントさんはちょっと顔面ボコった方がいいんすかねって話っす」

「…………え……」


 な……なぜに?


「なんにしても、こちらはお任せください。では、ケリー様、うちのお嬢様をお願い致します」

「ああ。ではマリン殿、会場の方で」

「は、はい」

「先に行ってますわね」

「「行ってらっしゃいませ」」


 そう言ってヘンリエッタ嬢とケリーを見送る俺とアンジュ。

 残ったのはメイド候補たちと真凛様。

 メイド候補たちはアンジュが引き継いでくれるとして……。


「では、真凛様」

「はい、よろしくお願いします」


 立ち上がった真凛様のドレスは、以前……あー、あまり思い出したくないがマリーに言われてレオとお嬢様の初デートの時に仕立てたものの一つだ。

 淡い紅色の生地にピンクに色付けされた布で大きなリボンが巻かれているようなデザイン。

 年相応に見えるのだが、俺としては片方だけがその布のリボンで支えられるようなデザインよりももっとがっつり首元、脇も腕も隠れている方が良かったのではと……んん、野暮か。


「……髪が伸びましたね?」

「は、はい。もうこちらに来て……一年近くになりますから」

「…………」


 そうか……真凛様が召喚されたのは去年の『星降りの夜』。

 今日の『女神祭』でエメリエラの力を補充、安定させて挑もう、という事になったんだったな。去年は去年で色々あったものだ。

 そして、真凛様が来てもうすぐ一年か。


「?」


 肩より上だった髪が伸びて肩に触れそうな長さになっている。

 緩いウェーブが掛かったボルドーの髪色に、本日も桜のヘアピンがしっかり着けられていた。

 贈った日から一日も着けていない日は見ていない。

 それを思うと顔が、熱いな。

 見過ぎでしまったのか、真凛様が顔を赤くして俯く。

 あ、やばい。


「え、ええと……き、気になるようでしたら、髪を結ってから会場入りなさいます、か?」

「え、あ、い、いいえ、だ、大丈夫です」


 ごすっ、と真凛様が胸のペンダント……魔宝石を横から殴る。

 なぜ? エメリエラが何か言ったのだろうか?

 しかし、そんなに伸びては今後髪型の方もバリエーションを増やせる。

 あ、もしかして髪飾り系をあまりお持ちではないのだろうか?

 だとしたら、俺が贈っ……。


「…………え、えぇと……あ、そ、そうだ、真凛様、誕生日……誕生日はいつなのですか? そういえば聞いた事がありませんでしたね……!」


 そんな恋人でもないのに贈れるかぁぁぁっ!

 ならばそう、贈る口実!

 それがあればいいのだ、それが!

 しかしそういえば誕生日を聞いていなかった。

 過ぎていれば明日にでも何か見繕って即、贈れる。

 まだならば、学園のホールを借りるのも視野に色々吟味して……。


「誕生日もいいですけど、マジでいい加減会場行った方が良いんじゃないっすか?」

「「はっ!」」


 アンジュにほとんど追い出されるように部屋を出る。

 廊下を歩きながら真凛様を見下ろすと、それに気が付いて微笑まれた。

 あ、あー、可愛い……。


「あ、あの、誕生日なんですけど…………十二月十二日です」

「…………」


 良かった、まだ終わってなかった。

 しかし日にちが微妙どころの話ではないな?

 は?

 十二月十二日?


「…………え、レ、レオハール様とお、同じなんですか?」

「そ、そうみたいで……なんか言い出しづらくなっちゃって……」


 それは確かに言い出しづらい。


「そうだったんですか……」


 確か、戦巫女プレイヤーは誕生日を自由入力出来たよな?

 後からの変更は出来なかったものの、自分の誕生日を入力しておけば当日好感度の高いキャラから祝って貰える的な記述を攻略サイトで見た。

 は、はぁ……俺、このままだとモロにそのシステム通りの動きをしてしまう感じ?

 い、いやいや、誕生日は祝って差し上げるべきだろう、なぁ?

 だ、だがしかしレオと同じ誕生日だと、アレだ。

 とてもパーティーは開けない。

 さすがに今年は王太子として誕生日パーティーは開くはずだ。

 ……思えば一昨年は監禁。

 去年は「増税してみんなお金ないでしょ」と配慮して自粛。

 あいつの誕生日、あまりまともに祝ってやってない。

 城で行われるのなら、真凛様様のお誕生日はリース家の別邸で前日にでも行うか。

 お嬢様とケリーに話をしておこう。

 今回のように連続パーティーにはなるが、別邸のものと学園ホールのもの、城のものでは規模も何もかもが違う。

 真凛様もきっとアットホームな誕生日パーティーを好まれると思うし、その方向で進めてみるか。


「あ、あのー、それでヴィンセントさんは……あの、髪の長さにこだわりとかあるんですか?」

「俺ですか? 特にないですね」


 というか、俺の場合ゲームの影響が特に強めに現れているのが容姿のようなのだ。

 主に右側のもみあげは切ってもなぜかすぐ伸びる。

 そこだけ伸びる速さがおかしい。

 ので、諦めた。

 多分ゲームのキャラデザが右毛長めになってるんだろう。

 そういえばエディンも左側長くなってるし。

 ………………。

 え? なんで俺とエディンがシンメトリーみたいな扱い? きっしょっ!


「……あの……わ、わたしの髪は、そのどうでしょうか」

「え? …………。はっ! し、失礼しました!」


 真凛様の髪の話でしたか!

 も、申し訳ない!

 ……そ、そうか、俺のこういうところがダメなのか、そうか。


「……え、えーと……」


 しかしどう返事をしたらいいのだろう?

 いいと思います?

 いや、さすがにそれは俺でもアホだと思う。

 どこが良いのかをきちんと説明しなければ。

 ……でも、真凛様の髪は短かろうが長かろうが良く似合っていると思うし……。


「真凛様の御髪は、そうですね……優しい、深いワインのような色、または明るい朝焼けの色のようであり、紫がかった神秘的な夕暮れのようですね」

「えっ」

「グラデーションが美しく、星をまぶしたような艶、真凛様が動く度にふわふわと動くところは空に浮かび風に遊ばれる雲のようでつい、触れてみたくなります。触れればきっとさらりと俺の手からは流れ落ちてたやすく捕まってなどくれないのでしょうが、それならばもう一度触れて捕まえてみたいと思わせる」

「……っ、あ! あの!」

「あ、はい。ですから、今の長さも大変よくお似合いだと思います。好みで言えば確かにもう少し長くともよろしいかと思いますが……」


 リント様もお嬢様も長いので。

 しかし、まあ、真凛様の長さも十分可愛らしいと思う。


「そうですね、もう少し御髪が長くなりましたら……是非俺に髪の方を色々セットさせてください」


 お嬢様のセットはお嬢様が王妃になったらさせてもらえなくなるだろうし。

 ……せめてクレイがもっと頻繁にブラッシングとかさせてくれれば良いのに。


「?」


 ん?

 真凛様がなぜかとても真っ赤に……なぜだ?


「……あ、お嫌ですか?」

「い、い、いえ、あの、そ、そうですね、あの……わ、わたしも、あの……ヴィンセントさんに、なら……してもらいたい、です……」

「……………………」


 赤い顔の真凛様。

 絞り出すように上擦った声。

 いや、まあ、うん…………これはどうした事だろうな?

 そのー……とても、とても、可愛い。

 可愛すぎる。

 俺の顔もなぜだかとてつもなく熱くなる……この現象は一体……?


「…………え、ええと、ま、参りましょう……」

「は、はい」


 え?

 真凛様が今日も可愛い。

 とても可愛いな?

 んん?

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