今年も波乱の『女神祭』【後編】

 


 入場と同時にお辞儀をして、真っ直ぐに王家の方にご挨拶をする。

 すっかり完璧になったその流れと所作。

 うーむ、素晴らしい。

 素晴らしいです、真凛様。完璧です。

 お嬢様もレオの隣できちんと婚約者らしくしておられるし……それはやはり、どこか寂しいのだけど……。


「楽しんでいってね、巫女。君が楽しむ事がエメの力にも大きく影響するから」

「はい、ありがとうございます、レオハール様」


 レオの顔がずいぶんゆるい!

 ……果たしてどれだけの人間が気付いているだろう?

 レオの笑顔もまた、うちのお嬢様の無表情並みに質が異なる事がある。

 俺もこの二年でだいぶ違いが分かるようになったが、今日の笑顔はとても……ゆるい。

 いや、デレデレと言っても良いレベル。

 なにか良い事があったんだろうなぁ、と眺めていると、横を振り向いてお嬢様とほんの一瞬見つめ合い、微笑みかける。

 お嬢様が恥ずかしそうに頬を染めて顔を逸らすと、にまにまとまた頬を緩めているので……お嬢様関係っぽい。

 なんだろう?

 いや、二人の仲が多少進展してくれたのなら喜ばしいんじゃないか?

 …………ああ、そういえば開場前にお嬢様がエディンやスティーブン様に色々と相談していたな。

 それの効果だろうか?

 レオの眼差しがいつにも増して優しい。

 いやー、イケメンが過ぎやしないか。

 カッコよすぎだろう、アイツ。

 さすが不動のNo. 1。


「……では、真凛様」

「は、はい」


 不思議だな。

 複雑は複雑なままなのだが、今は『お嬢様はレオに任せておけば大丈夫』という安心感が強い。

 真凛様に手を伸ばし、エスコートしてそこから離れる。

 社交場である以上、あちこち挨拶回りは必要となるのだが、今の真凛様は貴族たちの方から話しかけてくるので俺はそのあしらいの補佐に回る事にした。

 昨日もアミューリアの生徒の何人かとは挨拶しているので、今日はやや遠い地方の貴族たち。

 ん、入口よりやや左の方向にはクレイたちもいるな。

 うんうん、メグもすっかりドレスでクレイの横に立つ姿が板についてきたものだ。

 ああ、メグには大きなパーティーでは出来るだけクレイのパートナーとして参加してくれるように頼んでいる。

 男女で参加した方が色々都合が良い。

 もちろん、ヘンリエッタ嬢の攻略知識とケリーの策略、アンジュの裏工作、俺の圧などなどの努力の結果だ。

 それに、メグだって着飾ればちゃんと可愛くなるんだし……クレイもそれでメグにどんどん攻略されてくれればみんな幸せだろう!

 あの二人も早く上手くいって欲しいものである。

 いやはや、それにしてもすっかり淑女らしい立ち居振る舞いが出来るようになっている真凛様は、しっかりした受け答えと笑顔で声を掛けてくる貴族たちへ対応して見せた。

 いや、実に素晴らしい。

 相手のお名前などはまだ微妙なのでそこは俺がサポートするけれど……。

 たった一年でこれほど淑女らしくなるなんてお嬢様やヘンリエッタ嬢、アンジュの指南もあっただろうが何よりも真凛様ご自身の努力の賜物だろう。

 ……俺の知らないところで淑女の訓練も……。

 戦争の訓練もあったのに、一体どれほど努力されたのだろうか。

 本当なら、高校に入学して……普通の女の子として平和な日々を過ごしていただろうに。


「……真凛様、そういえば……まだ蜂蜜茶を試飲しておられないのでは?」

「蜂蜜茶、ですか?」

「はい、実は蜂蜜茶はリース家の特産品の一つなのです」


 人がわずかに途切れた瞬間を狙い、真凛様を少し休ませる事にした。

 しておいた方がいい挨拶はあらかた終わっているし、あとはエディンやスティーブン様のご両親に会っておいた方が良いかなとは思うがあちらは王家に次ぐ大人気だからな。

 まだ人が去る気配がないのだ。

 こちらから出向いた方が良いはずだし、少し時間を置いた方があちらさんも休む時間が出来て良いだろう。


「…………」


 エディンの家で思い出すのは『王誕祭』。

 ……さすがに今日はユリフィエ様は現れない、はず。

 え、来ないよな?

 エディンとシェイラさんが「やりたくはなかったが部屋に閉じ込める事になる」と事前に教えてくれたし。

 あ、ああ、うん、それは本当に、本当ならやりたくなかった最終手段だよなぁ。

 ディリエアス邸の使用人総出で監視、という事なので多分今回は大丈夫……。


「ヴィンセントさん?」

「失礼しました。こちらですよ」

「! 綺麗な色……」


 琥珀色のお茶が、ガラスのコップに注がれている。

 蜂蜜を入れた時に出来る歪みがシャンデリアの光で煌めく波のように見えるのだ。

 まあ、あまりまじまじ見る方もいないので、ほとんどの人は気付かないのだが……。

 真凛様はしっかり気付いたらしい。

 さすが。


「……頂きます。…………ふぁ……甘くって美味しい……!」

「ホットもございますよ」


 冬場は暖炉や火鉢もホールのあちこちに用意される。

 もちろんちゃんと柵付き。

 多分この国ならではだろうなぁ。

 二階テラスが開放されているので一酸化炭素中毒にはならないが、香水や木炭の香りが入り混じってる意味ではいれたものではない空間になってきている。

 俺はこの世界に生まれて間もなく十九年になるので慣れたものだが、真凛様は大丈夫だろうか?

 ……火鉢とかないと寒いのは去年の冬に召喚されて来たのでご存じとは思うが。

 つーか火鉢……いや、ストーブは煙が出るから仕方ないんだけど……火鉢……。

 今更だが違和感を覚えて来た。

 壁に設置してある暖炉は分かるんだが。

 いや、この火鉢に関して違和感を覚えて来たのは……あれだろうか?

 真凛様といる事で前世を思い出す機会が増えたせいだろうか。

 火鉢があるのも雷蓮が五百年前に一つの生活技法として遺したもの……のような気がする。

 なんというか、この国は寒い。

 体の弱いクレースが、少しでも暖かく過ごせるように————。


「……………………」


 ……あれ?

 俺なんでそんな事知って……?

 つーか、あの豪快な性格のクレースが、病弱?

 あ、ああ、エメリエラの、魔宝石の力で老いを止めて百五十年も生きたんだ。

 でも、本当は体が弱かった。

 初代の戦巫女になって、隷属でボロボロになった人間族をまとめあげて女王になり……身も心もボロボロになりながら先頭を歩き続けたクレースを……。


「ヴィンセントさんは飲まないんですか?」

「あ、は、はい、頂きます」


 真凛様からありがたくコップを受け取り、中身を流し込む。

 一気に。

 驚かれたが仕方ない。

 動揺しているのだ、俺は。



 ——『私は貴女のものにはなりませんよ』

 ——『ああ、構わないよ。アタシはこの国の為に……』



 そんな会話が頭の中で、声まで付いて再生された。

 これは『記憶』だろう。

 なんだろう、胸の奥がチクチクとする。

 息苦しい。

 城にいるせいで、クレースの影響が出ているのだろうか?

 なんなんだよ、今のは……。

 お互い手を重ね合いながら、笑いながら、彼女を拒否するような、それを甘受するような会話。

 クレースはなぜそんな風に言いながら『あいつ』の腕に頭を預けたのだろう。

 あれでは、まるで……『あいつ』を頼りにしているような……。

 いや、まあ、確かに人外レベルな強さだったのは俺も感じる。

 戦争で一人無傷だったと言うのだから化け物確定なのだろう。

 でも、なんかそう言うんではなくて……。


「い、一気飲み!? 喉渇いてたんですか?」

「か、渇いてたみたいです」


 甘い味わいが五臓六腑に染み渡る!

 もう一杯お代わりしてしまおうか……。


「え? お、おい、あれ……」

「? え?」

「あ、あれって……」


 使用人を探そうかと顔をあげる。

 すると、なにやら騒ついているのに気が付いた。

 胸がスゥ、と冷めた感覚を覚える。

 え? な、何? ちょっと待って欲しい。

 口の中が血の味……。


「?」

「まさか……あれは……!」


 入り口から数人のアミューリアの生徒を引き連れて現れたのは、純白を基調としたデザインに紫色のレースをふんだんにあしらえたドレス姿の……マリー、だと!?

 は、はあ!?

 なんで! 兵士たちは何を!?


「え? マリーちゃん!?」

「真凛様、しばし失礼!」

「わ、わたしも行きます!」


 人をかき分け、なんとか止めようとする。

 だが、まるで「もうお前らは必要もない」と言わんばかりに閉じた扇で口元を隠し、俺たちを一瞥したマリー。

 その両脇を三人の男子学生貴族がガードしていて、一体この小娘は何様だ状態である。

 兵たちはマジで何を、と思い入り口を見れば無言で入り込もうとする半魚人!?

 で、デカくねぇ!?

 あの大きな出入り口を半分程占めている、約二メートル越えのそいつを入れないようにするのに兵士たちは必死になっている。

 ディリエアス公爵も指揮のほうに戻る騒ぎだ。


「あれは!?」

「どけ! 俺が対処する! 人間族には無理だ! ニコライ!」

「あたしも!」

「クレイ! メグ!」


 ニコライめ、また勝手に入り込んでいたな?

 いや、確かにあの亜人はちょっと普通ではない。

 ここはクレイたちに任せよう!

 俺は——!


「マリー! どこへ行く気だ!」

「マリーちゃん!」


 俺と真凛様の声など完全無視。

 真っ直ぐに王族のいる玉座へ……。

 貴族たちは何かその異様な状況にわざわざ道を開いていく。

 いやいや、止めてくれよ!


「お父様!」


 玉座の前まで来て、マリーが両手を広げて甘えた声を上げる。


「……はあ?」


 思わず声が出た。

 いや、出るだろう。

 レオの顔は珍しく強張っており、エディンとマーシャがレオとお嬢様の二人を庇うように立つ。

 玉座に座る国王バルニールと、その隣に座るルティナ妃。

 二人が無表情のままマリーを見下ろしている。

 会場内が凍りついた。

 暖炉や火鉢の火が消えたかのようだ。


「ただいま戻りましたわ! お父様!」


 ……き、気でも狂ったのだろうか。

 それとも誰かに……周りの貴族たちに騙されているのか?

 いやいや、だとしてもありえない!

 隣にはルティナ妃がいるんだぞ!?

 前々からこっちの予想の斜め上をいくお嬢さんだったが、その悪癖まだ治ってないのか!?

 クレイたちが入り口の半魚人を押さえてくれたおかげで兵が集まり始める。

 下手をしたら、この場で極刑も……。


「おぉ、よく戻ったマリーよ」

「ええ、待ってわよ」

「? ……え? へ、陛下? ルティナ様?」

「さあ、こっちにおいで。顔をよく見せておくれ」


 レオが震えた声で陛下を見上げる。

 お嬢様やエディンも困惑してマリーと陛下を見比べた。

 …………。

 ん? はあ? え? ……なん、っ……?


「なん、だと……?」


 き、聞き間違いか?

 いや、マリーは真っ直ぐに階段を登る。

 そして両手を広げて陛下に抱き着いた。


「幻覚……?」


 どういう状況?

 え? いや、マジで、なんだこれは。


「ああ、皆に紹介しよう。我が新しい娘、マリー・クレース・ウェンディールである! 手続きが遅れたが今宵、ようやくそれも終わり、無事に王家の一員として迎える事が出来た! 祝え! 今日は祭りである! 我が新しき娘に女神の祝福を!」

「さあ、皆に飲み物を!」


 ルティナ妃まで立ち上がって使用人たちに声をかける。

 困惑しているのは俺たち……いや招待客ばかりか?

 城の使用人たちはすぐに用意した飲み物を客に配り始めた。

 思わず受け取ってしまうが、陛下が自分の飲み物を掲げて「マリーへ乾杯!」と叫ぶ。

 ルティナ妃も笑顔でそれに続いた。

 そ、そうなると客も続く他ない。

 一体何が……どうなってる?


「…………」

「レオハール様……」

「ど、どうなっている、レオ」

「……わ、分からない……僕も何も……!」


 首を振るレオ。

 陛下の膝の上でニコニコと笑うマリー。

 違和感が半端ないが、違和感といえば陛下は今日、マーシャを側に置いていなかったのに気が付いた。

 あれだけ毎回、執拗に会いたがっていたマーシャを……。

 その代わりマリーを膝に座らせて上機嫌にニコニコしている。

 これは……!


「……メロティスのようだな」

「クレイ」


 隣に来ていたクレイ。

 思わず入り口の方を振り返ると、あのどでかい半魚人はいなくなっている。

 クレイが「闇魔法で暗示を解いた」と小声で呟く。

 つまり、この事態は……。


「でも、なんで……」

「さあな……。だが今は、迂闊に動くのは危険のようだ。国王たちが人質に取られている」

「!」


 玉座に座る王と王妃、そして王の膝を独占するマリー。

 脳裏に蘇るのは……去年、『王墓の檻』でぺらぺらの皮になったクレアメイド長。

 ゾッとした。

 声も出せない程に。


「…………退こう」

「……」

「……は、はい」


 辛うじて絞り出した言葉。

 レオを見る。

 あのクレアメイド長の姿を思い出したら、クレイの言う通り迂闊に動けない。

 なにより……あれと同じ光景を真凛様には、絶対に見せたくない……!

 レオたちにも目配せして、俺たちは一旦会場を去る事にした。

 とにかく一度みんなと話して……。


「レオハール、お前もここに」

「! ……、……は、はい。ローナ、また後で」

「レオハール様……」

「エディン」

「……分かった。行くぞマーシャ、ローナを連れてこい」

「は、はい、だよ」


 ……レ、レオは陛下に取っ捕まったか。

 まあ、王太子だからな……。

 とりあえず頷き合って、お嬢様とマーシャはしっかり確保。

 マーシャを、確保出来た。

 やはり、おかしい。


「……例の半妖精か」

「多分な」

「意図が分からん。一度態勢を整えた方がいい。俺も同胞たちを集めてくる」

「頼む、クレイ」


 メロティス……マジでどういうつもりだ。

 いや、それもだが……まさか、マリー……お前……、お前も……もう、すでに?


「…………すぐにリース領に人をやって調べよう」

「何をだ?」

「……マリーの無事をだ」


 クレイとエディンにだけ聞こえるように話した。

 それだけで、二人は察してくれる。

『王墓の檻』でを見ているからだろう……。

 その可能性に思い至って、二人とも苦い顔をした。

 ああ、本当、ムカつくなぁ。

 なんで、お前の無事をこんなにも祈らなきゃならないんだよ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る