今年も波乱の『女神祭』【前編】



「むう〜〜〜〜っ」

「膨れるな」


ごすっ、と脳天に軽いチョップをかます。

頰を膨らますマーシャがやきもちを妬く相手は、果たしてお嬢様かエディンか……どちらなのだろう?

まあ、どっちにしても『恋愛相談中』なので邪魔するのは野暮である。

それに、その横にはスティーブン様もいるし……ん? スティーブン様がいる? という事は……?


「こんばんは、ライナス様。ライナス様も締め出しですか?」

「うっ! い、いや、締め出されたわけでは……」

「はぁ、まあ、そうでしょうけれど……」

「こんばんは、ライナス様!」

「ああ、ご機嫌よう、マーシャ。淑女姿が板に付いてきたな」

「えへへへへ!」

「ライナス様、調子付かせないでください。まだまだ危なっかしいのですから」


案の定、待合ホールの隅にライナス様が深刻な顔で座っておられた。

本日の『女神祭』。

例年通り城でパーティーが行われる。

昨夜もお嬢様のお誕生日パーティーだったので、連日のパーティー参加は骨が折れるのだが……これが終われば明日はゆっくり休めるしな。

そう、ゆっくり……ゆっくりお嬢様のお店の開店準備に勤しめる!

お嬢様には執事の仕事を禁止されているが、店の方の準備は禁止されてないのでめちゃくちゃ頑張るぞぅ!

……こほん、ではなく。


「ん? そういえばヴィンセントは……巫女殿と一緒に入場するのではないのか?」

「え」


俺とマーシャが一緒にいたのでそんな事を聞いてきたのだろうが、ライナス様の口からなんの躊躇もなく出た名前に目を見開いた。

他ならぬライナス様だ。

分かるだろうか。

それを言ってきたのがライナス様なのだ。


「……、……え、ええと、そ、それはあの……」

「そーいえばマリンまだ来てねぇなぁ?」

「…………」

「ひっ!」


なぜ?

いつから真凛様を呼び捨てに?

マーシャァァァアァ……!


「ヴィンセント、顔! 顔が怖いぞ!」

「これは失礼しました。…………で? マーシャ、なんでお前は真凜様を呼び捨てに?」

「な、仲良くなったからだよ〜! 最初は……あんまり好きじゃなかったけど……い、色々話してたら、友達になったんさぁ!」

「ぬぅ」


ヘンリエッタ嬢、こと佐藤さんが「マーシャはローナよりも攻略難易度低めなのよね」って仰っていたから、つまり攻略された、という事か?

まあ、真凜様の誠実なお人柄ならばむしろ当然と言えるがな!

しかし、そうか……どことなく当たりが強かったマーシャが、真凜様と友達に……。


「そうか……」


それなら、まあ……。


「…………」

「? なんだ?」


なぜか驚いた顔をされる。

マーシャだけでなくライナス様にまで。

なんだ?


「…………」


で、次にマーシャは膨れっ面。

だから、一体なんだ?

首を傾げるとライナス様に笑われる。

え? ほ、本当になんなんだ!?


「そうか、ヴィンセントもついに……!」

「な、なんなのですか?」


ライナス様に微笑ましいものを見るような目で眺められるような覚えはないのだが!

……一体俺はどんな顔をしたというのだろう?

頰を揉んでみるが、鏡がないので確認出来ない。


「で、その巫女は今どこに?」

「ああ、真凜様でしたらヘンリエッタ様とアンジュに新しいメイドの紹介をしてもらっていますね」


……今回のメイドは残念ながらというべきか、マリーより質が下だという。

今回は事前に顔合わせさせてもらったのだが、多分モブ。

ゲームに無関係な人たちのようだ。

まあ、その辺りはヘンリエッタ嬢が確認済みなのだが……って、おや?


「ルーク?」

「あ、あぁ、お、お義兄さん、良かったです……あのあの」

「落ち着け、どうした?」


お嬢様の誕生日パーティーの準備などで、俺の代わりに忙しく走り回っていたルーク。

今日はアミューリアの生徒……招待客としてタキシード姿だ。

こう、いまいち垢抜けてない感じがして、どちらかと言うと可愛いイメージが出てしまっているが……それがルークらしくて良いのだろう。

しかしやけに慌ててどうしたんだ?

何かトラブルだろうか?


「……実は、最近リニム・セレスティ様とご一緒する機会が多かったのですが……」

「!」


ああ、あのどすこ……んん……やや贅肉が多目に付いておられる方か。

去年の『星降りの夜』に、婚約破棄を言い渡されていたな。

確か学年はマーシャ、ラスティと同じ一年生のはず。

二年のルークとは、本来ならあまり接点はない。

しかし、リニム・セレスティ嬢はセントラル南区の新しい領主家の令嬢。

以前の領主家、オークランド侯爵家は様々な不正が明るみとなりお取り潰しとなった。

そしてルークは、その前当主だった方の息子……まあ、最初の奥さんはすでに亡くなっていて、その生写しのようなメイドに出会ってしまい恋に落ち……というなかなかにロマンチックなドラマがあったらしいがそこは割愛するとして。

つまりルークは『記憶継承』が如実に現れる王家に近い侯爵家の出身だったのだ。

そんな生まれと事情もあり、次の領主家であるリニム・セレスティ嬢との交流があっても……うん、まあ、不思議ではないか。


「で?」

「はい、あの、実はそれで……リニム様を本日、エスコートする約束を致しまして……」

「…………。……? え? なんて?」


え?

聞き間違い?

ルークが? リニム・セレスティ嬢を?

は? エスコートするって言った?


「な、なぜそんな話に!?」

「リニム様はまだ婚約者がお決まりでなくて……ここ一年、ずっとパーティーでお一人きりだったそうなんです。あんなにダイエットを頑張っていらしたのに……」

「え? ダイエット?」


してたの?

あのどすこい令嬢が?

そりゃ、健康面で考えても絶対ダイエットした方がいいと思うけれども。


「はい。ぼく、ずっとお手伝いしていました。とってもお痩せになったんですよ、リニム様!」

「へ、へー……?」

「それで、何を困っていたのだ?」


俺の代わりに話を促してくれたのはライナス様だ。

ライナス様も従兄弟たちがあんななので歳下相手だと兄貴っぽい。

って、ルークの兄貴は俺だ!

その役目はいくらライナス様でも渡さんぞ!


「あ、あの、はい、その……ぼく、まだパーティーで女性をエスコートした経験がなくて……」

「え? そうだったべさ?」

「マーシャ、訛ってるぞ」

「ん、んぐっ」

「も、もう無理に直させなくても良いのではないか?」

「ライナス様、甘やかさないでください。これでも一応王族なのです」

「うっ、そ、そうか」


話が逸れた。

ルークが令嬢のエスコート慣れしていない話、だったよな。

まあ、確かに……。

ルークがこれまでエスコートしてきた相手といえば、マーシャやメグ辺りか。

うん、令嬢枠ではないな!


「リニム様は婚約破棄をされてしまってから、ほとんど社交場にも出られなくなってしまったのです。頑張ってダイエットなさって、ようやくとても素敵になられて……今日、リニム様は人生が変わるかもしれなくて……。けれど、そんな大切な日のエスコートをぼく……」

「お前が買って出たのか?」

「……い、いえ、リニム様に頼まれて……」


ふーん。

なんか少し意外な気もするが別に良いんじゃ、と口を開きかけた俺の鳩尾をマーシャが肘でど突く。

グェッとなんか変な声出た。


「な、なんてごっ」


グーで腹パン!?

なんて事しやがるんだこの異母妹。

あまりに見事に決まった為、その場に腹を抱えて膝を付いた。


「な、なぜ!? マーシャ、なぜヴィンセントを!?」

「その話、義兄さんじゃあ力不足ださ」

「な、なるほど!?」


ライナス様ぁ!

納得するの早すぎやしませんかねぇ!?


「そりゃあもちろんルークがリニム様をエスコートすると良いだよ! 慣れてねーとかそんなの関係ねぇさ!」

「え、で、でも……」

「リニム様はルークに! エスコートして欲しいんだべ! だからルークはしっかりリニム様のお側さいてあげれば良いんださ!」

「…………。ぼくでいいんでしょうか……」


マーシャの奴は、一体何を言っているんだ?

っていうか、今どんな話になってるんだ?

ただルークがアテのないリニム嬢をエスコートするだけの話だよな?

ん? 違う?

あれ? 話についていけてないの俺だけ?


「っていうか、そんな事言うって事はルーク満更でもねーんだべ? んなそれでええんさ!」

「! ……そう、そうで、すね……はい、ぼく、分不相応ですが……頑張ってみます……」

「がんばれー!」


マーシャが両手を挙げてルークを応援。

ルークもなにやらすっきりした顔をして、お辞儀して去っていく。

んー……?


「ライナス様、今の流れが良く理解出来なかったのですが」

「俺もよく分からなかった」

「…………」


と、顔を見合わせていたらマーシャにすごい顔で見下された。

しかし、俺とライナス様が良く理解出来なかった、という事は逆に考えて……!


「まさか! ルークがあのどすこい令嬢を!?」

「え! 義兄さんがそこに気付いた!?」

「俺が分からないと言ったらつまりそういう事だろう!?」

「……、……うん……そうだね……」


……引くな……。

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