好感度を上げるのです、お嬢様!
はあ、と溜息を吐く。
ルークの優秀さには、なんというか素直に賞賛を贈りたい。
まさか本当にほぼ一人でお嬢様の誕生日パーティーの準備を手配してしまうとは。
……そう、十月三十日はお嬢様の誕生日。
しかしその日はお城で『女神祭』のパーティーが行われ、アミューリアの生徒は招待されるのでお嬢様のお誕生日パーティーは前日二十九日に行われる。
去年のうちに十月二十九日のダンスホールは確保しておいたが、その後の準備をルークは一人でやり遂げた。
俺が仕事を禁止されていなければ、俺が数ヶ月掛けて城のパーティーにも引けを取らないすんごい感じにしたかったのだがっ!
残念だ……実に残念だ……。
だが——
「本当に恐ろしい速度で開店準備が整ってしまったわね……」
「女子寮の皆様のご協力あっての事ですね」
パーティーが始まる前にお嬢様に手渡したのは美容品店のチラシと資料。
資料の内容は女子寮の皆様が手伝ってくれた内容。
主にデータ集めだな。
お陰で『万人向け』『肌の弱い人向け』『そばかす消し』『オーダーメイド』の四種類が最も必要とされていると分かった。
中でも『そばかす消し』の人気は絶大。
すでに周辺貴族のご婦人方からも予約やサンプル提供の声が集まり始めている。
「むしろ開店日を早めて欲しいというお声が多数でして」
「うっ。分かりました。来月の……そ、そうね、は、二十日にしましょう」
「二十日ですか。そうですね………………」
なぜその日?
とも思ったか思い浮かべたカレンダーでなんか、こう、うん。
「……………………そうですね」
偶然だろうか?
お嬢様のお誕生日とレオの誕生日の間、ど真ん中の日のような?
お嬢様のお顔……いや、首まで赤いのは、まさか……。
くっ、複雑!
うちのお嬢様が完全に恋する乙女で愛らしくて複雑!
だがしかし!
俺の人生はお嬢様の幸せの為にある!
お嬢様が恋して幸せならば言う事はない!
「ところでお嬢様、そちらはそのように展開していくとして、次にこちらをご覧ください」
「? なぁに? ………………」
ムッチャジト目で睨み上げられた。
だがそれに屈する俺ではない。
見慣れているので怖くもない。
ははは、むしろご褒美……んんんんん。
「誰の発案かしら」
「全てはお嬢様が次期王妃として人心を集める為です」
「ヴィニー、気持ちはありがたいけれど、こんな事ばかりしていて表面上だけの人気を集めても意味はないわ」
「む……」
正論です、お嬢様。
しかし……時間がないのだ。
ケリールートのお嬢様の『破滅エンド』は不特定多数の令嬢たちによる陰湿な情報操作。
なにがひどいって、例え真凛様やケリーが否定しても陛下の一声でそれが強行されかねない。
ゲームでは
ケリールートの『トゥルーエンド』では
そりゃ今はレオの婚約者なのでそんな事にはならないだろうが、ケリールートの……なぜかその毒殺エンドの兆しがある以上、打てる手は全て打つ。
そして、原因となる不特定多数のご令嬢が特定出来たら、その時は……クククッ……。
はっ! いかんいかん、まだ特定は出来ていなかったな。
「しかし、表面上の人気も人気のうちです。無駄な敵愾心を集めるよりは余程よろしいかと」
「それは……」
「お嬢様が命じてくだされば、ご令嬢たちの裏の調査も行うのですが」
「そうね、それが本来の侍女の役目なのよね……」
頰に手を当てて溜息を吐くお嬢様。
……マーシャには無理だろう、誰がどう考えても。
アンジュに弟子入りしたところで無理だろ。
「そういう事でしたら!」
「「ひっ」」
「私がお力になりましょう、ローナ様」
「「ス、スティーブン様」」
本日も大変良くお似合いな、淡い水色のドレスを纏っていたスティーブン様。
近付いてきていたのは気付いてたけどそんな力一杯声掛けられるとは思わなかったよ、びっくりしたぁ。
というか、会場入り早くありませんか。
ライナス様といらっしゃるのだとばかり……。
と、周りを確認すると音楽団と会話するハミュエラ。
の、脇に心配そうにしているライナス様とアルトとラスティを見つけた。
なんかはらはらしてる。
……なるほど、ルークは人望があるからなぁ、餌付けで……色んなところの色んなプロフェッショナルをタラし込んできたわけか。
さすがだぜ、我が義弟ながら感服する。
「ど、どういう意味でしょうか?」
「とりあえずこちらをご覧ください」
「?」
手渡されたのは本?
いや、本の表紙に挟まれた紙の束。
本に擬態してる報告書、といったところか。
それに目を通していくお嬢様は、段々肩が落ちていく……ような?
「お嬢様?」
「ス……スティーブン様……これは……」
「ふふふ、私としてもローナ様とレオ様のご婚姻は大変望ましいのです。なので全力で応援させて頂こうかと思いまして、情報を集めておりました」
やばい、忘れてたわけじゃないけどそういえばそうだった。
この人の情報網何かがおかしいんだった。
一体お嬢様の手に渡された擬態本の中身はなんなのか。
さすがに覗き込むのははしたない。
気にはなるけど……。
「しかしこれは些か……淑女のプライベートな事まで、その、詳しく書かれすぎているような……」
……見ない方が良さげである。
「まあ、ローナ様。ローナ様も商売は心得がありますでしょう?」
「もちろんですが……」
「困っているところを助けて差し上げれば良いだけです。それとなく……ね?」
……なるほど、ろくなものではなさそう。
しかしスティーブン様は大切な事を一つお忘れだ。
「スティーブン様」
「なんですか、ヴィンセント」
「……あまり申し上げたくはないのですが……うちのお嬢様は演技が下手です」
「…………それを失念しておりました」
やはり……。
お嬢様、睨んでも無駄です。
なぜならお嬢様が大根なのは周知の事実。
知らないのはお嬢様と親しくない人間だけです。
……ああ、ヘンリエッタ嬢やメグ辺りもまだ知らないか?
一年生の時の、あのエディンに口説かれるフリをしなければならなかったお嬢様の……演技のど下手くそさを!
「なんとかさりげなく出来ないものでしょうか? ねえ、ローナ様」
「……皆様、お困りである事に変わりはありませんのね?」
「ええ。一応私の方で思いつく最良の対処法を書かせて頂きました。その後のアフターケアなどが必要なく、かつ、彼女たちにとっても悪い話ではないかと。それと、婚期に関して悩んでおられる方々には事故物件以外で相性が良さそうな殿方をリストアップしておりますので」
「…………」
だ、大分余計なお世話感が漂っているなぁ。
「検討してみてください。次期王妃として、家臣となる者たちの状況把握も大切な事です」
「! ……ええ、それは……」
「では、私は一度待合ホールの方に戻って後ほど正式に入場してご挨拶に伺いますので」
「はい、ありがとうございます」
軽く会釈してライナス様のところへと戻られる。
堂々としていて実にお美しい。
お嬢様だって今日は少し大人びたメイクでいつも以上にお美しいが、表情はどこか沈んでおられる。
「わたくし、ルティナ様より日々多くの事を学んでいたつもりだったけれど……やはり王妃教育を受けて来なかったのは響いているわね」
「そういうものですか」
「ええ……ルティナ様も側室になる予定はなかった、ユリフィエ様の体調が優れなくなってから王妃教育を受けるようになり、かなり大変だったとお聞きしたわ。そうあるべきと育てられていなければ、覚えなければならない事が山のようにあるの」
「…………」
それは少し……分かる。
俺もレオに王家の嗜みとして最低限の色々を教わるのだが、最低限の上限が見えない。
お嬢様も俺が学んでいるような量を叩き込まれているのだろうか。
……いや、それもそうか……王太子に嫁ぐ……それは、つまり王家の者になるという事だもんなぁ。
お嬢様は俺よりはまだ歴史のアレコレはお詳しいだろうが、後宮の支配者ともなれば学ぶ事も大分違うだろう。
「お嬢様……」
「ええ、やるしかないわ。この国の為にもそうすると決めたのはわたくしだもの。……例えレオハール様や貴方が戻られなられなくとも、この国とマーシャはわたくしが支えます」
「……っ!」
お嬢様は俺の方を振り向かなかった。
だが、きっぱりとそう言い切った。
あの不安気だったお嬢様が……。
「もちろん、帰って来て頂けるように頑張る事を諦めはしないわ。それは万が一の場合の話よ」
「……は、はい」
「……どちらかと言うとそちらの方がやっぱり難しいような……」
「お嬢様……」
あれですよね、ヘンリエッタ様とケリーが言ってましたけど、お嬢様のそれは『レオに好きになってもらって、お嬢様のところへ帰って来る事を志しとして欲しい』って意味なんですよね。
俺、聞くまでそんな大胆な事を仰っていたのだと気付きませんでした。
頰に手を当てて溜息を吐くお嬢様。
……正直、これ以上レオはお嬢様を好きになるのかなぁ、って感じなんだが……恋愛関係鈍器なので黙ります。
「貴方に相談しても……、……だし」
「…………」
その『間』がさりげなくえげつないですお嬢様。
何も言ってないのに物語りすぎです。
「! パーティーが終わったらエディン様に相談しましょう」
「!」
「ではヴィニー、お店の開店日に関してはこれで行くのでお願いね」
「……かしこまりました」
いや、うん、いいけど。
本来の用件としては開店日だったので。
だが、だがしかし。
「……おのれ、エディン・ディリエアス……!」
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