無茶振り始まりました。

 


「これで『トゥルーエンド』は回避されたわね! あとは『あの方ルート』の『ハッピーエンド』までいっちょっくせぇーーーん! イェーイ!」

「お嬢、あぶねーので座ってください」

「……はぁい」


 さて、昨日俺と真凛様様は『オズワルドルート』の分岐である『鳥の獣人』イベントを勝利して終わらせた。

 これにより『オズワルドルート』は全キャラで最も最低最悪と名高い『オズワルドルートのトゥルーエンド』ではなく、甘々かつ全戦巫女プレイヤーの憧れ、最難関隠れキャラの『ハッピーエンド』ルートへと突入した……らしい。

 しかしながら、俺と真凛様は特に……多分、そんな感じではない。

 隣に座ってはいるものの……このようにソファーの端と端、かなりの距離があり、詰めれば人が二人くらいは座れそうな隙間がある。

 ケリーの眼差しもどことなく冷たい。

 これは、昨日ケリーたちを待っていなかったのに怒っているのか?

 でもあれは仕方ないというか。


「(なんだあの逆にあからさまにお互いを意識しまくってる座り方……)……まあ、いい。とりあえず無事に『鳥の獣人』イベントが終わったわけで、で、次のイベントは? ヘンリ」

「次のイベントはもちろん『女神祭』よ」


『女神祭』……。

 まあ、毎年の事なので改めて説明するまでもないと思うが……『女神祭』は『女神祭』であって『女神祭』のみにあらず。

 その日はうちのお嬢様のお誕生日でもあるのだ。

 そう! うちのお嬢様の!

 十八歳のお誕生日!

 しかし、ヘンリエッタ嬢曰く『女神祭』は恋愛イベントではないらしい。

 一種の通過儀礼。

 そう、『今誰のルートで誰の好感度が高めでしょーっか!』イベント。

 好感度が足りないキャラへアプローチして攻略可能になるように出来たり、すでにルートに入って攻略可能かを確認したり、ルートに入っているのならもう一段階好感度を上げておく事が出来るらしい。

 なぜそんな事を……と思ったらヘンリエッタ嬢は拳を振り上げソファーに片足を掛けた。

 後でアンジュに怒られるやつですよ、それ。


「ルートに入っても! ハッピーエンドに! 四段階種類があるからよ!」

「「「しゅ、種類?」」」

「足を下ろせ」

「はい!」


 アンジュさん、敬語消えてる。

 ほら見た事か、ヘンリエッタ嬢……。

 し、しかし、ハッピーエンドに種類だと?

 それも四段階?

 ど、どういう事?


「ハッピーエンドにも『犬』『猿』『雉』『鬼』があるの」


 …………もう突っ込む気も起きないそのネーミング……。

 だ、だが!

 だがしかし!

 ハッピーエンドの種類においては絶対失敗してる!


「なんだその面倒くさい感じしかないシステム」


 よくぞ言ってくれましたケリー!


「失礼ね! 確かにネーミングはどうかと思うけど……。まあ、簡単に言うと『糖度のレベル』よ! ヒロインたちとのエンディングはわたくしやってないので分かりませんけれど」

「? あのう、ヘンリエッタ様……糖度っていうと……その……もしかしてこ、恋人になった時の……」

「ええ、正解よ巫女様! イチャイチャ甘々度の事よ」

「「…………」」


 や、やはり。

 胸を張って言われると、反応に困る。


「甘々度『鬼』はヤバイのォ……デレデレドロドロでR指定が15で大丈夫〜? って感じなの〜、ふへへへへへへへへ」

「R指定ってなんだ?」

「…………。こほん。さて、話を戻しましょう」


 ケリーの無垢な質問にヘンリエッタ嬢が我に返った。

 思わぬ効果があったものだな!

 ふ、俺とお嬢様の教育の賜物だぜ。


「『女神祭』のイベントは好感度上げに終始していいと思います! 巫女様はすでに隣の人ルートに入って、しかも勝利条件を満たしました。あとはハッピーエンドに進むだけ。ここは糖度『鬼』を目指してパーフェクトにエンディングを迎えるべきです!」


 なんか半分……いや、半分よりもっと? ……ヘンリエッタ嬢——佐藤さんの趣味入ってそうだけどいいんだろうか。

 だ、大体、俺と真凛様は別に恋人というわけではないし……。

 ケリーとヘンリエッタ嬢のように婚約してるわけでもないし。

 ……したいのかと聞かれたら、それは真凛様のご意思が尊重されるべきだと思う。

 真凛様は…………どう思っているのだろう?

 俺と、その、そういうルートに入っている事を。

 嫌ではない、とは言ってくれたが……それは、俺の事を『好き』と言ってくださったのとはまた違うだろうし。

 んん……んん?

 真凛様は俺をどう思っているんだ?

 とりあえず『CROWN』と『お嬢様』の信者という事だけは間違いなく伝わっているはず。

 真凛様は——……。


「!」

「っ!」


 目が合った。

 真凛様も俺の方を見てた?

 い、いや、た、たまたまだろう。

 思わず逸らしてしまったが、きっとたまま、窓の方にでも興味があったのだろう!

 うん、そうに違いない!


「「………………」」

(((なんだこの空気)))


 などとケリーたちが訝しんでいたりによによしている横で俺はきつく目を閉じる。

 い、一度落ち着こう。

 そう、落ち着いて今後の予定、計画を立てるのだ。

 とりあえず『女神祭』だな。


「え、えーと、それで『女神祭』は具体的にどんな事をすれば良いのでしょうか?」

「あら、ヴィンセントはやる事特にないわよ? 貴方攻略対象なんだから当たり前じゃない」

「な、なんとぉ!?」


 こ、こっちでもやる事なしだと!?

 そんな! 無理です!


「仕事は!? 仕事はないんですか!?」

「し、仕事?」

「ああ、ヴィニーは義姉様に仕事禁止されてるからな。戦争の準備に集中するようにって」

「それじゃ仕事しちゃダメじゃねぇですか」

「うっ。い、いや、だから……じゃあせめてお嬢様の破滅エンドに繋がるルートの破壊に関するアレコレを……」

「今のところ何にもないわよ? エディンとの婚約が破棄されてるから、自殺エンドの一つと苦労人エンドは回避済み。スティーブン、ライナス、ハミュたん、アルトん、ラスティ、ルークたん、何でか知らないけどミケーレも……すでにルートが破壊されてるから、エディンと結婚して苦労人エンドも回避。ニコライは元々ローナの破滅エンドに関わりないし、メイン攻略対象のレオ様は悪役姫マリアンヌを追放済み、ケリールートの破滅エンドは美容のお店で貴族好感度を上げて回避の予定。この辺は確かに手を加える必要はあると思うけど、今のところさしたる問題もなく開店を待つばかり。開店すれば成功はほぼ確実だと思うわ。うちのクラスでも『いつ開店するんですか』ってわたくし伝手にローナへ質問が飛び交ってる。むしろそろそろ開店予定日くらい教えて欲しいわ」


 そ、それほどまでに。

 後ろに控えていたアンジュも付け足すように「一年生、二年生のクラスと使用人たちも概ね同様です」と頷く。

 どうやらお嬢様の美容品は口コミで元々高評価だったらしい。

 お、俺の知らない女子寮の世界。


「クレイルートもメグがチャキチャキと順調に攻略中だし! ……あ、クレメグの観察……、ク、クレイルートの方はわたくしに任せて。大丈夫、必ずや二人の幸せを見届けて見せるわ……!」


 ……つまりほぼ趣味ですね。

 ヘンリエッタ嬢って、いや、佐藤さんって時々俺の前世の妹みたいになるな。

 乙女ゲームのプレイヤーってみんなこうなるんだろうか?

 極々一部の特殊性癖であって欲しい。

 いや、なんとなく。とてもなんとなく。

 一、攻略対象としての意見です。


「つまりしばらくは様子見、という事か?」

「そうね、それで良いんじゃないかしら? 意外とゲーム補正力が仕事してるみたいだから、『星降りの夜』にユリフィエ様が立ちはだかってくると思うわ」

「ユリフィエ様が……ですか……」

「やはり複雑そうだな?」

「それは、まあ……」


 さすがに付き合いの長いケリーには見破られるか。

 ユリフィエ様……俺の本当の母。

 週に一度、可能ならディリエアス邸を訪れて一時間程話をしていた。

 俺と話す事で正気を取り戻すのではないか。

 そんな淡い期待を抱きながらの、カウンセリングのようなものだ。

 だが、『王誕祭』でユリフィエ様は『俺』をオズワルドであると見抜いた。

 ありえない。

 ユリフィエ様が正気を失ったのは十八年前。

 俺が産まれて間もなくだ。

 成長過程も見ていないのに、黒髪黒目だからと『俺』をオズワルドと断定するのはDNA鑑定もないこの世界には不可能。

 せいぜい『王家の血筋』を断定する力を持つ女神エメリエラぐらいなものだろう。

 そんな力もないユリフィエ様が『俺』を分かるはずがない。

 それとも……旦那様とローエンスさんのように調べたのだろうか?

 レコルレ町の人には口止めがされているから、当時を知る人に俺の事を調べるのは難しいはずなんだが……。

 それに、どんな伝手が今のあの方にあるというんだ。

 亜人の裏仕事ならニコライから情報が来るはずだし、ディリエアス家ならエディンかシェイラさんで止まるはず。

 もし本当に確信を持って俺をそう呼んだのだとしても、その確信の根拠……ルートが分からん。

 神のお告げとか絶対的に信用出来ないし!


「ユリフィエ様がどうやって俺の事を『オズワルド』と思ったのかは気になっている」

「ああ、それは……確かにそうね? ゲームの補正力だとしても、何かきっかけみたいなものが必要だものね?」

「やはりメロティスでしょうか?」


 ユリフィエ様はメロティスの暗示か何かで、正気を……取り戻しているように見えるだけ、とか……。

 それはそれで腹ァ立つな。


「女神が教えてくれた、みたいな事を言ってましたよね?」

「ええ……ユリフィエ様に助言する女神がいたのでしょうか?」

「それはありえないと思うわ」


 きっぱりと言い切るヘンリエッタ嬢。

 何を根拠に、と続きを促す。


「アミューリアが言っていたの。人間に協力する女神はエメリエラと、彼女を知るティライアスとアミューリア、そしてプリシラのみ! ティライアスは武神がエメリエラに干渉しないように『ウェンディール王国』全体を結界で見張っている。プリシラは城を守護して『記憶継承』の大元となる『クレース』様を護っているんですって。女神は基本的に信仰心のある者の心の中しか移動出来ないから、この国の中でこの国の民に干渉する事が出来るのはこの四女神のみのはず。そして、四女神はそれぞれの役目を全うしているから……」

「確かに女神が関わっているとは考えづらいな」


 ヘンリエッタ嬢の説明にケリーも頷く。

 ……そう、だな。

 各々がすでに重要な役割を担っている。

 それに、女神たちの視点は『人間族の為』に徹しているようだ。


「確かに女神がユリフィエ様に俺が『オズワルド』だと吹き込む理由は……ないな?」

「えぇ、人間族の信仰にオズワルド様の事はぶっちゃけ関係ない。アミューリアも驚いていたくらいだわ。『え、そーなの?』って」

「……女神の話し方って軽いんだな?」

「…………」


 め、目を逸らすの!?


「だが、仮にメロティスとかいう亜人の仕業だとしても『最弱』の人間族の国政を混乱させたところで戦争に影響は出ないだろう? 目的が分からないな?」

「ヴィンセントさんを正式な王子様と認めさせて戦争に行かせなくする、とかでしょうか?」

「それも考えづらいんですよ、巫女どの。王太子であるレオハール様が行くのです。それに、連れて行く人間に関しては巫女殿に一任されているので誰も口出しは出来ないようになっている」

「あ、そうか。ではそれを知らずに……?」

「何にしても情報は足りないし、言い出したのがユリフィエ様である以上突っ込んで調べるのは難しいだろうな。ディリエアス先輩なら自宅に帰って話を聞く事も出来るだろうが……」


 ディリエアス先輩……。

 うちのケリーがエディンを『ディリエアス先輩』と……。

 ふ、複雑だなぁ……。


「それに俺は義姉様に危害がないなら正直どうでもいい」

「そういうやつだよお前は」

(そういうケリーに育てたのは貴方ではないの? 水守くん……)


 何にせよ、じゃあともかくお嬢様のお店の開店を急がせよう。

 戦争が始まるまでもう時間もないし。

 ケリールートの破滅エンドを回避する為に、お嬢様への貴族たちの好感度を更に上げなければ。

 何か追加で手を講じるべきだろうか?

 だが、貴族が喜びそうなもの……うーん?


「……あの、それではあたしの方から提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「許す。なんだ?」


 ……だから、アンジュの忠誠度順位おかしくないか?

 アンジュの主人はヘンリエッタ嬢だろうに。


「ローナ様の好感度を上げる方法の一つに、以前お嬢と巫女様がおっしゃっていた『ケーキバイキング』なるものを採用してはいかがでしょうか?」

「「「え?」」」

「! そうか! それは名案だわ!」


 ケーキバイキング?

 ヘンリエッタ嬢は手を叩いて……ついでに立ち上がってアンジュに膝をなんかされてソファーに座り込む。

 な、なにをされたのか俺にも分からなかった、だと!?

 い、いや、まあ、それはいいや。

 ケーキバイキング……ってあれだよな?

 ケーキ屋さんが売り上げの少ない時間帯に食事スペースを開放して売れ残りが出ないように、ケーキ食べ放題をやる……。

 ほーん?

 確かに甘いもの好きなご令嬢の人気は跳ね上がりそうなものだが……。


「ケーキバイキングってなんだ?」

「ケーキの食べ放題よ! いろんな種類のケーキを好きなだけ食べられるのよ〜っ」

「ふぅん?」


 うん、ケリーにはイマイチ効果が薄いな。

 ではこう考えてもらおう。


「ケリー、お前も知っての通り女子とは甘い物が好きだ」

「そうだな。それの食べ放題か。俺も別に甘い物は嫌いじゃないけど……」

「そして、レオも甘いものが大好きだ」

「…………。なるほど、把握した。それで行こう」

「「え、ええ!?」」


 真凛様とヘンリエッタ嬢は驚いているが、俺とケリーの会話なんでこれだけで十分だ。

 アンジュの前置きもナイスだった。

 というわけで俺の全能力で以って下準備を終わらせる。


「アンジュ」

「かしこまりました、こちらもお任せください」

「ええええ!? な、なにがぁ!?」


 ……若干アンジュもケリーの指示を汲み取れるようになるのが早すぎるような気もしないでもないけど。

 ヘンリエッタ嬢がちょっと可哀想。

 うん、土地、店舗の場所探しだと思うよ。

 美容品店の時に調べたものの中から、飲食店に使えそうなやつを探し出して確保するのはアンジュが適任。

 元商家のリエラフィース家のメイドともなれば、材料のルート確保も難しくないだろうしな。

 そして俺は前回同様諸々の手配。

 加わるのはケーキのレシピだ。

 お嬢様やレオが甘いもの好きなのでケーキのレシピはこれまで様々なものを考案してきた。

 それを整理して、作れるパティシエに提供する。

 もちろんパティシエも探さねばならんだろう。

 だがその辺にはアテがある。

 一昨年、城からクビになって実家に戻り、未だあぶれている料理人やパティシエを探せばいい。

 王族はもうこりごりでも王都で自分の店を持ちたい者は、必ずいるはずだ。


「さて、では最後の一押しはレオハール殿下に任せるとして……まずは美容品店をサクッと開店してもらうとしよう。『女神祭』の前がいいのだが……義姉様にせっついておくか」

「そうだな」

「あ……そ、それもいいけど! ヴィンセントは巫女様ときちんとデートとかして絆を深め合うのよ!」

「っ」

「デッ!」


 無茶言うなぁぁあぁ!


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