VS鳥の獣人

 


 通常剣術【鈴流木流】の『滝登り』。

 地面より刀を振り上げる技。

 以上。


「グッアァァァッ!」


 ただし——『クレースの名』と『記憶継承』持ちの俺が使えばそれなりの威力は出る。

 まして地面には『薄氷』が張っているのだ。

 その氷ごとすくって吹っ飛ばした。

『薄氷』は触れたものにまとわりつく魔法。

 リーダーの鳥は氷と刀の斬撃で両足を『薄氷』についてしまう。

 そのまま倒れ込めば、『薄氷』によって瞬く間に全身が凍り付く。


「あっ、なっ! こ、氷!? ひっ! こ、このっ、剥がれ……!?」

「そのまま窒息してください」

「——っ!!」


 それならば羽毛は血で汚れる事はない。

 他の奴らも同じようにしてやろう。

 氷の中で体温と呼吸を奪われてゆっくりと……。


「ヴィンセントさん!」

「!」


 真凛様の声にハッとする感覚。

 ……また、なんか……俺?

 口を覆う。

 戦うと……いや、鈴流木流を使うと、思想に冒される、のか?

 くっそ、嫌な感じだな……。

 とりあえず呼吸出来るところは刀で割って残しておいてやらぁ!


「く、くそ! リーダーを離せ!」


 えぇ、お前らナチュラルにこいつがリーダーってバラして大丈夫なの?

 一応先遣隊イコール状況的にある程度は隠密じゃないとダメなんじゃないの?

 こ、これが鳥頭!?


「人間風情が調子に乗るな!」


 真ん中にいた鳥が翼の隙間から刃物を覗かせて襲ってくる。

 キン、という甲高い金属音が響く。

 笑う。

 なぜか笑えたのだ。

 横にひと振り。

 それでバランスを崩した鳥その一。

 鳥その二が右から鋭い爪の付いた足でキックしてくるが、刀を持つのは右手だ。

 軽く防いで捻り込み、いなす。

 唇を舌で舐めた。


「くぅっ!」


 寸前のところで『薄氷』には触れずに浮上したようだが、上に登りすぎて結界に頭をぶつけている。

 正面から一羽。

 同じく翼に仕込まれた複数の細い刃物。

 なんか、羽根に隠れて包丁振り回してるみたいだ。

 それを刀で振り払う。

 振り払うと、回転しながら反対の翼が襲ってきた。

 身を屈めて避ける。

 ……意外と大雑把な攻撃。

 クレイの言う通り頭を使う戦法ではない。

 で、右から別な奴が翼に仕込んだ刃で突いてくる。

 身を捻って躱す。

 次は下から、その三が翼を振り上げてきた。

 やや時間差で、しかし連携はギリギリ取れているタイミング。

 首と上体を逸らして避ける。

 その瞬間を狙ったかのように左から別の一羽、真後ろに回り込んだ一羽、前方斜め右から一羽が襲ってきた。

 刀を一度しまう。

 腰を下げて柄を握り締めた。


、抜刀術、地の組『まどか』!」

「!」

「ぎっ!」

「んなっ」


 全方位への電撃で練られた輪を、刀を抜いた勢いを利用して一回転した瞬間に形成。

 そのまま対象の敵に輪の電撃が襲う。

 心臓を貫通すれば人間なら死ぬだろう……人間なら。


「ぐっ! く、くそう!」

「い、いてぇ〜っ。なんだ今の……」


 い、生きてんのかよ。

 さすが獣人。

 距離は出来たが、思った以上にダメージが少ない!

 威力を抑えすぎた……これはもっと容赦なく……それこそ本当に殺す気でやらねばダメかもしれないな。


「な、何してんだテメェら! まずは俺様を助けるのが先決だろう!」

「で、でもリーダー、その氷触るとリーダーみてぇに捕まるんだろう? どうやって助けりゃいいんだよ?」

「え? えーと……」


 そして普通に氷付け(鼻と嘴部分除く)のリーダーと会話しやがって。

 ……次はマジ心臓燃やす勢いで電撃食らわせてやらねばダメだな。


「野郎を倒せばこの訳の分からん空間から解放されるはずだ! あの黒い男の方は氷の上を自由に滑りまくってんじゃねーか!」


 あ、やっと分かったのか。

 いや、それでも見抜くとはさすがリーダー?

 その号令でまた戦闘モードの顔付きになる鳥四羽。

 一羽、二羽とそいつを中心に取り囲まれた。

 ん?

 残り一羽は……。


「! 真凛様!」

「!」


 野郎!

 卑怯な!

 真凛様を襲おうってんなら——!


「わたしは大丈夫です! ヴィンセントさん!」

「死ねぇ!」


 例えそう言われても、守ると決め……え?


「自分の身は、自分で守ります!」


 手をかざす真凛様。

 振りかぶった鳥の身の周りに形成されていく魔力の塊。

 あ、死んだな?


「グエエェッ!」


 ……人間族なら、死んだかな?

 くらいの勢いで鳥の真上から結界が落ちてくる。

『薄氷』の上にべったん、と思いきり叩きつけられた鳥。

 そのまま『薄氷』に内包されてチーン、という効果音が見えたような。


「こ! この小娘!」

「人間の分際で!」


 真凛様、俺の考えていた以上に肝が据わってらっしゃる。

 その様子に、残り三羽がなぜか激昂。

 どうやら『人間の女』という奴らの中で最も最弱中の最弱に仲間がやられた事が信じられなかったらしい。

 フン、お前らも俺同様真凛様を侮りすぎなのだ。

 真凛様に襲い掛かる三馬鹿。

 奴らを狭間にして、俺と真凛様はアイコンタクトして頷き合う。

 ……作戦C、ですね。

 本当にこの作戦を使う事になるとは……俺は少し……かなり、不本意ですが!



 ————貴女を、信じたいと思います。



「ハッピーエンドを目指すって約束したんです。だから……ごめんなさい! エレメタリ・ボックス!」

「「「!?」」」


 三馬鹿の前、左右に真っ白な板のようなものが現れる。

 それが恐ろしい勢いで三馬鹿を閉じ込めた。

 で、急速に後ろにいた俺の方へと吹っ飛んでくる。

 俺は刀をしまって、構えていればいいだけ。

 口元が緩む。


「え! 待ってまさかこれって!」

「や、や、や、やめ……!」

「鈴流祇流抜刀術地の組……」


 次は手加減しない。

 獣人の頑丈さは舐めて掛かれるものではないと学んだ。

 先遣隊の……ヘンリエッタ嬢曰く「オズワルド様ルートで戦う鳥の獣人は獣人部隊の中ではそこそこの雑魚!」でさえこの頑丈さ。

 人間なら死んでいるだろう攻撃も容易く受け止める。

 だから、今度は……人間を消し炭にするつもりで、撃つ。


「雷雨両断」


 嵐の中の雷雨。

 それを断つ技。

 という記述。

 体が覚えているかのように動き、魔力を込めた刀が光速で鞘に戻る。

 雷の、速度。

 体も雷蓮が持ち得た『雷属性』の魔力で人ならざる動きを可能にしてくる。

 これが、雷蓮が得意とした『雷属性』の魔法の一端。

 ……怖ろしきは真凛様の結界。

 この技を食らって傷一つ、皹一つ入らない。

 で、その結界に俺からすると前方左右を包まれていた三馬鹿鳥獣人は血反吐を飛び散らせ、『薄氷』に包まれていく。

 ……ようやく、まともに斬れた……っ!


「拘束完了。はぁ、除菌スプレーでもあれば吹き掛けてやるというのに」

「あ……『斑点熱』の病原体の可能性があるんですっけ」

「はい」

「い、いてぇ」

「痛ぇ、痛ぇよぅ……」

「うえーん、母チャーン」

「「………………」」


 う、う、嘘だろ?

 ぱき、ぱき、と氷に包まれながらも泣いている鳥獣人たち。

 ぴ、ぴんぴんしすぎではないか?

 俺、今回は本当にうっかり殺してしまうかもしれないと覚悟して斬ったんだぞ……?

 い、生きててくれて良かったような、通用しなさすぎて泣けるような……。


「…………」


 これが獣人。

 五種族の中で最も強靭な精神と肉体を持つ種族。

 種族差というものをこうもまざまざ見せ付けられると、なんというか……怖ろしいな。

 け、結構血出てるのに「イタイよー」で済むあたり……ええぇ……。


「ヴィンセントさん!」

「真凛様、お怪我は」

「大丈夫です! ヴィンセントさんは……」

「俺も幸い無傷で済みました」


 なんというか、奴らの攻撃は強力なのだが動きが存外読み易いものだった。

 まともに当たってたら一撃で内臓吹っ飛びそうな勢いばかりだったが、日頃アレより凶悪なケリーの魔法やクレイの双剣、エディンの死角からの矢、ライナス様の怪力、ハミュエラの予想外な攻撃などなどで鍛えられているので……日々の訓練って大切だな。

 しかし、やはり雷蓮の使う身体強化魔法は後からクる。

 真凛様にお願いして回復してもらう。

 そして、次の問題はこの『薄氷』に捕らえた鳥の獣人たちだな。

『斑点熱』は沈静化したとはいえ、病原体がこいつらだとしたら迂闊に近付けない。

 つーか、俺もいくら予防食食べてるからって五体と戦ったのはまずかったかな?

『斑点熱』は……俺も子どもの頃に罹ったからちょっと……。


「この獣人さんたち、どうしたら……」

「あ」

「?」


 真凛様が凍り付いた獣人たちを見回す。

 確かに勝った後の事は考えてなかったな。

 ……と、いうか、ここまでストレートに勝てると思ってなかった、が正しい。

 ヘンリエッタ嬢の話では、勝利条件が二つあった。

『鳥の獣人のリーダーを倒す』と『仲間が駆け付けるまで持ち堪える』だ。

 だが戦闘難易度『雉』『鬼』はヘンリエッタ嬢に言わせると「マジ鬼畜で無理……」らしい。

 戦争に比べれば『ややマシ』。

 きちんと鍛えていないと、一撃で戦闘不能になる事まであったそうだ。

 なので、多分……もしかしなくとも……俺と真凛様、ゲームよりも……強い?

 いや、まさか?

 獣人たちがゲームより弱かったんだろう、うん、きっとそうだ。

 ま、まあ、頑丈さは認識を改める方が良さげだったが。

 なので、騎士団に任せるのは……少し危険性を感じる。

 の、で!


「? それは?」

「呼び笛です」


 取り出したのは木製の小さな呼び笛。

 それを吹く。

 人間の耳には聴こえない音が出る、らしい。

 ほんの数秒後だろうか。

 バサッ、という羽音と共に、奴が現れる。


「その笛での呼び出しは久方ぶりだな」


 あ、久しぶりの仕事モード。

 とりあえず「そうだな」と頷いて、着地したニコライに獣人たちの事を相談する。

 訝しげな顔をされたが、人間族では逃げられてしまうかもしれない。

『斑点熱』の心配もある。

 それを説明すれば頷かれた。


「すぐにクレイ様に報告して、獣の亜人たちを呼んできましょう。もう少しお待ち出来ますか?」


 あ、通常モードに戻ったな?

 基準が分かんねーよお前。


「ああ、構わない。少しパラライズさせとく」

「「「「「ギャーーーーーーーー!」」」」」

「「…………」」


 鈴緒丸の鞘で『薄氷』を突く。

 バリィ! となかなか派手な音を立てて『薄氷』の中を麻痺の魔法が駆け巡った。

 俺と真凛様とニコライは『薄氷』に触れても効果はない。

 それに包まれている奴らは白目を向いて「かふぅ」と声を漏らす。

 ふむ、便利だな『雷属性』。


「こ、こほん。……大丈夫そうなので人を集めてきますよ」

「頼む」

「よろしくお願いします」


 ニコライってこういう時便利だよな。

 同じ翼を広げて飛んでいく姿が、鳥の獣人たちよりも優雅に見えるのは最近クレイに付いてこっそり城のパーティーに参加しているからか。

 まあ、参加っつーか覗き見みたいなやつだけど。


「……勝てたんですよね?」

「…………。多分?」


 真凛様が見上げてきたので、俺も彼女を見下ろす。

 嬉しそうな笑み。


「……っ」


 可愛い。

 胸が鳴る。


「ハッ!」

「え、な、なんですか」

「あ! いえ! いや、その! ……えーとえーと……」

「?」


 なんだろう、突然慌てふためき始めた。

 そして頭の上をパッパッと手を振って振り払うかのような仕草。

 んん? エメリエラが何か言っていたのだろうか?


「……ヴィンセントさん、わたしハッピーエンドが良いと、言いましたけど、その」

「は、はい?」

「……その、ハッピーエンドは……み、み、皆さんが幸せになるハッピーエンドで、あの、わたし、ヴィンセントさんと、わたしが、その、お、お、おお、おつ、お付き合いする的なアレは……そのー」

「ハッ……」


 そうだ、勝っちゃったんだ。

 いや、だが、しかし……だからと言って俺と真凛様が、その、こここここここ恋人になるとかそういうのは話が別だと思うんだ。

 だってほらその恋とか付き合うとかは本人たちの気持ちの問題であってここは確かに乙女ゲーム『フィリシティ・カラー』の影響を受けている世界とはいえ俺たちはこの世界で生きている人間……キャラクターではあるが、生きているので、ええとだからつまり……!


「あ! いや、それはもちろん! 真凛様にも、その! 選ぶ権利は当然ございますし! ええと、はい! あ、元の世界に彼氏がいらっしゃるとかならええもちろん!」

「え! い、いません! 彼氏なんて!」

「え、あ……」


 ……あれ?

 なぜ……安堵した?

 今……ホッとして……?


「えええええ、いえあの、い、嫌ではないんですけど……あれ? いえ、あれ、あの……ヴィンセントさんは嫌かと思うし……?」

「は!? 俺が真凛様を嫌がるなんて……!」

「え!」

「……? ……え、ええと……」


 あ、あれ?

 今どういう状況だ?

 ん? んんん?


「……え、えーと……そんな事はないです、が……」

「……あ、えっと、わ、わ、わたしも……」

「…………」

「……っ……」


 え、え?

 ど、どういう状況なんだ、本当に?

 俺は……俺と真凛様は……『鳥の獣人』イベントに、勝った。

 無事に『勝利条件』を満たした、という事、なのだろう。

 だが、ここは一応現実の世界。

 真凛様が嫌なら、俺は一従者としてただ戦争が終わるまでお守りすればいい。

 これで俺の……最も危険だという『オズワルドルート』の『トゥルーエンド』は回避した、事になる、よ、な?

 だから……だがしかし、別に俺と真凛様が恋人になる必要は当たり前だがないわけで。

 しかし……真凛様はそうなってしまうのが心配、という事なのだろうか?


「「……………………」」


 目が……合わせられんのだが……ど、どうして、だ?

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