中の人と、奥の人【後編】

 


 ……その男は、主人を守れなかったらしい。

 頭を下げて、心から敬愛していた幼い主人を『この男』はわざと裏切った。

『この男』は、主人がいずれ王に至る時にそれが必要と考えたのだ。

 人間は裏切る。

 汚い生き物であると、自分が裏切る事で教える為に。

 そして、その窮地を自身の力で脱せる強さを……。

『この男』の主人はそれに応え、その上で『この男』の意図も理解し、裏切った『この男』に手を差し伸べた。

 まさしく王に相応しい。

 なのに、その主人は死んでしまった。

 この命を捧げて仕えると、改めて誓ったばかりだったのに。


 青い、空のように青い髪が見えた。

 歳の頃はアルトと同じくらいだろうか。

 髪の色も、撥ねた癖毛も似ていた。

 明確なきっかけ。

 クレースの名を借りていても借りていなくても、これは……多分ダメだっただろう。

 アルトは『この男』の主人に似ていた。

 だから、だな。


 完全に『この男』に



「主人に刃を向けるなど……武士のやる事ではありませんね。全員首を差し出しなさい。綺麗に切り落として差し上げます」

「ヴィ、ヴィンセントさん!?」


 形容し難い状況だ。

 俺の意識はある。

 状況が最悪なのも分かる。

 いや、悪くしているのは『俺』だろう。

『俺』というか『この男』だ。

 鈴流木……雷蓮!


「な、なんだ、この使用人は……」

「か、構わん! 殺せ!」

「全員殺せ!」

「…………」


 真凛様までも手に掛けようと言うんなら、俺も黙ってはいられない。

 だが、別な意味でなんとかせねばならないのは『この男』だ。

 俺自身の体でありながら、俺自身では一切動かせない。

 なんだ、これは。

 怖すぎるだろう、見えているし、状況の理解もしているのに体だけが動かない。

 動かせはするけれど、それは俺の意思ではない。

 口許には笑みが浮かんだまま。

 別の思想を持つ何かが、俺の体を好き勝手に使っている。

『記憶継承』の弊害ヤバすぎるだろう。

 そりゃ『剥奪』や『強奪』必要なわけだよ、改めて実感だよ!


「鈴流木流……傘斬り!」

「……」


 右側から技名を叫びながら振り下ろされたゆるい一太刀。

 それを軽く受け止め、目を細める。

 待て、待て、待て。

 ヤバい、マズい、ダメだ……!


「傘斬り」


 殺すな!


「え」


 咄嗟に叫んだが、男は竹藪に吹き飛んだ。

 両腕が……刀ごと吹っ飛ぶ。

 俺は絶句だ。

 なんの躊躇も……ない。


「……っ、ヴィンセントさん!?」


 その光景から目を逸らし、真凛様が叫ぶ。

 俺であって俺でない者へ。

 雷蓮は笑む。

 真凛様とアルトへ。

 その笑みは、どういう意味だ。


、地の組……水陣」


 これは記憶や自我とか、そういうものではないな。

 クレースの言っていたモノだ。


 ——『妄執』『怨念』。


 振るった刀から魔力が広がる。

 ふかふかだった地面……隠れていた男たちの位置まで水面が広がり現れた。

 これは、魔法!

 そうか……『鈴流木』と『鈴流祇』の違いはただの隠し名などではなく……魔法を使うかどうか!


「ひっ!」

「なん——!?」

「鈴流祇流、天の組……雷雨」

「「ひぎゃああぃぁぁぁぁあぁ!」」


 涼しい顔で、微弱だが見た目はド派手な雷雨を降らす。

 先に敷いた『水陣』により、その威力と範囲は男らを全員飲み込んだ。

 い、いや、待て。

 待ってくれ……従者石は、確かに持っているが……二つ目のやつは……『雷属性』!?


 ——『アイツは水と闇と雷の魔法を使えた』


 ……これが、そうなのか。

 でも、今の俺の体で使ったよな?

 は? じゃあ何、俺も使おうと思えば使えるって事なのか?

 マジ?


「ま、魔法!? し、しかし!」

「さあ、では首を差し出しなさい。一人ずつ斬り落とします」

「!?」

「ヴィンセントさん! ダメ!」


 隠れていたやつも含め、どさどさと地面に膝を付く男たち。

 ……圧倒的すぎるだろ。

 せっかく刀を持っているのに……これが、武士?

 イースト地方最強の、ウェンディール王国騎士団と十二分に渡り合えると言われている……?

 い、いや、これなら騎士団の方が強い……と思うのだが……そもそも騎士団も魔法は使えない。

 やはり『この男雷蓮』がおかしい!

 まだ生きている男たちへ、一歩一歩笑みを浮かべたまま近付く。

 男たちの眼差しは恐怖。

 体は泥水にまみれ、雷で服はあちこち焦げている。

 ……震えているのは恐怖からか、麻痺からか。

 ああ、さっきの魔法……『鈴流祇流、天の組、雷雨」は麻痺の効果がある。

 恐らくこの男の記憶だ……“分かる”。


「ア……」

「武士を名乗るに値しない者たちよ、言い残す事があるなら今のうちに唱えておきなさい。ない者から殺します」

「ヴィンセントさん! ダメです!」


 真凛様!

 真凛様が、左腕にしがみ付いて止めようとしてくれる。

 だが、俺の体は相変わらず動かない。

 胸に広がる強い憤り。

 なのに顔は笑っているのだから気持ちが悪い。

 これが、この男が『鈴流木雷蓮』……!

 この世界に現れた異界の剣士。

 俺の……前世の一人っ!

 おぞましいほどの激情、怨念、執念。

 これだけのものを抱えて、笑顔を絶やさず平然と人を斬る。


 ——『アイツの方が化け物だっただけで!』


 どんだけだ。

 そう思っていたが『ただ強い』という理由だけではなかったのか。

 この殺意、殺気に籠る狂気じみた妄執が、俺の体を乗っ取るようにして動いている。


 ——『精神力で抑え込むしかない』


 クレース様よ、マジですか。

 コレを?

 鈴緒丸を持っていても呑まれたのだ。

 こんなの……どうしたら……。

 嫌だ。

 人を、斬り殺すなんて……俺は——!


「ダメ! ヴィンセントさん! 鈴城さん! しっかりしてください! 負けちゃダメです!」

「————」


 耳鳴りのような声だ。

 けれど、その耳鳴りが一瞬でもやもやとしたものを吹き飛ばす。

 癒しの力?

 いや、違うような?

 でも、気が付くと刀を下ろしていた。


「ヴィンセントさん……」

「は、はい。あ……」


 見下ろすと泣いている真凛様。

 動けなくなっている連中を見回す。

 ほんの少し焦げた匂い。

 それと、強い鉄の匂い。


「! 真凛様、彼を……!」

「! は、はい!」


 かなり嫌だが、早くくっつけなくてはくっつかなくなるかもしれないので、飛んできた腕を持ち上げ、死にそうな顔色になっていた男のところまで持って行って斬られた部分にくっ付ける。

 怯えられたが、今それどころじゃない。

 真凛様の治癒の力で、瞬く間に男の両腕はくっ付いた。

 だが、男が俺を見る目は——……。


「ひいいぃ!」


 叫び声を上げて逃げていく。

 それに続くように、他の男たちもお互いに肩を組んだり、支え合いながら逃げていった。

 アルトの方を見るとこちらも顔面蒼白。

 ついでに言うと半泣き。


「ア、アルト様は……大丈夫でしたか?」

「……っ! ……オレは、平気だ……」


 ……し、しかし、いや、しかし!

 アルト、なんかもうヒロインみたいな手の位置になってるけど本当に大丈夫か?

 そんな胸元にギュッと両手を握り締めるとか第四のヒロインとかではないよな?

 心配になるわ。


「…………」

「ヴィンセントさん、大丈夫ですか?」

「……は、はい、ちょっと……」


 それでも恐る恐る、身震える体で歩み寄ってくるアルト。

 二人が無事なのをちゃんと確認してから、急に膝から力が抜ける。

 だが、地面はさっきの男の血が散らばっていて……。

 なんか精神的にごっそりなんかが抜かれた感じ。


「ありがとうございます、真凛様……」

「え?」

「真凛様が呼びかけてくれなければ、あのまま……」


 人を——……。

 そう考えると身震いする。

 俺は……人を殺せそうにない。

 きっと戦争でも。

 だが鈴流木雷蓮の思念はそうではない。

 笑いながら人を殺せる。

 もちろん愉しんで、などとそこまで鬼畜なわけではなく。

 あれ程の妄執を宿したまま、顔は笑顔のままで、というところがまた恐ろしいのだ。

 本気で人を殺す為に殺している。

 ……無理だ。

 どんなにあそこまで人を容易く憎んで殺す事なんて俺には出来ない。


「……す、まない……」

「アルト様?」

「今の、奴らは……オレを……」


 ……気付いてたのか。

 まあ、あからさまにイースト地方の『武家』関係者だったからな。

 俺が『鈴流木の書』からアルトの体に効果ありそうな薬のレシピをレイヴァスさんに手渡し、アルトの体調不良が治りつつあったから焦ったのかなんなのか。

 直接始末しようとするとは。

 ……これ、アルトルートのイベントか何かだったんだろうか?

 帰ったらヘンリエッタ嬢に聞いてみよう。

 だが、もしアルトのイベントならなぜ起きた?

 真凛様、実はアルトのルートも同時進行だったとか?

 あ、ありえる……。


「こちらこそ、申し訳ありませんでした」

「?」

「ヴィンセントさん……」

「……『記憶継承』を、きちんと制御出来なかった。俺の精神力が弱いせいです。真凛様のお声に救われました。ありがとうございます」

「……そ、そんな、わたしは!」

「ともかく、小さな竹を採って戻りましょう。……アルト様は、事が落ち着くまで決してお一人で行動なさらないように」

「! ……。……分かった。父上にはオレから連絡する。すぐに事態を収めると約束しよう」

「はい」


 うん、やはりきちんと『貴族』で『跡取り』やってるな。


「…………失礼」


 一言断ってタイを弛める。

 それでもやはり、赤い液体が飛び散っているのを見るのは……気分が良いものではない。

 二人の背を押して馬車の方に戻りながら、目をきつく閉じた。

 俺、戦争でちゃんと戦えるんだろうか?

 レオもだけど、俺も実戦訓練足りないんじゃないか?

 明日からクレイに頼んで俺も模擬戦の相手してもらおう。

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