中の人と、奥の人【前編】
というわけで放課後。
プリンシパル区にてお嬢様たちと別れ、俺とアルトは更に外区の方へと移動。
の、予定だったのだが、お嬢様はお店、マーシャとスティーブン様とライナス様は町での用事がメインなので、真凛様は俺たちと竹林に付いて来られた。
短冊にする色紙は、どうせ買い物のマーシャとスティーブン様にお任せ。
レオに竹探しを頼まれたのは俺とアルトだが、真凛様が気にしているのはアルトの体調。
……それを言われてしまうと、真凛様に一緒に来てもらった方が……うん。
で、肝心の竹林。
外区の外に、竹林はあるらしい。
アルトと真凛様をボックス馬車に乗せ、俺は御者台。
とは言え……俺も王都に来る時何度もこの道は通っているが、竹林なんかあったかなー?
「あれだ」
アルトが小窓から指差す方向を確認する。
……本当にあったー……。
「ではこの辺りで停めますね」
七夕飾り用とはいえまずは竹林の規模の確認。
やはり、あまり大きくはないな。
来年からも続けるとなると、あまり竹を切り過ぎては竹林がダメになる。
それとても本末転倒感……。
「どうする?」
「あまり大きくない竹を採って、祭り用の竹は大きいものを一本、という形にしましょう。……竹林まで王都の人間を来させるのも手の一つかもしれませんが、それで竹林が毎年荒らされる事になると……」
「そうだな」
「つーかこんな近場に竹林があったなら、春先とか筍が採れたんじゃ……来年こそは……」
「ヴィンセントさん……」
筍の天ぷらとか、炊き込みご飯、煮物、ああ、バター焼きとか!
是非お嬢様に味わって頂きたかった!
「練習用……というか、祭りの説明用のものは学園に置けるサイズでいいだろう。まず学園の……生徒会で試してもらえばいい。一メートルか、二メートルないくらいのを探して……オーケーが出た時の為に本番用の竹も目星だけでも付けておけばいい」
「そうですね、本番用のものとなると……かなり大きめの……?」
「竹林の規模はそれ程でもない。最低でも二本程度が限界だろうな」
「ふむ……そうですね。祭り用の竹はボックス馬車では到底運べませんから、それがよろしいかと。賛成です」
「わたしもそれが良いと思います」
アルト、意外と指示能力が高いというか……リーダー気質なところがあるな?
体は確かに弱いかもしれないけど、薬をきちんと飲んでおけば今日みたいに普通に出歩けるし……フェフトリー公爵心配しすぎでは?
いや、それ以外の要因があるのは存じ上げておりますよ?
でも……フェフトリー公爵は、もっとアルトを……自分の息子さんを信じてやっても良いと思う。
アルトといい、ラスティといい……きちんとサポートしてくれる部下なり友人なり、身近にいれば多分なんの問題もない。
「涼し〜い。竹林って涼しいんですね」
「風通しがいい為でしょうね。どうしましょう? あまり馬車から離れすぎるのも……」
「馬の番ならしておきましょうか」
「…………」
ぎ、ぎ、ぎ……と振り向くと、ニコライが笑顔で立っていた。
あ、ああ、そういえばズズの件が終わってるからお前も戻ってきてたんだな?
普通に出てこれねーのかこいつは。
「その人は……」
「亜人族、ニコライと申します。巫女様」
「は、初めまして!」
……そうか、真凛様はニコライと初対面か。
アルト、も亜人族はメグやクレイ、ツェーリさん。
あとはアメルくらいとしか会った事ないはずなので初対面?
相変わらずマントで全身覆っているし、片目も長い前髪で隠しているから完全に不審者。
しかし、それでもきちんと手を胸に当てて頭を下げる。
それだけで印象はだいぶ違う。
「馬の番はワタクシがしておきますよ……フフフ、フフ……」
……いや、やっぱ不審者全開だこいつ。
「ありがたいけど、金は払わないぞ」
「構いませんよ。亜人族との『同盟祭』の準備なのでしょう?」
「むぅ……。分かった、じゃあ頼む」
「ええ、お任せください」
そうだった、こいつはこういう奴だった。
仕事は真面目にするが、その根幹はクレイと同じ『亜人族』の為。
そういう理由で自主的に動いてくれるなら、ニコライに頼んで大丈夫だろう。
……ヘンリエッタ嬢も何にも言ってなかったから、イベントとかではないだろうし〜……あれ、これフラグじゃないよな?
「先に祭り用を探そう。練習用も自ずと見付かるだろう」
「はい!」
「そうですね、分かりました」
うん、アルトは完全にドスンと座って指示するボス向きだな。
しかし、今回は一緒に付いてくるつもりらしい。
仕方ないので真凛様にこっそりと「アルト様に付いててください。程良いの探して参ります」と耳打ちする。
真っ直ぐ真剣な表情で「了解です!」と言われて、ほっこり和む。
可愛い。
というわけで、サクサク奥に進む。
うん、手入れされてないから竹と竹の間が狭い。
地面も乾いた落ち葉でふかふか。
これは…………いい筍が採れそうだな!
来年が楽しみだ!
「と、仕事仕事」
だが、手が入っていないという事は祭り用に竹を採って竹同士の間隔を広げ、少しずつ竹林の手入れをしていけばいいという事。
そうすればもっと筍は採れやすくなる。
ウェンディールは雪国だが、この辺りはまだある程度暖かい。
水も綺麗だし、いい筍が採れるようになれば食文化も広がる。
うん、良い事尽くめではないか?
……と、いう事は……意外とこういう場所は多いのかもしれないな。
手を加えれば美味しいものが採れる。
自然の恵みが増えれば食糧問題も少しずつ解消されていくかも。
「…………」
それに、レオの願い。
今回の戦争を、最後にする。
優勝して、他の種族に平和条約を提案し、可能なら締結したい、と。
俺もその考えには大いに賛成だ。
五百年後、どの種族も殺し合わずに済む。
「っ!」
心臓が鳴る。
思わず胸を押さえた。
なんだ!?
「…………ら、ライレン、か……?」
なぜ?
なんで、今反応した?
————守る。
ああ、そうだ、守る。
レオもケリーも、真凛様も……ついでにエディンは多分守らなくても自力でなんとかすると思うけど。
いや、違う。
これではない?
誰を?
お嬢様を?
当然だ、あの人は俺が守る。
「…………」
気が付くと左手に鈴緒丸を持っていた。
ゆっくりと騒ついていた心が穏やかになっていく。
息を吐き出せる程に強張っていた体から力が抜けた。
……クレースが鈴緒丸は『神刀』と言っていたな。
ライレンの主人が加護を与えた……神の力を持つ刀。
いや、それだとライレンの主人が神様って事にならないか?
一体ライレンの世界ってどんな世界だったんだ。
まあ、それを言うとこの世界も女神や武神とガチな神様がいる世界ではあるんだが……。
「!」
あ?
違うな?
振り返って確認するが、気配はすでに通り過ぎているな。
ライレンの残滓が表面化した理由はコレか?
あまり離れてはいないが、俺が先行してしまったのはどうやら失敗だったらしい。
竹林の隙間は狭く、しかし、今の自分の身体能力ならば苦もなく駆け抜けられる。
「……」
だが、これなんのイベントだ?
ヘンリエッタ嬢はイベントがあるとは言ってなかった。
『オズワルドルート』の『鳥の獣人』イベントは……十月の頭じゃなかったか?
俺、のルートではない?
じゃあアルトか?
だが、アルトルートは『水守くんがぶっ壊したでしょう!?』って怒られてしまったし?
そんな記憶ないのだが……。
「!」
お、見っけ。
アルトが真凛様を、男たちから庇ってる?
服装は和服!
「……」
イースト地方の、『武士』……!
持っているのは刀!
一人が引き抜いて、切っ先をアルトに向けたのが見えた。
それは、間違いなくフェフトリー家、イースト地方が長年抱えてきたお家騒動の……。
——無意識だった。
「————」
「は……?」
いや、意識が、呑まれた……が——正しい。
体が俺の意とは異なる動き方をしたのだ。
刀を抜き、気が付けばアルトと真凛様の前におり、そこに突き付けられていた刀を五等分に叩き斬っていた。
男たち……視認出来る数は八。
だが、竹藪の中にまだ二十人近くいる。
これも魔法か?
……『気配察知』。
こんな魔法が、ある。
俺は知らなかった。
つまりこれはライレンの……。
「?」
——あ?
「き、貴様はリース家の執事……!」
「そ、それは刀!? なぜウェンディールの者が刀を……」
「ええい、皆の者狼狽えるな! 我らの目的はそこの小僧の始末! 邪魔する者も殺せ!」
「っ!」
フェフトリー家の。
イースト地方。
跡取り。
薬。
アルトと義理の弟たち。
フェフトリー公爵。
『武士』。
「これは、これは……」
笑える。
だが、刀を垂直に持ち上げた『俺』は恐らく『俺』であって『俺』ではない。
頭の中で状況は理解出来ている。
こいつらはイースト地方の……最東端に陣取る『スズカゼ』なる土地の者は、独立を目論んでいる節があるという。
フェフトリー家は、彼らと婚姻を結びながらウェンディール王家の貴族……壁として長年信頼関係を築いてきた。
それが、崩れつつある。
なぜ今なのか。
なぜ、このタイミングなのか。
それは分からない。
アルトの母、そしてアルトの体が弱いからなのかもしれない。
だが、それでもなぜ今なのか。
気になる事ではあるものの、果たしてそれを……こいつらは喋ってくれるだろうか?
いや、そもそも……
「貴方方はフェフトリー領の『武士』たちですね? ええ、分かりますよ、その装いと武器で。……おかしいですね、こちらの方はフェフトリー家の嫡男、アルト様ですよ? それを、今……殺すと仰いましか? 殺すと言い、刃を向けた? 向けましたね? 見ていましたが……他の方も同じと?」
溢れる。
黒くドロドロとしたものが。
俺は……『俺』は笑っている。
だが、喋っているのは『俺』なのか?
狼狽える武士たち。
他の隠れている連中も、ちらほらと顔を覗かせ始めた。
「
それは——万死に値しますよねぇ?
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