真凛様は悩みが尽きない



 お嬢様に美容品店プロデュースを頑張って頂く事になり、早一週間後。

 八月も半ば。

『ウェンディール王国』の短い夏も、後わずかとなってきた。


「日本と違って蒸し暑くないし、過ごしやすいですね」

「その代わり冬はヤバいですよ」

「あ、あぁ……雪がものすごいんですっけ……」

「多分北海道や秋田や青森くらい降ります」

「ひぇ……」


 真凛様は関東在地らしいので、ニュースで見て「大変そうだなー」くらいのイメージらしいが、今年は体験出来ますよ、雪国の地獄を。

 少なくともノース地方は町と町が分断されるし、一部は万年雪。

 王都はギリ岩手、宮城、福島付近の気候と積雪量だろうか。

 しかし気温は……気温はヤバイのだ、マジで。

 俺、前世は山形出身なのだが多分気温は北海道レベルで寒いんだ、この国。

 山脈に囲まれているので暖かい空気が入りづらいせいだろう。

 一旦冷えるとずーっと寒い。


「それで、そろそろ最後の一人は決められそうですか?」

「うーん……」


 と、俺が聞いたのは『従者』の話。

 レオ、ケリー、俺、と三人が決まった。

 残りの枠はあと一人。

 ハミュエラは「行きたーい! いろんな種族の人を見てみたいでーす」などと緊張感なく言っているのだが、あいつを入れると真凛様以外全員が剣……前衛になる。

 俺とケリーは弓もそこそこ使えるし、ケリーの場合は魔法が中心となるので扱いとしては中衛だろう。

 属性『風』は一人くらい欲しい。

 選択肢は魔法を無効化する『闇属性』魔力で亜人の高い身体能力を持つクレイ。

 後衛も前衛も出来る『風属性』のエディン。

 動きが読めない『風属性』のハミュエラ。

 スティーブン様とアルトは戦略が高いがあの通り体力がない。

 ラスティは全体的にケリーに劣ってしまうし、ルーク並みにこう、戦うのがアレな感じ。

 ライナス様はまず持って魔法の使い方が俺よりもド下手という……。

 かく言う俺もヘンリエッタ嬢の指南のおかげでようやく形にはなってきたものの……なんかこう、アレなんだよなぁ、俺も。

 完全になんかのゲームのパクリ的な……!

 ヘンリエッタ嬢っつーかもう佐藤さんに「ヴィンセント、っつーか水守くん、違うゲーム思い出してない?」って聞かれてしまう始末。

 だって難しいんだもん『フィリシティ・カラー』内でヴィンセントが使ってる魔法。


「エディン様かクレイさんで悩んでます」

「そうですか」

「でも、実はマーシャちゃんからエディン様だけはやめて欲しいって言われちゃって」

「え?」


 あいつが?

 なんであいつがそんな事を……。


「……レオハール様の事もヴィンセントさんの事も、ケリー様の事も連れて行ってエディン様まで連れてくのはやめてって。言われて『ああ、そうか』って思っちゃいました。……マーシャちゃんにとってはお兄ちゃんたちと、お兄ちゃんみたいな人と、婚約者……好きな人なんですもんね……」

「…………」

「戦争に行くって言われたら、そりゃ不安に決まってるなって……思ったら……」

「真凛様、それは……」

「でも、それを言うとクレイさんも……メグちゃんと最近いい感じみたいで」

「!」


 ヘンリエッタ嬢の裏工作が功を奏してきた!?

 さ、さすがベテランプレイヤー!

「クレメグが萌えじゃぁあああぁ!」と叫んでおられただけはある!


「で、でもでも、それを今更言うなら、レオハール様はローナ様の婚約者だし、ケリーくんはローナ様には義弟おとうとだし、ヴィンセントさんも執事だし……」

「真凛様」

「誰かの大事な人を戦争に連れて行くのを、わたしが決めなきゃいけないんですよ……? なんか、責任重大っていうか……いくら本人が望んでくれても……待ってる人の側の気持ちを考えたら……なんか……決めかねるというか」


 廊下で立ち止まる。

 先に立ち止まったのは真凛様。

 俺は一歩だけ先を歩いて振り返る。

 苦い笑顔。

 俺たちは戦争へ行く事を覚悟の上。

 そしてお嬢様も。

 マーシャは普通の女の子だ。

 まあ、普通の女の子なら、普通はそうなんだよな。

 普通、好きな相手が戦争に行くってなったら。

 そして、連れて行く相手が話の分かる相手なら。

 ……まあ、言うか、そりゃ。

 例え好き相手の方が納得してて、覚悟もしてたとしても。

 で納得が出来なければ、その未来を回避しようと動くのは自然な事だろう。

 あいつ、甘えん坊だしなぁ。


「そうですか」


 その話がいつの事なのかは分からんが、マーシャがエディンと喧嘩した後……俺が慰めた後なら『それでもやなもんは嫌だ』という結論に達したって事だろう。

 そんだけ家族として想われているのはありがたいが、子どもじゃないんだから……と思ったがあいつ十五になったばかりの子どもだった。

 だとしても十五なら分別は付くはず。

 それでも、その上でも……それを言葉にしてしまったと言うのなら……それは、仕方がない。


「本来ならばこの国の王女として、絶対に言ってはいけないのですがね」

「あ! あの! 怒らないであげでくださいね!」

「ええ。……それは……王女としての発言なら怒りますが……そうではないのでしょう?」

「…………」

「まあ、仕方ありませんよ。でも、あいつの言葉を枷にはしないでください。それを飲み込んだ上で、勝てる可能性を最優先にして欲しいのです。それは、真凛様含め全員が『生きて帰る』為に必要です。優勝出来れば御の字ですが、俺が従者になりたいと願ったのはレオハール殿下と真凛様、ケリーをお側で守る為です。生きて帰る事こそ、本懐」

「……はい」


 最初は、どこか意外そうにした真凛様。

 しかし最後まできちんと話を聞いてくれる方だ。

 頷いて、真っ直ぐに見上げてくれる。


「大丈夫ですよ。あいつはドジでアホですが、『愚者』ではありませんから。本当はちゃんと分かっている」

「はい……そうですね。ただ、寂しいのが勝っちゃったんですよね」

「ええ。……あんまり、甘えたりが出来ずに生きてきたらしいので……」


 祖母と二人で細々と生きてきたらしいから。

 その祖母も今はリース家の本宅があるセントラル東区の首都とも呼べる町、『フェリース』にやってきて、そちらに用意してある集合住宅で病院に通いながら元気にしている。

 まあ、祖母といっても本来はマリーの祖母。

 ……そう考えるとマリーは祖母に……唯一の肉親にまだ会ってないのか。

 今度会わせてやるよう、義父さんに頼んでやろう。

 少しはあの遠慮のない性格も治るかもしれん。

 まあ、だから……マーシャにとっては家族に甘える、というのも……最近ようやく出来るようになった、という事なんだろう。

 あのドジっぷりを受け止められる貴族なんてリース家と、その使用人達くらいだから。

 安心感からの甘え。

 だが、それは……あいつがこれまでの人生で当たり前に得る事が出来なかった反動。

 だから……。


「あまり甘やかしてきたつもりはないのですが……真凛様にそんな事を言うとは」

「大丈夫です。……わたしも同じ立場だったら……って思ったら……」

「そうですね!」

「…………(しまった)」


 なにしろ真凛様のお兄様は『CROWN』のリーダー空風マオト様!

 オールドジャパン・アイドル・フェスティバル(年末に行われるアイドルの祭典だ! 地下アイドルから大晦日歌番組の常連アイドルまで全てのアイドルを名乗る者共が集う夢と血と天国と地獄の三日間だぞ!)にて三年連続一位を取得し殿堂入りした、まさに天下無敵のアイドルグループ!

 そのリーダー!

 まさにアイドルの頂点!

 そんなお兄様が戦争に、などに連れて行かれる、なんて事になったらドルオタの一人として断固抗議する。

 いやもうアジア圏全体でファンが暴動を起こすぞ。

 法を変える……いや、作るレベルで戦場になど行かせてたまるか。

 あの方は国の至宝!

 ゲームの戦争とはいえ死亡エンドもあるのに……!


「ヴィンセントさん!」

「ハッ!」

「全部声に出てましたよ」

「え……。す、すみません」


 思わず周りを確認する。

 だ、誰もいないな、うん。


「気を付けます」

「は、はい。……あの、それでですね」

「はい」

「……エディン様とクレイさん……どちらかを従者にしようと思っているんです。この事を他の皆さんにも相談して、意見を聞きたいと思うんですが……。それとも、わたし一人で決めるべきでしょうか?」

「……」


 俺なんかにそんな大切な事を相談してくださるなんて……。

 いや、恋愛事以外なら!


「ええ、俺もみんなに相談するのは賛成です。特にケリー様やスティーブン様、アルト様は戦略に関して非常に頼りになりますから、あの三人に意見を聞いてみるのは大いにアリかと」

「! はい、そうします!」


 ヘンリエッタ嬢に聞いたところによるとスティーブン様、レオ、アルト、ケリー、ラスティは『戦略』のステータス上位トップファイブ。

「レオも?」と思ったが、戦略はちゃんと学んでいるし頭の回転速度が早い。

 その上をいくのがスティーブン様。

 しかしヘンリエッタ嬢に言わせると「いや、ケリーが絶対レオ様やアルトんよりヤバい。なんか覚醒しとる」……らしいのでゲームよりうちのケリーはヤバいそうだ。

 なんだ覚醒って。

 怖いすぎるわ。


 ……だが、これが思わぬ事態となる事を俺たちは知る由もない。



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