夏期休みは終わりましたが外堀は完璧です



 一週間の夏季休みが終わり、八月も二週目。

 ふっ、最後の方は怒涛だった。

 だが、あとはお嬢様のオーケーを頂くのみ……!


「おは……」

「ヴィニー!」

「うぐっ!」


 登校途中、お嬢様の後ろ姿を見付けたのでいざ、と思ったら後ろから引っ張られた。

 こ、この焦った声は……。


「レオ、何するんだ軽く死ぬかと思ったぞ」

「ご、ごめん、でもあの」

「……何かあったのか?」


 後ろにはレオとエディン。

 呆れ顔で頭を掻くエディンに、今にも泣きそうなレオって、何事だよ?

 ……まさか、新たなお嬢様の破滅フラグでは……。


「エディン」


 もじもじ、どうにも話し始める気配のないレオに俺が痺れを切らす。

 どうせエディンが一緒という事は、こうなるのを見越した上で、だろう。

 腰に手を当ててじとりと睨む。

 何があった、の意味で。


「宰相が一昨日から圧をな」

「ん? 圧? なんの?」

「婚前交渉」

「………………」


 頭痛で天を仰いだ。

 あ の ひ と は 〜 !


「で、昨日ローナに城に泊まっていけとか言ったんだよ! アンドレイ!」

「…………」

「ローナは『斑点熱』の特効薬作りで城通いが増えるから、チャンスだとか言ってぇ……そんなの無理だよぉー!」


 と、泣き付いて来たレオ。

 ああ、うん、この様子では無理だろうな。

 エディンを見るが肩をすくめられる。

 デスヨネー。


「…………」


 そういえばヘンリエッタ嬢が「今度のデートでキスを目標!」と言ってたが、この様子だと出来なかったんですね、お嬢様。

 は?

 結果を聞かなかったのかって?

 聞けると思うか?

 あと単純に『異母弟』の恋愛進捗状況など知りたいと思うか?

 積極的に聞かなくて済むなら聞かない。

 ……それにあの辺りはアルトの薬や『記憶継承』の弊害で俺もいっぱいいっぱいだったし。


「まあ、無理にやらなくても良いんじゃないか」

「だよね!」

「そうだな、去年と違ってマーシャが王家の血筋と分かった今、レオは急ぐ必要はない」

「「…………」」


 それはそれで腹ァ立つんだよなァ。


「まあ、それはそうなんだけど……いや、そうだよね?」

「ま、丸め込まれるな」


 確かにその通りだが、そう納得するものでもない!

 しかし、リセッタ宰相〜!

 この二人はいきなりそんなところまで行けませんよ!

 全くなんつー事を……。


「……あと、あまりその手の相談事を俺にしないでくれ。複雑すぎて胸が痛い……」

「え! あ、ご、ごめん?」

「ちょうど良いところにレオハール殿下!」

「ひゃあああぁ!」


 レオの後ろから声を掛けてきたのはケリー。

 ちょっと俺までびっくりしたんですけどレオハール様よ。

 そんなに驚くか?

 そしてケリーの笑顔が朝から黒い。


「ちょっとご相談があったので、ご一緒してもよろしいですか?」

「え! あ、は、はい? な、なに? う、うん、良いよ!?」

「なんでそんなにおどおどなさってるんです?」

「え! いや!? そそそそそそそんな事、な、な、ないよ?」

「声裏返ってますよ?」


 気持ちは分かる……。

 義理とはいえ婚約者の弟を前に今の話はちょっとなぁ。

 目は泳いでるし、レオの場合は分かりやすすぎてちょっと誤魔化し利かない感じだが。

 仕方ない、あの件だろう。


「例の件ですね、ケリー様」

「ああ」


 ああ!

 なんて輝かんばかりの良い笑顔なんだケリー!

 怖い!


「な、なに? 例の件って」

「歩きながら話しましょう!」

「え、まっ、待って、怖い怖い怖い……なんか怖いんだけど?」


 さすがのレオも察してしまう溢れ出るケリーの腹黒さ!

 でもご安心!

 そんなに悪い話ではないぜ!


「実はヘンリと話していて良い事を思い付いたんです」

「い、良い事?」

「義姉様の作る化粧品などの美容品が、かなり令嬢たちやそのメイドたちに高評価だと。なので、プリンシパル区で潰れた店を買い取って改修し、義姉様プロデュースで美容品店を始めてみてはと思いまして!」

「は、はあ……」

「ちなみにその店には男性用美容品の他、ハーブティーのお取り扱いも予定しております」

「ハーブティー?」


 レオの表情がぱあっと明るくなった。

 はい、引っかかりました〜。


「僕もローナやヴィニーがブレンドしてくれたハーブティーは好きだよ! へえ、いいね! 僕からも出資させてもらおう」

「「ありがとうございます」」


 よし、一番強力な外堀ゲット。


「しかし、義姉様はまだ慎重でして……レオハール様からもお口添え頂けませんか?」

「ああ、ローナはそんな感じだね」

「…………」


 エディン、その顔をやめろ。

 その怪訝感丸出しの顔を。

 言いたい事は分かる。

 ああ、その通りだ。

 ヘンリエッタ嬢からお嬢様へ話はいっている事だろう。

 そして、ケリーの話も半分は真実。

 お嬢様がまだ店の出店準備がすでに進みまくっている件を知らないだけで。


「リース家の蜂蜜茶も飲めるようになると、嬉しいんだけど……その辺りはどうなの?」

「さすが殿下。その案頂きました」


 ……そしてレオが俺とケリーが思っていた以上にノリノリなだけで。


「あ! おはようございます!」

「おはようございます、真凛様」

「おはよう、巫女。夏季休みはゆっくり休めた?」

「はい! たくさんお手伝いしました!」

「え?」


 そんな拳付きでキラキラツヤツヤ言い放つとか真凛様……。

 ああ、真凛様には二年女子寮内での令嬢とメイドの肌のお悩み調査をお願いした。

 簡単なアンケートに答えてもらい、データを収集。

 ちなみに一年女子寮はマーシャに頼んだ。

 ふふふ、もちろんメグにも亜人族に肌悩みがあるかなどを調査してもらってきた。

 全員お嬢様が美容品店をプロデュースするのには大賛成。

 これらの調査結果を元に十種類ほどの化粧水、乳液、ハンドクリーム、ボディークリームをそれぞれ作って頂く。

 お嬢様には大変な事ではないはずだ。

 リース家のメイドたちの肌に合うものを、それぞれ調合しておられるのだからな!

 データがあればある程度の範囲内で調合可能だろう。

 そしてそれらを試供してもらうパーティーを行う!

 会場? 確保済みですが何か?

 もちろんそれらのレシピを基に量産する人材と工房の場所も郊外に確保済みですが何か?

 材料も旦那様に連絡して送ってもらえる事になってますが何か?

 は? 資金?

 確保済みですが何か?


「て、手伝いって何をしたの?」

「アルバイトです!」

「は、はあ? アルバイト? また!?」

「真凛様が『働かざる者食うべからず』の精神をお持ちなので、簡単なお仕事をお手伝い頂いております」

「そ、そう、なの……」


 ふふふ、そう!

 つまり後はお嬢様がやる気を出して「店のプロデュースをやる」と仰って頂くのみ!

 とは言えこのように外堀はガッツリ埋めまくっております!

 お嬢様には頷いて頂かねば、それこそ損害!

 真面目なお嬢様の事、ここまできたら頷く以外の選択肢はない!


「あ、ちょうど義姉様が前方に」

「今度こそ頷いて頂きましょう!」


 どうやら前方を歩いていたヘンリエッタ嬢とご一緒しましょう、そうしましょう、になった様子。

 ヘンリエッタ嬢のご学友お二人と、四人で歩いておられた。

 ケリーが「義姉様」と笑顔で声を掛ける。

 振り返る四人。


「!」

「……」


 アイコンタクトをするケリーとヘンリエッタ嬢。

 そう、舞台は整った!


「義姉様、例の件なのですが……ヘンリから聞きましたか?」

「……もしかして、美容品店のプロデュースをする話?」


 さすがヘンリエッタ嬢!

 きちんと伝えておいてくださったんだな!

 若干私情が入ってそうな気配を感じない事もないけど。


「まあ! まあまあまあまあまあ! 例の話ですわね! その気になってくださいましたの!?」

「うっ」


 だが、俺が思っていたのとは違う場所から声が上がった。

 彼女はクロエ・パフス。

 ノース区最北端の侯爵家令嬢だ。

 ……あれ、この人こんなにテンション高い人だったっけ?


「あ、おはようございますレオハール様、皆様」

「おはよー」


 そして思い出したように朝のご挨拶が交わされる。

 この辺、真面目にやるのがお育ちの良い貴族の皆様だ。

 しかし一通り挨拶が終わるとクロエ嬢がお嬢様の手を掴む。

 それはもう、キラッキラの瞳で。

 その圧たるや……お嬢様の表情が引いている。


「ローナ様のお作りになる美容液の類はどれも素晴らしいですもの! 本当ならオーダーメイド受注店にして頂きたいんですけど!」

「そ、それは難しいと思いますわ……わたくしも時間がある時にしか作れませんし、最近は頼まれる事も増えましたのでお断りさせて頂いておりますし」

「そう! それですわ!」

「!」


 え、この人こんなに声出た?

 と俺が驚いて見たのはヘンリエッタ嬢のもう一人のご学友。

 ティナエール・クレディア。

 サウス地方、東の領主である伯爵家の令嬢だ。

 二人とも辺境貴族に括られるのだが、ヘンリエッタ嬢のご学友という事もありお嬢様と大変仲良くして頂いている。

 俺の印象ではティナエール嬢はかなり大人しい方だったのだが……。


「ローナ様の作ってくださった美容液を使うようになって、コンプレックスだったそばかすがこんなに消えましたの! なのに、お忙しいと仰って最近は……」

「あ……え、ええと、申し訳……」

「ですから! ですからお店で販売してくださいませ! いくらでも出しますから!」

「…………」


 お、思わぬ外堀!

 お嬢様もこれにはかなりのグラッグラだ!

 表情は相変わらず無表情だが、目を見開いて固まっておられる!


「僕も聞いたよ。ハーブティーの茶葉も取り扱う予定だとか」

「え!」


 にんまり笑いながら顔を逸らすケリー。

 俺もにこやかに微笑む。

 顔が赤いですよお嬢様。


「僕もローナの家のハーブティーは大好きだから、出資させてもらうね!」

「えっ!」


 はい、レオからの出資金頂きました。

 そろそろ本格的に後には引けないでしょう、お嬢様。


「私も出資させて頂きますよ!」

「ス、スティーブン様!?」


 スライディングで現れた!?

 ……しかし一応みんないつも通り「おはようございます」の挨拶はする。

 貴族なので。


「聞きました! ローナ様がついに! 美容品店をプロデュースすると!」

「え、あ、いえ、あの……」

「私もローナ様が作ってくださる化粧水や乳液、クリームにはいつも助けられております。ようやくお金をお支払い出来るのですね!」


 ……スティーブン様、お布施を……!?

 お嬢様、すでにその領域に達しておられて……!?

 ですよね!


「それで、お店はどの辺りに?」

「え、いえ、あの、スティーブン様……」

「アンジュ!」

「はい、プリンシパル区東エリアの廃業した店舗を押さえてございます」

「!?」


 おお!

 ヘンリエッタ嬢が『主人』っぽい!

 指パッチンで現れたアンジュが地図を差し出し、ついでに店舗図案も五枚程提示した。

 ……さすがアンジュ、改装案までも……!


「っちょ……!」

「加えて、工場となる場所も郊外に目星を付けております。着工は来週……」

「ら、来週!? ま、待って、わたくしまだやるとは言って……そ、そう、それに、そんなお店を開く程の資金は……、か、改装や工房を建てる資金など……」

「ご安心くださいお嬢様、大旦那様と大奥様より投資頂く事になっております」

「!? お、お祖父様とお祖母様が!?」


 大旦那様と大奥様。

 お嬢様のお祖父様とお祖母様である。

 可愛い孫娘が店を出したい、というか周りの熱烈な要望で考えておられるようなのだが資金的な問題で踏ん切りがついておられない。

 そう手紙を送ったら翌日には『全額出すから好きなようにやりなさい』とお返事頂いた。


「こちらがそのお手紙です」

「ヴィ、ヴィ二ー、何を勝手に……」

「材料に関しても旦那様よりすでにお送り頂いております」

「!」

「ローナ様! これ、二年生のご令嬢とメイドさんたちの肌データです!」

「っ!」


 真凛様が畳み掛ける。

 その冊子に、アンジュが一年生と三年生の令嬢とそのメイドたちの分のデータを載せて回収。

 お嬢様へと差し出す。

 呆気にとられた顔のお嬢様。

 外堀は俺たちが考えている以上に深く埋め立てられていたようだ。


「………………何をしたらいいのかしら……?」


 その日中に学園は俺たちが思っていた以上にこの噂で持ちきりになるのだが、果たしてお嬢様の好感度は間に合うのだろうか。

 まあ、やれる事は全てやるけどな!


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