回避せよ、ケリールートの破滅フラグ!



「お義兄さん、お義兄さん、おはようございます!」

「……おは、え?」


 朝、目を覚ますとルークがいた。

 平民用の寮部屋には鍵などないので、ルークが入ってくるのは構わないんだが……はて?


「あれ、俺寝坊した?」

「いえ、ケリー様から学園の談話室にお義兄さんを呼び出せって。前回と同じ場所だそうです。ぼくは来ちゃダメって言われました」

「……?」


 カレンダーに目を移す。

 夏季休みは一週間。

 明後日からはまた学園生活が開始される。

 ここ数日は学園に残って地獄の魔法特訓。

 従者になるのは決まったが、俺は未だにゲーム内で『ヴィンセント』や『オズワルド』が使っていた魔法を習得出来ていない。

 ヘンリエッタ嬢に「想像力が足りなさすぎぃ!」と必死の形相で突っ込まれて昨日遅くまで魔法のイメージをノートに書き出していたのだが………………厨二病の人みたいになったので破り捨てた。

 今はもう思い出したくねぇ。

 そして、そういう事を考えていると、精神が疲れる。

 とても疲れる。

 そんな中での呼び出し。

 ケリー、と聞くとふんわりと浮かぶのは『破滅エンド回避』に関する話し合い。


「分かった。なんだかよく分からないが行ってくる。お嬢様のご予定も城で『斑点熱』の特効薬研究だったな?」

「はい。それから、ルティナ様より王妃教育も学ばれるそうです」

「分かった。昼食は城で摂られるだろう」


 レオと一緒に!

 二人きりで!

 多分!

 ルティナ妃はなんとなくレオとお嬢様の仲を推奨してくださってる感じだから、地味な後押ししてくれてると思う!


「マーシャとメグはまあ、放っておいて構わないが……ルーク、お前はアメルを手伝ってくれ」

「……!」

「ん?」

「あ、あの、アメルさんは……ライナス様は夏季休み中、リセッタ侯爵邸にお泊まりだとかで……」

「な! なっ、な……!」


 なん、だと……!?


「が、学生でありながら、まさか……!?」

「リセッタ侯爵様からのお呼び出しだそうで、アメルさんはお休みを頂いてるそうですよ! ぼくも昨日初めて知りました」

「嘘だろ、ライナス様……!」


 あんたいつの間に婚前の相手の家に泊まりに行くなんてふしだらな男に成り下がったんだ!

 ……と、嘆きたいところだが相手がリセッタ侯爵……つまりリセッタ宰相んち。

 二十四時間、あの宰相とその奥方、スティーブン様の誰か、あるいは数人が一緒……。

 考えただけで地獄だな。

 が、頑張れライナス様。

 助けはないぞ。


「まあ、仲良き事は良き事か」

「はい! そうですよね!」

「あの二人の婚姻は決めなければならない事が多いだろうから、それもあるんだろう。よし、んじゃ、俺も行きますか」

「お昼ご飯作ってお待ちしてますね」

「ああ、頼むな」


 ルーク、なんて出来る子なんだろう。

 でも若干……万が一ケリーが戦争で帰ってこなかった場合、リース家の当主としてやっていけるのか不安でならない。

 能力は問題ないと言われても、性格が、もうなんか……ケリーが当主向きすぎて……。

 いや、ケリーの事も俺が守る。

 必ず全員連れて帰るさ。

 ……それはそれとして、残りの従者……いい加減決めた方が良いよな?

 真凛様、どうされるおつもりなのやら。





 休み明け聞いてみよう、と考えていた俺だが、呼び出された部屋に入ると前回と同じ面子。

 真凛様が可憐な笑顔で「おはようございます」と手を振ってくれたのだが、俺はそれよりもヘンリエッタ嬢が立ち上がって早歩きでドアの前に立つ俺の目の前に来た方が気になるというかなんというか。


「大変よ!」

「だと思いました。何が起きたんですか?」

「ローナにケリールートの破滅フラグが立ってる!」

「どういう事ですかそれはぁ!」


 ……いつもならここで大混乱の叫び合いになるところだが、アンジュが事前に俺とヘンリエッタ嬢をソファーへ誘導。

 無理やりお茶を飲まされる。

 はあ、と一息吐いてから、改めて。


「アンジュが色々調べてくれたんだけど、どうやら女子寮でローナへの悪口が横行しているようなの!」

「そ、それがケリールートの破滅フラグなんですか? 確かケリールートは……」

「ええ、マーシャやメグがヒロインだったり、『バッドエンド』や『トゥルーエンド』なら『ダメなエディンと結婚、苦労人ルート』。ハッピーエンドなら『服毒自殺』! これはスピンオフファンディスク以外全部のシリーズで共通!」

「っ」


 あのケリーすら顔をしかめてゲ◯ドウポーズ。

 ……だが、なぜだ?

 ケリールートはヘンリエッタ嬢が婚約者になった事で潰えたはずでは!?

 聞けばどうやら引き金になったのは『王誕祭』での出来事。

 あれが?


「ケリールートの『ハッピーエンド』では、ローナは不特定多数の令嬢たちに陥れられるの。戦後、巫女様が王様に『ローナ・リースより虐めを受けていたのは誠か』と問われ、巫女様はローナの厳しい『淑女教育』を『虐め』と認識していた事を王様に素直に告げてしまう。その事でローナは『自分の不始末は自分で付ける』と服毒自殺をしてしまうのよ」

「そ、そんな! わたしローナ様からの教えをそんな風に思った事一度もありません!」

「み、巫女様、これゲームのストーリーなので……」

「っ……で、でもそんな……」


 どうやら真凛様は大丈夫そうだけど……。

 うちのお嬢様の性格上、言いそうやりそうなんだよな。

 まして今は『次期王妃』としての教育も受けておられる。

 だが、だからこそ今のお嬢様がそんな明らかな濡れ衣をわざわざ被るだろうか?

 何よりそんな事になればレオも黙っていないのではないか?

 あ、当然俺も黙ってませんけど。

 そんな事になったら絶対要らないと思ってた『禁忌の力』をお借りして貴族全員から『記憶継承』強奪及び剥奪のどちらかをかましまくるぜ?


「あの、お嬢……そのストーリーだとシスコンのケリー様はせっかく結ばれた巫女様と微妙な関係になりそうじゃありません?」

「そのストーリー上だとケリーは、不特定多数の令嬢や巫女様の肩を持たざるを得ない状況になるのよ。彼にはローナに誓った、リース家を守るという使命があるから……」

「うわ、全然ハッピーじゃないっすね」

「その分『トゥルーエンド』が最高なのよ! ローナにも認められて、みーんなに祝福されての結婚よ! ケリールートの『トゥルーエンド』は全エンディングの中でもトップ5に必ず入る神エンディングと言われているわ!」


 当然ながらヘンリエッタ嬢は拳付きである。

 ……ふむ、しかしなぁ?


「なぜケリールートの破滅フラグが立ったんです? お嬢様がマリーを庇い立てしていた貴族たちを窘めたから、というのが理由なのだとしたら相当に理不尽というか……うちのお嬢様を嵌めようとするなんて良い度胸してやがるなというか」

「……そうだな。だが、戦争に関して陛下は過剰な反応をされる」

「……」

「もしも義姉様が巫女殿を虐めているなどと陛下の耳に入れば、義姉様の功績を無視しても何かしてくるのではと……」

「ま、まさか? お嬢様はマーシャの恩人として陛下に感謝されているんだぞ? それを……手の平返しなんて……」


 ……絶対やらないだろう、と……言い切れない悲しみ……。

 頭を抱えた。

 そうなんだよなぁ、あのガラスハート国王はガラスハートのくせにやる事は過激だ。

 チキン野郎だからこその過度な戦争への備えなのかもしれない。

 主にレオを兵器として育てていたり、そう教え込んだり。

 本当、やる事がイっちゃってるっつーか。

 人としてやっちゃダメな領域に達しているのだ。

 それを人間族の未来の為だといえば許されると思っているのか。


「それに、補正も加担してくるかもしれないし」

「「…………」」


 黙り込む俺とケリー。

 補正力は無茶苦茶な気はするが、そもそもこの世界がゲームのモデル。

 なのにゲームの影響を受けるというのがなんとも……。

 とはいえ、うちのお嬢様は『破滅エンドしかない』。

 一番まともなケリーの『トゥルーエンド』すら、その実お嬢様の結末は『ダメなエディンと結婚して生涯苦労人エンド』だったりするのだ。

 ゲーム側の補正力で必ずそうなるとか、冗談ではない。


「わたしがローナ様に虐められていません、と言っても信じてもらえないという事ですか?」

「え、ええ、その可能性もなきにしもあらず。陛下って意外と人の話を聞かないところがおありなの」

「「うん、うん」」

「え、ええ〜……」


 そうなんだよな。

 ヘンリエッタ嬢の意見に深く頷く俺たち。

 呆れ果てる真凛様。

 つまり、このままではやっぱりお嬢様が危ない。


「ではあれですね、不特定多数のご令嬢には亡き者になって頂くという方向で」

「ヴィンセントさん! それはそれでダメですよ! 不特定多数ってザックリしすぎです!」

「ですが、不特定多数という事はうっかり取り逃がすかもしれないではありませんか。手当たり次第に消しておけば、怯えて口を噤みますよ」

「だ、ダメです!」


 ダメかぁ。

 真凛様にそう言われてしまうと強行出来ないかぁ。


「じゃあ、皆さんにローナ様が良い人って分かってもらえるようにするのはどうでしょうか!」


 ものすごくざっくりとした提案だな真凛様!

 ちなみにそれは去年からお茶会や夜会を主催して、結構頑張ってやってるんですよ!

 でもこう、いまいちなんですよね!

 ……お嬢様は、表情が変わらないのと、コミュ障らしくて……。


「た、例えばどんな」


 縋るような声でケリーが真凛様に問う。

 なんか珍しく気弱になってるっぽい。


「え、ええと……お菓子を配るとか?」

「何百人分を?」

「…………ひゃ……」


 それに突然なんの理由もなくお菓子配ったら絶対に人気取りだと思われる。

 頭が痛い。

 どうしたら良いんだ?


「これって、わたくしがケリーと婚約したせい……」

「ヘンリ」

「だって、他に……他に理由が思い浮かばないし……」

「!」

「へ、ヘンリエッタ様!」


 ケリーとヘンリエッタ嬢の表情がずっと暗かったのは……そのせいか。

 二人が婚約したから、だから本来なら発生しないはずの破滅フラグが立ったと?

 いやいや、そんな事言ったら!


「それはおかしいと思います。それならマーシャとエディンの婚約も、お嬢様に破滅フラグを立てているはずです!」

「でも、エディンルートのローナの破滅って二人が結婚した後だもの。それに、ローナはもうエディンの婚約者じゃない。ローナがエディンルートで破滅するのは、婚約者だったから。……でも、ケリールートはそうじゃないわ」

「…………」


 深刻な表情の二人。

 いや、それは……そうかもしれないが、でも……だからって……!


「何か、方法はないのでしょうか?」

「わたくしとケリーが婚約解消するしか……」

「早まるな、ヘンリ。……他の方法を探す」

「でも!」

「理由もなく出来る事じゃないし、義姉様に勘繰られる。どう説明する気だ」

「うっ」


 ……戦争に行く相手と結婚出来ない……なんて、ヘンリエッタ嬢の立場では言い出せないだろう。

 むしろ侯爵家のヘンリエッタ嬢はケリーが……婚約者が戦争に行くのは誉となる。

 それを理由に婚約破棄は、国の方でも認められない。

 あの陛下なら尚更睨まれかねない。


「となると、お嬢様に不特定多数の令嬢がぐうの音も出ない程に真凛様と仲良くして頂く?」


 え、待ってそれ『ローナルート』にならない?

 自分で言っておいてなんだけど変な汗が噴き出してきたぞ!


「もしくは、周りが庇うように仕向ける」

「! そうか! 次期王妃だもの、媚を売りたい貴族を味方にするのね!」

「ただ、義姉様は人気取りがド下手だ」


 キッパリと、ケリーが言い放つ。

 ……そ、それは……まあ、うん……取っつきにくいし愛想笑いも出来ないし口を開けば政治の話……。

 確かに小難しい性格だし、不器用だし誤解されやすい性格だが!


「くそ、どうしたら……! 貴族の人気を集められる手段……」


 うーん、と悩む。

 貴族たちから、人気を得る。

 お嬢様が、だ。


「……お花……」

「ん?」

「ローナ様はお花が好きだから、お花を贈るのはどうでしょうか!」

「……花を贈るって、唐突に? そんなの不審がられ……あ、いや、待てよ」


 一瞬真凛様の提案を小馬鹿にした様子のケリーだが、すぐに表情を変えた。

 そして、あれやこれやと頭で何か考えを巡らせて……。


「それだ。アンジュ、すぐにプリンシパル区内で買収出来そうな店舗をリストアップしておいてくれ。義姉様には俺から提案する」

「え、待て待て、何を始める気だ?」

「化粧品を売る。義姉様は元々化粧品を自分で作っていただろう? あとハーブティー」

「あ……」


 うちのお嬢様はお化粧品を自分で作っている。

 ハーブティーも、効果を考えて自分でブレンドしたりしていた。

 突然顔を上げるヘンリエッタ嬢。


「そ、そうだ! ローナの化粧品めちゃくちゃ効果絶大なのよ! 化粧水、乳液はもちろんファンデーションもシャンプーとコンディショナー、ボディーソープもボディーオイルも……」

「え? へ、ヘンリ、お前そんなに義姉様に色々貰ってんの?」

「え! あ、あはははは〜……そ、相談したら作ってくれてつい……甘えて……え、えへ?」


 ちゃ、ちゃっかり屋さんめええぇ〜〜!?


「確かに、商品化したらバカ売れ間違いないわね! っていうかわたくしも買うし!」

「はい、出来れば少しお安めな物を使用人用に販売して頂ければ我々も買います」

「ア、アンジュ……」


 真顔で挙手!

 アンジュ!


「ふん、ヘンリたちが効果に関して保証しているのなら、俺が相談するよりヘンリから提案してもらった方が良いな」

「え?」

「ヘンリ、義姉様を落とせ! 美容品に関して、色んな令嬢に触れて回って外堀を埋め尽くし、義姉様に『美容品の店』を出店させるんだ! 義姉様がプロデュースした店が人気になればそれはそのまま義姉様への人気! 評価となる! ついでにリース家にも金が回るし令嬢たちは素晴らしい肌を手に入れられる。誰も損しない!」

「「「お、おおおぉ……」」」


 さ、さすがケリー……!

 姑息!


「わ、わたしもローナ様にお願いしてみます! ローナ様に頂いた化粧品、確かにお肌プニプニになりますし、ニキビは出なくなりましたし、ローナ様がブレンドしてくれたお茶を寝る前に飲むとすごくよく眠れますし!」


 真凛様もすでに実体験済み!?


「そうね! それがいいわ! 早速女子寮に帰ってみんなに宣伝してきましょう! 巫女様!」

「はい!」

「では、あたしはケリー様に頼まれた件を」

「あとヘンリはついでに女子が欲しい美容品をリストアップしてくれ。それを基に義姉様に商品化に向けて動いてもらう」

「おっけー! 任せて! これでもリエラフィース家は商人家系の成り上がりよ! やってやるわ!」


 えええええぇ……。

 ヘンリエッタ嬢、そこ胸張って言う事では……!


「ヴィニー、お前も分かってるな?」

「もちろん。ハーブティーの原材料の調達、ブレンドの効果一覧を製作、お茶会での試飲会の設定、ハーブを使用したその他商品のピックアップ、値段設定、旦那様への連絡等々、やる事は山積みだろう?」

「よし、では動くぞ。俺のルートなら尚更俺が義姉様の破滅フラグとやらを叩き折ってくれる!」



 ケリーが頼もしーーーーー!




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