どえらい事になりそうだった夜



 と、いう話し合いの夜。

 お嬢様の伝言を持って現れたマーシャとメグに、使用人宿舎で衝撃的な事を聞かされた。


「え、帰省、しない?」

「うん! マリーは明日、朝一でルコルレの街へ戻すけど、お嬢様はお城でお勉強する事が山盛りだからけーらねぇって」


 ここぞとばかりに訛りまくるのでチョップ。

 気を抜きすぎだ。

 使用人宿舎とはいえ、今はアミューリアの生徒なんだから。


「そうか……まあ、お嬢様がそう仰るなら……」


 それならまあ、それでもいいか。

 以前話に出ていた『夏季休み中、リース家に真凛様が泊まる件』がなしになるって事だもんな。

 うん、それは、素晴らしい!

 お嬢様ルートのイベントの可能性もあったから、大賛成。

 ……若干……『オズワルドルート』確定だよって言われてる気もしないでもないけど。

 い、いや、お嬢様の破滅エンド回避を確実にするには、それが一番……。


「……あ、あのさ、あたしは、お休みもらっていいよってお嬢様に言われたんだけど……」

「ん? ああ、そうなのか。分かった」

「お兄さんも、大丈夫、なんだよね?」

「?」


 どういう意味だ、と顔を上げる。

 メグが休むのは別段不思議な事ではない。

 夏季休みは基本、王都で雇った者は雇用契約上にもよるが休んでいい事になっていた。

 例外はアメルだろうか。

 ライナス様は夏季休み、ノース地方まで帰る事はないから。

 だが、メグの質問の仕方はなんだか……。


「どういう意味だ?」

「だって昨日の事、使用人宿舎でも朝からものすごい噂だったよ? あたしとマーシャは聞かれまくったんだから」

「う、うん……」

「……? ……あ、ああ、あれか……」


 昨日。

 昨夜の……『王誕祭』会場での騒ぎ。

 使用人たちの噂になるものとくればユリフィエ様の『オズワルド、迎えに来たわ』発言。

 そう、『ヴィンセント・セレナード』が『オズワルド・クレース・ウェンディール』である——説。


「だったら聞いてるんだろう? ユリフィエ様は……心のお病気だ」

「で、でもさ! でもさ! 義兄さんたまにディリエアス邸まで会いに行ってたべさ!」

「ああ、だからだろうな。お話に付き合うようになってから、少しお元気になられたと聞いていたんだが……まさかそんな勘違いをなさるとは……」

「「………………」」


 これは、割と心の底からがっかりした事でもあるし……そして何より、今日ヘンリエッタ嬢に……佐藤さんに『ユリフィエ様はオズワルドルートのラスボス』と言われて自分でも意外な程にショックを受けていた。

 なぜだろう。

 月一程度で会いに行っていたのは、本当にあの人が元気になればいいという想いからだった。

 それをなんだか、裏切られたような気持ちなのだ。

 自分でもなかなかに意味の分からない、形容し難い感情だが……例えるならやはりそんな感じ。

 期待のようなものを持っていたのは俺の方。

 それをぶち壊されたと感じているのも、俺の勝手だと思う。

 あの人は『息子』を迎えに来た。

 紛う事もなく、間違いなく、あの人は『俺』を『息子』であると見付け出したのだ。

 本来ならば喜ぶべきところのはず。

 母がその愛故に、正しく己が腹を痛めて産んだ息子を迎えに来た。

 まるで美談だ。

 だが、迎えに来られた方はそんな事を一切思わないし、むしろ迷惑にさえ思っている。

 そしてなにより、この『裏切られた』に近い感情。


 ——何を、今更。


 そういうものでもないのだが、少なくとも俺はもうとうの昔に貴女の手を離れているのだ。

 今更縋り付かれても困る。


「…………」


 ああ、ケリー。

 お前が言ってるのはこういう事か。

 いつまでも過保護にされては鬱陶しい。

 うん、そうだな……寂しいけれど、みんな大人になっていく。

 世話や面倒を見るのはそろそろ終わりにしなければならない。

 俺も……俺も自分で自分の未来を考えていかなければならないのだ。

 前世で出来た事を、改めてもう一度するだけの事。

 そのはずなのに、なぜこんなに胸が痛む?


「…………じゃあ、義兄さんは本当に、本当に、オズワルド様じゃねーんださ?」

「いや、そもそもオズワルド様は亡くなっているんだろう」

「そ、そうだよね、そう、みんな言ってたけど……黒髪黒目は、金髪碧眼と同じくらい珍しいし」

「だからっていないわけじゃない。ルークもそうだし」


 顔を見合わせる二人。

 その表情は未だ微妙。


「けど、平民出なのに魔力適性が『極高』とかさぁ」

「んだんだ! レオ様も『極高』だって言ってたし!」

「ルークも『特高』だぞ」

「ルークは貴族だったんでしょ!」

「んだんだ! 義兄さん、平民出のはずだべ!」

「お前らなぁ……」


 確かにそこは、まあ、うん。

 どう言い訳しても魔法関連は弱いな。

 仕方がない……あまり話したくはないが、アンジュに聞いた『本当にある怖い話』をして諦めさせよう。


「恐らくだが、その理由はアレだ……」

「え、なになに?」

「やっぱり王家の血が入ってるんださ!?」

「……実は一部の貧乏貴族が豪商人に自分の娘を援助と引き換えに嫁がせる事があるらしい」

「え」

「え?」

「だから稀に、平民からも『記憶継承』を発現させる者が生まれてくる。だが、最近は貴族の屋敷で働いた事のあるメイドが養女として貧乏貴族に引き取られ……金の代わりに商人の嫁として嫁がされる事案が多発しているそうだ。……分かるか? 主に、メグ」

「え、え……い、いや、そ、そんな事……」

「え? え?」


 ……マーシャには後でもう少し噛み砕いて教えるしかなさそうだな。

 まあ、こいつは血筋以前に貴族の養女には絶対声が掛からないだろうけど。

 黙ってりゃ美少女だが動きだけでも残念なので。


「そんな風に商人たちへ金で売られたうら若き乙女たちの呪いのようなものがだな……」

「え、ちょ、ちょ、ちょっとやめてよ! あたしそういう話得意じゃないんだってば!」

「知ってるだろう? 魔力適性は体質だ……」

「ちょちょちょちょちょちょ!」

「ぐえ!」


 思わずマーシャに抱き着くメグ。

 顔。

 顔がヒロインの一人とは思えない事になってるし、亜人と分かってからロングの上に尻尾を出しても分からない一段目のスカートを付けたのだが……それがめくれて膨らんだ尻尾天井に向かって伸びている。


「積み重なってきたそういう怨念めいたものが、平民出の『記憶持ち』には宿るらしく……」

「もういいもういい!」

「魔力適性が高くなりがちになるとかそうでないとか……」

「もういいもういいってばぁ!」

「事実俺も魔法を使う度に何か恨み言を呟くような声が……」

「アーーーー! アーーーー! 聞こえませんけど聞こえませんけどぉ!」

「んもぉ、義兄さん……」


 ……そうだな、マーシャの肩までメグが登ってしまったのでそろそろやめよう。

 しかし、メグ一人を肩に乗せて微動だにしないとは我が妹ながら恐ろしい身体能力だ。

 さすが腐っても王族の血筋。


「まあ、冗談はほどほどににしてもだな、ユリフィエ様の体調を思えばありえない」

「そ、そう……」

「そうなんだー……」

「? なんでマーシャはガッカリしてるんだよ」

「えー、だって本当なら義兄さんは義理の兄さんじゃなくて本物の兄さんになるじゃん? レオ様も素敵なお兄さんなんだとは思うんだけどさぁ、やっぱりこう、高貴すぎるっつーかよぉ〜」

「……俺が高貴でないと?」

「い! いや! あの!」


 否定はしないがレオと比べられるとそりゃあ尚更そうだろう!

 つーかお前に言われたくねぇ!


「ぐ、偶然でも本当の兄さんを『にいさん』って呼んでたのは、なんか嬉しいなって思ってただけださ!」

「…………」


 多分、俺はなかなかに変な顔をしていた事だろう。

 マーシャのその言い方は、まるで……。


「え、お前ブラコンなの? 俺の事そんなに大好きだったの?」

「っぶ! ん、んなわけねーべ! ちょーしこくな! 義兄さんのぶぁーか、おやすみー!」

「あ! マーシャ急に走らないにゃあああぁあぁあああぁ!」

「………………」


 なんだありゃ。


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