戦巫女アルバイトする。
はあ……本当に……本当に良かった。
「では、行ってらっしゃいませ」
「…………ヴィニー……わ、わたくしどこも変ではない?」
「はい、本日も最高にお美しいですよ。メグ、お嬢様を頼むぞ」
「う、うん! 任せて! あたしだってメイドとして成長してるところを見せてやるんだから!」
……それは不安だが……。
「ナァナァ、義兄さーん……わたしもどうしても行かねーとダメださ?」
「ダメだ。お前はしっかり務めを果たしてこい」
「あううううう……」
むしろ今日まで引き伸ばしてもらった事に感謝しろ。
……ああ、マーシャは今日から週末、去年の俺と同じく城で王家の者としての勉強が始まる。
スティーブン様とエディンがこの後迎えに来て、城へと行くのだそうだ。
ただし、マーシャの場合は教師役がレオではなく陛下。
それが決まった時の俺とマーシャの表情は……まあ、想像に容易いと思う。
頭が痛くなったよなぁ、そりゃあもう……。
ルティナ様も側で監視していてくれるというのが救いだ。
「いやだよぉ〜、怖いよぉ〜! 王様とルティナ様と三人だけの空間なんて絶対地獄だよおおぉ〜! わたしはお嬢様のメイドとして一緒に行きた……あ、いやでもお嬢様とレオ様のデートについて行くのはそれはそれで複雑……」
「…………」
あ、う、ううん……と、とても気持ちが分かるので、掛ける言葉が見当たらない。
行っても地獄、行かなくても地獄だな、マーシャ。
俺は教師役がレオで良かった。
本当に、心の底から! ……良かった……。
「……では、俺はそろそろ……」
「え、ええ」
「お嬢様、あまり気負いすぎずに……しかし頑張ってくださいね」
「う……、……え、ええ……が、頑張るわ……」
女子寮には立ち入り禁止ではあるものの……女子寮の門の横にある玄関ホールの待合室の方は俺も入れる。
もちろん燕尾服を着て、玄関ホールにいる管理人さんに事情を話せば、だけど。
お嬢様の事はメグに任せるが、マーシャは……うん、まあ、頑張れとしか言えん。
「…………」
お嬢様とレオのデート。
俺も付いて行きたいか、と言われるとなぜか全く行きたいと思わない。
むしろ、見なくて済むのなら見たくないかな。
前回はマーシャとエディンのデート邪魔してやるぁぁぁ! って気合いが入ってたが……。
「はあ……」
ケリーの言葉も頭の片隅に残っている。
お嬢様は、レオに任せておけばきっと……きっと大丈夫。
お嬢様だって、いつまでも子どもじゃないんだからな。
うん、うん……それは、分かっている。
結婚すれば後宮に入られるのだろうし、俺はそこまで付いてはいけない。
遅かれ早かれ、俺はお嬢様とは……。
「………………」
不思議だ。
なぜ先日のエリックを思い出すのか。
あれはスカッとしたが、同時に未来の俺の姿でもあるような気がした。
それに——……あの、自分でも信じられない程の……強烈な嫌悪……いや、もう……憎悪に近い。
あれは、あの感覚は一体何だったんだろう。
エリックがムカつくのは仕方ないにしても、鈴緒丸を召喚する程の事ではなかったはずなのに。
マジに殺そうとしていた感じすらしたな。
……自分の事なのに、今なら客観的に考えられる。
これはなんだ?
俺はあの時、一体どうしたんだ。
「……っ」
でも、あの感覚を覚えておければ戦争でも心置きなく戦える……?
誰かを殺す事を、平然とやってのける事も出来るんだろうか。
だが……そういう人間には、なりたくない。
そんな事を考えているうちに、学園の被服実習室にたどり着く。
昨日のうちに準備は終わっているから、時間通りに二人が来ればすぐに始められるだろう。
そう思って懐中時計を開けると、ちょうど声が掛かる。
「おはようございます! ヴィンセントさん!」
「おはようございます、ヴィンセントさん。本日はよろしくお願い致しますわ」
「おはようございます、巫女様。……と、マリー。逃げずによく来たな」
「……ヴィンセントさんはあたくしの事をまだ信用してくださらないんですのね」
「いや、なんで自分にその価値があると思ってんの? 逆に驚きなんだけど」
「っ!」
「ま、まぁまぁ!」
コノ子、ナニ言ッテンノ?
不満気になに言っちゃってんの?
はあ?
「……ひ、ひどい……あたくし、本当に反省して毎日頑張ってますのに……」
「反省して頑張ってる人はわざわざ『反省して頑張ってる』なんて言わないと思う」
「ヴィンセントさん! も、もうぅ……! え、ええと、は、は、始めましょう!? ね!? え、ええと、何をすれば良いんですか!?」
……ふむ、巫女殿に気を遣われてしまったのでこの辺にしよう。
とりあえず実習室の中に案内して、十着程、マーシャが着終わったドレスを見せる。
「これらを少し手直しします。装飾を増やしたり減らしたりして、デザインを変えるんです。サイズの手直しは売り下げた側がやるでしょうから、しなくて結構。まあ、自由に好きな感じに仕上げてください。お好みのデザインになれば持って帰ってくださっても構いませんよ、巫女様」
「わ、わたしですか!? い、いえぇ……」
「しかし来月『王誕祭』がありますからね……手持ちのドレスは多いほうがよろしいかと。今年から九月に『同盟祭』も始まりますし」
「『同盟祭』……?」
ふふふ、ご説明しよう!
多分ゲームには登場しない、新たな祭日だ。
「去年亜人族と人間族が同盟を結びました。それを祝し、同盟締結日を祭日とし、祝う事になったのです。今年からですね」
「へ、へえ! それは素敵な日ですね」
「ええ、城ではパーティーが行われます」
「…………。パーティー……ド、ドレス……ですか……」
しょぼーん。
と、まるでマーシャのようにあからさまに『パーティー』と聞いてテンションを下げる巫女殿。
不思議だ……女の子ってパーティー好きなイメージだけど。
マーシャといい、巫女殿といい……庶民感覚的にパーティーって嫌なものなのかな。
俺は仕事がなければのんびり情報収集だけしていられるから、そこまで苦ではないんだけど。
……まあ、主催する側になれば地獄のような忙しさだがな。
「巫女様も確実に招かれますから、予備も含めてドレスはいくつ持っていても足りないと思いますよ。恐らく有力貴族の開催するパーティーも、今後は増えると思いますし」
「…………」
「お、お疲れとは、思いますが……」
「…………マ、マナーとか、あんなに大変なのに……あれを毎回すると思うと……」
ああ、堅苦しいよなぁ。
マーシャもだいぶマシになったが、今日も死にかけるんだろうなぁ。
まあ、今日はなんか意味合いが微妙に違うというか。
「距離を置きたければパーティーは断っても良いと思いますわ。一部は本当にただただマリン様を利用しようと考えておりますもの」
「そうは言われても……それがどの人なのかは、わたし良く分からないし……」
「ご安心ください、マリン様。あたくしがきちんと調べておりますわ」
……まあ、事実城にまで潜り込んでるらしいからな。
城の連中はマリーが『偽のマリアンヌ』である事に……まさか気付いてない、わけは、ない、よ、なあ?
巫女殿を引き合いに出して黙らせているのか?
どちらにしても、いつかレオや……バルニール陛下に遭遇したりしないかヒヤヒヤするな。
陛下もよもや、こいつにまた肩入れする事はないだろうけど……。
貴族のパワーバランスや巫女殿に対する思想を調べるのに、城にまで入り込む必要性を俺はあまり感じないんだが、その辺りはどうなんだろうか。
「う、うん。それはじゃあ、マリーちゃんを頼りにする、ね?」
「ええ、お任せください」
「こほん。……ではそろそろ作業を始めてもらいましょう。本来なら巫女様がなさるような事ではないのですが……」
「もう! それは言いっこなしです!」
という事なのでサクッと作業を始めましょう。
はあぁ……不安だ。
ドレスの装飾……デザインは流行り廃りがある。
二人の仕事ぶりで売り下げるドレスの価値は上がったり下がったりするというわけだ。
まあ、それは良いさ。
元々陛下に貰ったものだから、元がそもそも良い。
多少の流行り逸れは構わないが……それ以前にね、センスっつーもんが現れる。
巫女殿は流行りなんか知らないだろうから、好きなようになるだろう。
問題は年末の歌番組で大御所みたいなドレスを着ていた……マリーだよ。
ヤバそうだったら俺が手を加えなければならない。
俺、今から座学を少し勉強したいんだ。
魔法の訓練で夏季休み前のテストがちょっと不安だから。
「ヴィンセントさんは何を始めるんですか?」
「ああ、勉強を少し。座学に不安がありまして」
「わあ、偉いです……」
「いえいえ、リース家の執事としてこの程度は出来なければ」
「座学かぁ……わたしも勉強しなきゃなぁ。……この世界の勉強って、わたしの世界の勉強のレベルよりも高くて……」
「そう、ですか」
そうか?
…………あ、いや、巫女殿の歳を考えるとそうかもしれない。
この世界の授業、勉強は『記憶継承』の力で前世で習った事を簡単に思い出す『作業』と言っても良い。
巫女殿には『記憶継承』がないから、一から勉強して覚えなきゃいけないんだ。
そう考えると巫女殿にはかなりハードな勉強をしなければならないのか。
「今度お教えしましょうか?」
「え! 良いんですか?」
「ええ。家庭教師のバイトもしていた事がありますし……」
……ハッ!
「え、ヴィンセントさんもアルバイトとかしてた事あるんですね」
「…………ま、まあ……ええ……は、はい……」
「なんで急に顔色が悪くなるんですか……?」
「いや、急にふ、腹痛が?」
「え、大丈夫ですか!? 治癒、掛けますか!?」
「お、お願いします……?」
…………や、やっべー、やっベー……!
家庭教師のバイトしてたの前世の話だったよ!
ああ、巫女殿無駄な力使わせてごめーん!
「…………あ、ありがとうございます、もう大丈夫そうです」
「本当ですか? 良かった……この時期って食中毒とか流行りますから気を付けてくださいね」
「あ、はい」
『斑点熱』も流行り始めてるしね、気を付けます。
……まあ、多分……なんもいうか、うん……巫女殿の側のいると、気が抜けるというか……前世の事を無意識に意識するというか、多分……、
懐かしい……。
……ん、だと思う。
なんだろうな、この感じ。
エリックがラスティにクビにされた時の怒りの感覚とはまた、全くの別物。
前世の俺……『
懐かしい……ああ、なんだろう、すごく、落ち着くというか……不思議な感覚なんだよなぁ。
「…………。あのー、あたくし、ちょっとお手洗いに行ってきてもよろしいかしら?」
「え? あ、うん。場所分かる?」
「ええ、来る途中にありましたもの」
「…………」
じと。
と、マリーを睨む。
それに気が付いたマリーが「学園から抜け出す事はありませんわ!」とキレ気味に返してきたが……本当かなぁ。
「……えっと、それじゃあ、わたし作業の続きをしますね!」
「あ、はい」
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