アルトと俺
それから一応かちゃかちゃ、やらチクチク、やら……巫女殿が作業する音を聞きながら勉強に勤しんだ。
…………なにこれ超絶捗るわ〜。
うん、ここまで進められればテストは大丈夫かな。
意外と思い出せるものだ。
「……マリーちゃん遅いですね?」
「ハッ! そうですね!? まさか!」
「い、いやいや、さすがにそれはないと思いますけど……。もしかしたら学園の中で迷っているのかもしれません。わたし、探してきますね」
「いや、俺も行きます。一応奴の監視役で残っているので!」
「……ヴィンセントさんのマリーちゃんへのその信頼度のなさ……」
「なんですか」
「な、なんでもないですぅ」
巫女殿には言ってないが、俺はお嬢様を庇ってあやつに刺されているんですよ!
信頼度なんかあるわけがない!
まして『フィリシティ・カラー』の中では奴は悪役姫。
ゲーム開始前に排除したと思ったらゲーム開始前に出戻って来やがって……。
警戒するのは当たり前でしょうよ。
つーか、むしろ巫女殿の方にこそ奴を警戒して欲しい。
「…………」
そういえば……ヘンリエッタ嬢は『マーシャルート』と『メグルート』と『ローナルート』は追加されたと言っていたが『偽マリアンヌルート』の事は言ってなかったな?
あいつだけはぶられたという事か?
はははははは、ざまぁ。
「あれ?」
人の話し声。
俺だけでなく巫女殿にも聞こえたのか?
廊下の少し先の窓ガラスに、紺色の髪が見える。
覗き込むと、やはりマリー。
しかし、ベンチに座る誰かに話しかけているな?
「っ! アルト様! 大丈夫ですか!?」
「あ! 良かった! 今呼びに行こうと思ってましたの! マリン様! アルト様の具合が悪いようなんです!」
「! わ、分かりました! 今行きます!」
驚いた。
窓ガラスを思わず開けて、叫んでしまった。
そこにいたのはアルト!
ゲホゲホと変な咳をして、肩で息をしている。
しゃらくさい。
「失礼」
「え?」
回り込んで、渡り廊下から外に出るのが、しゃらくさい。
ので、巫女殿を横抱きにして窓を全開まで開け、窓縁に足を掛ける。
後は飛び降りるだけだ。
簡単だな。
「ひゃあああああ!?」
「巫女様! アルトを!」
「ふぁ、ふぁい!」
あ、やべ、アルトを呼び捨てにしちゃった。
まあいい、バレないだろう多分。
それよりも、アルトの治療を最優先にさせたい。
「!」
とりあえず背中を撫でてやる。
呼吸が楽になるはずだ。
するとアルトの手首……ほ、ほっそ! ……いや、そうじゃなくて……。
「……アルト、様……それは……」
「はあ……はあ……げほっ、げほっ」
手首に青い斑点が浮かんでいる。
これは……この症状は……っ!
「エメ、お願い。力を貸して……」
マリーが横に逸れ、巫女殿がアルトに手をかざす。
細かな光が溢れてアルトの体の中へと入っていくと、ゆっくり咳は治る。
体が少しだけ震えて、それもゆっくり治っていった。
長袖の制服の上にちゃんとショールも掛けて、体を冷やさない努力は認めるが……アルト……。
「失礼、アルト様」
「う、うわ……っ、な、なんだ」
抵抗はまったくない。
手を掴み、袖を捲る。
……やはり。
「この斑点は?」
「…………。……『斑点熱』だろうな」
「という事は熱も出てたんですね?」
手を掴んだまま額に反対の手をあてがう。
抵抗はされない。
抵抗されるかと思ったけど、その元気もないのか。
顔色は最悪に悪いし、目も合わせようとしない。
まあ、触れた限りだと熱はないな?
「……出たが……」
「なんでこんなところを出歩いていたんでしょうねぇ……?」
「うっ」
いやー、これは怒って良い案件だろ〜?
レイヴァスさんが心配死するぞ、これは〜。
巫女殿の『治癒の力』は病も治す。
『フィリシティ・カラー』のシナリオでは一部、王都で流行った『斑点熱』の治療と沈静化に協力する、というものもあるそうだ。
……まあ、それは……主に『オズワルドルート』と『ローナルート』らしいけど。
ぐぬぅ、もろに俺とお嬢様の破滅エンド……!
そして、攻略対象のアルトが『斑点熱』に罹るなんて………………これは、聞いてない。知らない……!
いくら体が弱い設定があるとはいえ……『斑点熱』は死ぬ事もある病気だぞ!?
まさか?
まさか、俺がシナリオを歪ませすぎたせいか?
そのせいで変なしわ寄せで、アルトが『斑点熱』に罹ったのか?
……巫女殿の『治癒の力』で『斑点熱』は完治出来るとしても……。
「……そ、それは……」
「それは?」
「ヴィンセントさ……」
「巫女様はちょっと黙っててくださいね」
「は、はい」
そこんとこははっきりさせておかねばならんのだよ、巫女殿。
こいつ、アルトォ……!
貴様さては『斑点熱』の感染力をナメてるな?
「…………寮にいると、ハミュエラの奴に移してしまうと思って……」
「出歩いたら他の生徒に移して一気に感染拡大するでしょうがアホかテメェ」
「!?」
「ヴィ、ヴィンセントさん!?」
無理。我慢出来ん。
アッタマきた。
言いたい事は分かるとても分かる。
ハミュエラの場合痛覚がエラーを起こしてるから病気に関しては特に! 致命的に! 鈍い!
だが!
「俺は一度『斑点熱』て死に掛けているからあの病気の感染力のヤバさは知ってるんですよ」
「!」
「ここに来るまでに誰かに会ってたりしたか?」
「…………。……誰にも会ってない。その、そこの娘だけだ」
アルトが目を逸らす。
そこの娘……まあ、マリーな。
「なら良いけど」
「あ、あたくしなら良いみたいな言い方やめてくださる!?」
「だが困ったな……俺は一度罹ってるから多少免疫はついているだろうが……巫女様は……」
「わ、わたしはエメが不思議な力で守ってくれているので大丈夫です!」
不思議な力便利かよ。
「マリーちゃんには、一応『治癒の力』を掛けておきますね」
「ああ、成る程。そうですね、お願いします」 「ありがとうございます、マリン様」
マリーはどうなっても良いが、マリーから使用人宿舎に感染拡大なんかしたらシャレにならんからな。
巫女殿の判断は正しいだろう。
俺も一応掛けてもらおうか。
いや、そもそも……ウイルス性なのか細菌性なのか……。
確かレオがお嬢様との初デートの時に、鳥の獣人が隣国から持ってくると話していたな。
感染源はそれだとも。
……というか、ついに学園……王都でも『斑点熱』が確認されたか。
「……石鹸の予防は間に合わなさそうですね」
「あ……、……そ、そうですか……」
せっかく巫女殿にも知恵を借りたのだが……『斑点熱』が流行る速度が速すぎる。
くそう、去年辺りに『斑点熱』が流行ると知っていれば、色々準備も出来たかもしれないのに……。
いや、これは結果論。
ヘンリエッタ嬢も『斑点熱』が流行るルートは限られていると言っていた。
『オズワルドルート』か『ローナルート』……お嬢様のルート。
どのヒロインがどのルートに足を突っ込んでいるのかは分からないが、出来る事なら『斑点熱』はやめて欲しかったなぁ。
「被害そのものを減らす事は可能だと思います。王都で流行り出すのも、時間の問題でしょう。城の方に知らせて参ります。すぐに国庫の解熱の薬草や薬を準備しなければ……」
「……っ……」
「アルト、お前しばらく外出禁止。それでなくとも最近まともに薬を飲んでないんだろう?」
「!? な、なぜそれを……あ、い、いや! き、貴様……た、態度変わりすぎ……」
「では、巫女様、俺はアルトを男子寮に連行しますのでここで。お給料は明日にでもお持ちします。俺はこのまま城の方に『斑点熱』の報告に行ってついでにマーシャも回収してきますので」
「は、はい! ……はい、分かりました……よろしくお願いします」
……あーあ、お嬢様とレオは明日から相当忙しくなりそうだな。
これじゃ今月以内にもう一度くらいデート、は無理そうか?
来月は『王誕祭』の準備でレオが忙しいだろうし……まあ、また全員で城に手伝いに行けば良いか。
お嬢様もその方がレオと……学園では出来ないような話も出来るだろうし。
…………仕事の話題しかしてなさそうだけど。
「はい、入った入った!」
「っ……」
「レイヴァスさんにはきちんと本当の事を言うんだぞ? 手洗いうがいはしっかりやる事! 野菜、根菜類を食え根菜類を! きちんとあったかくして寝る事! 分かったな!」
「う、うう……き、貴様態度が変わりすぎだぞ!」
「やかましい! この間のお嬢様主催のお泊まりパーティーの時に何を聞いていた!? 『斑点熱』は感染力が強く流行りが広がるのがむちゃくちゃ早い。予防法も特効薬も確立していないし、重度になれば死ぬ事もある。お前みたいな体の弱い奴一発だろうが!」
「う……」
「まして夏場は食い物が悪くなるのも早いし、薬草も収穫前! 薬は去年のものを使うしかない。つまり貴重! 巫女様の『治癒の力』だって、一日どれぐらい使えるか分からない!」
「うぅ……」
「その上、薬は苦くて飲みたくないと言っているらしいな?」
ぎくっと肩を跳ねるアルト。
こーいーつー……。
とりあえず廊下でいつまでも話しているのはアルトの体が冷えるかもしれない。
押し入るようにアルトの部屋に入り、扉を閉め、アルトをベッドに座らせる。
……今からする話は……外聞もよろしくないしな。
「レイヴァスさんに大体聞いているよ。フェフトリー家の事情も」
「! …………。……そうか、レイヴァスが話したのか……ずいぶん信用されているんだな」
「アルト、俺は……フェフトリー公爵はお前とお前のお母上の命を守る為に苦心しておられると思った。本当のところ……お前は、どう思っている?」
しゃがんで目線を合わせる。
アルトは随分驚いた顔をした。
まあ、そのぐらい……立ち入った話だからな。
目を見開いた後、しばらく……口を一本に結んで噤んでいた。
「…………オレなんて死ねば良いと……思って生きてきた」
「っ」
「でも、母上は……弱い体で慣れない土地に嫁いで、息子のオレまでこんな体質で……それなのに、死んだりしたら、母上は……。そう考えると、死ねないし、申し訳がない……。父上も本当はオレの事など邪魔でしかないのだと……」
「俺はそうは思わなかった。お前とお前のお母上が飲んでいる薬……あれが『武士』達にしか作れないものなのだとしたら——」
「………………父上は、オレと母上のために……?」
「俺はそう思った」
頷いてみせる。
零れ落ちる、涙が一粒。
ヘンリエッタ嬢も……そういうすれ違いがあると言っていたし…………ん?
「………………………………」
あれ?
もしかして俺、またやっちゃ……た?
「…………っ」
…………やってしまったか。あははは……。
でも、まあ、これは、うん、まあ、ほら、仕方ないというか?
仕方ないよ?
仕方ないだろ? 仕方ないって誰か言ってくれェ。
こんな風に思い詰めていたなら、仕方ない、うん。
ああ、ほら、こんな風にはらはらと声もなく泣く程に……追い詰められていた奴を前にして、攻略がどうとか言ってる場合じゃないよなぁ。
「…………」
そうだ、もう仕方がない。
諦めよう。
どんなにフェフトリー公爵の想いをアルトに伝えたところで、アルトの薬がイースト地方がら届かなくなっている事実は変えようがない。
こればかりは迂闊にレオに一筆添えてもらったところで毒薬でも送りつけられれば一発でアウト。
手のひらにじんわりと汗が滲む。
アルトの体は確実に去年より弱っている。
休みは増えているし、いよいよ『斑点熱』も流行り出した。
巫女殿の『治癒の力』は絶大だが、アルトの体質を思うと免疫力が仕事するとも……正直思えない。
多分、漢方薬っぽいものだと思うんだよな……『武士』が作る薬は。
似たものを作れれば……せめて……。
「……あったかくして寝てろよ」
「…………」
立ち上がって頭を撫でる。
意外とサラサラで柔らかい毛質。
こくんと頷いたのを確認してから、アルトの部屋も男子寮も後にした。
さて、行くか。
城の禁書庫。
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