石鹸とデートの目標



 石鹸を頼んで数日……今日から六月。

 早速だが問題。

 起き抜けにニコライが枕元に立っていた時の俺の心境を十文字で述べよ。


「心臓に悪い」

「俺は機嫌が悪い」


 あれ、仕事モードだ。

 珍しいな?


「?」


 無言で何かを差し出される。

 なんだ?

 受け取ると四角い物。

 …………。

 いや、本当に何?


「試作品を持ってきた」

「え、早すぎないか?」

「正式に依頼されたとなれば、全力で仕事をするのが我ら亜人族だからな」

「な、成る程?」

「マイフォの実の果汁を使って作ってみた。汚れや匂いも完璧に落ちきるはずだ。オイルを何種類試したが、その中で質が良いと思うものを持ってきた。確認を」

「ありがとう」

「問題なければ量産して……買い取ってもらえるのだろう?」

「ああ」


 最悪俺のポケットマネーから出すぜ。

 そんなわけで三種類ほど受け取って、学園に着いたらまずはお嬢様に使ってもらう事にした。

 医療関係はお嬢様が一番お強いからな。


「……こんなに早く作れるなんて……。亜人たちに依頼したのは正解ね」

「ありがとうございます」

「でも香りはないのね。香り付け出来ないかしら」

「…………」


 さすがお嬢様。

 石鹸に香りとは……商才もおありか!


「香油を使えば入るかもしれませんね」

「そうね、今度試してもらいましょう」


 ……まあ、そんな感じで若干話は逸れたけど。


「泡立ちもすごいし、保湿力もあるのね。素晴らしいわ。汚れ落ちも申し分ないし……良いわ、すぐに量産に移ってもらって。我が家で買い取りましょう」

「! ではすぐにメグに……」

「ああ、そうだったわね。お昼になったら薔薇園に来るでしょうから、その時に伝えるわ。香油の件もね」

「はい」


 ……あっさり石鹸の件が解決してしまったな?

 ふむ、それでは次の問題に移ろう。


「お嬢様」

「なぁに?」

「レオハール様とはあれ以来どこへお出掛けになっているのですか? お誘いなどは?」

「うっ!」


 ぼわ、と耳まで秒で染まる。

 俺は笑顔を崩さない。

 まぁな?

 学園では毎日会ってるし?

 たどたどしいなりに昼食時は相変わらずほのぼのと他愛のない話を、また出来るようにはなっているんだがな?

 他愛のない話がほぼほぼ仕事に近い内容なのが気になるところなんですよ、お嬢様よ。

 あの場にそぐわないとか、あの場で堅い話はするなとか言いません。

 だがしかし!

 俺ですら!

 甘い空気を全く感じないんですよ!

 これならばまだ!

 婚約前の方が甘ったるかったような気さえするよ!


「…………」

「行ってませんよね?」

「…………そう、ね」

「六月になりましたよね?」

「うっ…………、……そ、そうね」

「来月になると殿下は『王誕祭』の準備でお忙しくなりますよね?」

「そ、そうね……」

「今がチャンスですよね? お出掛けの回数を増やす、チャンスですよね?」

「う、うぅ……」


 恐らくレオにはスティーブン様とエディンが圧を掛けている頃だと思うので、俺はお嬢様にガッツリと圧を掛けておかねばなるまい。

 俺は前回一応圧掛けておいたし。

 この二人は放置され慣れ過ぎている!

 周りが! グイグイ! 圧を掛けなければ!


「どこか行ってみたいところとか、ないんですか?」

「い、行ってみたいところ……、……で、でも、我儘を言うようで……ご迷惑に……」

「なりませんし、定期的にきちんとお出掛けしませんと殿下がお嬢様を軽んじていると周りに……」

「わ、分かっていますっ」


 本当かなぁ?


「そ、そんな事を言われても……ふ、普通の男女がどこへ出掛けるのかなんて……」

「うっ……ま、まあ、それは俺にもよく分かりませんけれど……」

「ほ、ほら、ご覧なさい……ヴィニーがこの手の話でわたくしに説教なんて百年早いのです」

「なっ……! そ、それはそうかもしれませんが、俺とお嬢様ではお立場が違うでしょう! そもそも、お嬢様はレオとお出掛けしたいと思わないのですか?」

「……え、そ、それは……それはその……いえ、でも、昼食のお時間をご一緒出来るだけでも……なかなかにいっぱいいっぱいになるというか……」


 えええ……。

 ……でもそれはレオも同じ事思ってそうなんだよなぁ。

 ど、どうしてくれようこのジレッジレカップル!

 くっ、とは言えケリーに『鈍器』という不名誉な称号を与えられてしまった俺には解決策や打開策がまるで思い付かない……!

 一体どうしたら良いんだ!

 圧は掛けねばならないが、圧の掛け方これで合ってんの!?

 助けて! 恋愛マスター……あ、ダメだエディンの顔浮かんだ……。

 スティーブン様は恋愛小説マスター。


「話は聞かせてもらったわ!」

「「え!? ヘ、ヘンリエッタ様!?」」


 い、いつから!?

 そして今までどこに!?

 あ、いや、普通に廊下だから遭遇するのはなんの不思議もないけれど!

 でも正直ここはあなたの出番じゃなかった気がする!


「デートへ行く場所にお困りのようね!」

「え、ええと、い、いえ、あの、別にそういうわけではなくてですね……」

「…………ちょっと」

「え、え?」


 お嬢様を連れ、俺には待てのアイコンタクト。

 仕方がないので待つよ。

 ……数歩先の廊下の片隅に連れて行かれるお嬢様。

 そしてゴニョゴニョとヘンリエッタ嬢が何か話し掛けると頰を両手で覆って真っ赤になるお嬢様……尚も表情筋が働かない事にいっそ尊敬の念を覚える。

 すごいな、お嬢様の表情筋。

 頑なに『働かない!』事への執念さえ感じる……!


「あ、う……あ、ううっ」

「分かりました。ヴィンセント、ちょっと」

「は、はい?」


 来い、と言われたので近付く。

 一体ヘンリエッタ嬢はお嬢様に何を言ったんだ?


「次のデートの目標が決まったわ! キ、キスよ!」

「キッ!?」


 ご本人もやや恥ずかしそうに……。

 いや、なん……き、……っ、き、キッ!?


「……そ、そんな! は、早過ぎます! まだ結婚もしていないのに!」

「そ、そうですわ!」

「わたくしもそう思うけれどね、ローナ……貴女とレオハール殿下はした方が良いわ。そう、一度そこに至ってしまえば! 今のこの微妙な空気も解消されるはずよ!」

「「!?」」


 な、成る程!?

 お嬢様とレオのこのジレジレしい空気の打開策!

 それが、キス!

 い、いやしかし!

 しかし早過ぎる!

 キ、キスだなんて!

 それは早過ぎる!

 ぐっ、しかし! お嬢様にはレオと以前のような穏やかな空気に戻って頂きたい!

 だが! くぅ、だがしかしぃ!


「その為にも次のデートは必須! そして、ヴィンセント、貴方も空気を読んで、程良いところで二人きりにしてあげなければダメよ! ……あれ? 前回のデートどうだったの?」

「……俺は前回マリーに振り回されてお嬢様がお帰りになる頃に巫女様とマリーを寮に送り届ける羽目になったんですよ……」

「あ、ああ、そうだったわね……」


 頭の痛い話だ。

 女の子の買い物が大変なのは知ってるつもりだったけれどな。

 うちのお嬢様はサクサク男みたいな買い物の仕方するから、忘れてた。

 護衛も兼ねてるから逃げられず、いつの間にか上手い具合に荷物持ちにされ、連れ回されたのだ。

 巫女殿の『祝賀パーティー』や『王誕祭』で着る用のドレスも受注出来たから、まあ良いんだけど……マリーに『使われた』感があるのがムカつくところだよな。

 だから次回は最初から見張り役を行おう。

 途中で空気が変になるよりそちらの方が格段にマシだ。


「こ、こほん。それで、レオハール様のご予定は……」

「今月は普通にお休みですね。忙しいのは来月からです」

「な、なぜレオハール様の予定を貴方が把握しているの……!? ヴィニー!?」

「前回の件で学びました。殿下のご予定を把握しておけばデートの日程も決めやすいかと……」

「うっ……」


 前回。クレイを招いてのお茶会前に!

 というわけでお嬢様!

 平日は相変わらず訓練で難しいですが!

 土日の休みはレオも空いています!

 奴は空いてる時間に公務を行うので、予定を入れるのならば今のうちですよ!

 さあ! さあ!


「さあ! お嬢様!」

「そ、そ、そ、そんな事を急に言われても!」

「そうだわ! 王都の側にある薔薇公園はいかが!?」

「「薔薇公園?」」


 なんだそのレオもお嬢様も好きそうな公園は。

 と聞き返すとヘンリエッタ嬢の表情が『おっしゃあ、バッチリ掴んだぜ』みたいな顔になっている。

 お察しの通りバッチリ掴まれているぜ。


「王都の側、外区から三十分ほどのところに薔薇公園があるのよ! デートイベントの定番の一つ!」

「デートイベント……? イベントがございますの?」

「うっ!」


 へ、ヘンリエッタ様、ゲームの話混ぜましたね!?

 あ、いや……ゲーム内でのデートスポットなのか。

 ふむ、それは悪くなさそうだな。


「と、ともかく! そこにお弁当を持って一緒に行けば話も盛り上がるんじゃないかしら? ヴィンセントはこっち方面役に立たないし、最初から置いて行った方が良いかもしれないし?」

「酷くありません?」

「……そうね……」

「お嬢様まで!? い、良いですけどね! 前回のように、マリーがレオハール様を追い掛けてきたら困りますから……」

「えぇ……」


 そりゃ見張り番はするつもりだったけど。

 …………確かに俺が付いて行ったところで……と言いたいのも分かるけれど……。


「それに巫女様がアルバイトをさせて欲しいと言っていたのよね」

「ぐっ……! あ、ああ、その件……っ!」

「あ、ああ、そういうミニゲームあったわよね」

「ミニゲーム?」

「「な、なんでもないです」」


 ヘンリエッタ嬢〜、気を抜き過ぎですよ〜!


「ヴィニー、どうかしら……巫女様のアルバイトの件」

「わ、分かっております。お嬢様がレオハール様とお出掛けしてくださるのなら、そちらは俺が請け負いましょう。ちょうどそういう話しもしておりましたし」

「うっ……くっ……わ、分かりました……わたくしも、レオハール様とはこのまで良いと思っておりません。恥ずかしい気持ちはありますが、次期王妃としてお世継ぎを産まねばならないのにキ、き、き……キ、キ………………」

「お、お嬢様?」


 固まった?

 え、大丈夫?


「っ〜〜〜〜〜〜〜!」

「お嬢様!? お嬢様ーーー!?」


 風船がしぼむようにしゃがみ込んだ!?

 頭から湯気出てない!?

 ほ、本当に大丈夫なのか〜〜!?


「む、むりです恥ずかしい……」

「お嬢様……!」

「…………」


 ヘンリエッタ嬢が何を思って天井を仰ぎ見たのか分からないが…………こんな調子でお嬢様とレオの二回目のデートは成功するのだろうか。

 メグ、本気で頼んだぞ……!

 俺は巫女殿のアルバイトとマリーの監視をしなければならなくなった。

 巫女殿の……アルバイト……。


「………………」


 いや、それもだけど……キスの想像だけで茹で上がったうちのお嬢様がやはり心配でならないんだが……誰か解決法みたいなものを教えてください。


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