従者



 五月。

 我々は遂に『彼女』の召喚に成功した。

 場所は魔法研究所の訓練用グラウンド。

 そこには緊張した面持ちのヘンリエッタ・リエラフィース嬢!

 そう! 我々は遂に! 彼女をここに招く事に成功したのである!


「というわけで、『ティターニアの悪戯』で女神に知識を与えられているヘンリエッタを連れてきたよ」

「よろしくお願いします!」

「え、ええ、あの、ハイ。お、お役に立てるよう頑張りますわ!」


 レオに紹介を受けた彼女を、一部がにっこり微笑んで出迎える。

 うん、主に俺とかエディンとかハミュエラとか。

 ケリーに負け続きで色々溜まってるので!


「さあさあ! ケリーにばかり戦い方を教える女神の使徒のオネーサマ! 俺っちにも魔法の使い方をたくさん教えてください!」

「そうだなヘンリエッタ嬢、是非! 色々指南して欲しい」

「とりあえず水属性の魔法ってどんなのがあるんですか?」

「ちょっと! 三人ばっかりずるいよ! 僕もいい加減火柱ばかりなのは嫌なので教えてほしい! あと光属性って何の役に立つの?」


 あ? 意外にもレオも?

 まあ、確かにここ数ヶ月火柱しか上がらず全然制御出来てないからな。

 グイグイっと近付く俺たちにヘンリエッタ嬢が顔を真っ赤にさせてあわあわしていく。

 それを見兼ねたスティーブン様が割って入り、にっこり笑顔で「皆様ステイですよ」と仰る。

 うん、俺、そういうの嫌いじゃないので離れます。


「よろしくお願いします、ヘンリエッタ様!」

「(巫女たそ〜!)う、うん、よろしくお願いしますわ、巫女様! こ、こほん! えっと、ではわたくしが女神アミューリア様から授かった知識をご説明致しますわ! まずは戦争の形式ですわね」


 うん、と頷く。

 クレイも興味深そうに「分かるのか」と顔を出す。

 ヘンリエッタ嬢はそれに頷いて、少し真剣な顔をする。

 俺とケリーが聞いた時、確か『総当たり戦』と言っていたな。

 人間族にはかなり不利な形式だ。


「例年と同じなのならば、と前置きしますわ。……戦争は『総当たり戦』。『聖戦域』に入り、数日間そこで最終調整を行うそうです。そして戦争の主祭神であるゴルゴダ……様が、ランダムで戦う相手を指定するのです。死者が出て人数が欠けても、その人数のまま戦わせられるそうですわ」

「総当たり戦……!」


 誰が言ったか驚愕の声。

 息を飲む音。

 眉をしかめる者。

 巫女殿は不安げ……まあ、普通の女の子にとってはそうだろう。


「えっと、という事は戦わない日もあるのでしょうか?」


 と、問うのはラスティだ。

 ヘンリエッタ嬢はそれに頷いて「でも」と続ける。


「お休みの日はありますが、女神アミューリア様のお話ではゴルゴダ様の気分で連日連戦となる事もあるそうです。ルールが変えられる事も、時折あるとか……。過去の戦争で人間族は一日に二つの種と戦った事もあるそうですわ」

「っ!」


 …………!

 それは、ちょっと無理じゃないか?

 巫女殿に『治癒の力』とやらがあっても、連戦は……。

 ええ……俺、ゲームした時どうだったっけ?

 さすがに思い出すのがキッツイ。

 レオハール様ありがとうございます、と思ってたのしか思い出せない。


「それは拒めないのか?」

「は、はい、エディン様。残念ながら神がお決めになった事を、拒む事は許されません。拒めば負け。皆殺しにされるのです」

「な……なんという横暴な……! それが神のなさる事なのか!」


 怒る気持ちは分かります、ライナス様!

 俺も同じ意見!

 何その神様ぶっ倒せないの!?


「元より武神は人間族を良く思っていないそうですわ。ですからアミューリア様は『公平性に欠けるこの戦争に、人間族を勝たせたい』とわたくしに知恵を授けてくださいましたの」

「そういう理由だったんですね……」


 ……と、スティーブン様が納得しているところ申し訳ないのだが、佐藤さん曰く『武神の一人が酔っ払ってポカした責任を人間族に押し付けようとしてるのにアミューリアがブチ切れた』と聞いていた俺としてはそのご立派な理由に複雑なものを感じるよ……。

 アミューリアがとても素敵な感じに仕上がってるな。

 まあ、この学園の名前も知恵の女神として奉られるアミューリアからきてる。

 女神アミューリアは人間族に信仰されているから人間の味方、というのは間違いなく本当の事なんだろう。

 うーん、ここに来て神様とかが入ってくると、ややこしいな。

 一応『女神教』に関しては学んだけど……。


「女神……! エメリエラ以外にアミューリアも実在するとは……!」


 アルトがとっても目を輝かせている。

 うん、今そんなに目を輝かせるところではない。


「はいはーい、ヘンリエッタのオネーサマ、では俺っちたちは勝てるんですかー?」

「ええと、そのお手伝いに、わたくしが来ましたの」

「あ、そうかー」

「なのでまずは、敵の情報をおさらいしますわ。皆様がご存じの事ばかりかもしれませんがよろしいかしら?」

「は、はい!」


 と元気良く返事をしたのは巫女殿。

 ……そういえば巫女殿に他の種族の事って誰か教えた?

 俺は教えてない。

 二年の授業でも習うかもしれないけど……多分あまり詳しくはやらなかったはず。

 あと、座学が公爵家子息のくせに最下位だと豪語していたアホのハミュエラ辺りが大変に怪しい……。

 あ、絶対俺と同じ事心配したであろうライナス様とアルトとラスティとケリーがハミュエラを見てる。

 ですよねー。


「まずは獣人。圧倒的な身体能力と体力、そしてタフネスが特徴ですわ。魔力は人間族同様に『ない』と言われています。ですがそれを補って余りある身体能力は他の追随を許しません。強者こそが全てを手に入れられるという考えのもと、勝つ為に手段を選ばない者たちと言われています。ですが彼らも王政と秩序ある統治を行い、そういう者たちは比較的正々堂々としたフェアプレイを好むそうですわ。小汚い手段を取ると逆に逆鱗に触れるとアミューリア様は仰っております」


 へ、へえ……?

 魔法を使ってこないが身体能力がヤバい。

 そう聞いていたがフェアプレイを好むって……意外とプロスポーツ選手タイプなのか。


「次にエルフ族。長寿であり、中には前回の戦争を戦った者もいるかもしれません。高い頭脳戦と魔法、遠距離による攻撃を得意と致します。彼らの使う魔法は主に『風』と『土』。接近戦は苦手な者が多いようですがバリアを張ってその中から攻撃してくる場合があるそうですわ。アミューリア様は『必ず闇属性で無効化出来る者を入れるべし』と仰ってます」

「闇属性……」


 俺とクレイが顔を見合わせる。

 エルフ戦を想定するなら、亜人の身体能力で一気に距離を詰められるクレイの方が向いてそうだな。

 いや、俺だって『記憶継承』で常人よりは速いと思うがさすがにクレイには敵わない。


「次に妖精族。この世界を創ったティターニア様の末裔と呼ばれる方々ですわね。妖精族は満月の日に人間サイズになると言われています。そしてその攻撃のほとんどは魔法。特に得意な属性はなく、全属性、それもかなり強力な魔法ばかり使ってくるそうです。接近戦に持ち込んでも小さいので攻撃を当てるのが難しいそうですわ。アミューリア様は『妖精族に関しては全体攻撃系の超火力魔法で一気に焼き払え』と結構怖い事仰ってました……」


 アミューリア様〜〜〜〜〜〜!?


「火……や、焼き払えって事は僕かな……? お、覚えられるかなそんなの……」

「な、なかなかワイルドな助言だったな……」

「ぶん投げた感ありませんでした?」


 俺とエディンとレオがややドン引きで呟く中、ヘンリエッタ嬢はこほん、とわざとらしく咳き込みをして人差し指を立てる。

 あ、はい。

 最後ですね。


「そして最後は人魚族! 女尊男卑の種族で最も恐ろしいのは女性人魚の歌声です。男性を魅了し行動を操ったり、眠らせたりする効果を持ち、一人が歌を歌い、二人が魔法で攻撃し、二人の男性人魚が近接戦闘を仕掛けてくる戦法を毎回使ってくるそうですわ。男性人魚の身体能力は亜人の方々、鍛えている者ならば獣人族と変わらないそうです。魔法の属性は『水属性』に限られているそうですが、『眠りの歌声』は真っ先になんとかしなければいけません。『人魚族と戦う場合、いかに早く女性人魚を黙らせるかが鍵となる』だ、そうですわ!」

「魅了と眠りの歌声……そんなものが……!」


 うわ、これは知らなかった。

 知らずに戦ってたらかなりヤバかったな。


「どの種族も、やはり強敵だな……」

「どこかに特化して考えるとどこかに弱くなってしまいますね。従者はしっかり吟味して頂く必要があります、巫女様」

「は、はい……」


 アルトとスティーブン様。

 頭脳派が特に表情が険しいな。

 ゲームみたいに戦闘難易度が『鬼』とかじゃありませんように、と祈るしかない。


「魔法面で考えれば獣人は視野に入れなくてもいいな? しかし、エルフは風。妖精は全属性。人魚は水……。風は土属性に強いから、エルフは俺と相性が悪い。対妖精はレオハール殿下に焼き払ってもらうのが良いようだが……水属性……人魚なら俺が役立てそうだな。他に土属性っていたか?」

「いたとしてもお前よりがっつり魔法は使えないと思うぞ……。ねえ、ラスティ様?」

「はい。無理です」


 四方公爵家の方々はメイン攻略対象を少し弱くした感じなのだ。

 ライナス様が『火属性』、アルトが『水属性』、ハミュエラが『風属性』、ラスティが『土属性』。

 ケリーの魔法を見た後で、あれと同じだけの出力の魔法を使えと言われても魔力適性『中』のラスティには無理がある。

 真顔で首振って否定されたもん、ですよね、って感じだよ。


「た、確かにケリー以上の土魔法の使い手は僕らの中にはいないよね……土に限らず、だけど」

「そ、うだなぁ……」

「あ、ああ、悔しいが……正直魔法を使われると勝てる気がしない……」

「俺も……」

「ふふん!」


 レオとライナス様とクレイと俺。

 多分物理攻撃ではトップクラスを自負する俺たちが一様に肩を落とした。

 エディンとハミュエラも、属性相性では有利なのに「うんうん」と頷く。

 それにぽかん、とするヘンリエッタ嬢。

 そのぐらい、ケリーの魔法はズバ抜けている。

 ケリーのドヤ顔が一切ムカつかない。

 ドヤ顔にムカつかない自分への悔しさはあるけど。

 そのぐらい抜きん出ている。


「……巫女様、レオ様とケリー様は従者に確定した方が良いかもしれません」

「!」


 スティーブン様……!


「アミューリア様の助言と現状の実力を考えるとお二人は確実に戦力として申し分ありません。メンバーを決めてからの方が作戦も立て易いですし……」

「……、……あの、えっと、レオハール様とケリー様はそれで……」


 良いんですか、と巫女殿が最後まで言わずに二人を窺い見る。

 慎重な様子。

 他の候補も緊張の面持ちで見守った。

 レオは相変わらずゆるい笑顔を浮かべているし、ケリーも一度目を閉じる。


「もちろん。僕は最初から決まっていたもの」


 兵器として生まれてきたレオ。

 戦争の為に生まれてきたと、ずっと縛られてきた。

 多分この中では本当の意味で覚悟がとうに出来ていた奴だろう。


「ふふ……なんだか気分が良いな」

「は?」


 その横でケリーは不敵な笑み。

 え、なんでそういう事になる?

 思わず聞き返してしまった。


「当然だろう? 俺はこの中で一番血筋が微妙なんだぜ? 『記憶継承』の発現も弱い方だ。なのに殿下と一緒に選んでもらった。自分の唯一の才能だったのかもしれないが、ここに来るまでそれなりに頑張った甲斐があったというもの」

「……!」


 去年の、サバイバルゲームの時……。

 あのゲームの後少しだけケリーと距離が出来た。

 俺は王家の血筋。

 ケリーはリース家の遠縁の男爵家の五男。

 ああ、そうだな。

 多分この中で誰よりも才能に恵まれず、それを補う努力をしてきたのはこいつだ。

 だからだろう……ぞくりとした。


「もちろん喜んでお受け致しますよ、巫女殿。全力で貴女を守り、お力になりましょう!」


 ケリー……。


「ヴッ!」

「泣くなよ? いい加減本気でそういうのやめろよ本気で。本気で!」


 うぅうちのケリーが、立派に下剋上をっ……!

 でも泣くなって怒られた。

 仕方なくないか?

 生理現象みたいなものなのに。

 なんにしても、従者候補の枠は————あと、二つ。

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